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20年前に起こったこの問題は、資料を読むほどになぜ?という疑問が起こってくる。
既に当時の直接担当者は役所をさり、まだ解き明かされない闇のかなりの部分を知る当時の市長も一昨年亡くなった。問題の渦中にいて内容を知る議員も少なくなった。
この問題を出すことで今更という反応が返ってくるかも知れないが、おそらくこれからも続く政治と金の暗部がこの問題に凝縮しているように思う。この問題に対していっさいのしがらみがないのだから、法に則った明快な解決に一歩踏み出すかも知れないと期待した新市長が4年前に誕生した。しかし、その後の交渉もその解決方針も主体が弁護士という法律の専門家にお任せになり、思考停止したのではと思われるような最終合意の有様だった。はじめから、道路を通すことを第一義と掲げたことで足下を見られた交渉だった。
解決策は、妥協して道路を通すことだった。それでは前市長と何ら変わらない。
説明のつかない補償金、説明のつかない妥協はすべきではない。相手側への最大限の譲歩は、そのまま市民への負担に跳ね返る。
しかし、そんな態度で交渉したら、道路は通らないと思いこませたのは一体誰なのか?
移転代替地の造成区画数は、現況414区画より200区画も多い611区画として移転代替地の造成設計をかけたのは前市長だった。
その設計を元に導き出した工事費相当額が7億3000万円でそれを補償費としてそのままそっくり渡すと決めたのは現市長だ。
そして、今、交渉中の4ヵ寺の中の既に協定書を結ぶ3ヵ寺との問題。
市がこれまで本昌寺に最大限の譲歩をしておいて、3ヵ寺が自分たちの取り分が不利になるようなことにあっさりと納得するはずもないだろう。
はじめから掛け違えたボタンは、最後までかみ合わないまま、時の流れに人々の関心が遠ざかるのを待ち続けているかのようだ。
私は、無関心という濁流に小石を投げ続けている。
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