つまらないオヤジの話

政治ブログではありませんが、政治ネタの多いブログです。

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 本日も連載中の記事を書くつもりでいたのですが、昨日ある郵便物を見ていて思い出した事が有りましたので、予定を変更して記事にしてみたいと思いました。

 ある郵便物というのは、私が在籍していた学校の同窓会報なのですが、放蕩が過ぎて中退した人間にも定期的に送って来るのがいまだに不思議な感じがします。たまに同期の事が記事になっていたりするのですが、あれから30年以上も経ち付き合いもありませんから、写真を見ても顔と名前が一致する事が無いのが残念な気がします。皆おっさんになったなというのが、率直な感想なんですが、自分もそうなんでしょうね。^^;)

 中学生の頃に外洋航路の船に乗って、海外に行ってみたいと思ったことがきっかけでこの学校を選んだのですが、従兄弟がマグロ船の漁師をしていた事も影響していたと思います。船長になろうなんて大それた事は考えていませんでした。ただ船に乗れさえすれば良いと、簡単に考えて安易に選んでしまったように思います。

 担任には、「無理!」と言われましたが、現実の見えない中学生は無謀な事も可能と信じる何かが有ったのでしょう。結局、現実は入学を果たしても国家試験に合格して船に乗る事ができるのは、一人いればマシという現実を知り、いつの間にか希望を失い遊び呆けて、留年・・・・中退となるんですが、希望に燃えていた頃の授業の中で、愕然とする事実を突き付けられる事になります。

 皆さんは、モールス信号というのをご存知でしょうか。短音と長音を組み合わせて通信を行う際に使用されるものです。私が入学した学校では、必修授業でした。入学して真っ先に必死に覚えるわけですが、カタカナやアルファベットの書き方まで指導を受けるという不思議な授業で、試験では聞いて書き取る事から始められます。この時、字が汚いというだけで減点になったりと、何とも理解不能な現実が伴います。

 ある日の事です。授業の担当教諭が、一本のカセットテープを持って教室にやってきました。カセットテープを持って来るのは、特に珍しい事でもないので不思議はないのですが、そのテープは担当教諭にとっては特別なテープであった事がすぐに判明しました。

 数年前のもので、たまたま授業の空き時間に無線通信のやり取りを聞いていると、「SOS」が聞こえたそうです。すぐに何時もの様に録音を始めると、聞いた事の有る船名が出てきて驚いたと言います。担当教諭が現役の船乗りであった時代、共に仕事をした事も有る友人が乗る船が今にも沈没しようとする様が、モールス信号の組み合わせの中に有るのです。

 我々のようなひよっこには、モールスの組み合わせにしか聞こえないのですが、熟練者には信号の中から送信者の心情が汲み取れると言います。実際にテープを聞くと、浸水状況や船の傾きを告げているのが解ります。テープの最後の方になると、通信室に浸水し始めた事を伝え状況が切迫している事が解ります。この時、なぜ逃げないのかと素朴な疑問が頭の中に浮かんだのですが、モールス信号は続きます。

 テープは「皆さんさようなら」の一文で終わります。この直後にこの船は沈んでしまいます。最後の瞬間まで通信を行っていた無線通信士は、船と運命を共にしたのです。その事だけは、ひよっこでも良く解りました。最後の瞬間まで、信号に乱れのない立派な通信だったと思います。自分の目の前に浸水した海水が迫っているにもかかわらず慌てた様子も無く、長音は短音の3倍という約束事を守り、信号の間隔が短くなったり長くなったりという乱れも全くありませんでした。

 この時、気持ちが一気に暗くなった事は言うまでもありません。教室はシーンと静まり返ったままとなります。皆同じ気持であったと思います。静けさを破ったのは、担当教諭の言葉でした。今となっては、当時の言葉を正確に思い出す事は出来ませんが、「私は、これを聞きながら友人の事を思い泣いた。泣くと同時に無線通信士の覚悟というものを思い出しました。地上にいる者、海上にいる者を問わず、自分の身に危険が迫ろうとも、死が目の前にあろうとも、状況を正しく伝える事が多くの人の命を守ると信じ職務に殉じる覚悟が無くては、義務も責任も果たせないという事を知ってください。」というような内容だったと思います。

 あれから30年以上経って、あの時の事を思い出し、今の自分はどうなのかと問い返している自分がいます。50になった自分の覚悟とは、いかほどのものであるのか、しばし立ち止まって考えています。

 今もテレビには、事業仕分けで自己満足の極みにいる議員連中の顔が出ています。こんな連中に、あの時のテープを聞かせてやりたいと思うのですが、もしかしたら奴らの心には響かないかもしれません。ふと、そんな事を考えてしまった休日の朝です。



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 もし、自分の子供が「万引き」をしたと通報を受けた時、その後現場や警察に行ったとして、どんな反応をあなたは取りますか。


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万引現場にもモンスターペアレント 「捕まえる前に諭せ」「届く場所に置くな」(産経新聞) 9月27日 7時56分
http://rd.yahoo.co.jp/media/news/accr/article/headlines/*http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090927-00000009-san-soci



 日本人も遂に此処まで落ちたかと暗澹たる思いです。

 犯罪を犯罪として認識できない子供が悪いのでしょうか。

 正直言って、こんな親に育てられる子供は不幸です。でも、子供には親を選ぶ事は出来ません。其処をこの親達は考えた事があるのでしょうか。

 「夫婦別姓」を法制化すると、こんな親の中には「主人の子供ですから、私に言われても困ります。」などと言って子供を迎えにも行かない親が出てくるのではないかと怖くなります。子供が捕まっているのに親の勝手な言い分で子供を見捨ててしまう親が大量に出てくるのではないでしょうか。

>「捕まえる前に諭せ」

 どの口が言うのでしょう。

 「お前が諭せ!」と言っておきます。

 「ろくな躾もせずに野放しにするな!」とも言っておきます。

 こんな親ばかりではないのは、重々承知はしていますが、腹が立つやら情けないやら哀しくなってきます。

 親が子供を守るのは当然の事だと思いますが、意味を履き違えてませんか。悪い事は悪いと認識させ反省の上に二度と同じ事をしないようにさせるのが、本当の意味で守る事になるのではないでしょか。こんな事にならない様にさせるのが最善ではあるんですけどね。

 学校での道徳教育もどうなっているのでしょう。尤も赤い教師に道徳観があるとも思いませんが、少なくとも自分の教え子から犯罪者が出ないような努力はしていただきたいものです。

 「お前ならどうするんだ?」とお尋ねでしたら、私なら電話を貰った時点で謝罪をした上で「本人が反省するまで何日でも牢屋に入れて置いてください!」と言います。勿論、万引きをした現場の人間にも謝罪に行きますよ。親なんだから当然でしょう。でも、そうならないように躾をするのが親の役割だと思います。

 


 もう随分昔の話になりますが、ある人が中国の話をしてくれました。中国では、物資を輸送すると目的地に着くまでに3割は消えてしまうそうです。停車駅ごとに役人が来て持っていってしまうそうで、彼らの言い分は「皆の物だから、持ち出しても問題ない。」という事らしいのです。この当時の中国でも立派な犯罪だったんですけどね。



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自信と誇り

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 私などが話しても余り説得力のある話でも無いと思うのですが、最近気になる事を記事にしてみたいと思います。娘が介護の仕事をしている事が、幾許か影響していなくも無いと思います。

 介護を受ける側のお年寄りは、いったいどんな気持ちなのだろうと考えるのですが、其の立場に無い私などでは答えの出ない話かもしれません。

 介護の仕事につく人間の待遇があまり良く無いのは、私も具体的に知っているつもりですが、働くという事はそれだけで成り立っているものなのでしょうか。他人がやりたがらない仕事をしているのですから、それだけで賞賛に値するのではないかと思うのです。私の娘が其の仕事をしているから言う訳ではありません。単純にそう思うだけです。子供たちには、職種による優劣などというものは存在しない、もし優劣を付けるなら仕事をする人間の姿勢だろうと言っていますので、職種によって評価が低い仕事があってよいのかと疑問です。

 介護に関して周囲の評価とはどうなのでしょう。
 「大変な仕事だよね。」
 「給料が安いんでしょう。」
 とは言われる事はあっても、それ以上の評価をする人は少ないと思います。

 周囲から高い評価をされない仕事をしている人間が、自分の仕事に自信や誇りを持てるのでしょうか。自分の仕事に自信もなく誇りも持っていない人間に介護されているとしたら、介護される側の人間の気持ちはどうなのでしょう。

 オヤジの娘1号も時には悩みを抱えて帰ってくる事があります。話は聞いてやりますが、結局は自分に自信が持て無い事に由来するわけで、自身の心の問題でもあるのです。そんな時は一言「お年寄りがどれだけ喜ぶかが問題なんであって、そのための介護ではないのか。其処が一番重要だ。」で話しは終わってしまいます。自信も誇りも無い奴に面倒を見られる側の気持ちになれって事なんです。社会が必要としている仕事だから仕事として成り立つわけで、それが解かっていれば自信も誇りも持てるはずだと思います。

 会社勤めだと一般的には、60歳定年のところが多いと思いますが、企業は定年後も2年間は面倒を見なければいけない事になっていますので、62歳定年という会社もあるようです。私が勤める会社は、60歳定年なのですが、定年後70歳までは本人が希望すれば嘱託として働く事ができます。たいていの人は辞めません。年寄り臭くなる人もいません。どちらかと言えば、年齢不詳と思われるような人のほうが多いのが実情でしょうか。

 若い者でも厳しい職場ですが、今まで職場を支えてきた、今も必要とされているという自信と誇りを持っていますから、嘱託でも活き活きと仕事をしています。

 高齢社会などと言って、まるで働き手が無い様な論調が多いわけですが、社会が高齢者を必要とすれば其のニーズに応えられるお年寄りは多いのではないでしょうか。むしろ、年寄りは邪魔者みたいな風潮が無かったでしょうか。お年寄りを腫れ物を触るように扱うのではなく、社会に必要な存在として迎え入れれば、お年寄りに自信と誇りを蘇らせられるのではないでしょうか。そんな社会になれば、介護を必要とするお年寄りは減るかもしれません。

 私が見る限り、自信と誇りを持っているお年寄りは、なかなか惚けません。私の妻の父親は、アルツハイマーと診断されていますが、電話で話す分には何処が?と言いたくなるぐらいしっかりしています。記憶力には、多少の問題もあるようですが、日常生活には支障が無いようです。日教組職員に嫌がらせを受けても、信念として組合に加入せず、70歳まで教員として働いた事に自身と誇りを持っている事が、アルツハイマーに負けない生活を送る元になっているのではないかと思います。

 昨日、日本人の自殺者が3万人だとTVでやっていましたが、先進国でも上位の多さだという事でした。なぜこんなに多いのか、色々理由をあげつらっていましたが、私には表面的な事にしか聞こえませんでした。問題の根本は、そんなところには無いだろうというのが私の感想です。

 李登輝氏も仰っていましたが、心を考えた教育を疎かにしてきただけだろうと思います。小学校に入った途端に日本は悪い国だと言われて教育を受けたら、誰だって自信なんか無くなってしまいます。学校の先生が道徳観を持っていなくて、どうして子供の心に入っていけるのでしょう。虐めがあった事を隠そうとする教師に心を考えた教育など出来るはずも無く、心を鍛えぬままに社会に出て行けば、心が折れる人間も多くなるでしょう。

 人間は生きていく為に、食べ物だけを確保すれば良いのでしょうか。確かに腹は満たされるでしょうけど、それだけでは生きていけないのが人間なのだと思います。自身と誇りを支えにしなければ、生きて行くのが嫌になるのではないでしょうかね。

 お年寄りの多くが、オムツを履かせられた途端に一気にボケが進行するという話しがありますが、なるほどと思います。人間としての自信と誇りが、一気に失われる瞬間なのでしょう。

 





 製作者を見て驚きました。@@)
 小学生の高学年ぐらいからなら、すんなり見れるんではないでしょうか。


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羞恥心

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 急にどうしたと思われるかもしれませんが、別にヘキサゴンから誕生したおバカユニットの話をしたいわけではありません。

>羞恥心(しゅうちしん)は、自らを恥ずかしいと感じる心

 こちらの話をしてみたいなと思ったわけです。

 ある日の事なんですが、パートさんが椅子に座って休憩をしていた姿を見て、この人はいったい何を考えているのだろうと思ったんです。大きな窓が全開で風が入って気持ちが良いのは解かるのですが、外からは丸見えの位置にいる事には全く配慮していないのです。当然注意はしますが「ここは気持ちがいいのよね」と答えます。

 「外からは、あなたがどんな格好で休憩しているのか丸見えだが、其処は配慮しないのか。」と尋ねると「あっ、そうよね。」とは言いましたが「ごめんなさい」とは言いません。彼女にしてみれば個人的な問題にしか過ぎないのでしょうが、会社の制服を着て会社の中にいる以上、個人の問題では無いという事が解かっていないようです。

 「あなたにとっては個人的に恥ずかしい事で済む事かもしれないが、あなたの姿を見た周辺の人は個人の問題と受け取るだろうか。あなたは、会社の制服を着用して、会社の中にいる以上〇〇社の人間はだらしないと言う評価になるのではないか。」と言うと初めて事の重大さを理解したようで、本当に申し訳なさそうに「ごめんなさい。」と言いました。

 私が思うに、昔の日本人は常に人に見られていることを意識して行動していたのではないかと思うのです。それ故に自分を律する術を心得ていたと思います。勿論それを意識させるだけの教育や社会からの教えがあったからなのでしょうが、今の日本人にはこの意識が薄いように思います。道徳的に恥と感じるべきものが羞恥心であり反省を伴うものではないかと思うのですが、現代においては単に感情的な部分のみが支配し逆に人を恨むような結果になったりしていないでしょうか。

 時々、電車の中で化粧をする若い女の子を見かけますが、見る度に不愉快になります。なぜ、電車の中で化粧をしなければいけないのか、私には理解できません。化粧をしている人間は平気なのかもしれませんが、電車という公共の空間でどれだけの人間が不快な思いをするのか、彼女達には解からないのでしょう。自分達が人に見られているという意識が無いのか、見られる事に喜びでも感じているのでしょうか。見られている事が嬉しいなどと感じていたとしたら異常なんですけどね。

 道徳などというものは、明文化されたものでは有りません。だからこそ曖昧になりがちなのですが、私個人は、簡単に言えば「出来るだけ人に迷惑をかけないように配慮する事」が最低限守るべき事だと思っています。

 電車の中で化粧をする事は、人に迷惑をかけないだろうと言う人がいたらハッキリ言っておきますが、化粧には匂いが伴い匂いというものは、人によっては不快であるものもあるという事です。また、手元が乱れて近くにいる人に付けてしまわないとも限らないのですから、十分に迷惑なのではないでしょうか。まして、化粧をしている姿というものは、人に見せるべき姿なのでしょうかね。どんなに綺麗な女性でも電車の中で化粧をするような女性は、相手をしてくれる男性も少ないのではないでしょうか。

 話が横にそれてしまいましたが、人に見られているからこそ気を付けなければいけない事というのは、世の中結構あるわけですが、其処が理解できない人間が増えていると思います。注意しても逆切れするケースもありますから、簡単に注意する事もできない世の中なんですが、それこそが異常な事だと思います。間違っている事を注意する事さえ憚られる世の中って、間違ってますよね。

 こんな話をすると、直ぐに学校教育が悪いなんて言い出す人もいますが、それは問題の本質から外れていると思います。常に人に見られている事を意識させたり、道徳を教え守らせるのは親の仕事なのではないでしょうか。むしろ、学校はこういった家庭での教育を実践する場であり、教師はそれを見守り子供がいたらない時には注意し、反省を促す立場でしかないと思います。

 もう随分前になりますが、娘が小学校に入ったばかりの頃、近所の小学生数人が私が借りている駐車場と隣人の駐車場に跨って自転車を放置したまま遊びに行ってしまった事があります。其の時、私は自宅に有ったチェーンと南京錠で全ての自転車を繋いであげました。遊びから戻って来た子供たちは途方にくれていたわけですが、其処へ行って子供たちを起立させ延々30分以上にわたり、自分達の行為が他人にいかに迷惑をかけているかを話しました。最後に「おじさんの言う事が間違っているかどうか、家に帰ったら必ず親に話しなさい。」と言って帰しました。

 翌日、私が留守の間に謝りに来た親は5名、残りは多分自分の子供に関心が無いのか私を変なオヤジと思ったのかもしれませんが、まともな親が5人はいたという事です。其のうちの一人は「よく叱ってくれました。ありがとうございます」と言っていたそうです。



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法隆寺五重塔


 後半は、社団法人東京青年会議所第60代理事長 栂野慶太氏と李登輝氏の対談というよりも、栂野氏が質問しそれに李登輝氏が答えるという形でした。質問に必ずしもシックリ嵌る答えばかりでは有りませんでしたので、質問に関しては割愛しますが、李登輝氏が言いたかった事をオヤジなりに纏めてみようと思います。ただし、話の全てではありません。私が非常に考えさせられた部分の抜粋だと思ってください。

 李登輝氏は、日本は3度の変化が起きたと仰いました。一度目は仏教や儒教が伝わった時期、二度目は明治維新、そして3度目が戦後なのだそうです。

 日本という国は、自国の伝統文化を失う事無く外国の文化を受け入れてきたが、それは伝統を重んじた上での革新であり、今の日本は戦後日本が望まないものを押し付けられた、つまり自立性のある文化では無い。

 日本の文化は、精神文化であり、戦前の教育は精神性であった。精神文化とは、「修行の精神」であり、生きる為の理屈ではなく行動である、苦しさや物事の大変さを知らずして何も出来ない、日本再生のファクターは其処にある。

 日本は確かに豊かになったが、其の為に環境や教育を犠牲にしてきた。アメリカの言いなりになり、個人主義が横行し本来家族を基調としてきた日本人の姿が崩れ、交誼(話の流れでこちらの意味かと思うのですが)社会的正義感が薄れ、自分以外の絶対的な存在(たぶん天皇陛下のことだと思います。)が必要であるにも拘らず、それを忘れているために、国の為親子の為にという本来の姿を無くしている。それ故、日本は行き詰まりを感じるのだ。

 なぜ、自殺者が多いのか。それは、現代の教育が心を考えた教育をしていない為に豊かな生活をしながらも心が空虚である為だ。物が豊かでも心が豊かにならなければならず、其の為には、心を絡めた考え方と感性を備えた教育が必要で、理屈だけの考え方では決して良くならない。また、日本人がアイデンティティーを備える為には、日本の教育が非常に重要である。

 日本には、リードするリーダーが不在であり、今一番必要なのは指導者である。質の高い指導者を作り上げる為にも、教育システムの構築が必要である。

 本来個人主義とは、主体性を持つべきもので個人と公のバランスの上に成り立つべきものであり、国も同じである。それ無くして国の方向性を示し、アイデンティティーを持ち、リーダーが将来性を示す事はできない。日本は、日本なりの考えを持つ事が大切だ。

 まずは、自分で学び考える事が必要である。「私は誰だ」と問うてみなさい。日本人として何事にも主体性を持ち、個人として何が出来るのか、何をすべきか、目標を持ちなさい。政治的な主体性を持ちなさい。



 うまく纏められたか、余り自信はありませんが、このような内容であったと思います。李登輝氏は、伝統・文化・教育を語られる中で「戦前回帰」という言葉を使われていましたが、これだけ聞くと喜ぶ人や目くじらを立てる人もいるのではないかと思うのですが、話の流れから言って、「精神文化への回帰」という意味で使われたのではないかと思っています。また、うまく纏める事が出来なかったので纏める中に入れていませんが、中国の皇帝は「フォワーレー(私は一人だ)」と言うそうです。でも、日本の天皇陛下は違うという話をされていましたが、これこそが日本の原点であると思います。

 最後に、李登輝氏の話を聞いていて非常に強く感じたことですが、戦前の教育と戦後の教育の大きな違いは、精神性から来る「死生観」の持ちようではないかと考えています。ここが決定的に違うが為に今の日本の歪みや閉塞感に繋がっているのではないかと、勝手に考えています。



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