ユニバーサルデザインのまちづくり

人権・平和・自治について思いをつづります

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「条例は市長が提案し議会で議決する」2元代表制のシステムの基本だということは小学校6年生でも知っている。そんな話を例に事務局は、「だから、市長が12月までと言うのだから12月までに決める。」という独断を押し通す論拠にする。市民を愚弄するにも程がある。
市民主権のシステムを作るために策定する条例を市民が「拙速につくらないで欲しい」「あわててつくる必要性はない」「より多くの市民が参加できるようにすべきだ」と求めても市長は「自治基本条例に関しては、副市長にお任せしている」とかで「市民との対話会議には出ない、説明もしない、あげくに12月までの期限は変えない」という強硬な態度を崩さない。
 
条例の内容以前の話だ。(最も議会基本条例も同様に進められているが)
懇談会が策定した中間答申を読んだが、市民参加の様々なツールが織り込まれている。これがこの通り出来るなら、確かにすばらしいだろうとは思った。しかし、これらの実効性を担保するためには、この条例を本当に市民自身が自分たちの生活にとって必要なのだと自覚し、使いこなしていく仕組みが必要だ。行政は過去の過ちをもう一度繰り返そうとしている。4年前につくられた「市民協働推進条例」が失敗のよい例ではないか?
 
あの協働条例によって「市民と市が共にまちづくりを行っている。市民の主体的参加がはかられている。」とは到底いえない実態がある。協働事業に関わる市民の多くが「どうもいいように市に使われている気がする。」「市の下請けみたいだ。」ともらす現状。
何のための誰のための協働条例かが、市民も行政も十分に理解されないままちょうど4年前やはり、前市長が在任期間のぎりぎりになって拙速に作り上げた経緯があったのだ。
 
市の最高法規と謳うなら、現在ある各条例との整合性を図り、既設条例の改廃も視野に入れた内容の精査が必要だ。最高法規を作るということはそういうことなのだと思う。ただ条例の文言を並べて「はいできました。後はいいように使ってください。」ではすまないだろう。他の個別条例とは違う権限の大きさについてどの程度理解した進め方なのか?特に市民参加について謳っている協働条例の内容とはかぶる部分もあり、さらに議会に関わる項では議会基本条例や現在の会議規則上の制約に関してもその改廃も含めて議論されなければならないはずだ。
 
策定手順、期間、さらに内容すべてに渡って不備な条例をこのまま作らせていいのか?
 事務局案を読みながら、自分なりの構想案を考えてみた。ベースは事務局案なので、大幅に変更したつもりはないが、特に「人権」の視点を明記してほしいことと、「ともに生きる」という内容がユニバーサルデザインの社会を実現する方向性を持ったテーマとしてあることを明確にしたいと思っている。人口減少時代に向かう今後10年は、これまでの右肩上がりの時代の開発重視、競争原理から脱却し、ハンディのある人やマイノリティの人が暮らしやすい社会にしていくべきと思っている。すべての人が暮らしやすい社会=ユニバーサルデザインのまちづくりを推進していってもらいたいと心から願う。
 
 
 Ⅰ思いやりと希望にみちたまちづくり
 
地域で暮らすすべての人が生涯にわたり健やかで安心した暮らしを送ることができるまち、一人ひとりが能力と個性を伸ばし、自身の成長に活かすことができるまちをめざします。
 高齢になっても障がいをもっても住み慣れた地域で暮らし続けていくために、医療、福祉、教育、防災、住民自治などの各分野における横断的な支援の取り組みを構築します。
 少子化が進行する中、子どもたちを取り巻く社会的環境が大きく変化しています。
子どもたち一人ひとりのかけがえのない命を育むために子育てしやすい街が求められます。子育て環境の充実に向けて行政、地域、学校、企業などが連携し、社会全体で協力し、支援する体制づくりを行います。
健やかで安心して暮らせる街をめざし、乳幼児期から高齢者に至るまで、それぞれのライフステージに応じた適切な保健・医療サービスを提供すると共に、子育て、高齢者支援、障がい者支援に関わる市民団体、各関係機関との連携を図り、市民の健康づくりに対する支援を推進します。
 誰もが、社会の一員として生き生きと暮らせる街をつくり、心豊かで、人への思いやりを大切にし、希望に満ちた佐倉市をめざします。
 
  
 
Ⅱ 快適で安全・安心なまちづくり
 
 本市は、印旛沼や谷津に代表される水系及び樹林地などから豊かな恵みを受け地域社会を形成してきました。しかし、近年、開発によって自然環境への負荷が増大し、緑の減少、生物多様性の破壊など様々な環境問題が顕在化しています。
 特に印旛沼は、下水道の整備により徐々に改善の兆しはみえますが、飲料水利用の湖沼としては全国ワースト上位の状況にあります。
 さらに情報通信の高度化に伴う社会環境や不況など経済環境の変化で犯罪、交通事故、消費者問題等、市民の生命、身体、財産を脅かす諸問題が生じています。
このような中、自然と共生しながら将来にわたり安心して暮らせる環境作りのため、地球温暖化対策、斜面林や谷津、湧水の保全、ゴミの減量化と適正処理、農薬などの使用制限、雨水排水対策など環境に優しいまちづくりを進めていく必要があります。
 特に印旛沼を取り巻く自然環境の保全は、国、県、流域市町村との連携を図り、印旛沼の水質浄化に向けて取り組みを進めます。
 地震、水害、崖崩れ等の自然災害に備え、市民が安心して暮らせる街にするために、公共施設の耐震化をより一層促進し、災害に強い都市構造を構築します。また、防災、防犯体制に万全の備えができるよう日頃から関係機関との連携をとりすすめていきます。
 
 
Ⅲ 心豊かな人づくり、まちづくり
心豊かでうるおいにみちた市民生活の実現に向けて、本市の恵まれた自然や歴史など地域資源を積極的に活用していくことが必要です。青少年が地域に誇りと愛着を持ち、自身の生き方や人間観を培うために、家庭や学校を含めた地域社会が互いに協力し青少年の育成に努めなければなりません。
 そのためには地域全体で子どもたちが健やかに成長できる保育や教育環境を整備すると共に、生涯に渡り、学び続けられるように図書館、公民館など社会教育施設のより一層の充実もはかっていきます。また、子どもたちが地域の歴史、自然、文化を活かした学習や地域での体験学習を通じて心身の健康と生きる力を身につける教育を進めると共に、安心して安全に学べる教育環境整備の充実に努めます。
 市民が年齢に関わりなく、趣味を広げ、教養を養い、健康を増進させるなどの生涯学習を行うことを支援すると共に、ボランティア活動などの地域を豊かにする活動、地域散策や地域研究を深める市民学習活動にも支援をしていきます。
 また、スポーツシーンのある街として、運動公園、金メダルジョギングロード、印旛沼サイクリングロードなどの整備は市民のスポーツ環境に大きな役割を果たします。この地を基盤に多くの一流アスリートも生まれています。スポーツは心身両面に渡り、健康保持・増進に役立つことからいつでもどこでも生涯スポーツを楽しめる環境作りを推進します。
 これら教育施策を推進するにより、地域への理解と愛着を深めると共に、生き甲斐をもてる人づくり、地域づくり、豊かな地域文化の創造につながる街をめざします。
 
  
Ⅳ 明日へつながるまちづくり
人々がいきいきと活動する街には賑わいが生まれ、産業は活発になり、街全体が元気になります。しかし、今後10年の間に日本は「人口減少時代」には入り、地方都市では「まちの衰退」という深刻な問題に直面しています。本市においても同様で、この影響を食い止めるためには「定住人口」の促進に努め「交流人口」の拡大をはかる施策が急務です。
 本市における農業、商工業サービス業等の地域産業は、街の活力を生み出す原動力であり、市民の暮らしを支える基盤でもあります。
 特に農業における水源涵養、田園風景は本市の誇るべき景観として重要な役割を担っています。農産品の価格低迷、高齢化、担い手不足等厳しい環境にありますが、「地産地消」の促進や販路の拡大、新たな担い手育成支援等による経営安定支援策を講じて行きます。
また本市は印旛沼や谷津をはじめとする自然景観、国立歴史民族博物館、順天堂記念館等の文化施設、市民によって継承されてきた各地に残る歴史伝承などの誇るべき歴史、文化資源があります。さらにこれまでも城址公園や印旛沼湖畔などで四季折々に行われてきたイベントや佐倉秋祭り・時代祭なども市民に親しまれ、内外からの観光客を集めています。
このようなことから、農業者や商工業者の経営安定のための支援、後継者担い手対策等による支援を今後も継続すると共に新たな時代のニーズに対応できる異業種連携、地元企業への育成支援、新分野の産業創造等による若年層の就労や雇用機会の拡大をはかっていきます。
文化歴史遺産はその保存に努めると同時に、その持つ潜在的な価値を内外に向けて積極的に発信し、貴重な観光資源としての活用も図ります。市外あるいは海外からの観光客を市全体で出迎える「おもてなし」の心を育むことによって、文化が息づくにぎわいと活力のある「観光産業」の充実に努めます。
これらにより、「住んでみたい」「住み続けたい」「訪れてみたい」まちづくりを目指します。
 
Ⅴ 住環境が整備されたすみやすいまちづくり
 今後10年間、日本全体が人口減少へと向かう中、本市にあっては市の活力そのものを減少させないために人口構成の変化を見据えた持続可能な都市構造への転換を進めていくことが求められます。
そのためには本市の特長である緑豊かな自然環境の大切さを再認識し、緑と水に身近にふれあえる都市と自然のバランスがとれたまちづくりを構築することが必要です。
さらに本市は、佐倉地区、根郷和田弥富地区、臼井地区、志津地区、ユーカリが丘地区とそれぞれに特徴のある開発と発展を繰り返して成長してきた街でもあります。
従ってJR佐倉駅や京成各駅周辺の商業地の機能充実を図ると共に、それら5地区を機能的に結ぶ交通体系のネットワーク化をはかる必要があります。
街の都市基盤整備に当たっては、景観に配慮しつつも、各地域の個性や機能(農地・山林を含めた豊かな自然環境や歴史文化的資産、住宅機能、商業機能等)を効果的に活用することで、新たな開発によらずに都市としての可能性を最大限引き出すまちづくりが推進できます。
一方、市民生活に欠くことの出来ない、上下水道や道路の基盤整備ですが、安全で良質な地下水を飲み続けるためにも暫定井を含む33本の井戸の補修と長寿命化、さらに老朽化した下水道管の計画的な補修、改修が必要です。新規道路の建設は、整備の緊急性や重要性を明確に分析した上で、中長期的な展望を持って取り組み、生活道路、特に通学路となる道路は、日常的な管理を強化し、歩道や側溝の破損等は早期補修を行い、市民の安全を守ることが必要です。
また、市民が安心して暮らせるように交通不便地域の解消に早急に取り組み、ディマンド交通システムの導入や循環バスの運行など民間事業者との連携協力の下、計画的に進めていくことが必要です。
これらにより、快適で住みやすい住環境を実現し、子育て世帯や高齢者の方々など多世代が共に安心して暮らし続けられるまちづくりを目指します。
 
Ⅵ ともに生き、支え合うまちづくり
市民一人ひとりが心豊かに生き生きと暮らしていくためには、人種、性別、障がい、年齢に関わりなく、社会のあらゆる分野における活動に平等に参画する機会が確保されなければなりません。市民が地域で活動し、共に支え合う仕組み作りや地域コミュニティ活動拠点の整備、地域活動を担う人材の育成、自治会活動の活発化への支援をはかるなど、地域コミュニティの環境整備を進める必要があります。
また今後10年は、税収などの歳入増が見込めない中、市が対応すべき課題はますます増大し、市政運営においても迅速な判断や対応が求められます。限られた財源で公の役割を果たすために効率性の視点と共に公正、公平に市民サービスを提供する必要があります。
特に大きな経費を要する施設の建設や維持補修費等については、効率的な施設運営をはかることにより施設に要する全体経費の節減の推進が必要となります。
公共施設の老朽化に対応してFMの手法により、計画的な修繕を行い、施設にかかる経費の最小化と施設公用の最大化をはかることが求められます。
また、本市は、国際協調の視点をふまえ、世界の恒久平和の実現のために「平和都市」を宣言すると共に、広島長崎へ中学生を派遣するなどの平和教育にも努めています。
今後も平和活動を進める市民団体と共により一層の平和施策を展開していきます。
「ともに生き支え合うまちづくり」の実現にむけては、施策の策定段階からの市民参加を重視し、市民への積極的な情報開示と意見交換を通じて、共に地域の課題解決に取り組むように努めます。さらに市内各地域の特性や実態にあわせ、市民が活動しやすい環境作りと活動支援を行うと共に活動の担い手となる人材育成を支援します。
持続可能なまちづくりを行うために社会経済環境の変化に柔軟に対応すると共に、地域の課題、市民ニーズを的確に把握し提供した行政サービスの成果を検証しながら、最も有効な施策を選択していきます。
市民が平和で安全な環境のもと、高齢者、障がい者、外国籍の方、民族、出生、女性、子ども等を理由としたあらゆる差別を許さず、市民一人ひとりが大切にされ、人しての基本的人権の尊重と豊かな生活を享受できるまちづくりを目指していきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
  松山「坂の上の雲」を問う会というところから全国シンポジウムの案内が来た。愛媛県まではとてもいけないので、机の片隅においていたが、議会も終わり時間ができたのでじっくりと案内文を読んでみた。
 歴史の事実を一定の価値観でゆがめてあたかも真実であったかのように「坂の上の雲」のドラマが作られているという内容の文章。「日清・日露戦争」が日本にとってやむを得ない選択であったと、そうしなければ列強からいつ攻め込まれるか分からない状況であったという司馬史観による解釈の元で組み立てられているという。
 私は小説そのものを読んでいないので何とも判断できないが、一般論として「歴史」の真実とされることは起こった事実の解釈如何で180度変わってしまうことはままあると思っている。どういう事実を歴史解釈に取り入れるのか、そしてどういう立場でそれを解釈するのかで本当に恐ろしいほどの違いが生まれる。それを言うと不可知論になってしまいそうだが、そうなることの危険性を知った上で、批判的に歴史ものを見ていかなければならないと思っている。やっかいなことに書物に残る歴史のほとんどは、統治者側からの視点の歴史だから統治された民衆や侵略された民族の側からの資料はよほどマニアックでなければ知ることなどできない。権力側からの解釈はいつも負の歴史事実を正当化するために都合のよい史実をもとに都合のよい論理展開をする。だから、朝鮮独立のためといいながら朝鮮を侵略し、朝鮮を防衛するためやむを得ない戦争といいながら「日露戦争」を仕掛けていった。その後に続く、昭和の15年戦争、中国への侵略の時も全く同じ論法で時の政府は日本国民を戦争へと駆り立てていった。見事なまでの「大衆操作」。
そして、多くの日本人は、「戦争への道」を自ら選択していったことは周知の事実。
 今年は韓国併合100年だが、いまだに続く「大衆操作」の一つが「坂の上の雲」ブームなのかも知れない。
委員長報告ではなく、議案に対しての討論を致します。
平成21年度決算認定に関わる議案第1号第2号第4号第7号第9号第10号。
一般会計補正予算第11号、国民健康保険特別会計補正予算第12号及び議案第28号に反対します。
続いて、賛成する議案ですが、請願第41号・第42号・陳情第43号第46号については賛成します。
 
議案第1号についてですが、
平成21年度決算は、歳入約425億円、歳出約403億円と当初の歳入歳出予算369億円との金額の乖離が著しくなっています。主な理由は国による定額給付金、子育て応援特別手当交付金、地域活性化臨時交付金などの国庫支出金約37億円が歳入に組み込まれたことです。しかし、この一連の景気底上げ経済対策の名を借りたばらまきは、果たして、国民の生活基盤の安定に結びついたのか?地方の企業や事業所の景気回復に結びついたのか?と問い直す必要があります。決算の数字を見る限り、NOと言わざるを得ません。今回の決算の市民税の減少が政策の失敗を物語っています。特に、法人市民税ですが、昨年に続いて3億円以上の減少で市税に占める割合は既に5%を切っています。
しかし、市の姿勢は相変わらず「企業誘致策」に歳入確保の期待を寄せ、約16千万円の補助金を市内3075法人のうちのわずか7法人に支払っています。その費用対効果については検証もありません。その一方で、一般競争入札による競争激化で市内事業者の労働ダンピング、採算割れで倒産も相次ぎ、企業誘致どころか市内企業つぶしにすらなっています。佐倉市のような戸建て住宅を中心とした首都圏近郊の地方都市が今後どのような地域経済や雇用施策をとっていくべきか長期的な展望を考えなければならない時期にきています。他力本願の企業法人税だのみではなく、地元雇用を促進させるための内発的な地域振興につながる施策や地域ニーズに合わせた循環型経済による個人市民税の環流を促すようなビジョンを示すべきです。
 
一般会計補正予算中土木費の勝田台長熊線の基金繰入金225672千円は平成2112月に最終合意を結んで移転代替地の造成費73000万円中の21年度分前払い金2億円と本昌寺墓地使用者の移転補償費4人分、さらに弁護士委託料も含まれています。最終合意書の内容についても不合理な点が多く納得できません。さらに平成15年に結んだ基本合意によれば「代替地造成費工事費相当分を支払う」としているところ、市長は2012月の最終合意骨子案で公共事業積算の最大積算額73000万円をそっくりそのまま渡してしまう交渉に持って行きました。それをお互いに譲ったつまり「互譲」の結果だとして、住民投票を通じて市民の意志を問うこともなく最終合意をしました。その間の市長並びに弁護士の交渉のあり方にも大変疑問があり反対します。
 
また、ここ数年の行財政改革によって、各部署で公共サービスのアウトソーシングが年々進んでいます。業務委託については事業者のたたき合いによる落札率の低さが目立ちますが、市が設計価格を積算した後に実際には予定価格を低く押さえる入札方式に大きな問題を感じます。さらに設計価格そのものも、人件費については、最低賃金を僅かに上回る程度の時給換算にしています。
たとえば給食業務委託では委員会の中で時給880円という答弁がありましたが、先日、市が委託発注しているある事業者が市内小学校の給食調理員の時給を800円として求人広告で募集をしていました。これが現場で働く人たちの実態です。さらに、夜間警備の業務委託のように現状の労働条件を著しく切り下げていく積算にしている事例もあります。具体的には夜間警備に対して労基法上の労働時間除外の監視断続的業務の適用を取っているかどうかを事業者確認することなく、通常の労務単価の3分の1で積算していました。公務公共労働の業務委託は、委託費のほとんどが人件費です。労働者の多くは市民です。その雇用確保と労働条件の適正化は、何度も言いますが、市税へと還流してきます。逆に雇用環境の劣化は、公共サービスの水準を引きさげます。民間にアウトソースした公共事業で労働者がどんな働きをしていようが関係ないというスタンスでは地域経済の活性化は到底見込めません。
 
 
下水道事業特別会計に関わる「寺崎特定土地区画整理事業」についてですが、これまでも一般質問等で指摘してきました。21年度に2回目の事業計画変更を行い事業期間を平成29年度末まで延長しました。その背景にある問題点はこれまで何度も指摘をし、特に総事業費の赤字分の最終的な補填の見通し、現在約25億円の赤字見込みですが、それがさらに積み上がるかどうかは不確実であり、今後、市の負担が増加しないように最終的な負担について新たな協定を早急に取り決めるよう求めてきました。しかし、都市機構に多大な信頼を寄せる市は取り上げる気はないようです。独立行政法人の整理合理化が国の方向であり、都市機構が今後どういう方向でニュータウン事業を収束させようとしているのか?市はその実態をどの程度押さえているのでしょうか。先月、関東近県の都市機構に関する情報交換会がありました。今、都市機構は関東近県においてはその開発事業のかなりの部分を「リンケージ」という民間子会社に移しています。おそらく寺崎特定土地区画整理事業においても現場監督をしているのはリンケージ社員ではないでしょうか?行政文化用地の利用問題もありますが約1ヘクタールの近隣公園整備費は、都市機構と何の確約もされていないことからこのままでは市が持ち出しで整備することになりそうです。大型店舗が次々と進出し周辺の商業地へのマイナス影響もあります。問題はこれらの大型店舗はすべて20年程度の定期借地契約で上物を建てていることです。もうけが見込めないときにはやがて撤退していきます。大型店舗が消えた後の寺崎地区を含む佐倉地区一帯の影響についてまた、衰退を押さえるための振興策についてどのように考えているのか?ここにおいても市の今後のまちづくりビジョンの欠如を感じます。
 
議案第11号平成22年度補正予算については、
寄付金の問題について討論します。 
昨年、ふるさとまちづくり応援寄付制度ができ、上志津南台区画整理組合の清算金剰余金から平成21年度末に500万円寄付されました。その配分が今回の補正予算で、保健福祉振興基金、勝田台長熊線基金、緑のまちづくり基金、学校教育振興基金、文化振興積立基金、スポーツ振興基金 ふるさと事業基金の7事業に配分されました。
これら寄付金には設置目的があり、それぞれ寄付者の要望に応じて配分されているようですが、問題は、寄付に関する条例規則中、第5条の寄付の行われた日が属する年度から起算して3年以内に該当事業費に充当するよう努める、また、寄付金を充てた事業の成果について完了後報告という条文の履行の実効性についてです。実際上、今回、各基金に数十万円ずつ組み入れられたことで、それがどういう事業にどれだけ使われるのか、当該寄付者の寄付金を利用したのかどうか、基金内に特別会計でも作らない限り明確に区切ることは不可能です。また、3年以内という期限を区切ること自体が、各公共事業の実施の必要性を公平に判断していく計画的利用とは異なる使用方法になり兼ねません。従って、寄付金条例施行規則のあり方を見直すべきと考え今回の基金繰り入れに対して反対します。
 
議案第28号 教育委員の任命についてです。今回、推薦をうける方の教育行政に対する見識の高さや業績のすばらしさは毎回、教育委員会傍聴を通してよく存じています。しかし、本来、教育委員会は、「レイマンコントロール」のしくみとしてあり、レイマンつまり教育の素人である委員を通じて、住民のニーズを施策に適切に反映させるための制度です。時代と共に教育を巡る環境は変化しています。たとえ優れた人材であったとしても同じ方が20年以上にわたって教育委員の職に就かれることは、不適切であり、広く一般公募をかけ市民から人材を募るべきであると考え反対します。
陳情第46号「佐倉市自治基本条例策定市民懇談会」の業務の停止に関する陳情書については陳情内容に全面的に賛成するものではありませんが、現在「12月に議決ありき」の行政主導で強引に進められている状況を一時ストップせよという意味で採択すべきと思います。
「自治基本条例」は住民自治の強化を目的とするもので、執行部が目論むような「市民協働」の推進のためにつくられるものではありません。二元代表制が声高に言われますが、元々地方公共団体における直接民主制に基づく二元代表制は国政における間接民主制とは異なる制度です。首長も議員も民意の限定的な代弁者としてのみ位置づけられているものです。それがあたかも国会議員が国民の代表であることと同じように市長や市議会議員が市民の代表であるかのような錯覚を持ち、その権限と権威を住民統治の手段として行使してきたことが行政の腐敗や、住民の政治に対する無力感や無関心、議員の行政監視機構としての怠慢を温存助長させてきました。その典型的な事例が佐倉市においては志津霊園問題です。「自治基本条例」を本来の住民自治を取り戻すためのシステムとツールにするためには、その策定過程から丁寧な住民参加と住民の意見反映が必要です。その意味で、この陳情趣旨に対して賛成いたします。
 
 
最後に平和に関わる問題について討論します。
請願第42号「日米共同声明」を撤回し普天間基地の閉鎖と辺野古新基地建設に反対する意見書提出を求める請願については、委員長報告では不採択でしたが、採択すべきであると考えます。 
912日に行われた名護市議選挙の結果をみても「これ以上沖縄に犠牲を押しつけるな」と言う沖縄の地元住民の意思は明確です。国が北部地域振興策の補助金を見せしめのようにストップし、老朽化した小学校の建て替えすらままならない状況になっても人々の「基地はもういらない」という意思は貫かれました。私たちは沖縄の問題を私たちヤマトの問題として9条と日米安保条約に連なる問題して考えなければならないと思います。
今ここで再び沖縄に基地を押しつけ問題を先送りすることは今後の東アジア、中国・韓国などとの外交問題とも連動し安全保障を逆に脅かすことにもなりかねません。日本が名実ともに「非武装・中立・国際協調」の外交路線を築くのか、アメリカの軍事戦略のパワーバランスに運命をゆだねるのか、その岐路ともいえるでしょう。私は、「武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段として永久にこれを放棄する」と謳った第9条を遵守すべきと考え請願採択を求めます。
 
 
継続案件について
佐倉市議会議員の報酬引き下げ実施を求める陳情第4142号の2本は同一内容ですのでまとめて討論します。
現在、会派内の合意を取ったうえで代表者会議で調整中、議会改革特別委員会でも検討中いう理由はどうあれ、この陳情の趣旨は、既に4年前にだされた特別職報酬審議会の答申に則って引き下げよというものであり、その陳情趣旨については当然私たち議員は心して受け止めなければならないと思います。
会派内の調整も大事ですが、議員は一人一人の市民から一票を託され議会に出ています。特にこの報酬に関わる案件は通常の執行部からの議案提案とは違って、議員個人の生活にも関わる問題です。そうであるからこそ、会派内合意を前提とするのではなく、各議員個人がこの問題に対しての自身の意見を表明し判断すべきではないかと思います。私はこの両陳情はいずれも採択すべきと考え賛成します。
 
 
「自治基本条例が市民参加なしに作られている。拙速な作られ方だ」と批判する同じ人が議会基本条例を作成する側になったとたんに執行部と同じように守りの姿勢に入る。
自己矛盾を感じないでいられるその感覚こそが政治家にとって必須な資質なのかもしれない。大人の対応というやつか。「筋が通らない。」と納得しない私は、いつも反対ばかりするだだっ子というわけだ。
 
議会基本条例は、市民の議会参加の道具としてなければ意味がないと思っている。一例を出そう。選挙では、一票を投じて一人の候補者しか選べない。しかし、住民はすべての施策判断について一票を投じた人に白紙委任しているわけではない。少なくとも市の方向性を決める重要な案件には、住民投票が必要であり、議決の判断の一つして重く尊重されなければならない。だから、住民投票の規定は必ず入れなければならないと思っている。(改革委員会の素案にはそれは規定されていない)
今回の条例案策定の過程は、それら住民参加の具体的なことについて、いやそれ以前に議会の開催時期や場所、傍聴に対する考え方、議会がどうあるべきかという住民の側からの要望すら聞いていない。先進自治体の条例文のコピー&ペーストをたたき台に文言をどうするのかということに時間を費やしてきた。
4月には選挙がある。12月にきめてしまいたい。」と終結時期を決めた上での意見聴取は、住民から出されるであろう要望に対して、「それはそれとして、大事なことだが、時間が限られているので今後検討する」と棚上げになるのが精一杯ではないのか?
それは意見を聞くポーズでしかない。そのことは、革新系少数派の議員は執行部とのこれまでのやりとりでいやと言うほど思い知らされてきたはずだ。まさに体制側の常套手段ではなかったか?自分たちが策定する段階になったらなぜ同じ手法をとるのか?
 
「自治基本条例は行政執行機関のために作るのではない。」
同じように「議会基本条例は、議会のために作るのではない。」
住民の市政や議会への参加、直接民主主義を体現するために作るのだ。
だから、住民が参加し住民が議論し求めるものでなければ、活きた条例にはならない。行政や議会が主導で作ったものは、現実的な対応とか合意形成の名の下に、骨抜きになっていく危険性が高い。
いわゆる革新系議員はいままでそのことの問題性を市民に訴えてきたのではないか?
なぜ、今、「議会の合意形成」などという多数派工作の論理に乗っかり、物わかりのいいお利口さんになっていくのか?私にはどうしても理解できない。

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