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夏の疲れが出るこの時期。不相変、気候の変動に泣かされています。僕だけではなく、笛たちも何だか戸惑っている様子(笑) 「暑さ寒さも〜」の譬ではありませんが、お彼岸を過ぎた辺りから吹く前に十分温めておいても頭部管の内側に水滴が溜まるのですが、それを見るにつけ「ああ、もうこの時期か...」と毎年のようにある種の感慨を覚えます。  では、久しぶりの今回は楽器のお話を。 今更ですがリコーダーはとてもデリケートな楽器です(笑)。一般的に古楽器の類は注意を怠るとすぐに機嫌を損ねるのですが、、その中でもリコーダーはトップクラス!!って...(ォィォィ) 音楽の授業で吹いていた頃のあのイメージからは到底想像もつかない世界ですね。尤もプラスチック製のそれは木製のように神経質にならなくても良いのですが、吹く前に掌で温めてあげる等、ちょっとした気遣いでかなり違ってきます。 さて、僕がリコーダーを始めた頃には適正価格の良い楽器がなかなかなく、正直、粗悪品も結構出回っていて、有名メーカーでさえ(こちらの不備もありますが)加工前の乾燥が不十分だったのか...割れることも結構ありました。そこで、考えた末、当時とんでもなく高価だったボストンの製作家フォン・ヒューネ氏作のオリジナル楽器のコピーを入手しましたら、これが今まで吹いていた物とまるで違う(当たり前か...笑)。 少なくとも、自分の未熟さを楽器のせいにすることだけはなくなりましたから、大正解でした。事実、殆ど独学に近い僕にとっては恩師の一人と言っても結して過言ではありません。でも、最大の収穫はそれを手にしたことによって「どんな風にして吹てやろうか?」から「どうしたら楽器が喜んで、そこに書いてある音楽をちゃんと表現できるか?」と云う風に僕自身が変化して行ったことかも知れません。この間十年以上!ものすごい遠回りです(笑)。考えてみれば楽器も書かれている音楽も三百年以上の歴史を持っているのですから、それなりの心構えは必要だと思います。  現在僕が愛用している楽器の大半は大阪の竹山木管楽器製作所の竹山宏之氏によるもので、あとは神奈川にある平尾リコーダー工房の石館知子氏のものが少し。楽器としてのクォリティーは勿論素晴らしいのですがメンテナンスに誠実に対応して戴けるので本当に助かっています。木製の楽器をお持ちの方は少なくとも一年に一回は調整に出してあげて下さい。それにちゃんと対応してくれないような楽器店やメーカーとはお付き合いしない方がよろしい(笑)それから、楽器は育てていくものです。道具であり、その人の身体の一部でもあります。余談ですが、法華経の前半部分に十界互具と云って、この世に存在するもの全てが佛になれる資質を有していると記されています。たとえそれは草木とて同じで、ましてやそれが楽器と云うある種の能力を持った姿になっていれば...推して知るべしです!! 博物館の収蔵品がしめすように適切な扱いをすれば300年〜400年もつのですからスゴイですよ。 リコーダーは一族で合奏出来るように様々なサイズがありますが僕はソロ中心なので表現性の高いアルトとヴォイスフルート(何れもa=415Hz)とテナー(a=415or442Hz)全てブレッサンモデル。それから、ルネサンスタイプのソプラノ(エイクモデル)&中世タイプのアルトを主に吹いています。これからの季節、手も掛かりますがどの子もよく働いてくれますよ。

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佛國土

例年にない大寒波に始まり、政局の混迷、そして、大震災とその後...本当に考えさせられる事ばかりです。今更ながら申し上げることではありませんが、震災から2ヵ月余り過ぎた今、被災地の皆様のことを思う度に心が痛みます。娑婆世界が修行の場であると分かっていても、此の度の震災はあまりにも過酷です。過酷すぎる。

僕は広島出身なので、小さい頃から様々な形で原爆投下から戦後の復興の事を学びました。また、母が戦前戦中派ですから、当時の体験をよく聞かされたものです。 数十年間草木も生えないだろうと言われた被爆地に次の年には夾竹桃の花が咲いたそうです。その後の世界が目を見張るような復興に関しては云うに及びませんが...
仏典を紐解くと月子(インド)で生まれた仏教は漢土(中国)を経由して東の国に渡り...そこから全世界に広まるとあります。東の国」...つまり日本は仏教を広宣流布させるための使命を持った重要な国=仏国土なのです。更に日蓮聖人のお言葉を拝借すれば、「仏国土たる日本は決して滅びない」とも。実際、件の震災で救援活動にあたった外国の方々が口を揃えて厳しい状況下にあって、日本人の品格を大きく讃えました。また、国内では老若男女問わず「今自分たちができることを」の精神の下、国民が一つになろうとしています。(相変らず政局が混迷を深めているのは本当に残念ですが...)
海の向こうに行くと「日本は本当に素晴らしい国なんだ」と改めて思います。この国の住人であること、日本人に生まれてきたことに誇りを持ちましょう!!...様々な問題を抱えながらも仏教が仏教として辛うじて生きているのは世界広しと雖も日本だけです。

6月に生まれ育った地広島で20年ぶりに演奏します。有難いことにブランデンブルク協奏曲の全曲演奏会にオファーを頂きました。僕は4番のセカンドパートを担当します。大バッハ先生の遺した貴重な作品を生まれ故郷で演奏出来ることを心から誇りに思います。今がその時なのでしょうね(笑)。スコアリーディングをしながら思う事は大バッハ先生の偉大さと、それを具現化させたケーテンの楽師達の素晴らしい手腕...実際大変な曲ですわ(笑)それにしても、20年前と違いスコアを読むためには眼鏡が不可欠です。白髪も一段と目立ってきたし...嗚呼、そんなお年頃(笑)

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即是道場

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既成の事物に対し、絶えず変化を求め 「もっと良いものを,,,」と飽くなき探究心を抱き続けるのは人間の常であり、だからこそ今日に至るまで産業を含めた様々な文化が発展してきたわけです。しかし、それも一歩方向を見誤ると知らず知らずのうちにその本質から逸脱して、気が付けば取り返しのつかないことに...仏教では人間のことを凡夫と云います。賢きも儚きも共に迷いの世界に住して,様々な煩悩に取り憑かれている。...だから悩みや苦しみが生まれるのですが...お釈迦様から見れば、そこにあるのは可愛い我が子達が苦しみ犇めき合っている姿。それが娑婆世界です。...でも...だからこそ我々の目から見たこの穢土は大切な修行の場なのです。

「佛の説きたもう苦諦は、真実にして異なる事なし。若し衆生あって、苦の本を知らず、深く苦の因に著して、暫も捨つる能はざる、是等を爲ての故に、方便して道を説きたもう、諸の苦の所因は貪慾これ本なり。若し貪慾を滅すれば、依止する所なし」(譬喩品)

「我も亦是の如し、衆聖の中の尊、世間の父なり、一切衆生は、皆是れ吾が子なり。」(同上)

人は永遠を模索する...それは今、確実に生きていると実感出来る瞬間を渇望するからなのでしょうか?...僕自身がまさにそう(笑)。

写真 オーバーホール中のオルガン (英)マンダー社 ジョン・マンダー氏
ポルタティーフオルガン 大久保壮介氏製作   安土文芸セミナリヨにて

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鼓動と拍動

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リズムについて

最近、力を入れている課題の一つですが、 僕は基本的にリズムが悪い!否、悪すぎる(笑)...思えば小さい頃、物を叩いて音を出すと云う当たり前のことをした記憶がほとんどない。少なくとも僕の家庭環境ではさせて貰えなかった。 だから、カラダの底から自然にリズムが湧き出てきて、それを叩いて表現するなんてゼぇっタイに無理(笑)
困るのは、何かで急に鳴り物なんぞやらされた日にやぁ...もう、タイヘンです。極端な話ですが、神経がズタズタに切断されるような、そんな苦痛すら感じてしまいます。(最近少しマシになりましたけど) 数年前、手作り楽器によるコンサートのお手伝いをさせて頂いた折に、この持病が判明しまして、関係諸氏には本当に申し訳ないと思っております。

さて、昔の教科書(えっ?)には「拍子には強拍と弱拍があって...」と譜例付きで説明がありますが、実はこれが曲者で(特に三拍子を正三角形で図示するのは誤解を招きやすいと思います。)日本人の一般的な感覚として強拍を意識するあまり、拍のアタマを打ち下ろしてしまう傾向があります。本来、西洋音楽における強拍とは上に向かうエネルギーの筈で、古典舞踊などを観るとそれがよくわかります。加えて前述の二次災害として表拍が重くなったために裏拍が疎かになり、その結果、どんどん前につんのめって行くという悪循環に陥ります。 でも、10代、20代の方々は幼少期から様々な音楽(特にポップス)に慣れ親しんでおられますからリズム感も良いし、これは僕も含めたある年代以上の問題なのかも知れませんね(笑)、

今、僕が実践しているのは、裏拍をきちんと感じること。それで、バロック時代の組曲を裏拍で吹く練習をしています。これはあくまで僕のやり方ですから、正しいかどうか責任は持てませんが(笑)こうするとフレンチのイネガルが自然になったり、一見複雑に思われがちなヘミオラがスムーズに吹けるなど思わぬ収穫がありました。特にイネガルなんて日本人の場合、下手すりゃ盆踊りかウサギのダンスになること請け合いですから、2拍子系の長いフレーズは裏で吹いた方がカッコ良くなると思います。
それで、ウォームアップ時に僕は同じスケールを表裏両方で吹いています(メトロノーム使用)。裏で吹くと自然とイネガル入りますよ。ほとんどジャズ屋さんみたいですね(笑)  でも、一口にウラで感じて吹くと言っても、音価のとり方で全くノリが変わってしまうので、僕自身まだまだ試行錯誤の段階です。 ああ、芸の道は遠いか...(笑)

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歌うための作業

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「歌うこと」...これは音楽をする者にとっての永遠のテーマであり、歌詞を伴わない器楽奏者には最重要課題となります。 そもそも「歌う」ってどういうこと? 
自分の思いを曲に込めて、感情たぁっぷりに〜!?...成程、カラオケで自己陶酔するだけなら、それも許されますが、(プロ、アマ問わず)表現者としての社会的責任が伴う場合(笑)それだけではマズイ。  思えば学生の頃、様々な場面で「そこの所はもっと歌って!」と指導者に言われ困惑した記憶が...(苦笑)
では、どうする?

苦慮した結果、現在の僕は生徒さん達に「歌う=メロディーの処理方法」として説明しています。その一連の作業は役者さんが台本を読み込んで役作りをするのとよく似ています。月並みですが「読書百篇〜」の如く、ひたすら楽譜を読んでお話の内容をよく理解することから始まります。この過程で句読点を探すのは勿論ですが、そのためには、矢張り和声やリズムの基礎知識はあった方が良いし、楽譜を視覚的に捉えるある種の目も必要でしょう。更に古典作品にはその時代のセリフ回しがありますから、それも知らないといけない。

「うわぁ大変!」なんて余計な心配をしないで下さい。確かに決して楽ではありませんが、これは経験によって十分身に付きますし、もし指導者がいればその人が最後まで責任を持つべきです(笑) 
フレーズが見えてきたら、その楽器の演奏に相応しい語り口調を見つけ出す。この段階でダイナミクスやアゴーギグの処理をどうするか?などなど...掘り下げればキリがありませんが、こう云った一連の過程の中で、その人らしさは自然と表出されてくるものと僕は信じています。少なくともメロディーが垂れ流しになることだけは回避できる筈です。

作業の一例として説明致しましたが、最も確実な方法は良い演奏を沢山沢山聴いてイメージを作り上げる...そして自分がそれに近付くために試行錯誤することだと思います。「大いに悩む!」決して無駄にはなりませんよ。...僕はそうしています。そのためか最近白髪が増えて(笑)...おあとがよろしいようで。

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