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  19956月に都道府県、市町村、特別区によって構成される「特別地方公共団体」として「広域連合」が創設された。千葉県では、一つだけ「後期高齢者医療広域連合」がある。
 
「後期高齢者医療制度」について全国一律「広域連合」が運営主体となると法的に定められたのは2007年に成立した「高齢者の医療の確保に関する法律」第48条に定められたからだ。ただし、条文には、市町村が「広域連合」を設けるとだけ規定されていて、第49条において広域連合と市町村は、後期高齢者医療に関わって特別会計で処理せよとなっているだけだ。
つまり、運営の責任主体としての「保険者」は誰なのか?行政処分の最終決定者は誰なのか明記されていない。
後期高齢者医療制度の「保険者」としての責任はどこにも記されてはいない。このおかしな状況は今年になって具体的に現れてきた。
 
今年8月、制度が始まって初めて各自治体では「未納者」に「短期証」の発行を行った。規則上は義務規定ではなく、「できる」規定の位置づけ。
だから、発行するもしないも、保険者である「誰か」が決定すればよい。ただし「行政処分」である以上は、同一保険領域つまり千葉県内においては公平性が担保されなければならない。公平性公正性は行政執行の大原則だ。
 
ところが、実際は各市町村において事務取扱は、まちまちだった。
つまり、同じように滞納してもある市では「短期証」が発行され、ある市では発行されないという事態が生じている。
 
「発行責任」つまり「行政処分」の責任は誰がとるのか?
実際に発行した「市町村」かそれとも発行していいよと返答した「広域連合」か。
 
さらに「広域連合」には議会がある。この議員は誰が選ぶのか?全国ではこれもまちまちである。千葉県は各市町村議会から1名ずつ選出されている。
多くの自治体は議長クラスの長老、多選議員が出てきている。いわゆる充て職的選出。住民からは直接選ばれていない。
 
しかも「各市町村から選出されているため各市町村の代表として出てきている」という錯覚をもつ議員も多数。「広域連合議員」とは「広域連合区域全体の住民の代表」という位置づけすら理解していない議員が多いのだ。
 こんな状況では、県内の54万人近くの後期高齢者の意見反映など全く非現実的。「特別地方公共団体」とは名ばかりの状態。
 
 今、医療制度改革の中で「市町村国保」も広域化しようとしている。2年間、佐倉市選出の「広域連合議員」として活動して実感しているのは、「市町村国保」は広域連合に運営をゆだねてはいけないということだ。
「運営主体」などという曖昧な言い方で「保険者」としての「責任」がうやむやになり、結果的に住民意見が反映されない、議会も機能できない非民主的な「広域連合」にはすべきではない。
  17日午後、音楽ホールで開かれたタウンミーティングに参加した。計画の策定や内容についての説明が1時間、その後市長はじめ策定に関わる主なメンバーによるシンポジウムと質疑応答2時間の計3時間行われた。こういう会はいつも終わり近くなると意見が白熱して時間が足りなくなるが、今回も同じパターン。だいたい、はじめの説明が長すぎる。
見れば分かる内容を朗読調で話す時間がもったいない。しかも、毎回ほとんど変わり映えのしない目標やスローガンが書かれている。聞いていると数分で眠くなる。
 
市民が本当に聞きたいと思うのは、きれいにまとめられた文言の羅列ではなく、何をするのかの具体的内容である。同時にそれが実現可能なのかいつ頃までにおこなうのかという計画実効性の担保である。だから、具体論を質問し始めると時間が足りなくなる。
 
たとえば、「地域福祉コーディネーターの設置」については、第1次計画にもあったが全く手つかずのまま計画期間の4年が過ぎた。なぜ、できなかったのか?そして、できなかったものをなぜ再度あげるのか?その必要性についての説明や具体的構想についての説明をする方がよほど市民は関心を持って聞くだろう。それが果たして実現が可能なのか、過去4年間に実現できなかった理由も含めての分析もあって然るべき。
 
「市民参加型の計画策定」というなら、市民が関心を持つ内容を工夫することが行政には求められる。出てみたら、ただ眠くなる説明ばかりでさっぱり内容が伝わらないという経験をしてしまうと関心を持ち始めた市民も次第に足を遠ざけてしまう。今日の参加者は数十名もいただろうか?市職員、民生委員、福祉委員、社会福祉協議会も含めて関係者を抜かしたら、10本の指で間に合うかも?という状況では、なんとも情けない
 
今議論中の「自治基本条例」もそうだが、「市民参加」とは時間がかかりエネルギーがかかり右往左往の連続は当然のこと。それを避けて、通り一遍のスケジュールでやろうとするから、市民は次第に関心意欲を減退させていく。「ああ、実はそれがあなたたちの本当のねらいなのね」と思わず皮肉を言いたくなる。
 
さらに、集会後、市長と、自治基本条例について10分でも15分でもいいから話をしたいと要望書まで提出し、数名の市民が、静かに待っていたのに、そそくさと黒塗り公用車に乗り込んでまともな返事もせずに帰ってしまった。会場で「市民参加が大事といったのはやっぱりポーズなのね」としっかり印象づけてしまった。ああ、ほんとに情けない。
 佐倉市障がい者計画の策定は、現在、第7回の策定懇話会が終わり、いよいよ第8回の最終素案検討にはいる段階になっている。
前回、国の「障がい者制度改革推進会議」における方向性が説明され、それを受けた形で「計画の構成」について事務局から提案があった。
これまでと大きく違うのは、計画の対象を「障がい当事者」から「障がいのある方とそれを取り巻く社会全体」と捉えることにある。
 
障がいを「医学モデル」から「社会モデル」に捉え返すということで、その発想の転換は、様々な障がい者施策に大げさではなく革命的な転換をもたらす。
 
さらに、障がい者自立支援法を廃止し、その後の障がい者施策の基本的方向を考えるために組織された「障がい者制度改革推進会議」の答申は、国連の「障がい者の権利に関する条約」の締結に向けて「障害者基本法」等の改正を含め国内法の整備を方向付けた。
 
しかし、この革命的な大転換が理念だけにとどまっていては、なにも変わらない。
具体的に障がい者の地域生活や教育、就労の部分で、形となって現れなければ・・・。
それをこの佐倉市で実現するための「障がい者計画」なのだ。
 
629日に閣議決定された「障がい者制度改革の推進のための基本的方向」は「インクルーシブ社会」の構築と障がいを理由とする差別を許さない取り組みだ。
 
懇話会の委員から、「絵に描いた餅ではなく実行性のある計画になるのか?」という趣旨の質問があった。部長ははっきりと「この計画は、佐倉市の基本計画に則った実施計画として策定している」という話があった。一瞬耳を疑ったが本気で実施計画として取り組んでいくということなら、是非そうしてほしい。
インクルーシブ社会の実現(障がいのある人もない人も共に混ざり合って暮らせる社会)に向けて
 
今年の2月から総務課内のスペースに小部屋を区切り、知的障がいをもつ方を1名、臨時職員として市は雇用した。雇用期間は最大2年3ヵ月。その間に一般就労へ結びつけられるように担当課も就労先の確保も含めて働きかけるという。今年度、1月に更に1名を雇用し、ジョブコーチも1名配置して対応している。
 
この採用にあたって応募者は8名。1名をのぞいては20才代。養護学校等卒業後就職したが途中退職した方、あるいは福祉的就労についている方などが主。
市はこのオフィスが最終就労の場ではなく、あくまで一般就労へ向けての橋渡しとしての役割を担うという。
 
 先日、訪問をして直接、当事者の方からもお話をお聞きし、また働いている場も見学させてもらった。総務課の一角に壁で区切られた3畳ほどのスペースで20代半ばの青年は、封筒のシール貼りを規則正しい手順で黙々と仕上げていた。ジョブコーチの女性は、彼を見守りながら自身もシール貼りをされていた。
 
 誤解をおそれずに感想を言わせてもらえば、この働き方は市役所という職場にいながら同僚との接点もコミュニケートもほとんどない、「市役所内作業所」という感じを受けた。
本当にこれで一般就労へ繋がるのか?
 
 障がいを持つ方、特に知的や精神に障がいを持つ方の最大の課題は、仕事の作業能率を上げるかどうかではなく、障がいを持たない人の中でいかにコミュニケートを取り共に生活をしていけるのかという点だ。このコミュニケーション力の向上は、共にいる場、共にいる時間が絶対的且つ必要条件。そして、一方的に障がいを持つ方が身につけなければならないものではなく、障がいを持たない方もそれぞれの障がい特性やその人自身の個性に応じてどのようにつきあうか学ぶことが求められる。お互い様の話。
 
 チャレンジドオフィスが次のステップである一般就労へ結びつけるのなら、この課題にどう取り組むかが問われてくる。先ず壁の外で仕事をすること。なぜなら、一般企業は障がい者のための特別室など設けてはくれない。さらに壁の外の人たちと常に関わり合える仕事を行うこと。同時に壁の外の人たちも彼を同僚として迎え、同僚として接するようできるだけ多くの時と場を共に過ごすこと。時には、あまりの情報量の多さにパニックになるかも知れない。でも、それが大事なことだ。彼にとってどこまでが許容範囲なのかお互いに経験することからしか始まらない。何事も問題なくうまくまわるように先回りして仕組むことは、いつまでも障がいのある人が壁の向こう側でしか作業ができない環境を温存するだけだ。それは決してユニバーサルでもノーマライゼーションでもないと思う。
 壁の外の仕事を同じ仲間としてやっていけるかどうかを是非トライしてほしい。
 子ども手当の財源を巡って「地方分権改革推進計画」の中で民間保育所の「国庫負担金」も一般財源化という提案が総務大臣からなされたが、今年度はなんとか見送りになった。しかし、財源確保とか分権政策の推進とかの名目で、いつまた提案されるかわからない。
 
平成16年度、小泉改革の元で公立保育園の管理運営費が一般財源化されて地方自治体は悲鳴を上げた。そこで行われたのは行革推進の名目で「正規職員の削減」「臨時職員の増」による人件費の節約だった。
佐倉市の保育園は、現在人数換算で行けば、正規3に対して臨時7の保育士体制。臨時保育士の待遇は正規の3分の1以下の賃金で社会保険もない。にもかかわらず公務員同等の働きを求められている。おそらくどこの自治体も似たり寄ったりの状況ではないか?
 
今回の意見書はあれこれと多くを書かずにとにかく「国の責任で、日本のどこに住んでも保育支援がきちんと受けられるように、財源の手当をしてもらいたい」という内容だった。賛成多数で可決した。
 
児童福祉法第2条を改めて行政関係者は読んでほしい。
「国及び地方公共団体は児童の保護者と共に児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」税金の使い方の問題だ。富の再配分そして社会保障の充実、これが出来なければなんのための政治かといつも思う。

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