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え〜、すでにこの件に関しては、3度目の記事になるのですが(、
ようやく、本筋の展覧会に行ってまいりました・・・って、それもすでに先週の話です、ハハハ。

それにしても、今回のモリムラはかなり力が入っています。
宣伝しすぎではないかとも思われます。いや、だれがどんな意図でやっているのかわからないけど。

現在発売中の「ユリイカ」3月号にも特集が組まれています。
イメージ 2


最初に掲載した写真の図録と同様、私はもちろん買いました。
こうなると、すでに"欲しい”というよりも、"買わなくちゃ”的な要素が入ってます。

本当は、最新刊とか、別の雑誌での特集とか、とにかくその気になれば、お金に羽根が生えていく状況なので、
さすがの私もここまでにした、というわけであります。

・・・というか、やり過ぎ感を感じてしまいまして。



恵比寿駅から、東京都写真美術館までの間にも、頭上に延々と続くバナー(吊ポスターみたいなのね)が、すべて違ったデザインなことにも、「力の入れ具合が相当だな、こりゃ」と感じ入ってしまったわけで。

天邪鬼な私としては、モリムラがいつまでも異端で、概して正当な評価がされることが少なく、
けれど素顔は超然とした理論家でいて欲しいと思うわけでして、
だから、宣伝しておいてなんですが、あまりメジャーになっても面白くない、というわけでして。



それでも、そんな宣伝はまったく意味をなさないがごとく、
今回の展示内容は、あらかじめ作品について予習していった私が見ても、
いや、だからこそか、本質を理解しにくいものであると感じました。

以前のモリムラは、ポートレイト表現の場合は、主に女性をその対象としていたわけですが、
今回は男性が対象となっています。

男性であるモリムラが、女性になる場合、ある種の違和感と冷静さを持って眺めることができるのですが、
男性であるモリムラが、別の男性になる場合は、私たちが良く知っている20世紀の写真の中の人間であるため、直接的にモリムラがすり替わっているようにしか見えないのです。

いつものように、モリムラが美術作品の中に入り込んでこちらを見つめているのではなく、
私たちがその写真の中に、引っ張り込まれて入り込んでしまっているような、居心地の悪さがあります。

近い、のです。近すぎる、のです。



とても、とても、難しい展示です。

これでは、いくら宣伝したからといって、モリムラが今以上にメジャーになることは無いのではないか、
もちろん、この場合のメジャーという意味は、単に知っている人が多いというわけではなく、
モリムラ好きが増えることはないのではないか、という意味でありまして。

ああ、そうなると、あまり皆に理解されすぎてほしくないという天邪鬼な私の望みは、
当分安泰な気がするわけで、いや、複雑な思いであります。

そして、これだけわかりにくい展示だからこそこれだけあちこちで解説する必要があるのかも、と、
妙に納得し、さらに「でもそれってどうなのよ」と思いつつ、それだけの代価を払って皆が宣伝してくれるってことは、やっぱりモリムラの良さを沢山の人がわかってるのかなあ、と、

いつもの、堂々めぐり。

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    アートのつぶやき・・・・楽しませていただきました。

    [ 絵空定家 ]

    2010/3/29(月) 午前 9:53

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    絵空定家さん、ありがとうございます。勝手なつぶやきですが、読んでいただいてうれしいです。

    [ saku ]

    2010/3/29(月) 午後 7:21

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    こんにちは。はじめまして。
    私も豊田市美術館で開催されていた「なにものかへのレクイエム」展を見に行ってきました。

    東京写真美術館でのプロモーションは、電車の中で、全て違った図柄のポスターが貼られていたのですか・・・凄いですねえ。(愛知の美術館ではとても考えられません・・・予算も、来場者も東京にはかないません・・・東京が羨ましいですw)

    さて、sakuさんが書かれた記事、大変興味深く読ませていただきました。仰られているように男性である森村氏が、別の男性になる場合は、単にすり替わっているようにしか見えなかったという意見に、強く共感を感じました。

    ホント、写真が元ネタに似ててば、似てるほど、元ネタの写真の出来の凄さとか、歴史的な意味合いの重要性の方にばかり関心が向いてしまう自分がいました。(失礼ながら、どうせ写真集などを買うなら、元ネタの写真家の写真集の方が欲しいとすら思った程なのです)

    Shiny Sky

    2010/9/17(金) 午後 11:38

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    それに反して、従来のように女性に扮している時は、そのユーモアとか、美意識とか、現代において記号化しつつある化粧とか、色々なモノを考える楽しさがあるように思うのですが、森村氏がそういう事を行い出した行為の本質として、ドラァグ・クイーン的な要素や、ジェンダー問題とか、社会批判的なメッセージなどが入っているかというと、そうでもなさそうですし・・・。

    そんな事もあり、「何故、彼が他人に扮するようになったのか?」という根本的な部分に、強く興味を持ったのですが、豊田市美術館の場合は、氏の経歴の紹介とかが、あまり丁寧にされていませんでした。

    しかも、学芸員に聞いても、イマイチ明瞭な答えが帰ってこなかったので、ユリイカを含め3冊ほど、彼の著作物を購入して、はじめて「まねぶ」という行為をしているのだと知りました。そんなわけで、予算の都合もあり、図録を購入するのは見送ってしまいました(^^;

    かといって、面白くないわけじゃないんですよね・・・でも、クチに出して説明するのは、なかなか容易くないものがあるように感じました・・・。(長文スミマセン)

    Shiny Sky

    2010/9/17(金) 午後 11:38

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    ShinySkyさん、こんばんは。

    コメントありがとうございます。記事冒頭部分わかりにくかったですね、補足させていただくと「恵比寿駅から、東京都写真美術館までの間」というのは、電車の中のことではなく、「動く通路」と呼ばれている歩道のことです。まあ、電車8両分はゆうにありますが(笑)。


    森村氏の活動に関して私が思うところはこうです。(すでにShinySkyさんが読んでいらっしゃる内容と重複するかもしれませんね)

    彼の行為は、疑問から始まっています。作家が、描かれた者が、写された者が、何を考えていたのか、何を意図しているのか、どんな人間であったのか、どうやったらそれが描けるのか。
    それを理解するために、森村氏は作品の中に自ら入り込もうと(彼の言葉でいうところの”まねぶ”という行為を)したのです。自らが理解し、さらに私たちにアートというものが何であるかを伝えようとしているのです。自分がアーティストであろうということよりも、アートを知るということの方が大切だと思っているのです。

    ・・・なんて、合ってますかねえ、私の森村論は。

    [ saku ]

    2010/9/18(土) 午前 0:06

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