つまらないオヤジの話

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誰か教えてください!

 最近、気になっている団体があります。
 教育についてあれこれ考えているうちにこの団体にぶつかりました。
 この団体がどのような団体なのか、知っている方がいましたらお教えください。

http://tcs.dialog.jp/www/


 教育のあり方が、改めて考えられるような気がしています。


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お詫び

 昨日、記事を更新しませんでした。
 実は、PCを新しくしましたので、セットアップやデーターの移動などで更新できませんでした。

 古いPCは、最近不具合が多く、先日は苦労して書いた記事がスダレになって流れてしまうなどしていましたので、妻が練習用にほしがっていたこともあり、購入することにしました。

 まだ、データーの移動が完了していませんので、今しばらく皆様のブログへの訪問ができないことをお詫び申し上げます。
 
 作業が終了次第、皆様のブログへの訪問を再開致したいと思いますので、お許しください。

                     つまらないオヤジ

いじめで思うこと

 最近、裏サイトがまた話題になっています。
 自殺者が出たりするとマスコミが話題にしますが、本来マスコミはこのような問題を一過性のものとして扱うのではなく、ひとつのテーマとしてさまざまな角度から扱っていくべきだと思います。

 学校でのいじめが減っているかのように言われていますが、本当にそうなんでしょうか。

 私の娘は、2人ともいじめられていました。
 上の子は中学と高校で、下の娘は中学の時ブログのコメント欄と教室で。

 上の子の時は、私が単身赴任でしたので妻が対応しました。
 下の子の時は、私自身が対応して早期に解決しましたが、私が学校に行って感じたことを簡単に言えば、学校の先生はパソコンで文章も打てない人が多い、ブログを知らない、掲示板のことを知らない、どう対応して良いか分からない、管理職は逃げ腰とゆう事です。

 特にこの中学だけなのかも知れませんが、管理職の態度は我慢のでき無いレベルで、「ブログに関しては学校では対応できない」の一点張りでした。
 担任は良い人で、出来る事をひとつずつしてくれましたが、保護者から何らかのクレームが入ったらしく、管理職から何かを言われていたようで、途中で行き詰っていたようです。

 この管理職曰く、学校でのいじめについても「当校でいじめは無い。いじめがあれば学校が責任を持つ」だけ。
 
 結局、地元の警察署に相談に行きました。
 警察の生活安全課だったと思いますが、親切に対応していただきました。
 「翌週にちょうど其の中学に行くので、話をしておきます。」
 との事でした。

 聞けば、所轄の範囲の学校には定期的に巡回し、学校長などとお話をしているとの事でした。

 それから暫らくして新学期を迎えると、あの管理職は移動になっていましたが、それが定期的な移動によるのか、私には知る由もありません。

 昨日もTVを見ていると、裏サイトの話題で、何人かの保護者に聞いていましたが、一様にそこまでは見ていられないと言っていました。
 だったら何処までなら見ていられるんだ!?と、心の中で突っ込みを入れていました。

 今時の親とは、何処まで子供に関わっているのか疑問になりました。
 携帯やパソコンを買い与えても、子供がどう使うかを知らないなんて事は、私には理解不能です。
 私は、子供が携帯を欲しがった時もパソコンを欲しがった時も、なぜ欲しいのかを聞きました。
 皆さんは、そうしないのでしょうか。

 子供が部屋に閉じこもっている時に、何をしているのか気にならないのでしょうか。
 子供が、学校で今日どんな事をしてきたのか気になりませんか。

 私は、すごく気になります。
 すぐ聞きます。
 夕飯の時は、できる限り子供の話を聞きます。

 いじめに対しての最後の砦は、親です。
 親が気付いて上げられない事、不自然にしか感じません。

 学校の責任も無しとは言いません。

 でも、最後に子供に責任を持つべきは、保護者である親ではないですか。
 もし、自分の子供がいじめで自殺したとしたら、悔やんでも悔やみきれないと思います。
 なぜ、助けてやれなかったのかと、なぜ、気付いてやれなかったのかと。

 そんな事にならないように、気を使うべきは親の責任だと思います。

 学校を責める事は、親が無責任である事の責任転嫁でしかないし、親としての恥を公言しているに他ならぬ行為だと思っています。

 私を過保護と思う人がいたとしても、私はそんな人に一言言います。
 「あなたは、子供を最後に叱ったのは何時ですか。」
 怒る事と叱る事は、似て非なるものです。
 それを勘違いしている親が多いような気がします。

 我が家では、以前に叱った事がきちんと出来ない時は怒りますが、それ以外の時は叱ります。
 諭すように叱ります。
 子供が納得するまで話します。

 私が怒った時には、そっぽを向かれる事もありますが、以前に叱られている事ですから時間が経てば、娘のほうから寄ってきます。
 其の時には、また話をします。
 こんな事の繰り返しです。
 ちなみに、最近叱ったのは昨日です。

 細かい事は話せませんが、10分で話は終わり、学校の事で話が盛り上がって今日の私は寝不足です。

 いろんな考えがあって良いとは思いますが、基本をはずしてはいけないと思います。
 親としての基本をはずさない事、それだけは譲れませんが・・・・・・何か!?


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源頼朝はニセものだった!? 浮上したナゾを追う
11月29日18時23分配信 産経新聞



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像主について論争が起きている伝源頼朝像(神護寺蔵)(写真:産経新聞)

 初めての武士政権を樹立した平清盛は公家社会の頂点に立つことで、覇権を握った。その平氏政権を倒した源頼朝は、武家社会の頂点に立ちながら国を統治した。

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 朝廷から独立した「幕府」の誕生だ。頼朝は鎌倉幕府初代将軍であり、江戸幕府崩壊までの700年に渡って続く幕府中心社会の始祖といえる。

 武士として覇業を成し遂げた頼朝の「顔」というと、誰もが思い浮かべる肖像画がある。教科書でもおなじみの国宝「絹本著色伝源頼朝像」だ。黒い束帯を身にまとう、りりしい姿は武士の頂点に立った男の顔にふさわしい。

 この頼朝像は同じ構図で顔の向きが違う平重盛像、藤原光能像とともに「神護寺三像」と呼ばれている肖像画シリーズの一つ。絵自体に作者や像主を示す証拠はないが、三像が3氏であるとする通説は寺伝に残る記述の数々を根拠に生まれ、語り継がれてきた。

 「神護寺略記」などによれば、三像以外にも後白河法皇像と平業房像の肖像画があった。法皇は文治4(1188)年、同寺に仙洞院を寄進している。4年後に法皇が死去すると同院には法皇像を中心に、4人の肖像画がかけられた。法皇像は室町時代に写されたものが残っているが、原本は何らかの原因で散逸したと考えられている。

 一定の年代以上の日本人は、通説に基づいた教科書で、これが頼朝の顔であると教えられてきた。しかし最近の教科書は、「伝頼朝像」と書かれていたり、単なる鎌倉時代の肖像画として紹介されているケースもある。日本人の脳裏にすり込まれた、りりしい頼朝の周囲に何が起きたのか。

 平成7年、当時東京国立文化財研究所に在籍していた米倉迪夫氏(現・上智大学教授)が唱えた仮説が社会に大きな反響を呼んだ。あの「源頼朝像」が別人であるとする仮説で、教科書の記述を揺るがしたきっかけの一つとなっている。

 制作年代や作者について、通説を疑問視する声は昔からあった。米倉説は目や耳の描き方から三像が14世紀中ごろの絵と推定したうえで、像主を覆すところまで踏み込む。「重盛像」が足利尊氏で「頼朝像」は尊氏の弟・直義、「光能像」は室町幕府2代将軍・義詮であると主張する。

 物的証拠として挙がったのが京都御所に残る足利直義の願文だ。願文には「征夷将軍(尊氏)ならびに予(直義)の影像を図き、もってこれを安置す。良縁をこの道場に結び、信心を末葉に知らしめんが為なり」と書かれていた。米倉説は、文中の「影像」こそ三像であるとしている。

 しかし直義願文で納めたとする肖像画は2幅。現存するもう1幅「伝光能像」の説明はつかない。

 米倉氏は、「納入事由にはおのずと直義の画像納入事情とは微妙に相違する背景があろう」(『肖像画を読む』角川書店)と説明。これに対し、文化庁主任文化財調査官を務めた宮島新一氏は『肖像画の視線』(吉川弘文館)の中で、「根拠薄弱と言わざるを得ない」と指摘、米倉説の問題点と通説の正当性を書き連ねている。

 米倉説は光能像を義詮像と推定した根拠に、足利家の菩提寺・等持院(京都市北区)に残る義詮木像を取り上げた。木像と肖像画を比較したところ、目やくちびるが似ているとする。似てはいるが、木像は制作年代がはっきりしておらず、比較対象としてふさわしいかについては批判もある。

 神護寺の谷内弘照住職も米倉説には冷ややかだ。「頼朝の娘が亡くなると、寺の住職がお悔やみ文を送っています。その返礼もありますし、頼朝の妻、北条政子からの手紙も残っています」。頼朝と寺との親密さを伝える史料がある一方、足利家との関係の深さもうかがわせる史料は見つからないという。

 仮説を補完する証拠はないが、通説を裏付ける完全な証拠もない。論争で積み上げられた状況証拠を並べると、今のところあの頼朝像は、頼朝ではないか。今まですり込まれてきた、りりしい姿であってほしいという思いもあるけれど…。(渡部圭介)

 ■神護寺三像 鎌倉時代の似絵(肖像画)の代表作で3幅で国宝指定を受けている。「神護寺略記」によると作者は藤原隆信となっているが、筆致などから複数の絵師が関わっているとみられ、隆信が総指揮をとる形で制作されたとの見方がある。米倉氏は神護寺略記に後白河法皇ら5人の名前の後に「等」という記述があることから、ほかにも多くの肖像画があった可能性を示唆しているが、この点については宮島氏も「傾聴すべき意見」と評している。

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 鎌倉幕府の成立は、実は1191年だとかで一時話題になり、学校で習ったのは一体なんだったんだろうなんて思った時もありましたが、今度は源頼朝の肖像画まで違うかもしれないとゆう説が出てきましたか。

 どっちでも良いとゆうわけには行きませんよね。
 教科書に載ってるんですから。

 女性にモテタそうですからあんまり酷いのも困りますし、長い事この肖像画で通してきていますので、今更変えられてもな〜〜と思います。

 何よりも国宝指定を受けているんですから、早急にはっきりしていただきたいものですが。

 私の中では、鎌倉幕府を開いた人とゆうよりも、初めて弁当を持って花見をした人とゆう方が興味があるんですけどね。


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申し訳ありません!

 当ブログにご訪問くださいます皆様にお詫びです。
 本日、ブログでの活動が出来ません。
 朝早くに少しだけ出来る範囲で、コメントなど入れさせていただきましたが、

 妻とデート中です。散髪デートですが。

 髪を切りに行くところから同じですので、その後食事に参り、ネットカフェでこれを書いています。
 
 本日は、皆様の訪問が出来ませんが、明日には、必ず訪問させていただきますのでお許しください。

 たまにはいいですよね!

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