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お久しぶりです。
あれから一カ月が過ぎようとしています。
今も「あれ、最近電話がこないな。」と、ふと思ってしまう自分がいます。
もうお話しすることが叶わないのは分かっているはずですが、どこかに受け入れがたい気持ちが残っているのでしょう。
電話でお話しさせていただいた後には、「よくそんなに話す事があるね。」と、家族には言われていたものですが、色んなお話をさせていただき、いろいろと教えていただくことも多かったと思います。
ブログを通じて知り合い、ほどなくご本人とお会いする機会に恵まれました。私の地元の居酒屋で、杯を傾けながらお話しさせていただきましたが、あっという間に時間が過ぎてしまった事を思い出します。
SKYPEを通じてお互いの顔を見ながら、杯を傾けつつお話しさせていただいたり、仕事の合間にお電話をいただくこともありました。
今年になってからは、頻繁にご連絡をいただき、最近の仕事の状況や政治の事などのほか日本人とはというお話をお聞かせくださいました。未熟者の私には、本当に勉強になるお話が多かったと思います。
妹様からは「一番発信履歴が多かったので・・・」という事で、亡くなられた後にお電話をいただきましたが、ブログを通じて知り合った人間の中で最初に訃報を受けたのだろうと思います。言葉を無くすとは、まさにこの瞬間の事だったと思います。
最近になって少しばかり気持ちが落ち着いてきました。なぜ、こんなにも早く亡くなられたものかと自分なりに考えていて、私なりに一つの考えというか想いに至ったためでしょうか。
ある方に以前教えていただいたことですが、人は神様の御霊を分けていただいてこの世に生を受け、死ねば神様の御霊にもどるのだそうです。
ではなぜこの世に生まれてくるのか、(此処からは私の勝手な考えですが)それは修行なのではないかと思います。
細かい話は、ここでは止めておきますが、敬天愛人さんは、その修業を早くに終えられ来るべき日に備えるために神様が早々にお召しになったのではないかと思います。
日本を憂い、日本の将来を考え、日本を誰よりも思ってきた敬天愛人さんに相応しい役割を担って再びこの世に生を受ける日が来る事を信じることにしました。
敬天愛人さんをご存じの方々には、それぞれにそれぞれの思いが御有りだと思います。私にもあります。「もう飲んでますか!?」と、明るい声で電話をかけてきてくださった敬天愛人さんのお声を二度と聞けないのかと思えば、悲しいばかりですが、いずれ重要な役割を担われてこの世に生を受ける日が来ると思えれば、少なからず希望が持てるように思います。
敬天愛人さんと最後にお話しさせていただいた時「本当に叶えたいと思うのであれば、神様に十回口に出してお願いしなければいけないんですよ。口に十と書いて叶えるという字になるでしょう。」と教えてくださいました。
今は、ただただ敬天愛人さんのご冥福をお祈りし御霊の安らかならん事を願うばかりですが、次に神社に行く時には、実践してみようと思います。重要な役割を担われてこの世に再び現れる敬天愛人さんにお会いできる事を・・・・・。
それでは、失礼いたします。
つまらないオヤジ 拝
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