100万本の桜の街の奮闘日記

故郷の街おこしのために立ち上がった、一人の大バカ者の奮闘日記です (愛知県)

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  私、 桜坂 ( さくらざか ) と、申します。


  ごく、ごく 平凡な サラリーマン だった あの頃。

  まさか、勤めていた会社を辞め  不景気の中 自分で、独立開業し

  その会社も、他人に譲り 36才で 退職金を 全て、投じての ボランティアの街おこし活動。



  自分の人生が こんなになるとは、サラリーマン時代には  全く 想像も、していませんでした。

  そして、この 不器用な人生を 送っているのには、モチロン 理由があるのです。




  「 どこまで 覚悟 が、出来るのか? 」

  それによって 人は、やれる事が 決まる!  と、そう 思っています。

  そして、僕は 36年間の人生の中で これまでに 『 3回の覚悟 』を、してきました・・・。
 





  『 1回目の覚悟 』



  それは 結婚式を、すぐに控えた 25歳の寒い冬 のことでした。

  毎日、毎日 遅くまでの仕事に 体が、悲鳴を上げ これで、2度目の入院です。

  
  
  不器用な性格は、今に 始まった事 では、ありません。

  それが、社会人になって よく、わかりました。

  「 頼まれ事を、何でも引き受けてしまう性格 」 は、昔っから なんです。



  だから、いつも 仕事が、僕の手元に たくさん 廻ってきました。

  「 断る勇気の無い男 」 だったから。

  だから、身体が 悲鳴を上げても、ずっと 無理して 仕事を、していました。



  僕の人生 本当に、このまま これで、いいのだろうか?

  そして、病院のベットの上で 決めました。

  『 自分のペースでやれる 仕事環境 を、作ろう。 そのためには、会社を立ち上げよう。』 

  当時は 不景気のどん底 だったけど、仕方ありませんでした。




  僕の性格が そう、簡単に 変われるものじゃないし

  かと言って、このまま、サラリーマン やってたら 身体が、壊れてしまうし

  でも、ハタシテ 僕に、経営者なんて 務まるものなのだろうか?



  入院のベットの上で 1ヶ月間 ずっと、悩み 続けました。

  毎日、毎日 朝から晩まで 悩み、続けました。

  悩む時間は、嫌というほど たっぷり ありました・・・。

 

  そして、「 覚悟 」 を、しました。 


  
  30才で、開業する事。

  地域のニーズに合わせて、建築の総合事務所の展開をする事。

  これからの5年間で、修行する事。( 一級建築士の設計 と、経営学 )

  各種の国家資格を取得する事。( 行政書士・土地家屋調査士・司法書士 )


  
  心配を掛けた周囲に、 これからの人生設計を 説明し

  自分の健康と、家族を守っていく事を みんなに、約束しました。

  そして、退院後 3年間勤めていた会社を辞め、10年間付き合ってた幼馴染みと、結婚しました。




  ただ、この修行の5年間は 今まで、同様 サラリーマンであり 試験勉強との、闘いもあり

  毎日が、大きなプレッシャーの中 結局、また2度の入院・手術を 経験することに、なりました。

  だから、結局 20代にして、4度の入院・手術を 経験してきたのです。



  でも・・・



  この重圧の中での 生活の おかげで、 今の 僕が、あるような そんな気がします・・・。


  






  『 2回目の覚悟 』



  それは、30歳の 開業を 目前に控えた頃 でした。

  開業準備を、着々としている時ですが いつも、自分の中で ある不安を、抱えていました。

  僕に、経営者が 本当に、務まるのだろうか?



  この5年間、社長業を 想像しながら いろんな勉強を 頑張ってきたけど

  やっぱり 僕は、経営者なんて 向いてない。

  そう、心から 思いました。



  無理してでも頑張る この性格に、身体が持たないから  脱サラして 決めた 独立開業。

  だから 夢があるわけじゃないし、 野心も無いし、 金儲けが目的 なんじゃ無い。

  ただ、ただ 僕のペースで出来る 仕事場が欲しかっただけ。



  環境づくりをしたかった、ただ それだけの経営者だから、従業員なんか きっと付いて来ない。

  人を、引っ張れないし ましてや カリスマ性 なんて マッタク無い。

  モチロン 社長業 なんて 興味は、無かった。


  
  だから、これから 創る会社は 『 みんなの会社にしよう。』

  そうすれば、みんな 一緒になって 頑張れるはず!

  僕は、身体を壊さない環境さえ あれば、良かったんだから。

  会社が 軌道に乗るまで、あと10年頑張って 僕は、40歳になったら 引退 しよう。

  30歳で、創った会社を 40歳で辞める。



 
  そう、「 覚悟 」 しました。


  
  でも・・・



  実際のところ 「 作る 」 勇気 よりも 「 譲る 」 勇気 の方が、ずっと 大変でした。

  みなさん 想像できますか?

  人生を賭けて、創った 会社を 赤の他人に タダであげる事なんて・・・。



  覚悟したから それが、できました。

  そして、わかりました。



  赤の他人 なんかじゃ、ないんですよね。

  結婚した人よりも 毎日、長い時間 一緒に顔を合わせる 仲間なんだから。 

  「 同志 」  http://blogs.yahoo.co.jp/sakura_zaka_2001/10222463.html






  『 3回目の覚悟 』


  36歳。 それは、今から まだ たった 一年前の事 なんです。



  ふるさとの市民病院は、医療法の改正や財政難で 医者不足が深刻化し、 

  子供が産めない、入院できない、救急車が受入れられない、休日夜間診療が無い。

  ほとんど 総合病院の機能 が、失われてしまいました。  
  

  
  4月からは、財政難により 

  市民プールが閉鎖され、グランドのナイター照明が、使用中止となりました。

  市街地の商店街は、シャッターが閉まり、倒産・不渡り が相次ぎました。



  今では、街の人口が 3年前より 一割 も、減ってしまったのです。

  別に、死亡率が増えたワケでもなく 出生率が減ったワケでもありません。

  ふるさとの街から、若者たちが どんどん、出て行ってしまったから なのです。




  そんな時 久し振りに 観光名所の桜淵公園を 訪れました。

  そしたら、昔のような 花の賑わいは 全く無く 大好きな桜 が、枯れ果てていました。



  どうやら 行政の財政難で、この10年 管理費がまともに、補填されていないようです。

  あまりの酷さに、言葉を失ってしまいました。

  300年以上前から続く 歴史ある公園の さくらが、瀕死の状態 だったのです・・・。 



  ふるさとの街は、このまま 桜の樹と 同じ様に 枯れ果てて 衰退して、しまうのだろうか?

  これから 10年後には、 一体 どんな 街になってるのだろうか?

  僕達、市民は 何をしたら良いのだろうか?  何ができるのだろうか?


  
  今、ふるさと新城のみんなは、 この街の将来に 不安を抱いて、生活しています。 



  そんな時 ひとつの 出会いが、ありました。

  そして 「 覚悟 」 を、決めました。 

  「 街の名士 」  http://blogs.yahoo.co.jp/sakura_zaka_2001/5691685.html

   

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