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気(機)になるロココ

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雑事に追われるうちに、もう衣替えの時期が近付いて来ました。僕の方は不相変で、少し前に体調を崩して情けない思いをしたほかは(笑)母の介護を中心に仕事や勉強と当たり前の日々が続いております。
何か変わった事はと言えば...最近、長年疎かにしていたフランスバロックの勉強を再開したことでしょうか。僕は所謂、叩上げ芸人なので自分の現場であまり必要の無いことはつい後回しにしてしまう嫌いがあります。ある日、楽譜を整理していたら、たまたまフランス古典が目に留まりいろいろ考えるうちに、「フランスものをちゃんと吹けへんリコーダー吹きなんておるかぁ?」と反省し心を入れ替えて取り組むことになりました(笑)
「まず臨終のことを学んで、侘事は後から」とは日蓮聖人のお言葉ですが、フランス古典もまともに吹けずに臨終を迎えるなんて...そんな悔いは残したくない(笑) それで実際に取り組んでみると、これが予想通り(否、それ以上に)タイヘン...手持ちの楽譜はオトテールとフィリドール、そして何故かボワモルティエ(笑)、昔演ったヴィゼやクープランも出てきました。フランスバロックは基本的に横笛の音楽なので参考にトラベルソの楽譜とCDも加えて購入。更に!...二本目のヴォイスフルートを大阪の製作家T氏にお願いしました。現場主義一辺倒で専門的知識に乏しい僕には、ある種の機(とき)が来たのかも知れませんね。毎日フレンチで食傷気味ですが、その味をしっかり覚えて、さらにそれを自分で再現出来るまでには確かに時間がかかることでしょう。でもやり続ければ何らかの結果は出てくる筈です。 それに及ばずながら仏法を学ぶ身でもありますから、今生のことは必ず来世に繋がると信じています...今は駄目でも来世には(笑)

同時代の画家ワトーの作品も柔らかな膨らみのある線や光と影の対比が美しいですね。まだまだ学ぶべき事は沢山ある。

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ワークショップ音景色

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毎年恒例 朽木の森でのワークショップが無事終わりました。気がつけば11年目!! 。作曲家の河合正雄氏を中心としたスタッフメンバーはその当初から変わらず、不肖ワタクシも有難い事に第一回からゲスト&コーディネーターとして参加させて頂いております。 数年前からは造形作家の滝英夫氏の参加協力も得られ内容もよりパワーアップしました。このワークショップがスタートしてからの基本姿勢は終始一貫徹底しており、世情の影響を受ける等(笑)、決してブレることはありませんでした。それは「 森の中をさまよう 音そのものから学ぶ めだかの学校 」....と云ったキーワードに象徴されていると思います。(詳しくは僕のホームページをご覧下さい) わたしたちのワークショップは通常、幾つかのコ・ワークショップを設けており、参加者はその中から好きなものを自由に選ぶことができます。手作り楽器、俳句、絵画?、声を使ったセッション等、実にバラエティに富んでいますが......これはあくまで表現のための一手段で、それ自体が目的ではありません。真の目的は前述の「森の中をさまようこと」なのですから......。余談ですが、「表現者」特に舞台人は非日常を演出し、それを拡大することに心血を注ぎます。、朽木の森の中は当に非日常の宝庫で、及ばずながら一芸人としての私もこの森から多くのことを学ばせて貰いました。つづく

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もう11月です。 時折、自分自身が時間と云う名の大河に放り込まれているような...そんな錯覚に陥る事があります。しかもその流れは年を追うごとに速くなって...

時間とは実に不思議なものです。時を経ると辛かった過去が懐かしく思えたり、その時は無我夢中で分からなかった物事の本質が後々で見えてきたり...ある人はそれを風化とか経年変化!?(笑)と言うのでしょうか。それらは時に有難く、時にほろ苦いような愛おしささえ感じられます。

さて、人は臨終に際して その生涯をまるで映像の早送りを見るかののように回想すると聞いたことがあります。 不肖ワタクシは都合二回ほど死の淵に立たされた事があるのですが、残念ながらそんな体験はできませんでした(笑)
まだ許していただけなかったみたいです(苦笑)


「人の壽命は無常なり、出る氣は入る氣を待事なし、風の前の露尚譬にあらず、賢きも愚きも、老いたるも若きも、定め無き習いなり。されば先ず臨終の事を習うて後に侘事を習うべし。」(日蓮聖人 妙法尼御前御返事より)


まだまだ学ばなければいけないことが沢山ありますから...

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現在、食事の介助のため、朝夕、入院中の母を見舞っています。
そこはまさにに命の現場...淡々と過酷な業務をこなす医師 看護師 看護助手の皆さんのお仕事ぶりには 本当に頭が下がります。そしてまた、ここで働く方々はきっと、選ばれた人たちなのだろうなと僕は思っています。
 実は先日、失礼を顧みず、看護師さんにそのようなことをお話したら...「この仕事が好きなんですよ。」と何気なく言われ、次の言葉を失ってしまいました。お恥ずかしい限りです(苦笑)。 及ばずながら僕は仏法を学ぶ身でもあるのですが、法華経の方便品に述べられている、「全てのものに、もともとある仏性」とはこのことなのか?!と心の底から感じ入りました。
 閑話休題、
もう10年以上前になりますが、依頼を受けて、末期がんの方の御自宅で演奏させて戴いた事がありました。 それは真夏の夜でした。...僕の演奏を嬉しそうに聴いて下さって...そして、その二週間後に旅立たれました。 今こうして笛を吹き続けていられるのはその方のお陰だと思っています。 
芸は、人の心を慰めることはできても、命を救うことはできない。でも、だからこそ...音曲坊主の旅はまだ続く(笑)。


 三界は安きことなし、猶お火宅の如し。衆苦充満して、甚だ怖畏すべし。常に生老病死の憂患あり。是の如き等の火、熾然として息まず。

        (妙法連華経譬喩品第三より)

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出逢い

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  それは、僕がある楽譜&楽器メーカーの講師をやっていた頃の話です。

当時、僕はリコーダーの導入時期になると、あちこちの小学校を回って教えていたのですが、一仕事終えて帰ると、「先生、今度ウチで扱う商品なんですよ。」と言って営業所の所長さんが僕に笛を手渡しました。それは紫檀で作られたアルトのリコーダーで、美しい木目と比較的細めの外観が印象的でした。
実際に吹かせてもらうと外観同様、引き締まった良い音がする。「今使っているのがツブれたらこの笛にするかな」...などと生意気なことを考えながらもその時はそれで終わり(笑)

...それから10年以上経って、お弟子さんの楽器を探していたら、なぜか、その当時の事を思い出した。早速、製作者本人に頼んで楽器を取り寄せてみるとこれが矢張りいい。そうして、そのうちに僕の笛も買い替えの時期が来て

...気が付けば僕の笛の大半はその製作家とお弟子さんによるものになっていた。

...演奏家にとって楽器とは...言うなれば、板前さんの包丁やカメラマンの機材と同じですから、それを作る側と使う側とで共に育てて行くものなのかも知れませんね。特にリコーダーはデリケートな楽器なので製作者のサポートが不可欠です。                 
         
          写真提供  竹山木管楽器製作所
http://www.takeyama-recorder.jp

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