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佐倉市の税務行政がこの8月から大幅変更となった。
市民税、固定資産税、都市計画税と国保税も併せて一体として取り扱い、課税課と収税課の2課体制で行う。さらに、税務部長に国税庁OBを3年間の期限付き任用職員として迎え徴収吏官の指揮命令のトップ、税務決済の最高職に就けるという大胆というよりとんでもない人事を市長はおこなった。
市長は私への議会答弁で「これまでの公務員にゼネラリストとしての資質を求めるところから、業務によってはスペシャリストを求めるという方向転換も個人的には考えている」との重大な発言を行った。
この問題だけを取り上げればとても質問時間が足りなくなるのでやめたが、私は、公務員とは全体の奉仕者であり、とりわけ決済の責任者である部長職は、個別業務のスペシャリストであること以上に市政全体を理解し、同時に一人の市民の抱える状況をトータルに判断できるゼネラリストとしての見識が求められていると思っている。さらに地方公務員法においても市民への守秘義務と職務遂行に対する責任の重大性から、「恒常的な職」に対しては期限が限られた非常勤ではなく、期限なき常勤職員を配置することが原則である。
国税庁OBは国税徴収法の運用解釈に長けていることは当たり前の話。
現在の採用者の個人的資質や経験について問題にしているのではない。
そもそも所得に応じた課税を原則とする国税と収入がなくても課税される固定資産税、医療保険のセーフティネットであり、無収入でも保険として支払い義務が生じ、しかも、資格証発行というサービス制限が伴う国民健康保険税を一緒くたに、徴収法の運用解釈に載せて滞納整理、取り立て、差し押さえをしていいのかどうかという問題。
国税徴収法はその規定に沿って運用するとき、租税債権に対する自力執行権とその持つ「強制力」は現場担当者の「認定と裁量」にゆだねられ幅広い。地方税は国税とは違う。まして医療保険税としてある国保税を同じく滞納整理業務としてまとめてしまい、しかも、その業務の指揮命令を国税庁OBにスペシャリストとして任せるという市長の姿勢が問題なのだ。
今回の質問の準備で、過去、徴収法が作られた経緯を調べる中で、一人の民法学者の言葉に出会った。我妻栄氏、この国税徴収法の解説書を作成した人だ。その我妻氏は「徴収法の執行に当たっては多くの善良な滞納をしている人をいじめるのであってはいけない。徴収法の強権部分は本当に悪い一部の人へ滞納処分の必要性からやむなく諒解したものだ。よく切れる刃は抜きたくなるが、刃の抜き方を間違えてはいけない」と。
この言葉をどれだけ具体的に運用にするか、納税者の人権を守るべき行政の姿勢が問われている。
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自治・まちづくり
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20年前に起こったこの問題は、資料を読むほどになぜ?という疑問が起こってくる。
既に当時の直接担当者は役所をさり、まだ解き明かされない闇のかなりの部分を知る当時の市長も一昨年亡くなった。問題の渦中にいて内容を知る議員も少なくなった。
この問題を出すことで今更という反応が返ってくるかも知れないが、おそらくこれからも続く政治と金の暗部がこの問題に凝縮しているように思う。この問題に対していっさいのしがらみがないのだから、法に則った明快な解決に一歩踏み出すかも知れないと期待した新市長が4年前に誕生した。しかし、その後の交渉もその解決方針も主体が弁護士という法律の専門家にお任せになり、思考停止したのではと思われるような最終合意の有様だった。はじめから、道路を通すことを第一義と掲げたことで足下を見られた交渉だった。
解決策は、妥協して道路を通すことだった。それでは前市長と何ら変わらない。
説明のつかない補償金、説明のつかない妥協はすべきではない。相手側への最大限の譲歩は、そのまま市民への負担に跳ね返る。
しかし、そんな態度で交渉したら、道路は通らないと思いこませたのは一体誰なのか?
移転代替地の造成区画数は、現況414区画より200区画も多い611区画として移転代替地の造成設計をかけたのは前市長だった。
その設計を元に導き出した工事費相当額が7億3000万円でそれを補償費としてそのままそっくり渡すと決めたのは現市長だ。
そして、今、交渉中の4ヵ寺の中の既に協定書を結ぶ3ヵ寺との問題。
市がこれまで本昌寺に最大限の譲歩をしておいて、3ヵ寺が自分たちの取り分が不利になるようなことにあっさりと納得するはずもないだろう。
はじめから掛け違えたボタンは、最後までかみ合わないまま、時の流れに人々の関心が遠ざかるのを待ち続けているかのようだ。
私は、無関心という濁流に小石を投げ続けている。
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命どぅ宝ネットワークの太田さんが請願者として提出した下記の請願を8月議会で提案する。今の議会の状況から通ることは難しいが、より多くの人に沖縄のことを自分たちのこととして考えてもらいたいという願いを込めて。
「日米共同声明」を撤回し、普天間基地の閉鎖と辺野古新基地建設に反対する意見書提出を求める請願
佐倉市議会議長 様
請願者
氏名 命どぅ宝ネットワーク
代表 太田武二
2010年6月2日、鳩山内閣の退陣を受けた菅首相は普天間基地の辺野古への移設を明記した5月28日付け「日米共同声明」を踏襲することを表明しました。
「日米共同声明」は辺野古への新基地建設、徳之島への移転・移設を宣言しただけではありません。米軍基地の永続化や「思いやり予算」の国外での適用、更なる日米軍事一体化等につながる重大な内容を含んでいます。
このような重大な内容を含み「沖縄差別」に貫かれた「合意」が日米の4閣僚で決定され国会承認もなしに国家間の合意とされることは許されません。
今年に入って沖縄県民は「国外・最低でも県外」を掲げた前鳩山連立政権の公約を後押しする取り組みを行ってきました。
1月24日の名護市長選挙において名護市民は、12年間続いた基地受け入れ市長を打ち破り、辺野古への新基地建設反対を掲げた稲嶺進市長に選びました。
4月25日には「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外、県外移設を求める県民大会」に9万人以上が参加しました。5月15日の平和行進と県民大会を受けて、翌16日には5年ぶりに普天間基地の包囲行動を行い、寒く激しい雨の中約13キロを1万7千人の人間の鎖で囲い成功させました。
しかし、前鳩山首相はじめ政権与党は公約実現に対して「米国」に対しても「本土」に対しても真剣な努力もなく、結局「沖縄」に新たな基地負担を押しつける「合意」を「基地はいらない」という沖縄の意思を踏みにじって頭ごなしに結びました。
65年前、沖縄は「国体護持」の終戦工作、時間稼ぎの「捨て石」として住民を巻き込んだ凄惨な沖縄戦を強要されました。戦後は、27年間の米軍直接統治下から日本国憲法の下に「復帰」したにも拘わらず、国内の米軍基地の約75%を沖縄に集中させられ、政府は日米安保体制の犠牲を一貫して沖縄に押しつけてきました。これまでの沖縄の長く苦しい闘いに答えてこなかった政府の姿勢は「沖縄差別」そのものです。それを許してきた「本土」の人たちも沖縄差別を無自覚に助長しているといえます。
沖縄の怒りを我がものと受け止めてください。
去る7月9日には、沖縄県議会が全会一致で「日米共同声明」の見直しを決議し、普天間基地の撤去と辺野古の新基地建設に反対を表明しています。
よって私たちは佐倉市議会に対して国へ以下の要望を掲げた意見書を提出していただけるようにお願いいたします。
<請願事項>
以下の3点に対して国へ意見書提出を求める
1, 沖縄差別に貫かれた5.28「日米共同声明」を撤回すること
2, 普天間基地の即時無条件返還を米国政府に要求すること
3, 名護市辺野古への新基地建設計画をやめること
以上
平成22年8月16日
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人口が減少している。少子化が進み、高齢者が増え、生産年齢人口が減少する。それに伴い税収は減少する。高齢者が増えることは民生費が増えることと比例する。従って、福祉サービスを担う主体である市の歳出増は否めない。さらに国の地域主権大綱によれば、地方への交付金は、国のナショナルミニマムを原則取り払い自治体の裁量に任せ、一括交付という方向へ進む。これは、さらに地方へ回る金が減らされることを意味する。地方のことは地方で何とかしろというわけだ。財政的には明るい話は一つもない。
では、市としてどうするのか?なにができるのか?
まるで八方ふさがりの話のなかで、成長路線の打ってでる戦略なのか、現状を維持すべく持続型の戦略なのか?それを議論し、方向付けるのが総合計画審議会の役割。
しかし、どうも議論は、全体の方向性について明確な戦略を立てるようには進まない。執行部は、人口動態のグラフを資料として出しているが、単に人口推計をグラフ化しても具体的な戦略につながる議論ができるのか?疑問だ。
たとえば、佐倉市の人口の減少や流出の理由は何か?少子化なのか?転出なのか?
佐倉市への転入の理由や動機は何か?他市ではなく佐倉市を選択させたキーポイントは何なのか?それを共有し整理した上での議論が必要だろう。
たとえば、人口減少の歯止めとなる施策は何か?
定住人口を増加させるファクターはあるのか?
そのためには、佐倉市の定住者の持ち家や購入マンションの率、賃貸マンション、アパートや借家という流動的層の割合、持ち家層の地域分布と年齢層、定住し続けるための条件、新たな流入に求められる条件整備などについて調査する必要がある。
さらに新たな産業の育成や企業誘致を行う基盤整備が整っているのか?
そもそも新たな産業とは具体的に何を指しているのか?そのような議論も必要だ。
総合計画の審議会を傍聴しながら、今後10年の佐倉市の行方を考えるためには、これらの問題を細部にわたって調査し、同時に俯瞰的に課題を抽出し方向性を見いだしていく必要を感じた。
しかし、こんなことは本来、議会議員が各分野で活動しているあるいは学識がある市民と共にすべきことでもあるのだろうなあ・・・と。総合計画審議会に議員枠を外しただけで、本来議会がやるべき実質的な議論は何一つ進んでいないのが情けない。策定まであと半年もないのに議決事件としてすら決定していないのだから。
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7月17日土曜日第2回の市民会議がワークショップ形式で開催された。テーマは「市民参加について」―市民参加ができているところ・できていないところ・その原因や理由をグループの中で話し合い、各自ポストイットに意見を書いて貼り付け発表せよという流れ。市の担当課がファシリテーターになって進められた。 4グループに分かれ、各6名程度の参加者だった。
他グループではどうだったのか分からないが私がグループでははじめから、このテーマの取り方、ファシリテーターが市職員であることの問題などで多く意見が出た。全くその通りで、とにかくこの自治基本条例策定提案のはじめから、市主導の姿勢は変わらず市民は意見を聞き置く対象としか位置づけられていないのが大きな問題だ。
本来「行政」「議会」という「団体自治」を代表する権力に対して「住民」が当事者としての多様なニーズに基づく施策実現のための意見反映を行い政策形成過程へ参画する方法をルール化するための条例だ。言い方を変えれば「住民自治」の立場から二元代表である「行政」や「議会」を縛るための条例だ。
自らからを縛るための条例に行政が主導で作るということは中身が骨抜きになる危険性は大。従ってこれ以上あれこれ口だしをしてはいけないと思う。今後開かれるワークショップではすべて懇談会委員と通信員による進行、議題も含めて市民が自ら考えて行うようにすべきだ。役所は場所取りとその広報、議事録の作成だけに徹してもらいたい。
スケジュールから内容、進行まで「行政計画」を作る手法をそのまま当てはめている今のやり方を根本から変えない限り、住民自治を強化するための条例とはなり得ない。
翌日18日は、流山市を訪問した。市民を巻き込んで全市120ヵ所以上で話し合いを積み重ね2年半の時間をかけて条例を作り上げた流山市市民協議会の代表の方とお話をした。
是非、佐倉にきていただき、そのPIの経験と自治基本条例が誰のために何のために作られるのかという根本的な問題についてお話をしてほしいとお願いした。
座長にもその旨を伝えたので是非実現してほしいと思っている。
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