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いつもご訪問頂き有り難うございます。
長らく休んでしまいましたがボチボチ再開しますので
宜しくお願いします。
「ひさかたの 天の香具山 この夕
霞たなびく 春立つらしも 」
(巻10・1812)
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こんにちは、ゲストさん
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いつもご訪問頂き有り難うございます。
長らく休んでしまいましたがボチボチ再開しますので
宜しくお願いします。
「ひさかたの 天の香具山 この夕
霞たなびく 春立つらしも 」
(巻10・1812)
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二年ぶりで飛鳥に行ってきました。 今回の旅の目的は主に三つでした。 一つ目は、明日香村の祝戸荘で行われる 第一回、飛鳥応援大使、懇談会に出席する為です。 二つ目は、高松塚の飛鳥美人に会う為です。 (平成20年秋の一般公開) 三つ目は、ブログで知り合った方々に会う為でした。 一枚目、芭蕉が訪れた最北の地、象潟付近から見た霊峰 鳥海山(2236m)と今回の旅の友、ルポGTI、朝からばたばた して出発はお昼前になっていた。 二枚目、11時間後、ようやく田原本まで辿り着き 彩華ラ−メンで遅い夕食です。 その後、長旅の疲れを取るため、橿原市のあすかの湯へ入り 畝傍のお宿には日付が変わる頃に着きました。 つづく
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昭和59年6月頃、石舞台古墳の東200m程の所で、住宅建設に伴う 事前調査で、古墳にともなうと思われる貼石が発見された。 一枚目、北側から写したトレンチ、発掘は橿原考古学研究所によって おこなわれた。 二枚目、精査中の亀田博氏、「20mほど先を指差し、今から10年程前 宅地造成工事中に、斜面から大規模な横穴式石室が現れたが、すぐに 埋め戻されたと教えて頂いた。」 その後、貼石列を追って調査区域を拡大した。 三枚目、北側から。検出した貼石の全長は23m、北側にはさらに 伸びるが西側は削平されていた。貼石は北側の残りの良い所で 4段積みで約50cmの高さだった。元来はもっと高かったと思われる。 この写真は(財)飛鳥保存財団様から許可を頂き、飛鳥風13号より 転載させていただきました。無断転載不可 四枚目、×がだいたいの位置です。この貼石が横穴式石室に伴う物だと すれば古墳周湟の外堤の内側と考えられ、古墳の中心より20mの位置を 円または隅丸方形に巡ると思われ、やや小規模ながら石舞台古墳との類似 が考えられるが、多くの謎を含んだまま埋め戻された。 追記、日本の古代遺跡「奈良飛鳥」の中で菅谷文則氏が石室内に家型石棺の
底石があったと書かれている。 |
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1枚目、小谷古墳より南にある沼山古墳です。
2枚目、南から見た羨道の入口です。 3枚目、貝吹山をへだてた、与楽にある乾城古墳です。 4枚目、乾城古墳の羨道の入口です。 |
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1枚目 東から見た新沢千塚古墳群です。
2枚目 南から見た小谷古墳です。 3枚目 玄室内から外を見た所です。 手前にあるのは竜山石で作られた家型石棺です。 玄門の左右の石の隙間に漆喰が詰められています。 |
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