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le bapteme は、「洗礼」
pretre は、「神父」
parrain は、「(洗礼に立ち会う)代父」、「名親」
fonts baptimaux は、「洗礼盤」
marraine は、カトリックの「代母」、ゴッドマザー」。プロテスタントの「教母」
baptise(fileul) は、「洗礼を受けた者」です。
*昔、ファッションの学校で通訳をしていたときに、parrainageという言葉が出てきて、最初何か分からず困ったことがありました。
辞書には、「代父(代母)の役」、あるいは、「(事業などの)後援、庇護」と出てきます。
その学校でその話があったときには、ある制度を導入しようとしていていたときでした。
それは、結構課題がきつい学校だったので、乗り越えながら上に進んでいくのがかなり大変な面がありましたので、上級生下級生が何人か入ったグループを作り、下の子たちの悩みを上の子たちが聞いてあげるシステムを作ろうとしていたのです。
校長先生も、フランス人の教師たちも、parrainageを導入しよう!と言っただけで分かっていましたので、この言葉は、フランス語圏ではこの意味でも、学校では使われているのではないかと思います。
ですが、大体の場合は、上級生は非協力的でしたね^^。自分たちで手一杯ですからね。
でも、今留学関係の仕事もしているのですが、ヨーロッパの大学では、外国から初めてその国にやってきて、右も左も分からない学生に、アドバイザーの学生が付いて、空港にまで探しに来てくれたりするところが多いようです。
そこら辺のところ、自分のことだけでなく、人には常になんらかの形で貢献しなければいけないという意識が、日本では小さいときから植えつける教育が学校でも家でも、多少希薄なのかもしれませんね。
なんていっても、私ももっと若い頃のことを考えると、偉そうなことは言えないのですが^^。
でも、仕事でも、慣れていることは疲れもせず、なんてことなくできますが、知らないことをするのはいつもしんどいものです。
小さい頃から、人のことを考えたり、助けたりする教育が普通にされていると、きっと自分が大変なときでも、それほど大変だと思わず、普通に出来ることなのかもしれませんね!
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