桜田少年追憶記

学生時代までの自伝です。いよいよラストスパートです。

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大学時代は、いろんなバイトを経験したが、
最も印象に残っているのが、小さなカラオケ屋でのバイトだった。

世はバブル全盛期。
1時間7000円も部屋代を取り、1曲歌うのに200円も取っていたので、
来る客のほとんどがサラリーマンかお店の経営者たちだった。

平日は客がほとんど来ない。金曜、土曜の稼ぎだけで店は回っていた。

ここでボクは、J高時代の友人・謙ちゃんは一緒にバイトをしていた。
謙ちゃんがボクの親友になったのは、この期間一緒にいたことが関係している。
フラれても、バイト先に行けば謙ちゃんがいる。謙ちゃんが失恋したら、ボクがバイト先にいる。
将来について、恋愛について、人生観について・・・
20代の前半、ほとんど客が来ないカラオケ屋で、毎晩ボクらは語り明かした。

謙ちゃんの夢は、ミュージシャンで生きていくこと。
高校時代からこの夢だけはブレずに、本当にメジャーデビューを果たした。

ボクは会社に入り、どんどん出世していったが、
いつも謙ちゃんに遅れをとっているというコンプレックスがあった。
子供の頃からの夢を本当に実現した謙ちゃんに対して、
いくら出世しても、いくら良い給料をもらっても、好きでやっている奴には敵わない。


会社を辞めて、次の転職が決まるまでの間は、短いほがいい。
長くなればなるほど、腰はどんどん重くなる。
新しい環境に飛び込むことが面倒になってくる。

そう感じ出したボクは、まだカラオケ屋でバイトしていた謙ちゃんに会いに、
いつも深夜、カラオケ屋へ遊びに行き、消え失せそうなモチベーションをなんとか保っていた。

このカラオケ屋は、短期間だったが悩める時期にボクを救ってくれた空間だ。
謙ちゃんだけではなく、このカラオケ屋にも感謝している。
バブル崩壊後、激安店がどんどん増えて、週末までガラガラになってしまい、
バイトの謙ちゃんだけで、この店を回していた空間があったからこそ、
ボクは救われたし、謙ちゃんとの友情も深まったから。


カラオケ屋は、謙ちゃんのメジャーデビューが決まるとほぼ同時に閉店した。

バカ騒ぎして、さんざん散らかした挙げ句、悪態を付く客は、近所のホテルマン。
もどしてしまう客は、失恋してやけ酒を飲む女性が多かった。
酔ってはしつこく絡んでくる中華料理屋の支配人。
毎週火曜、会社の帰りに3人で1時間半だけ歌って帰る銀行のOL。
気前がいいのは飲食店の社長だが、いつも何時間も延長するので社員が参っていた。
「夢をもたないとダメだ」と説教してくれたのは、ちょっとキザなテレビカメラマン。
日曜の夕方、家族で歌いに来るのは、ラーメン屋の主人。
巨乳の女部長は怖かったけど、「その気があるならウチの会社に来い」って言ってくれた。
客の残していった乾いた寿司を、謙ちゃんと無言で食べるのが楽しみだった。
重い看板を店内に入れる時、階段を登らなくてはならず、いつもスネに当たって青あざができた。

謙ちゃんと会うと、たまにこのカラオケ屋の話が出ることがある。
あれから20年が経った。
ボクも謙ちゃんもすっかりオヤジになったから、
あの頃のお客さんもかなり年齢を重ねて、いろんな人生を送っているんだろう。
ボクたちと違って、あのカラオケ屋に思い入れを持った客はいるわけがない。
店が無くなったら、違う店に行くだけの話だ。
だけどボクにとっては、バイト時代を振り返る上で忘れられない名脇役である。

ゼミの仲間たち

ボクは貿易のゼミに入り、ゼミ長となった。
というか、ジャンケンで負けまくり、止むを得ずゼミ長になってしまった。

ボクらのゼミは、そこそこみんなで活動した。
飲み会だけじゃなく、バーベキュー、ソフトボール大会への参加、春と夏のゼミ合宿、
週1回、学生たちだけで行うサブゼミなど。

ゼミ長だから、音頭は全部ボクが取る。
5、6人だけのゼミならまだしも、18人もいたら統制が大変だ。

何かイベントがある度にボクはイライラしていたけど、爆発しなかったのはナリジのおかげだ。
ナリジは副ゼミ長でもないのに、ホントによくボクをサポートしてくれた。

合宿先の下見や買い出し、一人当たりの予算の選定・・・
そういったものは、ほとんどナリジが主導で動いてくれた。

大手商社に入社したナリジは、バリバリのビジネスマンになって今も活躍している。
仕事大好き人間のナリジは、成功談も失敗談も目を輝かせながら話をする。
ボクが転職する際に営業を選ぼうと思ったのは、ナリジの話のおかげである。


地方から東京に出て来て下宿している学生は、少しは実家から仕送りをもらい、
後はバイトしてなんとか生活している。
しかし親の援助ゼロで、学費から生活費まで稼ぐ学生となると、一握りしかいない。
そんな勤労学生がゴトーだった。

夜、現場監督のバイトでお金を稼ぎ、朝、バイトの合間に食べる弁当を作ってから大学に来る。
休日はサッカーと合気道をやっていたゴトーは、過酷な家庭環境にいたにも関わらず、
穏やかなイケメンの青年だった。
実務面でボクをサポートしてくれたのがナリジなら、
精神面でサポートしてくれたのがゴトーだった。

ムードメーカーってわけじゃないのに、ゴトーがいると場が和む。
ゴトーが怒ることはまず無い。誰かと言い合いになる時も、穏やかな口調で諭すように喋る。
ゴトーがいてくれたおかげで、ボクはなんとかゼミ長をやってられた。


真面目で良い奴なんだけど、ボクと相性が悪かったのがヨシダだった。

ボクはツッコミや毒舌を、心を許している相手にしか使わない。
しかし、それさえも「悪」と思っていたのがヨシダだった。

「傷つけ合わないように、和気あいあいと楽しく」

それがヨシダのモットーだけど、ボクからすると「ヌルい」関係でしかない。
それでもゼミ運営という大義の前には、ボクらの感情なんか二の次だ。
ボクもヨシダも、そこは大人になって衝突を避けていた。

そんなヨシダに救われたことが1度だけある。

3年のゼミ合宿は2泊3日で、初日の夜から教授が一時帰宅しなければならなかった。
教授がいないことをいいことに、ボクらは朝までバカ騒ぎ。
翌2日の午前中はサブゼミをすることになっていたんだけど、
みんな部屋に入って寝始めた。

「おい、教授がいなくてもやろうぜ」

というボクが呼びかけても、みんな寝てしまい、怒ったボクは一人でゼミを開始した。
ナリジですら「中止」を訴えたけど、ボクは聞き入れず。

「教授がいないからサボるなんて、それじゃオレたち、クソじゃんか」

と、普段は授業にも出ていないくせに、偉そうな発言をするボクにナリジも呆れて、
部屋に入って寝てしまった。

一人でゼミを始めるボクを、哀れみのまなざしで見て、参加してくれたのがヨシダだった。
普段は気が合わないけど、この時ばかりは救われた。



副ゼミ長はサダという奴で、コイツもコミュニケーションの下手クソな奴だった。

スポーツ万能のサダはすぐに突っかかってきて、よくゼミの仲間と揉めていた。
ナリジとはとくに相性が悪く、いつも言い合いをしていた。
ほとんどがサダの屁理屈が原因で。


卒業旅行は、ボクを含めたこの5人でグアムに行くことになった。
ナリジとゴトーが金が無いので、彼らも行けるギリギリの海外としてグアムを選んだ。

ホテルに着いてすぐ、サダがナリジと言い合いになる。
その後、ヨシダとも言い合いになり、今度はボクに噛み付いてきやがった。

怒ったボクは翌日、みんなと別行動に。「こんな奴と一緒なんて、真っ平だね」と。
こういうところは、ボクはホントにガキだった。

クラブからホテルに戻ってきても、みんなと遊ばずすぐに就寝。
翌朝、サダが謝ってきても無視して、受付に行って一人部屋がないか交渉。
ゴトーが必死になって止めてくれたので、夕方から渋々みんなと行動することに。

海外旅行に100ドルしか持って来なかったナリジとゴトーに付き合うため、
夕飯は食パンだけで済ますことになったが、
ここでもサダがゴトーに「マーガリンを付け過ぎだ」とイチャモンを付けて、
言い合いになっていた。


ゼミの仲間とは年賀状のやりとりくらいしかない中、
唯一、年に一度くらい会っているのがサダというのも、過去を振り返ると面白い。

Uターン就職したサダは、東京出張があるといつも連絡をくれる。
今では娘二人を溺愛する温厚な男になっている。
ゼミのトラブルメーカーだったサダが、ここまで温厚な奴になるとは想像できないようで、
ゴトーもナリジも、ボクの話を信じてくれない。

「飲み会やろうよ」と、みんな言ってくるが、
「50歳になったらな」とボクは答えるようにしている。
それまで元気でいたら・・・の話だが。

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