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私は、あきらかな法的違反があるのかどうかの判断は専門家に任せたいと思う。仮に選挙違反に関わる問題点があれば「選挙管理委員会」が職務として然るべき措置をすべきだ。しかし、法的な違反のありなしに拘わらず「人権」という観点から大きな問題があると思っている。
どんな評価においてもその基準が客観的かどうかの判断は難しい。評価とはある目的に対しての到達度だが、その目的自体が評価主体の価値判断にゆだねられている以上、何を評価指標にするかで結果が大きく異なる。 従って「議会ウオッチング」の評価において、どんな資料を使ったかそれが客観的かどうかという問題以前にあくまでも「一グループの価値判断によって行われた評価」に過ぎないという前提で考えるべきだと思っている。
私は、この件における一番の問題は、「一方的に評価され不特定多数に流布されたことによって傷つけられた人がいるという事実」だと思う。
これはあきらかに人権問題だ。
議員は確かに公人であり、その職業的特質から、常に市民から評価を受ける存在だ。プラスもマイナスも含めて。議員の宿命ともいえる。
しかし、深く人格を傷つける表現でその評価し、不特定多数の市民に一方的に流布した「ウオッチング」の方法は「言論の自由」をはき違えた傲慢さを感じる。
「法的な違反がない」から「言論表現は自由だ」と主張したとしても、その行為によって個人の「人権」を踏みにじる権利などないと思う。
現在の30人の議員はそれぞれに選挙をへて市民の信託を受けて議会にいる。それぞれの主張も、よって立つ背景も行動の仕方も違って当たり前だ。
議会の一般質問や質問回数は一つの指標でしかない。もちろん厳然たる事実の質問回数や発言回数の公表であれば問題はないが、そこに主観的コメントが加えられた時に問題が生まれる。議員個々人の活動のフィールドは多岐にわたりそれをすべて網羅することは到底できないし何を持ってその活動を良しとするかはやはり評価する側の価値判断による。
今回、一方的な評価を不特定多数に流布した行為が議員に対しての人権侵害、あるいは議会そのものに対しての品位を貶めることにもなりかねない。だから議会として抗議をする必要はあると思う。しかし、同時に、危惧することがある。この件が引き金になって市民の自由な言論活動自体を封じ込めるような強圧的な方針がとられかねないことだ。それだけはどうしても避けたい。市民が議会へ監視活動をすることは市民の当然の権利だ。監視をしチェックをし、意見表明することで議会は変わる。市民からのチェックは二元代表制を正常に機能させる大前提だからその動きを止めるようなことになってはならない。
また、この議会内で私がこのグループと関わりがあるかのような発言をする議員も出てきている。全く、事実無根であり根拠のないもので、深く私の「人権」を踏みにじるものだ。
このグループが投げかけた波紋は大きい。確かにこの議会ウオッチングで市政に関心が高まった。その効果は、今回40名を超える立候補者の増加として議会に新しい風が吹くことを予感させる。しかし、同時にその結果が市民の言論を押さえるような動きへ、「議会改革」とは逆の方向に進みかねない状況を生み出していること、あるいは私も含めて個人攻撃の材料にされかねない危険性も現実に起きている。
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