|
昨日は、あるセミナーに行ってきました。この年になっても学ぶ事は色々あるもので、日本語の理解力の低さを実感して帰ってきました。普段何気なく使っている日本語が、実はある規則に則って理解しなければならない時、自分たちの母国語でありながら、全く正しく理解していない事に気がつきます。 日本語で会話しているにも拘わらず、実はニュアンスに頼ったり、相手が理解してくれるだろうという不確かな文脈で話している事に気がつくというのは、非常に落ち込みます。これが自分の現状かと思うと、自分のブログでの記事が非常に分かり辛い稚拙なもので、読んでくださってくださる方たちに我慢を強いているのではないかと、申し訳ない気持ちになりました。 何の事か分かり辛いと思います。私の仕事上では避けて通れない食品表示のお勉強に行ってきたのですが、食品と一口に言っても「食品衛生法」「JAS法」「景品表示法」と縛りのある法律に囲まれているわけで、それぞれに縛りが違うところに食品表示の難しさがあります。 法のお勉強というより、国語の理解力が問われているような、そんな難しさを感じたのですが、そこが日本の現状の難しさと問題の肝でもあるのだろうと感じてしまう事に目が向いてしまう自分が、可笑しくて苦笑いしてしまいます。 考えてみれば、食品というものに3つの法が必要なんでしょうか。それぞれに役割があるのは分かりますが、それ故に複雑且つ問題を見失うという愚かな事になっているように感じます。法の抜け道を防ぐために、より細かな法を整備する事により、より多様な解釈が出来る様になり、結局は問題を複雑化させているのではないかと思うのです。 さて・・・本日は、個人的な活動の中で将来的には盟友と呼べるであろう人達とのお勉強会に参加させていただきました。 個人的には、非常に有意義であり、この活動にはかなりの可能性が有ると個人的には思っていますが、参加された方たちの中には、初対面の方やそこまで考える余裕や突き詰めて考えた事がないという方もいたのだろうと思います。所詮個人の考えを持ち寄るのですから、そこに温度差が有っても良いし、アプローチの仕方が違っても良いと思っています。ただ、疑問を持たない人たちの集まりではないとだけ言っておきます。また、信念の無い人たちの集まりでもないと思っています。20代から50代まで、視点は違えど、現状の日本に疑問を持ち、何かできないか・・・問題として捉えているうちの一つでも解決できる人間がいれば、選挙ではそれだけで投票しても良いという意見が言える刺激的な人間との出会いでした。 「井の中の蛙、大海を知らず」と昔の人は言いましたが、私の様な人間にはピッタリの言葉です。本当に反省しきりでした。素朴な疑問が、実は大きな問題の根本になっているという事を改めて考えさせらる時間だったと思います。 日本人の大らかさというものも考えさせられました。日本人が大らかであるというのは、厳格な日本人との正反対の部分ではないのかと考えがちですが、法が単純であれば厳格に守る事も出来、大らかにも出来るという事ではないでしょうか。要は、法に縛られるのではなく、法を司るのは所詮人間であるという事であり、守るのが何であるのかという根本がはっきりしていれば良いのではないでしょうか。 利益のために法が有るのではなく、人のために法が有るという事を弁えていれば、司法に従事する人間がすべき事が何で有るのか自ずと明らかな筈ですが、最近はそこを踏み違えている事が多いように思います。天に唾する行為を敢えて犯しているとしか思えない人間がいる事、そこにも考えを至らせないといけないのかもしれません。 この記事を書いている最中に次女が色々質問をぶつけてきましたが、結局は日本人にとって全ては道なんでしょう。お天道様は見ていると言われれば、少なからず強弁に躊躇いを持つのが日本人と考えれば、それが理解できる証左でもあるわけで、お天道様に通じる道こそが日本人が求めて止まないものなのではないかと考えたりします。 言葉が適当なのか・・・・不適切なのか、よく分からないのですが、そこにこそ外国人も憧れをもつのではないでしょうか。日本人が極めていないとしても、それを追い求める日本人の姿に人間としての姿を憧れをもってみる外国人がいたとしても不思議はないと思います。 本日も拙い記事にお付き合いいただき、ありがとうございます。 . 菅首相「支持率1%でも辞めない」=鳩山氏と昼食 恥ずかしさは、ある意味において日本人の美徳だったと思いますが、信念のある事なら許されることもあります。今回はどうなんでしょうね。 |

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動



