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子供しかるな,来た道だ。 老人笑うな,行く道だ・・

介護

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100歳の気迫

今回は日野原重明先生の「いのちの尊厳を支えるケア」についての講演を伺うことができました。具体的には、全人的介護(physical/menntal/spiritual care)を目指すことについての内容でした。外国でのターミナルケアのターミナルとは終わりという意味では無く、Spiritualの人生が始まるという出発を意味があるようです。現代の医学をもってしても一時的に緩和や苦痛の軽減はすることは出来ても、まだまだ根治しないことが多い中、余命あと1〜2日、あと数時間などの告知をした場合、医師はTLCと書くようです。TLCの略はtennda loving careと読みます。この「テンダー」とは愛を形容する最高な表現で医療の世界では大切な言葉として使われていますが、このいつでも出来る患者さんのサポートするこのTLCを、医師は疎かにしている現実がある、と・・・。
cure(治癒)とcare(世話)の違いからもひとつずつ分かりやすく説明してくださいました。もうすぐ100歳を迎える日野原先生の生き生きした講演もあっという間に終わりました。(3週間早いですが)先生の百歳のお誕生日お祝いをみんなで行ないました。今後5年間、先生のスケジュールはもう予定がいっぱいだそうです

介護7年目の頃

(『介護』の続き記事)

何がなんだか分からないながら、毎日お年寄りの方々に接していくうちに数年が経過して、心のケアが充実でき

てきた頃のことです。

20〜30歳代前半までの自分は「死」を現実として考えることは無かったのですが、特養ホームに入られたお年寄りの方

にとって一日一日は・・・そして一年は、介護をしている自分達の一年とは確かに違う。
お年寄りの方が一年間を無事に過ごせるという事は大変な事なのです。

施設勤務になってから多くのお年寄りの方と話す機会が増えました。

元少将だった入居者さんがミズリー号での降伏文書調印に同席された貴重なお話しや、10人もの子供を育てた

体験談など、生きた証言が聞けるなどチャンスがたくさんありました。


入居してから約7年間で数十人の方が受洗し平安のうちに召されていきました。

人生の最後に死への不安に七転八倒して苦しむのか、それともの永遠の切符を携えて平安のうちに過すの

か。人生最大の選択の場に立ち会えた事は感激でした。

そしてその年に私は介護福祉士を受験し、取得することになりました。

特養一年目 ケータイ投稿記事

(『介護』の続き記事)

まだ入居者が誰もいない特養施設での交代勤務が始まりました。もちろんまだ居室にはベッドもなく、職員もどのような流れで動くのかわからないので、まずはやってみることに・・。
やがて備品も整い、入居者が2名、3名と増えていきました。この時は介護福祉士資格制度が出来たてホヤホヤだったので新卒者もみんな未経験
人の評価や利益、名誉でなく、主にあって職員全員が同労者として仕え、みんなで知恵や力を出し合って民主的にいろいろな事が決められて行きました。出勤するとまず、会議室に集まり、祈り・デボーション・夜勤者申し送りと続きます。
入居者の方のために毎日2名ずつ名前をあげて祈ります。そして今日一日、主に仕えるように職員が整えられてお年寄りに仕えていく事ができるよう祈りをもって、それぞれの部署に送り出されます。
入居者・利用者さんにとって何が必要なのか、会議では泣きながら大議論する20代の若いスタッフに圧倒されてました。[なんちゃて、この時は自分も20代でした・・(笑)]
老人福祉に召しを受けてここに集まって来た転職組み職員は、元教師・元海兵隊・元牧師・元カメラマン・元社長などなど多彩な顔ぶれでまずは波瀾万丈の船出でした
つづく・・。

方向転換 ケータイ投稿記事

10数年前、年号が昭和から平成に変わったばかりの時の事です。それは、介護保険制度が始まる前で介護サービスがまだ措置の時代でした。不思議な導きで福祉畑へ方向転換することになった私は新設のキリスト教主義の特養ホームで働くことになりました。
またこの年は介護福祉士養成校の第一期生がちょうど卒業して来た時で新卒者と同期での就職となりました。今までクリスチャンに全く縁のない職場にいた自分が、ほとんど全員クリスチャンの職場へ
驚きの連続でしたが、大きな恵みの第一歩は、まずここから始まりました。
つづく・・。

困ったとき

「弱さを見せるなんて情けない!」

「身体が動けなくなったらもう終わりよ!!」




在宅高齢者のお宅を仕事で回っていると、こういう話しをよく聞きます。


人に迷惑をかけてまで生きたくないのでしょうか。


加齢に伴って、私たちはいつか何かが出来なくなって行き、やがて全く身体の自由が利かなくなる時が


来るかも知れません。


健康も富みも栄光もすべて神さまからのいただき物。


弱ったり、失ったりする事があるでしょう・・・。


もし、その時が来たなら感謝して手伝ってもらって人に迷惑をかける事があってもいいのかな・・。って


思ってます。




100歳の夫が90歳代の妻を老々介護されている、あるご夫妻を見て私は感動しました。


高ぶることもなく、自己卑下することなく、迷惑をかけても毎日を自然体で生きている。


私もいつかすべてを失う日が来た時にゃ、困った時に「助けて〜♪」の一言が言える

お年寄りになりたいな・・。

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