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お久しぶりです。 |
無題
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突然ですが、いろいろ考えてブログをやめることにしました。 |

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先週の日曜日は、一年ぶりに遊坊さんにお会いし楽しい時間を過ごさせていただきました。何時もより余分に飲んでしまい、ちょっと顰蹙を買ったかなと思いつつも楽しい記憶ばかりが残るものです。 さて、話は変わりますが、一昨日ある方からとんでもない話をお聞きしました。 実名を出すのは憚られますので被災地のK市としておきますが、このK市には被災直後から映像に頻繁に出てきた工場があります。Y社の工場としておきます。このY社の工場は、建物は残ったものの中はめちゃくちゃで、再開のめどが立たない状況でした。Y社は、K市からの撤退を決めていたそうですが、K市の市長の要請もあって復旧再開に方針を変更します。 この工場では、特殊な製品を作っていて、そのために世界中探しても此処にしか無い特殊な機械を使っていましたが、津波によって流されてしまいます。時間が経って発見はされたものの修理して使えるかどうかも分からない状況でしたから、撤退を考えるのはごく当然の判断だと思います。その方針を変更するにあたって、市長さんの熱意が並々ならぬものであった事は容易に想像できるし、市長の言葉に耳を傾ける誠実な姿勢がY社にもあったと思います。 当然のことですが、この工場で働いていた従業員の解雇もしていません。 震災から2か月が経ち、Y社の社長がK市の状況の視察と工場の復旧状況の確認と従業員を労わるためにK市に行くことになります。K市に向かう当日のこと、何処から聞きつけたのか、駅で待ち構えていた多数のマスコミ関係者にY社の社長は囲まれてしまいます。何事が起ったのか理解できずにいると、記者と思われる人間が「何をしに行くのか」と聞いてきたので、目的をそのまま答えます。すると違う記者らしき人物が「従業員を全員解雇するのではないか」と言い出します。社長は、事情を説明し「従業員は一人も解雇する気は無い!」とはっきり言ったそうです。その途端にマスコミ関係者は、蜘蛛の子を散らすように一人もいなくなってしまったそうです。 この話を聞いて暫く口が開いたままになっていたと思います。 「人の不幸が飯のタネ」であり、よい話は取り上げる価値も無いと考えているんでしょうね。最低な職業だなと思わずにはいられませんでした。 最低と言えば、今週は世にも珍しいドタバタ劇を観賞することになりました。主人公は、「嘘吐き」に「ペテン師」と呼ばれる、ある意味において最強の人物です。 当日の昼に流された速報ニュースを見て、事此処に至って遂に覚悟を決めたのかと思い、内閣不信任案は否決されるなと漠然と考えていたんですが、代議士会を見ていなかった人間の悲しさ・・・世の中には善人ばかりが居るわけでは無い事を忘れていました。 考えてみれば、腐ったマスコミに作られたような現政権ですから、とことん腐っているんでしょう。確かに代議士会の様子をTVで確認すれば、「辞める」とは一言も言ってませんし、見方を変えれば復興に目途がつかなければ何時まででも居座るよ!と宣言していただけであったと思います。 こんな連中に騙されている前総理は、在任時に「ルーピー」と言われ続けただけの事はあると今更ながらに納得してしまいました。3つのお約束事が書かれた紙切れにしても、復興が何で最後なんでしょう。後になって「騙された!」と騒いでみても、自分の作った政党が一番、国民の事は最後で良いという愚かな姿勢が、相応しい結果をもたらしただけとしか思えません。 結局は、ルーピーの一番大事なものを守ろうとして全てを失うような気がします。自分がやっている事がどんな結果を招くのか理解されていない様ですからね。 もっとも、民主党なんて「百鬼夜行」の棲家など守る価値も無い様な気もしますけど、宇宙人には棲み心地が良いのでしょうか。 本日もお付き合いいただきありがとうございます。 |
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長いこと更新をサボっていたオヤジです。公私にわたり何かと忙しく、記事の更新まで手が回らなかったんですが、ここにきて一時的に落ち着いてきました。もっともこれも2週間程度の事で、時期的に直ぐ忙しくなる事は見えていますので、更新できない日が続くかもしれません。 さて、今週は娘の卒業式が有りまして、入学式や卒業式に一度も参加した事のないオヤジが初めて娘の卒業式に参加してまいりました。基本的には、入学式も卒業式も仕事優先のオヤジには縁の無いものなんですが、「答辞」を娘が読むとなれば無視もできず、仕事を早退させてもらい参加する事にしました。写真の壇上で背中を向けているのが私の次女です。こんな日が来るとは考えたことも無く、中学の時には3と2が並ぶ成績表に苦笑いしかできなかった事が嘘のようです。 人間は、その気になれば変わる事も出来るのだと、娘の頑張りを見て感じてしまう事が有るなどとも思ってもいませんでした。もっとも、そんなに自慢できるようなレベルの高い高校ではありませんが、入試では2倍前後の人気のある高校で、学科試験の無い面白い高校です。 親バカ親父としては、非常にうれしい事のあった一週間でしたが、卒業式当日の校門の前に居た連中を見て怒鳴りだしそうになった事もご報告しておかなければいけません。 卒業式という目出度い日に「憲法改悪反対」などと書かれた幟を立てて署名している連中が校門の前に居たら皆さんはどのように反応するでしょう。私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「何でこんな日に校門の前にお前らみたいのが立ってるんだ!」と3回も・・・・・4回目は妻に止められました・・・・orz 我ながら大人気ないと思ってしまうんですが、どうも我慢できません。そういえば去年の参院選の時に民主党候補が駅前で演説している時も「嘘吐きは帰れ!」と叫び、次女に止められた事もありました。−−;) 昨日は、TVに向かって「ふざけるな!」と怒鳴ったんですが、娘も妻も笑って「もっと言え!」・・・・・・・外と家の中は違うようです。(当たり前ですね ^^;) 昨日は、帰宅した時に丁度「野田」「レンホウ」「前原」の3人が献金で追求されている最中で、3人とも歯切れの悪い答弁に終始していましたが、献金した人間が覚せい剤取引で名前の挙がった事のある人間であることが暴露されると大臣席が固まってしまったのには、思わず笑ってしまいました。こんな奴らでも流石にまずいと感じるんだと不思議な気分でしたが、前原の違法献金にはやはり後ろめたい事ばかりしている連中の集まりでしかないと再確認しました。 所詮は、売国奴の集まりで、仙石などは「人権救済法案(人権擁護法)」に一生懸命取り組むんだそうです。呆れ果てるしかないですが、これが民主党の真の姿なわけで、こいつらが「国益」などと口にする事こそ「方便」なんでしょう。「国民の生活が一番」・・・・・笑わすな!と言っておきます。 過去に3月解散が有ったのか調べてみたら「バカヤロー」解散が3月だったようで、菅総理が言っている事なんて余り考慮する必要もないんでしょう。多少混乱するのかもしれませんが、これ以上日本を駄目にされるよりはマシだと考えれば、解散総選挙になったとしてもその方が日本の為にはなると思います。 個人的には、2大政党制がこの国に適しているとは思いませんし、何処の国の政党か得体の知れない政党は日本に必要無いと思っています。腐ったリンゴがたった一つ有るだけで、箱の中のリンゴ全てが腐ってしまう事を考えるなら、民主党はまさに箱の中の腐ったリンゴでしかないでしょうね。早く取り除かなくてはいけません。 本日も取り留めの無い記事にお付き合いいただきありがとうございます。 |

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稲むらの火 「これはただ事ではない」とつぶやきながら、五兵衛は家から出てきた。今の地震は、別に烈しいというほどのものではなかった。しかし、長いゆったりとしたゆれ方と、うなるような地鳴りとは、老いた五兵衛に、今まで経験したことのない不気味なものであった。 五兵衛は、自分の家の庭から、心配げに下の村を見下ろした。村では豊年を祝う宵祭りの支度に心を取られて、さっきの地震には一向に気が付かないもののようである。 村から海へ移した五兵衛の目は、たちまちそこに吸いつけられてしまった。風とは反対に波が沖へ沖へと動いて、みるみる海岸には、広い砂原や黒い岩底が現れてきた。 「大変だ。津波がやってくるに違いない」と、五兵衛は思った。 このままにしておいたら、四百の命が、村もろとも一のみにやられてしまう。もう一刻も猶予はできない。 「よし」と叫んで、家に駆け込んだ五兵衛は、大きな松明を持って飛び出してきた。そこには取り入れるばかりになっているたくさんの稲束が積んであった。 「もったいないが、これで村中の命が救えるのだ」と、五兵衛は、いきなりその稲むらのひとつに火を移した。風にあおられて、火の手がぱっと上がった。一つ又一つ、五兵衛は夢中で走った。 こうして、自分の田のすべての稲むらに火をつけてしまうと、松明を捨てた。まるで失神したように、彼はそこに突っ立ったまま、沖の方を眺めていた。日はすでに没して、あたりがだんだん薄暗くなってきた。稲むらの火は天をこがした。 山寺では、この火を見て早鐘をつき出した。「火事だ。庄屋さんの家だ」と、村の若い者は、急いで山手へ駆け出した。続いて、老人も、女も、子供も、若者の後を追うように駆け出した。 高台から見下ろしている五兵衛の目には、それが蟻の歩みのように、もどかしく思われた。やっと二十人程の若者が、かけ上がってきた。彼等は、すぐ火を消しにかかろうとする。五兵衛は大声で言った。 「うっちゃっておけ。ーー大変だ。村中の人に来てもらうんだ」 村中の人は、おいおい集まってきた。五兵衛は、後から後から上がってくる老幼男女を一人一人数えた。集まってきた人々は、もえている稲むらと五兵衛の顔とを、代わる代わる見比べた。その時、五兵衛は力いっぱいの声で叫んだ。 「見ろ。やってきたぞ」 たそがれの薄明かりをすかして、五兵衛の指差す方向を一同は見た。遠く海の端に、細い、暗い、一筋の線が見えた。その線は見る見る太くなった。広くなった。非常な速さで押し寄せてきた。 「津波だ」と、誰かが叫んだ。海水が、絶壁のように目の前に迫ったかと思うと、山がのしかかって来たような重さと、百雷の一時に落ちたようなとどろきとをもって、陸にぶつかった。人々は、我を忘れて後ろへ飛びのいた。雲のように山手へ突進してきた水煙の外は何物も見えなかった。人々は、自分などの村の上を荒れ狂って通る白い恐ろしい海を見た。二度三度、村の上を海は進み又退いた。高台では、しばらく何の話し声もなかった。一同は波にえぐりとられてあとかたもなくなった村を、ただあきれて見下ろしていた。稲むらの火は、風にあおられて又もえ上がり、夕やみに包まれたあたりを明るくした。 はじめて我にかえった村人は、この火によって救われたのだと気がつくと、無言のまま五兵衛の前にひざまづいてしまった。 最近知ったかつて小学校の国語読本に採用されていたお話です。昭和12年から昭和22年まで掲載されていたそうですが、今でも十分通用するというか、今こそこういった教材を通じて子供たちに教えていくべきなのではないでしょうか。 ウィキペディアによれば :稲むらの火(いなむらのひ)は、1854年(安政元年)の安政南海地震津波に際して紀伊国広村(現在の和歌山県広川町)で起きた故事をもとにした物語。地震後の津波への警戒と早期避難の重要性、人命救助のための犠牲的精神の発揮を説く。小泉八雲の英語による作品を中井常蔵が翻訳・再話し、かつて国定国語教科書に掲載されていた。主人公・五兵衛のモデルは濱口儀兵衛(梧陵)である。 興味のある方は、調べてみるのも楽しいと思います。 |


