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「朝日照る 佐太の岡辺に 群れ居つつ 吾が泣く涙 やむ時もなし」 (巻2-177) 持統天皇3年4月13日(689年)に28歳の若さで薧じた皇子 の死を悲しみ傷みて作った歌 この古墳の発掘調査は1984年4月16日より行われました。 1枚目、草刈りが終わった墳丘を南側から写した、盗掘の為大きく 窪んでいる。左側に、名前の由来になった束明神の灯篭がある。 2枚目、墳丘の西側から、遥拝所の石碑は、この古墳のではなく
遥か東にある皇居を拝むために建てられたそうです。 |

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ここは何というか……とても寂しい風景ですね。
一目に触れないように作られたものなんでしょうか。通りがかった人が「古墳」と気付かないようなきがします。
2007/6/4(月) 午前 0:59
日並皇子尊の墓所ですね。
ブロック状の石で家型に組み立てられたレプリカが、橿考研附属博物館の前庭にありますね。
現地には一度だけ行ったことがありますが、そのときは古墳を思わせるものは何もありませんでした。
たしか、神社の境内でしたよね。
2007/6/4(月) 午後 4:43 [ ささだ ]
みみたさん、そうなんですよ。高取町佐田の春日神社にあるのですが、ある事情により古墳を隠すために、幕末の頃、村人が泣く泣く壊したそうです。
2007/6/6(水) 午前 0:24
墨書さん、色々な事から日並皇子尊の墓所と想定しての調査でした。復元石槨は大谷石で作りましたが面白かったですよ。
2007/6/6(水) 午前 0:44
奈良を歩けば古墳に行き当たると言われるほど沢山の古墳がありますよね。この古墳も静かに時の流れを見続けていたのでしょうね。古墳には古代にタイムスリップをしそうなロマンが漂っているような気がします。
2007/6/6(水) 午後 3:35
Kyon2さん、ここは観光コ−スから外れた静かな所にあるので、本当に古代にタイムスリップしたような気になりますよ。
2007/6/7(木) 午前 2:44
静かなところですね。自然に帰って行ったというか・・。真弓の丘陵とは趣が違うのでしょうか。ちょっと墓所的な雰囲気はないですね。
ところで村人が古墳を壊したある事情って、何でしょう??
2007/6/12(火) 午前 8:36 [ tamaycoo ]
墳丘は、幕末に壊されたのですか?
実際に発掘調査に携わった方や現地の人にしか、分からないことですね。
2007/6/12(火) 午前 11:19 [ ささだ ]
tamaycooさん、宮内庁が管理する真弓丘陵は300m程南の森という所にあります。玉垣で囲まれていて鳥居もありますよ。
2007/6/14(木) 午前 1:19
墨書さん、そうなんですよ、石槨の天井部の石材を抜き取ったりしましたからね。
2007/6/14(木) 午前 1:35
その辺の事情は本編で詳しく書きたいと思います。
2007/6/14(木) 午前 1:38