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子供の頃、ボクは大家族の中で育った。
お袋のイトコだったトシちゃんは、結婚していて近所に住んでいたけど、
奥さんと子供も一緒に、いつも夕飯をボクの家で食べていた。
もう一人、ヤッチャンというお袋のイトコもいて、この人はお店を閉店するまでいてくれたけど、
ボクはトシちゃんのほうが好きだった。
トシちゃんは、子供の扱いがとにかくうまく、
ボクはトシちゃんにいつもくっついて、かまってもらおうとしていた。
お昼の時間になると、ボクは家族のみんなに声をかける。
「トシちゃん、ヤッちゃん、お爺ちゃん・・・」
という風に、常にトシちゃんを最初に呼んでいた。
そんなトシちゃんは、ある日突然、ボクの前からいなくなった。
いなくなった当日のことは、なんとなく覚えている。
トミコ伯母さんが、「何も黙ってすることないのに・・・」とボヤいていた。
お袋は「常識が無い」とか言って、ブツブツ文句を言っている。
トシちゃんがいなくなってしまったので、みんなに声をかけるボクの仕事も必要なくなった。
高校生くらいになって、トシちゃんが突然いなくなった真相を聞いた。
トシちゃんは独立して、自分で店を開きたかったらしい。
それで爺ちゃんに内緒で、開店の準備を進め、メドが立ったので突然辞めていったという次第。
お店は横浜のほうで開いたという。
しかし経営は芳しくなく、ボクが高校生の時に店を閉めて、田舎に帰ってしまった。
そんなトシちゃんがボクが大学生の時「ひょっこりと店を訪ねてきた」という連絡を、
お袋からもらったので、急いで店に向かった。
何しろボクは、トシちゃんが大好きだったので。
しかし、久しぶりに会うトシちゃんは、
ボクと目をあまり合わせようとせず、妙によそよそしい。
聞けば、今はタクシーの運転手をしていて、たまたま長距離で東京に来たお客さんを乗せて、
これから田舎に帰るところだと聞いた。
ボクが話しかけても、トシちゃんは「ええ」とか「まあ」とか「そうです」とか。。。
おいおい、トシちゃん・・・オレにはそんな言葉を使わないでくれよ。
「しばらく見ないうちに、図体だけはデカくなったな」って言ってくれよ。
後から聞いた話では、トシちゃんは、爺ちゃんに謝りにきたそうだが、
爺ちゃんは別に怒っていなくて、ただ、ちょっと寂しかった、という話をしたという。
「爺ちゃんに負い目はあったとしても、オレは関係ないだろ、トシちゃん!」
後で聞いて、そう思った。
トシちゃんは、最後までよそよそしく、これ以後、ボクはトシちゃんと会っていない。
ボクが子供の頃、隣の舗装されていない砂利だらけの駐車場には、
毎週火曜と金曜に、八百屋さんと魚屋さんが車で来ていた。
この頃は、人もたくさんいたから、結構にぎわっていた。
中でもボクは八百屋さんが大好きで。
穏やかな人で口数は少ないのに、いつもボクに優しく声をかけてくれていた。
魚屋さんは18時になると帰っちゃうけど、八百屋さんは20時くらいまで駐車場にいた。
帰る前に、爺ちゃんの店に来て、流し台で顔を洗って帰っていく。
特別、この人と会話したわけじゃないけど、優しい雰囲気で大好きだった。
小学5年生の日曜日、野球から帰ってくると、なぜか八百屋さんが家にいた時がある。
ボクと同い年くらいの娘さんを二人連れて。
照れ屋だったボクは、全く話をすることができず、ずっと部屋に入りっ放しだった。
部屋にも聞こえてくる娘さんたちの声は、実に素直そうな明るい声で、
本当にお父さんである八百屋さんのことが大好き、って感じだった。
なぜ、八百屋さんがウチに来ていたのかは、今でも分からない。
高校生の時、何気に駐車場に目をやると、
あれだけ賑わっていた八百屋さんには閑古鳥が鳴いていた。
魚屋さんは、とっくに撤退していた。
それからしばらくして、八百屋さんも遂にこの地域から姿を消した。
最後の日、爺ちゃんの店でいつもより仰々しく、ウチの家族に挨拶する八百屋さんがいた。
ボクが大学生の時である。
「せいちゃんも元気でね」
昔のままの穏やかな、のんびりした声でボクに声をかけてくれたけど、
ボクは何と言っていいか分からず、頭をヒョコンと下げただけだった。
あの八百屋さんがどこから来ていたのか。
そしてその後、どこへ八百屋を開きに行ったのか。
団地の前とかで、八百屋さんのトラックが止まっている光景を見るたびに、
あの八百屋さんを思い出す。
ボクが大学生の時に、物心ついた頃からいたトシちゃんと八百屋さん。
トシちゃんは心理的に、八百屋さんは物理的に、それぞれどこかへ行ってしまった。
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