つまらないオヤジの話

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血の通わぬ者

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 世の中には、いろんな人間がいるものです。「類は友を呼ぶ」などという事を言いますが、似たような人間が集いあうのも人間というものであるなら、民主党という政権政党は、その最たるものなのでしょう。この集団の括りはと考えれば、「最悪」であるという事になるのでしょうか。

 普天間問題とともに宮崎県の口蹄疫について、連日の報道が行われていますが、どちらも事態が解決する方向に向かっているようには見えません。明るい兆しが見えないまま、いったい何時まで国民に不安を与え続けるつもりなのか、これが現政権の無能さを表しているものなのでしょう。

 本日は、宮崎の口蹄疫について、私なりの思いを記事にしたいと思います。

 先月の20日から今日で一カ月を迎える事になりますが、いったい政府は何をしてきたでしょうか。担当大臣は、「反省も謝罪する事も無い」と言います。また、事此処に至って「ちまちました事はしていられない」とも言います。これが、日本政府において農林水産業を所管する省の担当大臣の言葉かと思えば、国民の一人として怒りしか込み上げてこないのが正直な気持ちです。

 事態が悪化している最中に「外遊」と称して、憧れのカストロさんに会いに行っていたようですが、その間は瑞穂ちゃんにお任せしていたので、自分には責任が無いとでも言いたいのでしょうか。百歩いや千歩譲って責任が無かったとして、口蹄疫発生直後から事態の早期解決に向けて、担当大臣として何処かで汗をおかきになられたのでしょうか。

 3月の末や4月の初旬に宮崎県が気が付いていれば、被害の拡大は防げていたなどという、宮崎県責任論なども出ていたようですが、10年前に経験していたのだから当然という論調には、疑問しか感じませんでした。一口に10年と言いますが、10年ひと昔などと言われるように、10年という歳月は、人の記憶を劣化させるに十分ですし、当時の担当者が現場にいなくなるには十分な時間ではないのでしょうか。所詮は、他人事としての議論でしかないでしょう。

 要は、口蹄疫感染がハッキリした時点で、担当大臣は政府の一員として何をしてきたかが問われたのであって、被害がここまで拡大してから「ちまちました事はしていられない」などと、どの口が言うのでしょう。この大臣の無能さを表した言葉であると感じたのは、私だけではないと思います。担当大臣としての自覚も無く、所詮は他人事の域を出ていない事が、この一言に如実に出ていると思います。担当大臣である以上、自分も当事者であるという事を忘れているのでしょうね。

 現地の人はもちろん、国民の多くも担当大臣が、事態の収束に向けて必死になって汗をかく姿を見たかったのではないでしょうか。もし、その姿が国民の前に晒されていたのであれば、「ちまちました事はしていられない」という言葉は、重みを持ち素直に受け入れられる言葉になっていたかもしれません。

 政府の対応が、遅れに遅れたと追及されても、政府は適切に対応していると繰り返すばかりで、優先すべきは責任逃れとしか感じません。何を優先すべきかも分からず、出てくる話は「補償」ばかりに終始しているようにも感じます。この政府の特徴がよく出ていると呆れるばかりですが、お金ですべてが解決できるとでも思っているのでしょうか。お金が無ければ出来ない事が多いのも事実ですが、被害農家の方々やその地域に住んでいらっしゃる方々が、今本当に望んでいる事なのでしょうか。絶望感に打ちひしがれている人に、札束を見せる事が希望を見出す事に繋がるのでしょうか。

 責任追及など後からやればよく、責任逃れを考える前にすべき事は、山のように有ると思いますが、政治家の皆さんはどのように考えているのでしょうか。口蹄疫発生直後、農家の方々の要請に民主党議員は動かず、自民党議員が動いていたという話もありますが、本当の事ならお金をばら撒いたとしても、住民感情を宥める事は出来ないかもしれません。政府は、一千億を用意すると言っていますが、全頭殺処分での牛と豚の補償だけで一千億掛かるという話もあります。では、その他の事はどうなるのでしょうか。一度口蹄疫が発生すると数年は再開できないという話も聞きますが、そうなると農家の方々にとっては死活問題でもあるある訳ですから、政府としてはどのように取り組むのでしょうか。

 ワクチン使用による全頭殺処分という、国内初となる事態に農家の方々への十分な説明がなされ理解されたのでしょうか。国が決めた事だから従え!というのでは、農家の方々の感情を逆撫でするだけになる事は明白です。それでも、ほかの地域の畜産農家の事を考え、泣く泣く従う事になるのでしょうが、農家の方々の悲痛な叫びが聞こえてくるような思いがします。

 「国民の生活が一番!」と言い「命を守る!」と言うのであれば、政策は血の通ったものであってほしいと願う人は多いのではないでしょうか。ところが、国民が見つめる中で繰り広げられているのは、温もりを一切感じさせないものばかりに思えます。考えてみれば、自分の親さえ犠牲にしようとする首相以下、議員である前に人として如何なものかと思える人間の集団でしかないのですから、現政権に望める話ではないのでしょう。副大臣は、笑顔で「これからが、スタートだ。」などと言っていたようですが、あくまで他人事であって、結局は何も理解していない、血の通わぬ者の発言としか受け止められませんでした。これが、売国政党の姿かと思えば、こんな人モドキの集団に政権を渡した事が悔やまれてなりません。 


 ネットでは、宮崎県のある牧場の事が取り沙汰されています。私の様な者には、事実がどうであるのか知る術はありませんが、事態が終結した後に発生源の特定を行うのも、政府の重要な責任であると思います。しかし、今は一刻も早く事態が終息する事を願うばかりです。







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一週間

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 なかなか報道が行われなかった宮崎県の口蹄疫ですが、此処数日でようやく詳しい状況が伝えれるようになって来ました。まだまだ足りないし、感染源の特定などの肝心な事に触れられていない事も不満ではありますが、宮崎県の畜産農家の現状が、全国に知られるようになる事は、一つの前進と良い方に考える事にします。宮崎県の被害にあわれている畜産農家の方々には、心よりお見舞い申し上げますと共に事態の早期収束を心から願ってやみません。

 口蹄疫の件がなかなか伝えられなかったのとは反対に、毎日のように報道されている普天間基地移設問題ですが、5月末決着は絶望的な状況です。もともと夢のような話であり、簡単に決着するような話でもありませんし、当然と思える状況でもあります。

 今頃になって「勉強したら解った」みたいな事を言っている、わが国の総理の妄想が生んだ事態ですが、事態を終結させる事が出来るのでしょうか。私には、この問題が、スンナリ解決するようには思えませんし、事態はどんどん悪化しているようにしか感じられません。

 もっとも、肝心な議論が抜けているのですから、解決できるはずも無いのかもしれません。戦後65年間の日本は、自分の国を自分で守る努力を怠り、他国に守ってもらう事に慣れ、それが当たり前であるかのごとく、国防に関する真剣な議論もせずにきています。今では、国防に関する議論をしようとすると、軍国主義者でもあるかのように見られるような風潮までありますが、これがまともな国なのでしょうか。

 国防は、国の根幹にかかわる大事な問題であり、間違う事が許されないと思いますが、「憲法9条」が、日本を守ってるなどと信じているような人たちには理解も出来ないでしょう。国防にかかわる根本的な議論もせずに「最低でも県外!」などとお気楽に街頭演説をして歩くような政治家には、国防を語る資格は無いでしょう。よくよく考えてみれば、総理の血筋は、防衛オンチなのかもしれません。「自主防衛」を掲げたお爺様は、掲げるだけで何もせず、お父様は、外務大臣時代にソ連の核ミサイルの事を総理に助言も進言もしていなかったようですから、そういう家系なのかもしれません。

 今日は、総理の言動を批判しようというものではありませんので、取り敢えず置いておきましょう。国防という問題は、軍事や軍備という面だけで語るべき事ではないという事を考えてみたいと思います。

 『国防は、最大の福祉』と言われますが、考えてみれば至極当然な事だと思います。自分の国の安全を確保できるだけの防衛力、あるいは抑止力、それが有ると他国に信じ込ませる事が出来て初めて国の安全が約束される。それが出来てこそ、国内の問題を論じる事が出来るという事になるのではないでしょうか。

 簡単に他国に侵略されてしまうような状態であり、他国の脅威に怯えながら国内の問題をどんなに論じても、侵略されてしまえば虚しい議論でしかありません。国内の問題を真剣に解決に向けて論じ合う為には、国防がしっかりしている事が、必要最低限の大前提となるはずです。しかし、その大前提を他国に依存し、議論する事すら半ば放棄したような状態を続けてきたのみならず、自国を守ることを論ずることが、まるで悪であるかのような風潮になってしまっている事に、この国は国としての形をなしているのかと疑問に思ってしまいます。

 景気対策・就職・教育・農業・福祉・・・・闇法案・・・・・様々な国内問題はありますが、本当に解決する気があるのだろうかと疑問に思わずにはいられない、そんな気持ちになる日本の現状なのではないかと思います。

 「根拠のない自信」を持つ、おかしな若者が増えている様な、そんな気がするオヤジですが、「護憲派」「9条の会」などの様に、憲法9条があるから日本の平和が保たれていると語る輩は、何を根拠に語るのでしょう。

 「根拠のない自信は、いずれ他人に迷惑をかける」これは、私の持論ですが、いまだに間違っていると思った事はありません。その昔、私自身が痛い目を見たのも、私自身が努力もせずに大言を口にした事が原因でした。多くの若者が、失敗を繰り返し去っていったのも、根拠のない自信を元に自分に溺れていった事が原因であり、反省する事無く他人の責任だけを追求する事しか出来なかったからです。

 昨日は、社内での講習会があり、全く柄では無いのですが講師を務めさせていただきました。どんな話をすれば良いのか、さんざん迷いましたが、「公共心」というお話をさせていただきました。どこまで理解していただけたものか、話した自分自身が疑問ではありますが、真剣に聞いていただけた事は、私自身のささやかな収穫であったと思います。

 小さい括りでも、大きな括りでも、「公共心」というものは、人間の行動規範になっていると思います。他人に迷惑をかけず、万人の利益に供する心と言えば大袈裟でしょうか。

 確かに大袈裟かもしれませんね。それが理解できない人間がいる事も現実ですし、それが実践出来ていない自分の姿も情けなく思う事もあります。個人レベルでの話であれば、情けなく思うだけで済むのかもしれませんが、国家レベルではどうでしょうか。

 誰も戦争などしたいとも思わないでしょう。だからこそ、国防というものをしっかり考えて、戦争をしなくても済むように備えることが大事なのだと思います。国防のために命懸けで働く人がいて、それを全力で支える国民がいる、それが国家レベルでの究極の公共心ではないかと思います。このように言うと、軍国主義かと騒ぐ人もいるんでしょうが、国防がしっかりできて初めて、国内の問題を解決に向けて話し合えると考えれば、国民の共通の利益であり、国防に必要な人・物・金は、国民共通の痛みとは考えられないでしょうか。他国に迷惑をかけず、国民すべてに利益を供する事、そのために等しく痛みを共感すると考えれば、基地移設問題も遠からず解決できると思いますが、米国に頼らなければ国防もまともにできない国の現実は、全く違うようです。

 単なる理想論と言われてしまいそうな気もしますが、家族制度があった頃の日本人は、家族の中で大なり小なりの公共心というものを育み教えていたように感じます。また、公教育でも『教育勅語』『修身』によって、身につける事が出来ていたと思います。裕福では無くても、幸福を感じる事の出来る社会が有ったのではないでしょうか。

 戦後生まれの私が言うのも変な話ですが、戦後個人主義が蔓延し、左翼の教育が権利ばかりを主張する人間を作り上げてきた現実を見るにつけ、目先の議論に終始し根本的な議論を避けようとするのは致し方のない事なのかもしれません。個人の利益を優先する事が、本当の意味で幸福を感じられる社会と成り得るのか、真剣に考える時期に来ていると思います。

 「国防は、最大の福祉」であるのなら、それを支えるのは「究極の公共心」などと考えた一週間でした。



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ガ島に到着した夏井さんたちはジャングルという悪路の中、
脱水や疲労を堪えて、英霊たちの元に歩み続けました。
そして、レレイから約20km進んだタンボイといわれる地点に到着します。
 
ここは日本軍が野営していた場所であり、ここで御遺骨の捜索をしました。
 
御遺骨二柱を発見。大切に拾骨させて頂きました。
 
ここで野営をし、蚊や疲労、空腹のまま翌朝を迎えて、さらに捜索を始めました。
すると次々に残砲弾が発見されました。
 
遺骨収集の前に、まずこの砲弾を処理しなければ危険です。
残砲弾を確認すると150個以上もありました。
 
この砲弾の数は夏井さんや先生、そして現地サポートメンバーの計7名では
とても処理しきれる数ではありません。
ましてや、この険しく足元の悪い密林の中を運ぶとしても12個が手一杯です。
 
先ず自分たちで爆破処理出来る数、
そして地元の治安警察へ届けるためレレイへ持ち帰る数を決めました。
 
そして、生徒たちをなるべく砲弾に近づけないように爆破処理をはじめました。
確実な方法は「焼き払い」という方法です。
 
爆破場所は山火事など起きないように充分に注意しながら河原で行いました。
井桁に火が付き、200mほど川下に離れた生徒たちとトランシーバーで連絡を取りながら、
いよいよ夏井さんの手で行います。
 
この砲弾は67年もの時を経て、計6個を昇天させました。
生徒たちはテレビや映画でしか見たことのないようなこのリアルな状況でしょうが、
ここに人間の業の縮図とかつての先人達が命がけで戦った現実を
この爆破の轟音と火柱に見たのです。
 
しかも、彼らの目の前で爆破処理している夏井さんの行動は、
いつ自分の手元で爆発してしまうかわからないという状況にもかかわらず、
寡黙に爆破処理をしているのだ。
 
この身の危険をも顧みない行動を見ているうちに、
言い知れぬ感動が湧き上がり、生徒たちは自然に涙が溢れていました。
・・・・・・
 
 
その後、御遺骨2柱と、残砲弾19個を2班に分かれてレレイ村へ引き帰し、
慰霊法要を翌日に控えた夜のことでした。
 
生徒のうち二人が夏井さんと講師のもとに来て、いきなり涙を流しながら土下座した。
夏井さんと教師の担当している残砲弾処理を見ながら
「たまらなくなった」と言いはじめたのです。
 
「私にもやらせて下さい。この手で、砲弾を慰霊台に上げるまでですが、
それだけでもやらせて下さい!」
 
夏井さんは生徒の赤く腫らした目を見ながら、
「その命の言葉、嘘はないな。
分かった。
しかし、もう一度だけ、日本のお父さん、お母さん、娘さん等の顔を思い浮かべなさい。
そして、もう一晩、考えなさい。それで、考えが変わらなければ、な」
 
彼らは深く頷き、真っ直ぐ夏井さんの目を見つめたまま涙も拭きません。
 
夏井さんはこの時のことを、
「この二名が素晴らしくて、他の四名はだらしないのでは決してありません。
中には、『正直、爆破処理する夏井さんや先生の姿を見て、また爆破の瞬間を見て、
怖くなりました。出発する成田までは、自分も命を懸けられると思っていました。
しかし・・・自分でもパニックになりそうでした。
しかし、こんな気持ちでいるのに、勢いだけで砲弾に近づくなんて、
逆に英霊の方々に失礼になると思うのです。まだまだ精進を重ねなくては、
まだ自分には出来ないことが分かったのです』と申し出た生徒もおります。
全員がそれぞれの自分自身の命に真正面から向き合ったのです。
結果が問題なのではありません。この姿勢こそが最も重要なのです」
 
そして、慰霊法要の日。
自らの手で拾い上げた御遺骨と砲弾を慰霊台の上に運び安置しました。
砲弾を運ぶことを申し出た二人は真剣に、そして慎重に運びました。
彼らの頬には自分でもなぜ泣いているのか言葉では説明できない涙が流れていた。
 
そして英霊達が戦ったこのガダルカナル島に、
彼らの若い僧侶たちの世界平和を願った渾身のお経が響き渡ったのです。
 
「この命の輝きはきっと次の世代へ受け継がれる。
これこそが我が国に必要な輝きであるに違いない」
と夏井さんはお経を聞きながら確信しました。
 
困難に継ぐ困難。密林の悪路に継ぐ悪路。
そして過酷な暑さと身体を酷使した疲労と脱水状態で何もかもが限界に達していました。
 
しかし、この島で戦われた英霊の方々の大変さはこんなものじゃない。
我々が住む日本という国を護るために、これ以上の過酷な状況下で敵国と戦い、
空腹の限界を超えて餓死し、マラリアなどにもやられながらも戦われたのだ。
どれほど苦しかっただろう、辛かっただろう。
食べるものもなく、待てども来ない救援。
その英霊たちの声なき声が一番つらい・・・。
 
英霊たちには比べるべくもないが、これがどれほど辛いか、短い期間でも体験できた。
何でも揃っている現代の豊かな日本を離れ、不便で気候も環境もすべてが違う島に来て、
彼らに真の心が芽生え始めたのです。
そしてそれを引き出した夏井さん。
 
彼らは声なき英霊たちへお経を捧げながら、いつの間にか目には涙があふれ、
ついには涙が流れ落ちたまま、それでも無心になってお経を読み続けていた。
そんな彼らの姿に、夏井さんもついには男泣きに泣いてしまった。
 
 
毎日彼らの様子を見ていた現地の年寄りたちは
ガ島で戦った日本の兵隊たちをも知っていました。
死を恐れずに勇敢に立ち向かって行った日本の兵隊さんたちを今も尊敬しているという。
そして、七度もこの島にやって来て、死をも恐れぬ夏井さんのその姿に、
昔の大和魂の日本の兵隊を重ね合わせて「ナツイは日本の軍人だ」
と誇らしげに言ってきた。
 
・・・・・・
 
今回、自らの手による爆破処理6個、残砲弾19個を回収しソロモン自治警察隊へ届け、
そして御遺骨2柱を発見回収して厚生労働省へ届けました。
 
7回の活動で御遺骨回収5柱、残砲弾処理148個です。
しかし、まだ残された砲弾で今現在も、現地の方々の命が脅かされていることは、
日本の国民の皆様が、忘れずに知っておかなければなりません。
自分のことばかりではなく、先人を敬い、他人を思いやる日本の心を取り戻したい。
 
 
・・・・・・
 
 
 
夏井さんの心の歌は前回ご紹介した「さすらい」と
もう一つ、この「昭和維新の歌」もガダルカナル島で歌っていたそうです。 
現状の政治の悪さや国家衰退を憂う人は、今一度この歌詞をかみしめられたい。
 
 
 
 
 
 
・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

栃木県とほぼ同じ大きさの島、ガダルカナルは単なる島の名前ではありません。
それは帝国陸軍の墓地の名です。
ここで最強といわれた帝国日本が陸戦においてはじめてアメリカに敗れました。
大東亜戦争において連戦連勝の日本はここから血のページを染めていくことになります。
 
ミッドウェー海戦で帝国海軍が敗北し、
このガダルカナル島(ガ島)において帝国陸軍の敗北が刻まれました。
これを失って以降、日本は大勢日々に傾くことになり、
まさに日米勝敗の天王山と称すべき6ヶ月にわたる激闘が、ここガ島でありました。
 
一木支隊、川口支隊、第二師団、第三十八師団の兵力が次々投入され、
その合計は約三万二千名に達しました。
そのうち戦死が一万四千五百五十名、
戦病死が四千三百名、
行方不明が二千三百五十名、の計二万二千名を失い、
残る一万名は廃疾者同様に衰弱したまま、かろうじて帰還するという全滅的敗戦でした。
 
第八方面軍司令官の今村均中将は、
引き揚げ兵団を直ちにショートランド島に見舞って、驚愕しました。
起立して報告できる将校はほとんどなく、
今村中将の慰労の片言を聞いただけで声を上げて泣き、
これが最強を誇る帝国陸軍の軍人とは信じ難い、
魂の抜けた幽霊と化しているのにびっくりしました。
今村中将は戦場で涙を見せるのは禁じられているため、室外に飛び出して涙をこらえた。
島から撤退してきた1万名も、もはや軍人ではなかった。
 
陸軍だけがガダルカナル島に墓を掘ったわけではありません。
犠牲の量は海軍も多く、前後6回の海戦がその周囲で戦われ、
戦艦霧島、比叡以下二十四隻、十三万五千トンが失われました。
 
海軍航空隊の犠牲も多く、ガ島戦六ヵ月で八百九十三機が失われ、
搭乗員の死者は二千三百六十二名にものぼり、
機数の損傷も当時の連合艦隊にとっては耐え難いが、
百戦錬磨の戦士二千三百四名を失ったことは対米空戦を戦ううえに大きな打撃でした。
これこそガ島が陸軍の墓地であるばかりではなく、海軍合わせた共同墓地であったと言われるゆえんです。
 
島の飛行場の奪還が目的であったガ島。
このジャングルの中に、あるいは草原に、または海辺に、鉄兜を冠ったままの白骨が、
傍らに剣銃を擬して、ルンガ飛行場の方向に向かって横たわっている光景が想像される。
・・・・・・・・・
 
 
 
富士山の麓にて「雨やどり」と称し、半自給自足の生活をしながら様々なボランティア活動を行っている夏井辰徳さん。
 
この夏井さんがガ島に行くことになったきっかけは思わぬことからでした・・・。
 
今から数十年前、当時、夏井さんは地雷というものに対し大きな憤りを持っていた頃、
たまたま「朝まで生テレビ」を見ていると、
何! 
と思った。
 
それはテレビの中で議員になる前のピースボートの活動家 辻元清美が、
口角泡を飛ばして自民党議員たちに対して畳み掛けていた。
「あなたたちはガダルカナル島で多くの残砲弾で現地の人たちが今も被害にあっていることを知っているか?」
「私は現地に行ってそれを見てきたんだ。あなた達は現状を知っているのか?」
それに対して絶句するばかりの自民党議員たち。
 
夏井さんは言われっぱなしの自民党議員たちも情けないが、自分自身もこう思った。
「自分も人の事は言えない。そんな現状が本当にあるのか・・・」
 
その日のうちに夏井さんは問い質すべく、辻元のピースボートの事務所を訪ねました。
「今朝のテレビを見たが、そのことを聞きに来た」
辻元本人は不在で、辻元と同行した者が出てきました。
 
夏井さんはその者にテレビでの事実確認をした後、
「ガ島には旧日本軍や連合軍の砲弾が今も取り残され、
それが不意に爆発して現地の人々を殺傷し苦しめているという。
その状況を見て如何されたんですか?」
考えてもいないことを聞かれて相手は驚いた。
「・・・。遺憾に思いますが・・・。 結果、何もしていません」
「遺憾に思うのは、そりゃ当然だ。現地のあの状況を知っていてそのままか?
いえ、本当の歴史というものを誰も教えてくれないのなら自分たちで足を運び、学び、
それを以降どのように生かすかは各々に委ねるということが、この団体の主旨であることは理解しています。では、●●さん、あなた個人としてそうした現状に対しどう思うのですか?何かされたんですか?」
「・・・。」
「一人の日本人として、一人の人間として、どう思われますか?」
「・・・・」
言葉が返ってこなかった。
あの状況を見てそのままか? 遺憾?  それで終わりか?
「貴様は日本人として、現地の方々が亡くなっているその状況を知っておきながら・・・遺憾の一言か・・・」
 
腹に据えかねた夏井さんはすぐに首相官邸、外務省、防衛庁、厚生省のそれぞれにも電話して
「ガ島はこのような状況ですが、知っていましたか? 国として対応はしないのか」
それに対して一様に、
「把握していません。それよりも日本政府としては“戦後処理”は終わっていますから」
 
何? 
“戦後処理”? それは銭金を指す。
現地に遺骨はいまだ帰還せず、残砲弾もそのままで、
現地ではどんどん被害が出ているじゃないか。
お金さえ払えばそれで全てが終わりか、・・・。
 
ピースボートで既に憤りの火が点いていたところに加え、
こうした日本の役人の対応に、夏井さんの行動に最早、躊躇はありませんでした。
「日本人としての大いなる悲しみと憤り」この一念でした。
国がやらないなら俺がやる!
 
これが夏井さんがガ島に行くきっかけでした。
・・・・・・
 
「日本の現状を見向きもせずに、平和だと言って、
自己中心で自分勝手で行き過ぎた個人主義が横行している日本人を憂い、
日本人としての、人間としての誇りを取り戻し、再生すべく、
微力ながらも自らの命を賭けてでも、砲弾処理と遺骨収集を行う」
夏井さんはそう決めた。 決めたら行動あるのみ。
 
夏井さんは昨年まで計六回、ガダルカナル島に行きました。
そして、今年も(平成2236日)7度目のガ島へ向かいます。行程は1週間。
 
日蓮宗・身延山大学の講師1名と生徒6名が一緒に行くことになりました。
学長・宮川了篤上人より
「この堕落した宗教界において、命懸けで事を成すということは如何なることか。
それを夏井さん、是非、生徒等に見せて欲しい」
とお願いされてのことでした。
 
夏井さんは言う。
「基本的には私が残砲弾処理を担当し、その姿を見ながら他メンバーが遺骨収集。
この活動は最大の要である『命と銭はてめぇ持ち』という前提です。
費用は生徒自ら寒行を行い賄いました」
 
先人達の遺骨収集というと正義感ある行動ですが、言うほど生ぬるいものではない。
残砲弾がいつ爆発するかも知れないところに、全くの素人が行くのです。
「死ぬかも知れない」
この言葉はいつも頭によぎっていたはずです。
まして現地では昨年も9人の方が死傷していました。
更に夏井さんは自身の命の他、7名の命までも背負っているのです。
 
「御遺骨収集には、先ず御遺骨がどのような場所にあるのかを把握せねばなりません。
英霊となられた方々は祖国日本を思い、最後の最後まで戦う気持ちでいたんです。
だから砲弾がいつでも撃てるように準備されてあるんです。
その砲弾のそばに眠っておられるんです」
 
僧侶の卵と言われても、現代に生きる日本の若者達にこの覚悟が出来るのか。
この覚悟を決するまでにやはり若者たちは数ヶ月の時間が必要でした。
・・・・・・
 
そして、いよいよガダルカナル島へ向かった・・・。
 
現地ガダルカナル島へ到着し、活動拠点となるレレイ村へ入りました。
夏井さんと共に命懸けの活動をサポートしてくれる現地の方々も決まり、
いざ英霊が眠るジャングルへ出発しました。
 
しかしジャングルの中です。次々に続く悪路。
大雨、強烈な日射、蚊、脱水症状等に苦しみながら、英霊の方々の元へ進みます。
 
半日で悪路に足を取られた一人の生徒が崖のようなところから10mほど転げ落ち捻挫しました。
これでは数日のジャングルは無理です。
レレイへ戻し、夏井さんたちが戻るまで村で御経を上げることにしました。
 
山越えが最も難関とされる険しい道。
ここを先輩である旧日本軍は行軍した後、餓死していった「白骨街道」と呼ばれる丸山道です。
次々にメンバーが転げ落ちたり、過度の疲労で動けなくなったりしました。・・・
 
 
 
 
・・・・・・
ブログ友の夏井さんにこんなことを聞いてみました。
「ガ島で苦しい時につい口ずさんだりした歌がありますか?」
「心で口ずさんでいた歌があります」
と言って教えてくれたのが「さすらい」です。
おっと!小林旭。
 
私はつい唸ってしまいました。
 
この「さすらい」の元々の曲は「ギハロの浜辺」という曲で、
かつて大東亜戦争中にフィリピンのルソン島に駐屯していた日本兵士たちに歌われた歌です。
このギハロというのはルソン島にある地名です。
この歌はニューギニア方面の兵士たちも歌って日本をしのんでいたという。
きっとガダルカナル島でも歌っていたかもしれません。・・・
 
夏井さんはこの曲の二番が気に入っているという。
 
知らぬ他国を流れ流れて
過ぎて行くのさ 夜風のように
恋に生きたら楽しかろうが
どうせ死ぬまで ひとりひとりぼっちさ ・・・
 
恋して自分の快楽を求めて思うように生きていれば楽しいだろうが、
それよりも大義のために生きることを選ぶ。
ガダルカナル島という遠い島での夏井さんの心境が現われている。・・・
 
 
 
 
 
 
 
 

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

北海道からの贈り物

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 昨日の昼ごろ、北海道から荷物が届きました。先日お会いした「遊坊」さんから、東京でのお礼という事で送っていただきました。こちらが逆に恐縮してしまうほどの荷物で驚きました。この場を借りてお礼を申し上げます。

    「ありがとうございます」

 冒頭の写真は、旭川ラーメンの詰め合わせなのですが、

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 旭川の有名店のラーメンなのだと思うのですが、色んなラーメンがあるものだと少し驚いています。「麺食い」なので、食べるのが楽しみです。^^)


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 子供たちが大喜びした「夕張メロンゼリー」です。


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 呑ベイオヤジにご配慮いただきました。
 中には、焼酎が4種類入っています。「ジャガイモ」「サツマイモ」「昆布」「麦」の4種類の原料から造られています。「ジャガイモ」と「昆布」は、初めてですので非常に楽しみですが、暫くは眺めてニヤニヤする事にします。それにしても、北海道というところは、お土産になるものが豊富な地域ですね。北海道全土では、どれほどの数があるんでしょう。


 昨晩ですが、我慢できなかったので・・・・・・・ラーメンをいただきました。^^;)


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 美味しかった!


 毎日のように政治の話では、苛立つ事も多いのですが、オヤジ的には嬉しい週末でした。


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