つまらないオヤジの話

政治ブログではありませんが、政治ネタの多いブログです。

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 なかなか報道が行われなかった宮崎県の口蹄疫ですが、此処数日でようやく詳しい状況が伝えれるようになって来ました。まだまだ足りないし、感染源の特定などの肝心な事に触れられていない事も不満ではありますが、宮崎県の畜産農家の現状が、全国に知られるようになる事は、一つの前進と良い方に考える事にします。宮崎県の被害にあわれている畜産農家の方々には、心よりお見舞い申し上げますと共に事態の早期収束を心から願ってやみません。

 口蹄疫の件がなかなか伝えられなかったのとは反対に、毎日のように報道されている普天間基地移設問題ですが、5月末決着は絶望的な状況です。もともと夢のような話であり、簡単に決着するような話でもありませんし、当然と思える状況でもあります。

 今頃になって「勉強したら解った」みたいな事を言っている、わが国の総理の妄想が生んだ事態ですが、事態を終結させる事が出来るのでしょうか。私には、この問題が、スンナリ解決するようには思えませんし、事態はどんどん悪化しているようにしか感じられません。

 もっとも、肝心な議論が抜けているのですから、解決できるはずも無いのかもしれません。戦後65年間の日本は、自分の国を自分で守る努力を怠り、他国に守ってもらう事に慣れ、それが当たり前であるかのごとく、国防に関する真剣な議論もせずにきています。今では、国防に関する議論をしようとすると、軍国主義者でもあるかのように見られるような風潮までありますが、これがまともな国なのでしょうか。

 国防は、国の根幹にかかわる大事な問題であり、間違う事が許されないと思いますが、「憲法9条」が、日本を守ってるなどと信じているような人たちには理解も出来ないでしょう。国防にかかわる根本的な議論もせずに「最低でも県外!」などとお気楽に街頭演説をして歩くような政治家には、国防を語る資格は無いでしょう。よくよく考えてみれば、総理の血筋は、防衛オンチなのかもしれません。「自主防衛」を掲げたお爺様は、掲げるだけで何もせず、お父様は、外務大臣時代にソ連の核ミサイルの事を総理に助言も進言もしていなかったようですから、そういう家系なのかもしれません。

 今日は、総理の言動を批判しようというものではありませんので、取り敢えず置いておきましょう。国防という問題は、軍事や軍備という面だけで語るべき事ではないという事を考えてみたいと思います。

 『国防は、最大の福祉』と言われますが、考えてみれば至極当然な事だと思います。自分の国の安全を確保できるだけの防衛力、あるいは抑止力、それが有ると他国に信じ込ませる事が出来て初めて国の安全が約束される。それが出来てこそ、国内の問題を論じる事が出来るという事になるのではないでしょうか。

 簡単に他国に侵略されてしまうような状態であり、他国の脅威に怯えながら国内の問題をどんなに論じても、侵略されてしまえば虚しい議論でしかありません。国内の問題を真剣に解決に向けて論じ合う為には、国防がしっかりしている事が、必要最低限の大前提となるはずです。しかし、その大前提を他国に依存し、議論する事すら半ば放棄したような状態を続けてきたのみならず、自国を守ることを論ずることが、まるで悪であるかのような風潮になってしまっている事に、この国は国としての形をなしているのかと疑問に思ってしまいます。

 景気対策・就職・教育・農業・福祉・・・・闇法案・・・・・様々な国内問題はありますが、本当に解決する気があるのだろうかと疑問に思わずにはいられない、そんな気持ちになる日本の現状なのではないかと思います。

 「根拠のない自信」を持つ、おかしな若者が増えている様な、そんな気がするオヤジですが、「護憲派」「9条の会」などの様に、憲法9条があるから日本の平和が保たれていると語る輩は、何を根拠に語るのでしょう。

 「根拠のない自信は、いずれ他人に迷惑をかける」これは、私の持論ですが、いまだに間違っていると思った事はありません。その昔、私自身が痛い目を見たのも、私自身が努力もせずに大言を口にした事が原因でした。多くの若者が、失敗を繰り返し去っていったのも、根拠のない自信を元に自分に溺れていった事が原因であり、反省する事無く他人の責任だけを追求する事しか出来なかったからです。

 昨日は、社内での講習会があり、全く柄では無いのですが講師を務めさせていただきました。どんな話をすれば良いのか、さんざん迷いましたが、「公共心」というお話をさせていただきました。どこまで理解していただけたものか、話した自分自身が疑問ではありますが、真剣に聞いていただけた事は、私自身のささやかな収穫であったと思います。

 小さい括りでも、大きな括りでも、「公共心」というものは、人間の行動規範になっていると思います。他人に迷惑をかけず、万人の利益に供する心と言えば大袈裟でしょうか。

 確かに大袈裟かもしれませんね。それが理解できない人間がいる事も現実ですし、それが実践出来ていない自分の姿も情けなく思う事もあります。個人レベルでの話であれば、情けなく思うだけで済むのかもしれませんが、国家レベルではどうでしょうか。

 誰も戦争などしたいとも思わないでしょう。だからこそ、国防というものをしっかり考えて、戦争をしなくても済むように備えることが大事なのだと思います。国防のために命懸けで働く人がいて、それを全力で支える国民がいる、それが国家レベルでの究極の公共心ではないかと思います。このように言うと、軍国主義かと騒ぐ人もいるんでしょうが、国防がしっかりできて初めて、国内の問題を解決に向けて話し合えると考えれば、国民の共通の利益であり、国防に必要な人・物・金は、国民共通の痛みとは考えられないでしょうか。他国に迷惑をかけず、国民すべてに利益を供する事、そのために等しく痛みを共感すると考えれば、基地移設問題も遠からず解決できると思いますが、米国に頼らなければ国防もまともにできない国の現実は、全く違うようです。

 単なる理想論と言われてしまいそうな気もしますが、家族制度があった頃の日本人は、家族の中で大なり小なりの公共心というものを育み教えていたように感じます。また、公教育でも『教育勅語』『修身』によって、身につける事が出来ていたと思います。裕福では無くても、幸福を感じる事の出来る社会が有ったのではないでしょうか。

 戦後生まれの私が言うのも変な話ですが、戦後個人主義が蔓延し、左翼の教育が権利ばかりを主張する人間を作り上げてきた現実を見るにつけ、目先の議論に終始し根本的な議論を避けようとするのは致し方のない事なのかもしれません。個人の利益を優先する事が、本当の意味で幸福を感じられる社会と成り得るのか、真剣に考える時期に来ていると思います。

 「国防は、最大の福祉」であるのなら、それを支えるのは「究極の公共心」などと考えた一週間でした。



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機能不全

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 口蹄疫対策、東国原知事「後手後手だ!」 官房長官が拡充を指示も赤松農相は外遊中
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100508/lcl1005080050000-n1.htm



 私の職業柄、この問題は当初から注目していたのですが、日本の場合は早期に収束するものだと思っていましたので、ここまで拡大する事の方が不思議だと思っていました。


>1899年に茨城県で発生し、1902年まで東京府、京都府ほか5県で3,459頭の牛が感染した。

>1908年に、東京、神奈川、兵庫、新潟で522頭の感染が記録されている。

>2000年3月25日から4月9日に宮崎県で3戸、5月11日に北海道1戸の感染が確認、6月9日には終息。日本では92年ぶりの発生となった。



 10年前の発生の際には、結婚式や葬儀ですら移動を自粛するという徹底ぶりであった様ですが、今回はどうだったのでしょう。産経新聞の記事によれば、


>宮崎県選出の江藤拓衆院議員(自民)は先月22日の衆院農水委員会で「10年前は発生した朝から農水省からファクスで資料が次々に届き、いろんな指示が飛んだが、今回は何の指示もない」と指摘したが、政府の対応は遅々として進まなかった


 とありますが、阪神淡路大震災の際の「村山総理」を思い出してしまいました。自身の所属政党の揉め事を優先し、のんびり朝食を召し上がっている間に被害を拡大させてしまった愚か者(私は、人殺しと呼んでいます)です。

 先月の20日に確認されているにもかかわらず、30日からのんびり外遊に出かけた担当大臣といい、ここまで有効な対策を講じる事をしてこなかった政府の動きを見るに、愚か者が総理だと同じ様な事が繰り返されるという事なのでしょう。人命とは比べる事も出来ませんが、畜産農家の方々の事を考えれば、自身の保身に汲々としている姿は、愚か者でしかありません。

 事態がここまで悪化してから慌てる事なら、私の様な凡庸なオヤジにも出来る事です。普天間の問題にしてもそうですが、事態が悪化するまで具体的な動きが出来ない総理や政府の対応を見、副総理が普天間の件で質問を受けても「私はこの件には関わっていない」と平気で話す姿を見るに、もはやこの政府は機能不全を起こしているとしか思えません。

 こんな政権は、早いところ日本から消えてなくなれ!と思わないでもないのですが、今投げ出されればそのツケを払わされるのは国民という事になりそうで、そんな事は許されないとも思います。この政権が続く限り、国民の犠牲が前提という事になるのでしょう。




小沢氏、前原国交相に不快感 「私を批判して人気取りしている」5.8 00:33
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100508/stt1005080035001-n1.htm
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飛べない鳥の話

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 「飛べない鳥」と言うと「ペンギン」や「ダチョウ」などを思い浮かべるのではないでしょうか。マニアックなところでは「ヤンバルクイナ」などという天然記念物もいます。ペンギンは、飛べはしませんが、水中では飛ぶように泳ぎ、ダチョウは、物凄いスピードで走ります。

 身近に居る飛べない鳥という事では、鶏(にわとり)という事になるかと思いますが、飛べない代わりに何か能力があるのかと問われれば・・・・・?・・・・・家禽なのですから、卵をたくさん産むとか肉となる部分が多いという事で十分ですし、それ以上は必要ないのかもしれません。

 私は、空飛ぶ鶏を見た事があります。嘘を言うな!と言われそうですが、これは事実です。もっとも、正確には「飛ぶ」と言うより「滑空」すると言うべきでしょうが、その距離が半端ではありません。また、嘘だろうと思われそうですが、約300メートルと言ったら信じてもらえるでしょうか。

 私の叔父が養鶏をしていた頃の話で、当時の私は小学校の3年生でした。その鶏は、養鶏場でただ一羽の雄鶏でしたが、敷地内で放し飼いにされており、叔父の家の玄関先にも出没していました。とにかく大きな雄鶏で、小学3年生には恐怖の対象でしかありませんでした。

 この雄鶏の日課は、敷地内の見回りと鶏舎の巡回と午後3時頃に飛ぶ事です。午後3時近くになると、鶏舎の屋根に登り、ウォーミングアップの為に暫し羽をバタバタさせ、徐に屋根から飛び出します。一杯に広げた羽根に風を受け、時々バタバタしながらJR(当時は国鉄)の線路を越え田んぼの脇の道路に着地し、ゆっくり歩いて敷地内に戻ってきます。

 私が鶏の言葉を理解している訳ではありませんが、この雄鶏は「俺は飛べる!」と勘違いしていたのではないでしょうか。付近に住んでいる人たちも「お宅の鶏は、飛ぶもんね。」と言っていたぐらいですので、鶏が勘違いしてもおかしくは無いでしょう。

 この鶏は、凶暴な事でも有名で、滑空した後に歩いて帰ってくる道の周辺は、すべて自分の縄張りとでも思っていたのか、帰り道で猫を見かけても逃げるどころか襲っていました。襲われた猫は、とんだ災難で反撃するも及ばず、必ず怪我をして家に帰る事になります。叔父の所に苦情が寄せられたのも、一度や二度ではありませんでした。「俺は強い!」と勘違いしていた事でしょう。

 勘違いだらけの雄鶏は、ついに犯罪を犯します。ある日の事、何時もの様に滑空を終え、歩いて帰る途中の道路脇の畑に、美味しそうな野菜を見つけます。すぐ傍に民家が有り、其処の家の畑です。其処の家の猫は、以前この雄鶏に酷い目に遭わされていて近寄らない事を良い事に、やりたい放題の限りを尽くします。やがて鶏の声に気がついた家人によって追い払われますが、すぐに叔父の所に苦情がきます。

 犯罪者は、お縄となり太い紐で木に繋がれます。ところが、往生際の悪い犯罪者は、たった3時間で脱走します。二度目に逮捕された犯罪者は、遂に檻に入れられます。しかし、3日後には脱獄し逃亡者となった雄鶏は、日課の「滑空」の時以外は、日中に地上に降りる事なく鶏舎の屋根の上で生活するようになり、「処分するか。」と叔父が決断します。

 叔父が決断した翌日は、風が強く時々突風が吹く様な天候でした。この強風にもかかわらず、勘違いで自信満々の雄鶏は、この日も日課の滑空に挑むためウォーミングアップを開始します。普通なら滑空を断念すべき天候にもかかわらず、勘違いで自信満々ですから、そんな事は考えもしないのでしょう。何時もの様に「ジャンプ!」します。何時もの様に順調に見えた飛行ですが、滑空半ばで強風に煽られ制御不能となり・・・・・・電柱に激突した雄鶏は、敢え無く絶命します。


【首相訪沖】首相「海兵隊が抑止力と思わなかった」
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100504/plc1005041845021-n1.htm


【首相訪沖】「周回遅れ」ようやく気づいた「現実」
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100504/plc1005042044027-n1.htm


 鶏が勘違いしていても、多少近隣に迷惑をかける程度で済みますが、一国の総理が「勘違い野郎」という事になれば、国民が迷惑を被る事になります。「鳩は飛べる!」と勘違いし、滑空の練習もしていないので、順調に滑り出したかのように見えた支持率は墜落寸前となり、総理大臣は「偉い!」と勘違いしたのか、出来そうもない事を出来るかのように連発していました。


 おじい様は「天の声」を聞き解散総選挙が出来るほどの人物でしたが、国民の声すらまともに聞こえていないようです。聞こえているのは、インドの占い師の声を伝える妻の声と不動産幹事長の声だけなのでしょう。結局、国民の僕で有るかのような諂った態度は、国民を上から目線で見下した心底を隠す為のものだったとしか思えません。



>昨年の衆院選当時は、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは思っていなかった。学べば学ぶほど(海兵隊の各部隊が)連携し抑止力を維持していることが

 何を今更の言葉で、マスコミも呆れ始めているようですが、追及された時に今度はどんな言い訳をするのか楽しみでもあります。−−;)


>党の考え方ではなく、私自身の(民主党)代表としての発言だ


 代表としての発言で有れば、党の考えでは無いとは、誰も思いません。「公約ではない」とまで仰っているようですが、今更通用するのでしょうか。どれだけ国民を振り回し、国益を毀損すれば気が済むのでしょう。

 個人的には、言いたい事は山ほど有りますが、今日はやめておきます。でも、一言だけ言わせていただくなら「責任を取って、日本の為に解散総選挙をお願いします。それだけの責任が、貴方には有るはずです!」




「最低でも県外、場当たりでない」…首相が強調
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100506-00000287-yom-pol


 まったく・・・・・・・・・情けない・・・・・・ −−;)


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 今週も忙しい一週間が終わり、週末を迎えたオヤジです。今週もいろいろありましたが、TVタックルに麻生さんが出演したり、党首討論では「謎の鳥」が相変わらず責任転嫁・論点のすり替え・言葉のすり替えをする姿を晒し、政府は閣内がバラバラである事を強調したりと飽きない一週間でした。

 一番呆れたのは、謎の鳥が「自分は愚かかもしれない」から始まり、いつの間にか「愚直」と言葉をすり替え、いかにも誠実な人間であると訴えていた事でしょうか。本人がどのように訴えようとも、「謎の鳥」が誠実な人間だと思っている日本人がそれほど多くいるとも思いません。私の様な性格の曲がった人間から見れば、生まれた家が違えば「二流の詐欺師」にはなれたかもしれないとしか思えません。こんな人間を信じて一票を投じた人間の中には、今頃「臍を噛む」思いの方も多いのではないでしょうか。

 私の勤める会社の中にも、「何が何でも民主党」と言い張り民主党に投票した人間がいますが、その中の一人に勤続年数の長いパートさんがいます。選挙前に私と選挙について話した時に、民主党に政権を取らせれば今の様な状況になる事が目に見えている事を説明しましたが、完全に洗脳された状態で聴く耳を持っていませんでした。

 このパートさんと今週になって政治の話をする機会がありましたが、「○○さんの言ってた通りになっちゃったね。私も馬鹿な事をしたもんだ。」と力なく話すのを聞き「自分を責めるより、気がついたのなら次にどうすれば良いか解るよね。」と言うと頷いてくれました。多分このパートさんと同じような人が圧倒的に多いのでしょうが、気がついて自身の行動を反省していれば良いのですが、反省もせず批判ばかり繰り返し、「投票に行っても何も変わらない」と行動そのものを止めてしまう人が増える事が怖いなと思います。

 現政権に対し客観的な批判も必要ですが、我々が今しなければいけない事は、次の参議院選挙に一人でも多く投票に行ってもらうように説得していく事ではないでしょうか。投票率が下がる事は、組織票を有利にするだけです。それは避けなければいけません。

 私が話したパートさんは「日本を良くしないとね。」とも言いました。去年の選挙の前までは、政治そのものにあまり関心の無いタイプの人でしたが、今は政治に非常に関心を持っているようです。この人に限らず、周囲の人間の中にも最近になって政治に関心を持ち始めた人間が増えてきているように感じます。いろんな人間に質問される機会が増えていますので、こちらもしっかり勉強しなければと多少焦りを感じてしまいます。^^;)

 先ほどのニュースでは、普天間基地の移設先が「辺野古」という事でアメリカに打診していると伝えていましたが、本当だとしたら来週の鳩山内閣の支持率がどうなるのか、想像するまでもないでしょうね。何より、「謎の鳥」の言い訳が楽しみです。−−;)

 もうひとつ


<子ども手当>韓国人男性が554人分申請 孤児と養子縁組
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100424-00000007-mai-pol


 ついに出たか!という感じですが、懸念されていた事が実際に起きてしまいました。今回は、阻止できましたが、曖昧な線引きしかできていませんので、これからも出てくるでしょうね。この一件だけでも、現政府の幼稚さ、いい加減さというものが良く分かるのではないでしょうか。


 さて、昨日の事ですが、いつもお世話になっている敬天愛人さんから興味深いお話を伺いお誘いを受けました。詳しい話は、これからの事になりますが、改めて別の機会に詳細をお話したいと思っています。保守の結集と言えば、話が大きくなってしまうかもしれませんが、何かが動き出す事だけは確かです。すでに水大師さんの様に行動に出ている方もおられますし、本当に日本を良くしたいと思う人達にご協力をお願いする事もあるかもしれませんが、その節には宜しくお願いします。

 


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子育て

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 相次ぐ虐待、大阪では1カ月で5件6人逮捕 夫の育児参加、我慢できぬ親、生活苦のはけ口に (1/3ページ)
2010.4.16 01:11
 幼い子供が犠牲になる虐待事件が全国的に後を絶たない。大阪ではこの1カ月間だけでも5件、6人が逮捕される異常な事態となった。夫に子育てを協力してもらえない主婦がストレスをため込んだり、親になる心構えのない若者が思い通りにならない幼児に腹を立てたり、生活苦の不満を子供へぶつけたり…。事件の背景には、今の社会が抱える課題が潜んでいた。
■疲れ果てて…
 「私だって外に出て働きたい。夫はオムツを替えないし、ミルクもあげない。育児を手伝ってくれないから、私はやりたいことがやれない。娘をかわいいと思えず、首を絞めても罪悪感を感じなくなった」
 生後2カ月の長女を殺害したとして逮捕された堺市中区の母親(24)は事件直前、市の相談窓口に育児ストレスを訴えていた。
 妊娠9カ月まで働いていたが、夫の「子育てを大事にして」という気持ちを受け入れて退職。出産前教室にも参加するまじめな妊婦だったが、授乳などで産後しばらく続く夜も昼もない生活に家族の支えがなく、心身ともに疲れ果てた。
 母親が娘の体を強く揺さぶり、死亡させたとき、夫は自宅近くのジムで体を鍛えていたという。
 ■“幼い”親たち
 親になる心構えができないまま子供を持つ危うさをさらけだした事件もある。
 生後6カ月の長男を虐待し、大けがさせたとして傷害容疑で逮捕された大東市の父親(21)は、「育て方がわからず、お風呂にいれるときにぐずついたり、意味なく泣いたりすることにいらいらし、たたいてしまった」と供述。首も座らないわが子をほうり投げ、「うるさい。静かにせぇ」と怒鳴りちらしていたという。
 「暴力を繰り返すうち、ちょっとにらむと愛想笑いするようになった。殴る方がいいと思った」と供述したのは、同居女性(19)の長男(2)を繰り返し暴行したとして傷害容疑で逮捕された門真市の無職少年(19)。
 コップに飲み物を吐き戻したり、床に吐いたり、幼児なら普通に起こることを我慢できず、「気にくわない」と殴っていた。
 ■貧困
 寝屋川市で1歳10カ月の三女を揺さぶり、死なせたとして傷害致死容疑で父親(26)とともに逮捕された母親(27)は、三女の妊娠中、「お金がないから」と一度も産科を受診せず、いきなり病院に駆け込んで出産していた。
 父親は定職につかず、日雇いのアルバイトで生活。昨年8月までの住居は家賃滞納で追い出された。母親は「夫がギャンブルするので金がなく、生活が大変」と周囲に相談したという。
 父親は生活保護を受給したが、母親が「定職についてほしい」と意見すると、「生活保護があるからいいんや」と反論。夫婦げんかでいらだちを募らせた2人は三女に暴行を繰り返し、不満のはけ口にしていた。




 最近のオヤジが非常に危惧しているのが、この子供の「虐待」に関するニュースです。余りにも多くの事件が頻発していますが、正直言ってオヤジには理解できない部分が多い事です。


>私だって外に出て働きたい。夫はオムツを替えないし、ミルクもあげない。育児を手伝ってくれないから、私はやりたいことがやれない。娘をかわいいと思えず、首を絞めても罪悪感を感じなくなった


 私は、育児を苦痛と思った事がありませんので、オムツ・ミルク・風呂などは日課としていましたし、自分のやりたい事よりも育児が優先であると考えていました。それは妻も同じでしたし、妻も私も貧乏である事を嘆くより子供の成長の方が嬉しかったものです。そもそも、やりたい事って何なのでしょう。育児よりも優先させるべき事があるとも思えません。

 私の父親は、自衛官でしたので、いったん家を開ければ一カ月ぐらい帰ってこない事も珍しくはありませんでしたが、母親が文句を言った姿を見た事はありません。夫が仕事で家を開け、妻が家を守る姿など日本の家庭では珍しくもない姿だったと思います。こんな事を言えば「古臭い」と言われてしまうかもしれませんが、少なくとも我が家の娘たちは、そんな事は言いません。



>育て方がわからず、お風呂にいれるときにぐずついたり、意味なく泣いたりすることにいらいらし、たたいてしまった


 初めから子育ての分かっている親なんか居るはずもありません。TVCMではありませんが、「子供が生まれる時、親も生まれる」のですから、親の幼さという理由が適当だとは思えません。親としての自覚などというものも、子供を育てる中で徐々に培われていくものではないのでしょうか。私は、妻と二人っきりで子育てをしていましたので、知識はほとんど月刊誌頼みで必死に勉強しました。だからこういった親の話を聞くと幼さというより、親として人として必死さが足りないだけの様な気がします。

 子供が風邪をひき、鼻水が垂れたり鼻が詰まると、泣く事しか出来ない子供は、ひたすら泣き続けます。当然病院に連れて行きますが、すぐに解消されるはずもなく、家に帰っても泣き続けます。ティッシュで鼻水を拭いてあげる事は出来ますが、子供は鼻をかむという行為ができません。そんな時は、子供の鼻水を吸ってやりました。すっきりした子供は、泣き疲れて簡単に眠ってしまいます。知識があったわけではありませんが、必死なら何とかなるものです。昔の人は、同じ事をしていたと後から知りましたが、経験者がそばにいない子育てが難しい事は十分に理解は出来るものの、必死に学習しようとしない親を「幼い」と言うのは違うと思います。


>母親が「定職についてほしい」と意見すると、「生活保護があるからいいんや」と反論


 貧困の全てを自己責任と論ずるには、難しい世の中ですから、それぞれの事情に配慮する必要はあると思います。でも、ギャンブルで貧乏、生活保護があるから働かなくて良いというのでは、自己責任以外の何物でもないでしょう。働きもせず、働こうともせずに貧乏であるのは当たり前の事で、それを「恥」とも思わないようでは、親というより人間として如何なものかというレベルでしかありません。挙句の果てに子供が不満の捌け口では、もはや人間として語る対象とも思えません。

 子供を預け働く女性が珍しくなくなった世の中の是非は置いておくとして、シングルマザーとして子供を必死に育てている母親が少なくない現状を考えれば、貧乏とは親父の働かない事だけが理由なのでしょうか。家庭それぞれに事情もあるでしょうが、幼い子供には責任はありません。私の勤める会社にも、シングルマザーはいますが、必死に働く姿は「会社一の働き者」と云われているほどです。今時の女性ですから、子供がいる様には見えないのですが、その必死さは黙っていても伝わってくるものです。

 個人主義が浸透し、自分勝手な人間が増え、公共心というものを失いかけている世の中ですが、子供を育てるために、親の持てるもの全てを注げない人間が増える世の中であってほしくないと思います。子供を育てる事は、親が成長する事でもあると思えば、必死になれない訳が無いと考えるのは単純すぎるでしょうか。

 時には厳しく、時には優しく、時には突き放し、時には守り、一時も気が抜けないのが子育てであると思います。その時々に必死になれる瞬間があるのが子育てであり、そのたびに安堵したり喜んだりするものなのではないでしょうか。弱い者を守る事に必死になれず、己の感情の捌け口にしてしまう事は、心貧しき者の所業でしかないと思います。虐待と考えれば、社会問題の様に捉えがちですが、家族制度が壊された事による最大の弊害が「心貧しき者」を社会に送り込み、「弱い者苛め」が蔓延する原因になっているとは考えられないでしょうか。

 自立出来る人間を育てるのが日本の家族制度であり、家族が助け合う事で「心豊か」な人間を育て上げていたのではないでしょうか。その最たる姿が、天皇陛下の下に日本人は平等であり家族であるという日本の姿であった様に思います。だからこそ「子供は国の宝」と言えたのではないでしょうか。その「国の宝」を守れない「心貧しき」日本にしてはいけないと思います。


 我が国の首相は、「命を守る」と仰いましたが、お金を恵む事が「命を守る」事になるのでしょうか。本当に命を守りたいのなら、自立できる社会を目指さなくてはいけないのではないでしょうか。大人として、社会人として、親として、国として自立できる社会に出来なくて、いったい誰の命を守ると言うのでしょう。




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