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2年間、佐倉市選出議員として参加する最後の議会。それなのに3日前にインフルエンザA型を発症。3日3晩、水しかのどを通らず、吐き気と頭痛とめまいと関節痛で苦しんだ。なるほど死者が出るほどの症状だと思った。こんなに苦しんだインフルは初めてだ。3日目に点滴をして初めて起き上がれた。その翌日がこの議会。
夢うつつで、「出なければ最後だから這ってでも」と思いながら、でも身体が動かない。情けなくて涙が出た。当日の朝は、吐き気止めの座薬と解熱剤とめまいを止める薬を飲んで、完全防備の出で立ちで、出席した。担当課の職員には「感染の危険があるのにごめん」と思いながら、この最後だけは意地でも休めないと会場まで送ってもらった。
2年間6回の議会で「広域連合議会」の問題、医療制度を「広域」で行うことの矛盾と課題、スケールデメリットの問題を何度も取り上げた。質問時間が長すぎるとブーイングが起こり会議の途中で退席する議員も続出した。「ふざけんな!」と心底腹がたった。
「国が決めたことだよ。財源問題があるのだからいくらこんなところで言っても変えられないんだ。粛々と議事を進めればいいんだ。」という空気の中で、議案を読み解くのに様々な文献や資料や聞き取りをして臨んできた日々だった。
ところが、この8月に議長から「議案の一活審議という方法を検討せよ」と実質的な発言時間と回数の制限が諮問された。
私は議会運営委員会で抵抗し、「決定の前に全国の広域連合の状況を調べるべきだ」と求めた。しかし、その結果を見て深く失望した。なんと僅か2時間程度で議会を終えている広域連合がほとんどではないか?千葉県の審議時間約8時間は突出した時間だったのだ。
私は全国の心ある議員がそれぞれに頑張っていることを密かに期待し、千葉だけが回数制限していいのか?と言うことを論拠に反対しようとしたが現実はかくあり。
それでも8月と11月の2回の議運では共産党の方たちの協力も得て要望書を提出し、なんとか継続審査に持ち込んだ。
しかし、3回目は多数決で決められた。「一活議題として質疑、質疑時間は20分。回数は3回まで」と賛成多数で決定した。これでは、まともに議論なんて出来ないと、この最後の議会は、補足資料の配付を議会事務局と議長に求めた。しかしこれも「まかりならん」とけんもほろろの対応。「議会は言論の場」というのが配布を禁ずる理由とか。このやりとりの中で私はやむにやまれず「広域議会には失望した」と捨て台詞をはいた。
だから、なおさら、この最後の議会は、這ってでも出なくてはならないと思っていた。
当日は、用意した議案質疑と討論そして一般質問を発言台までふらつきながらたどり着き、マスクをしたままで発言した。
医療制度を制度として持続させるために、保険料の算定が高めになること、そのために常に多額の給付費不用額を生み出し、剰余金が生じていること。
国からの軽減措置としての交付金以外の基金も70億円近くに積み上がっているがそれは次期の保険料減額の財源にしか使えず、翌年度の医療サービスの充実には使えないこと。国からの交付金も使い道が決められていて、条例で基金の使い道を定めてあっても自由に処分できないこと、さらに、事務所移転に伴う国保連との関係(2億6000万円の建設費の増に対する違約金問題)レセプト二次点検の件数の課題見積もりなど課題は山積していることなど。そもそも「特別地方公共団体」としての主体的な運営がなされていないことや後期高齢者の地域ごとの実態に即した検診や健康増進事業の充実など工夫も意欲も見られない状況だ。
10時開会、午後4時閉会。約6時間の会議時間だった。4000億円を超える医療制度の運営に関わる議会、53万人を超える被保険者に関わる議会がこんな状況で行われていることを当事者たちはおそらく知らないだろう。広域連合というありかたがそもそも問題なのだ。特別地方公共団体といいながら住民から直接選ばれない連合長と議員、その上職員は各自治体からの寄せ集めで2年から3年の期間で入れ替わる。誰が責任を持つのか?住民の声はどうやって反映されるのか?
今、新制度を巡って国も右往左往している。「広域でやる」とは決めたが受け皿の都道府県は「NO!」という。おまけに市町村国保まで広域化するために制度設計をし直している。被保険者の命を守るために医療のセーフティネットが再構築される新システムなら大歓迎だ。でも、そうじゃない。
この2年間「広域」で行うことの問題点ははっきり見えてきた。その問題を解決する道筋を示さない限り、負担は常に弱い部分にしわ寄せされる。
帰りの車の中から、車窓に移る景色を眺めながらぼんやり思った。「最後の議会が終わった。言うべきことはすべて言ってきた。あとは、次の人たちに任せたい」と。
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