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「沖縄差別」という言葉、「琉球処分」という言葉に込められた思いを頭ではなく感性で受け止められたのは2年前に沖縄に行ったときだった。
普天間基地とその周辺に日々暮らす人たち、辺野古新基地を阻止しようと何年も非暴力直接行動をする人たちに出会った時だ。
歴史・文化・民族的背景の違い 独自の文化歴史を持つ国としての自覚を多くの沖縄人が持っていることを頭では理解していたが、現地へ行って初めてああこういうことなんだと感じた。
琉球諸島は、もともと東アジア、東南アジアを含む貿易の中継地点として、非武装中立の立場で平和的に交易をし発展していた独立国だった。
400年前に琉球王国は薩摩に支配され従属させられた
130年前に王朝は完全に滅亡させられ琉球藩をおかれた、廃藩置県で沖縄県とされ、さらに沖縄戦での本土決戦の捨て石とされた。あげくに米軍の占領統治下におかれ復帰後はヤマトの安保体制維持の肩代わりに従属させれらた。そして、今四たび、ヤマトのために犠牲になれと言うのか。
まるで、「4度目の琉球処分」だという憤りが基地はいらないという運動に流れている。そんなヤマトの沖縄への政治的な利用とご都合主義に怒りをもって「沖縄差別」という言葉がある。
安保体制が必要だというなら 沖縄だけに頼るな
ヤマトこそウチナーから自立せよという思いがある。
基地問題は、政治的課題ではあるけれど沖縄の人たちの心の奥底には、ヤマトへの深い不信感があり、それだからこそヤマトの人たちは、真剣に基地問題は沖縄の問題ではなく、自らのヤマトの問題として捉え返してもらいたいという思いがあるのだというメッセージを私は今回の請願提案で伝えたい。
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