つまらないオヤジの話

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 選挙まであと4日となりましたが、誰に投票するかお決めになったでしょうか。私は、まだ迷っていますが、東京には一人興味深い方が居ます。分かる人には分かっていただけると思いますが、今のところは誰に投票するとも決めていません。

 いつの間にか、選挙の争点が「消費税」などという矮小なものにすり替わってしまっている様な気がします。これもマスコミの為せる技なのでしょうか。民主党が、あまりにもアホだと思っていると、野党も情けないというのが現状で、本当にうんざりしてきます。

 「消費税」などを争点にして選挙を戦って良いのでしょうか。火炎瓶千葉は、これ幸いと闇法案を秋の臨時国会で採決しようと着々と準備を進めているようですが、なぜ誰も正面切って争点にしようとしないのか、民主党政権の恐ろしさを前面に押し出さないのか不思議です。

 マスコミが「消費税」と言えば、それに乗っかってしまう政治って、いったい何なのかと頭の悪い私には理解できなくなります。国家あっての「消費税」であって、国家無くして何を言っても虚しい議論でしかありません。国家存亡の危機とも言える現状を政治家は理解していないのでしょうか。

 今回の選挙は、「盛り上がりに欠ける」と周囲から声が聞こえてきますが、それこそがマスコミの目的なのかもしれませんね。盛り上がりに欠ければ、投票率が下がり組織票が有利になる訳ですし、民主党が有利になるのは目に見えています。左翼マスコミにすれば、願ってもない結果が見えてくるという事なのかもしれません。

 考えてみれば、戦地で亡くなられた英霊の方々の遺骨収集すらままならぬ国ですから、国家感無き国家になりつつあるのかもしれません。国家としての責務も果たせず、国民も其の事に興味も持たないのですから、政治に国家感が欠如していたとしても不思議はないのかもしれません。

 来週は、靖国神社で「みたま祭り」が行われますが、現状を考えれば何時まで続けられるのだろうと、悲しい気持ちになります。現総理は、靖国神社に参拝しないと明言しています。こんな総理が、表だって批判されないのですから、「みたま祭り」の中止だって現実になりかねないと思ってしまいます。当然の事ですが、現総理が8月15日に靖国神社に公式参拝をする事も無いわけで、これが日本の現状です。

 なぜ、総理が公式参拝をしないのでしょう。中国様のご機嫌を損ねるから、韓国で日の丸が燃やされるから、政教分離に違反するからなのでしょうか。外国が何を言おうとも、日本国内の問題であり、中国や韓国が外交問題として取り上げるのは、筋違いも甚だしい。まして政教分離の問題にするのは、明らかに馬鹿げています。神道は、宗教というより日本の伝統文化であり、他の宗教の様に信者を募ったりはしません。政教分離を持ち出すなら、明らかに違反している政党も有りますが、そちらは問題にしなくて良いのでしょうか。

 今回の選挙が終わると一カ月ほどで、8月15日がやってきます。この日に公式参拝する政治家が増えている事を七夕の空に祈りたいと思います。


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 更新がままならないオヤジです。今日は土曜日ですので、久しぶりに更新します。

 一昨日の事ですが、次女が帰宅後に突然その日の授業の話をし始めました。こういう事はあまり無いのですが、話を聞く事にしました。

 政経の授業での事、先生が「A国は、半数の国民が年収800万、残り半数は年収200万、対してB国は、国民すべてが年収400万だった時、貴方はどちらの国に住みたいか。」と生徒に質問したそうです。前提条件が年収だけというのも変な話ですが、これだけを元にA・B両国がどんな国であるか想像する事も授業としては大事なのでしょう。

 結果としてA国を選んだ生徒は9人、B国を選んだ生徒は15人だったそうです。ここで生徒達による討論となる訳ですが、子供たちが小中学校でどんな教育を受け、親たちが子供にどんな教育をしているのか垣間見る事が出来ます。

 B国を選んだ子供たちの主張は「平等に思える」「働く者が等しく評価される」というものです。方やA国を選んだ数で劣勢に立たされた生徒の主張は「どんな仕事、どんな責任を持たされても年収が同じでは、評価は平等とは言えない」というものです。

 次女は、A国を選んだ生徒の筆頭として意見したためにB国を選んだ生徒から『そんな人だとは思わなかった」とまで言われてしまったそうで、それが原因で帰宅後に堰を切ったように話し始めた様です。普段おとなしくクラスの中にひっそりと溶け込んでいる様に見られていたらしく、ここでの次女の主張が意外だったんでしょう。正論 対 数 の争いですから、激しい討論だったんでしょうね。次女の興奮の仕方で、容易に想像がつきます。

 さて、これも授業の一環ですから、先生によるまとめの様なものがあり「男子ならA国を選ぶようでなければ情けない」という様な事を言ったようです。それが正しいかは敢えて言及しませんが、次女がA国を選び主張した話を聞く事で、我が家の教育は間違っていなかったと確信しています。ただ、9対15という結果には、驚きよりも呆れてしまいました。日教組の偏向教育が浸透している証なのでしょう。0対24でなかった事に少しばかり希望が見えた気もしますが、今時の親たちもこの偏向教育に侵されてしまった世代が多いのでしょうね。

 「平等」というものを誤った形で教え込む日教組の教育が、戦後日本の病巣を創り出していると言っても過言ではないでしょう。その信奉者が、今の日本の社会では、あらゆる場所でトップとして活躍している人が多いのでしょう。考えるだけでもゾッとする話です。

 え〜と、一つ忘れていましたが、この政経の授業を受け持つ先生は、学校を卒業してすぐに先生になったわけではなく、民間会社に数年勤めた後に先生になったそうです。次女の通う高校には、ほかにも何人かこのタイプの先生がいるそうで、授業は生徒に人気がある様です。比較的恵まれた学校だとは思いますが、公開授業の日に講習会の為に出張などと言い、授業に穴をあける呆れた先生が居るのも現実です。

 政経の授業一つをとっても、教える人間によって中身が違ってくるわけで、歴史の授業となれば教科書がどうしようもないのに教える側が日教組となれば、その結果は最悪でしょう。最近は。歴史の授業が不人気なようですが、その理由が「日本が悪い国と教えられることが嫌」なのだそうです。当たり前ですよね。もっとも、親が正しい歴史を知らないのですから、子供の教科書を見て文句を言う親もいないのでしょう。つまり、何時まで経っても変わらないという事になります。

 そんな事を戦後繰り返してきたのが、日本の教育かと思えばウンザリするんですが、逆に問題点もはっきりするんではないでしょうか。知らない事を教えてあげれば良いだけで、知ってしまえば否定もできるという事です。ところが、問題はそう簡単では無く、どこで教え何処で修正するのか、悩ましい問題です。

 一つだけハッキリしている事は、学校を卒業してすぐに先生になるのは、止めさせなければいけないという事でしょうか。学校の先生の社会が、現実社会とかけ離れ過ぎているのではないかと疑問に思う事があり過ぎます。やがて大きくなり親のもとを離れ、社会の一員となるべき子供を教える立場の人間が、社会の厳しさや協調性、基本的な挨拶すら知らなくて、いったい何を教えるのでしょう。子供が子供を教えるという、何とも奇妙な教育が現状の日本の教育なのではないのでしょうか。一般社会で通用しない常識の中で、歳ばかりを重ねても正しい教育が出来るものなのか、甚だ疑問です。

 なぜ、教職という道を選んだのか、そこに志はあるのか、青臭い議論も出来ない様な人間が、分別臭い顔で子供に何を語ろうというのか、経験の無い事をどうやって子供に教えるつもりなのか、真剣に考えた事のある先生がどれほどいるものなのでしょう。夢も語れず、現実を教える事も出来ず、偏向教育にも気がつかない教師に教師の資格なんかあるんでしょうか。まして、政治活動に現を抜かす日教組教員など必要なはずもないでしょう。

 世の中には、いろんな問題が山のように積まれていますが、結局突き詰めて行くと教育という問題に突き当たるのではないでしょうか。学校で算数を教えるのも大事ですが、それよりも人として日本人としての教育無くして、日本の未来も無いと思っています。考えてみれば、ここが抜け落ちた方が政治家などになるのですから、国家感など語れようはずも無いのでしょう。その典型が、この国の現総理かと思えば、やはり教育の根本的な見直しは急務でしょうね。

 ただ、ここで考えなければいけないのは、教育の場は学校だけではないという事です。実社会の中で、大人が子供に教えるべき事がたくさんあるという事を忘れてはいけないでしょう。その意味では、私も反省すべき点が山のようにある様に思います。

 無学なオヤジが、教育を語ってもあまり説得力はありませんが、松下政経塾出身の政治家より松下村塾出身の政治家が、今の日本には必要なのではないでしょうか。

 




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 最近よく考えるのですが、所謂「日米安保」の条文を読んだ事のある日本人は、いったいどの位いるのでしょう。今の閣僚の中にも読んだ事のない人が居るのかもしれない、国会議員の何割が一度でも読んだ事があるのだろうかと思ってしまいます。

 恥ずかしい話、私も全文を読んだのは数年前です。読んだ時は驚きました。国と国が条約を結ぶのに、こんなに短いもので良いのか、軍事同盟の様なものが数分で読み終えるものだとは思いませんでした。正しく理解できるかは別にしても、本当に短いものです。その中でも特に驚いたのは、条約の前文です。



 日本国及びアメリカ合衆国は、両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、また、両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的安定及び福祉の条件を助長することを希望し、国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、よって、次のとおり協定する。


 

>両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し


 知っている方には、今更な話なんですが、知らない人にとっては「何だこれ!?」って話でしょうね。

 憲法解釈で「集団的自衛権」を認めるとか認めないとかなんて、意味の無い議論に思えます。この条約を締結した時点で、「集団的自衛権」を認めている事になるのですから。

 もっとも、これに関しては色々と議論の余地もある様ですが、単純に考えるなら日本は「集団的自衛権」を行使できるって事になってしまうんですよね。


 余りにも日本に有利な条約であるとして、アメリカ国内で反対もあったようですが、結果的には日本を腑抜けにする事に成功し、日本に高い兵器を買わせ、日本から高度な技術を提供させ、思いやり予算まで引っ張り出させとアメリカにとっては国益を十分過ぎるほど守ってきたのではないでしょうか。

 私は、これに関して個人的な意見はあるものの、所詮は素人の考えですので多くは言うつもりはありません。ただ、こんな条約が50年も続いたと考えれば、この条約を守り続ける限り、日本人はお花畑に囲まれた生活を夢想しながら、世界の現実から逃げ続ける事になるのではないかと思います。

 それは、日本人が日本の歴史を捻じ曲げられても、それを甘んじて受け入れる腑抜けの集団であることを意味し、民族としての自存自衛を捨てている事になると思います。でも、今は守るしかない日本の現実もあるという事もしっかり認識しなければ、この問題を語れない「そんな事を分かっているのか?菅総理・・・・・なんてね。」

 

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 お久しぶりです。ブログ継続の危機にあるオヤジです。

 何かと忙しくて、仕事を中心にしていると記事の更新もままならず、2週間近くも更新していないので、呆れられているかもしれませんね。

 記事を更新しない間も何もしていなかったわけではないのですが、とにかく記事を書く時間が取れないのはどうしようもない現実です。

 さて、言い訳と愚痴っぽい話はこれぐらいにして、記事を更新していない間にオヤジが何をしていたかと言えば、会社にある数百台の台車に油を挿していたと言ったら信じて頂けるでしょうか。勤務時間の3分の1ぐらいの時間を台車の整理と手入れに費やしておりました。特に私の仕事という事ではないのですが、誰もしなければ誰かがしない訳にもいかず、ちょっと考え方を変えれば誰がやっても良い仕事でもあり、さりとて管理職の仕事かと問われれば・・・・・・違うかもしれない。

 色々意見はあるのでしょうが、部下は私の姿を不思議そうに眺めておりました。私の行動を昔から知っている部下の中には、オヤジがまた何か始めようとしていると警戒感を露わにする者もいます。また、私の事を余り知らないアルバイトの若者たちは、怪訝な顔をして最初の2週間は眺めていましたが、最近は台車の整理に気を使うようになってきました。特に何かを言う訳でもなく、黙って台車を整理して油をさしているだけなのですが、台車を整理する事に関心の無かった人間たちが、台車の置き方に気を使う姿は可笑しなものです。

 工場の内側は良く知ってはいても自分の管轄外の事は、それほど知っている訳でもない事にふと気が付きました。特に知らなくても、定年まで働くのに何ら支障もないのですが、管轄外のアルバイトの若者の中には、挨拶もろくに出来ない様な者も居て、以前から気になっていた事もあり、工場内の作業に不安が無くなった今やっておかないと来年には出来なくなるので、台車の手入れを口実に人間観察をしているというところです。

 自分の部下には非常に申し訳ない思いもありますが、それだけ信頼して任せておける状況だからこそ出来る事でもあり、先週末には一部の人間だけに話しておきましたが、呆れていました。

 「次から次によく考えるものですね。」と言われてしまいました。^^;)

 何をしようとしているのかと言えば躾なんですが、本来は50過ぎたオッサンの仕事ではありません。アルバイトの若者たちを管理する社員の仕事であり、管轄外のオッサンが口を出す事でもありません。ですから、口を出す事もありませんし、怒鳴ったりする事も無く、用務員のオジサンの様に黙々と勤しんでいます。アルバイトの若者から何かを尋ねられるような事があれば、それだけでも収穫だろうと思いながら始めたんですが、台車を整理する事に気を使う様になるとは予想外でした。何人かの若者に話掛けられましが、そこではっきりした事は、アルバイトの若者を管理する側が何も仕事をしていないという事です。最低限の作業は教えるが、それ以上に必要な躾は何もしていないのではないかと以前から想像はしていましたが、確信しました。

 基本的な最低限の躾をしたうえで仕事を覚えてもらうのが理想かと思うのですが、その時間を惜しむあまり大事な事が抜け落ちたままになってしまい、『あいつは使えない。』などという事もあるのではないかと思います。考え方を変えれば、会社にとっては大変な損失に繋がっているかもしれないと思うのです。

 私の近況を書き過ぎましたが、何事も少し視点を変えてみると色々気が付く事があります。我が日本国の新総理は、実はどんな人なんだろうとふと考えてみると、知っている様で知らない事が一杯あるのかもしれないと思いました。で、少し調べてみました。そこで分かった事が一つありますが、国家感が無いのが当たり前の人という事です。女房役の仙石さんは、お似合いの相方という事になるんでしょうか。この二人に共通するものがある事が分かると、この二人は本当にお似合いなんだと思うんです。

 そんな事を調べていたら、今日の産経新聞の記事に出ていました。記事を書いていた人は、知っていたんでしょうが、私の様な凡人は改めて調べるまで知りませんでした。国家感無き人間ではなく、国家感の重要性を無視できる思想の持ち主、近代国家の解体思想の持ち主とでも言えば良いでしょうか。左翼だからとか、阿呆だからとか、グダ菅だからとかでは、ただの否定でしかないんですよね。菅という人間に本当に驚きました。

 視点を少し変えるだけで、問題点が見えてくる事も有る日常での反省でした。



 忘れた頃の更新でも読んで頂ける皆様に感謝です。m(_ _)m




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 昨日は、新総理の記者会見がありましたが、冒頭の言葉でひっくり返ってしまいました。長い記事を描く気にはなれませんが、私の妻も呆れてしまったので、ただ一点だけにしておきます。

 新総理がお考えになる政治とは、「最小不幸の社会を作る事」なのだそうですが、最小で有っても不幸であるのなら、だれがそんな社会を望むのでしょう。それが政治の役割と言うのなら、政治などいらない!と思ってしまいます。そんな政治に付いて行きたい人間などいるのでしょうか。

 私の様な小市民は、報われる社会で有って欲しいと思うだけで、あまり多くは望んでいませんが、それでも自分なりの幸せを感じる事が出来る世の中で有れば良いと思います。幸せの感じ方など、人それぞれですから具体的な事を言うつもりはありませんが、少なくとも自分の国を考える時に、この国に生まれて良かったと誰しも思える様な社会の構築を考えるべきなのではないでしょうか。

 貧困と戦争を持ち出されていましたが、どう解決するのでしょう。ばら撒きと迷走の8ヶ月半の政権運営をしてきた閣僚の多くが再任された内閣で、違う方向に進めるのか甚だ疑問です。雇用を確保すれば税収も上がるという話もしておられましたが、雇用先があっても労働意欲がなかったり、職種を極端に選ぶような風潮では、労働する事で得られる喜びや幸せを求める事はありません。そんな世の中には、夢も希望も生まれてこないと思います。

 ささやかでも良いから、幸せを感じられる社会の構築が政治の役割であると仰っていただければ、多少なりとも応援する気になっていたかもしれませんが、たった一言で他の言葉が空々しく聞こえました。

 日教組が支援団体でもある訳ですから、教育や道徳を見直して日本を再生するなどという話はとてもできないでしょうが、まず手を付けるべきは日本の進むべき道を示す事ではないのかと思うのです。貧困や戦争の事を持ち出すのであれば、日本の国はどういう姿であるべきなのかを真剣に語って欲しいものです。その一点を示すだけで、いま何をすべきか、何をしなければいけないのかが見えてくるのではないでしょうか。

 「最小不幸の社会」という言葉の意味が違うと言われるかもしれません。私も言葉が違うのではないかとも思いましたが、戦争と貧困を引き合いに出した事で、この人は何も分かってないのだろうなと感じるんです。

 戦争を避けるという事は、国としてのリスクマネージメントであり国の根幹にかかわる事です。日本という国は、この根幹にかかわる問題が整理されているでしょうか。安全保障の問題が、解決されていない国が安定した国なんでしょうか。安定した国でなければ、国内問題を解決する土壌が無いとも言えますし、そうであれば貧困問題など解決も出来ないでしょう。国の根幹にかかわる問題と、そこから派生する国内問題を一括りにして論じて良いものなのでしょうか。しかも「最小不幸」と言います。

 私は、最初から期待する事はしていませんが、本当に期待しちゃいけない政権です。




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