桜田少年追憶記

学生時代までの自伝です。いよいよラストスパートです。

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恒例行事は形骸化する

14歳から36歳まで、
大晦日は I とパン屋の息子だったMパイと一緒に大晦日を過ごした。

恒例行事というものは、いかなる理由があろうとも実行されるもの。
他に選択肢はない。
続けるかどうかは、本人たちの意思次第。
誰の迷惑もかからない、ユルい恒例行事だ。


大学時代はMパイと一緒に、春休みと夏休みに I の家へ遊びに行くのが恒例で、
宿泊費のかからない I の家は、絶好の暇つぶしだった。

現役で大学に合格した I は、ボクたちより一足先に社会人になり、
群馬県の事業所で勤務していた。
日中、I が会社へ行っている間、観光やドライブ、冬には日帰りでスキーに行ったりして、
夜は、I が寝てからゲーム三昧というのが、遊びに行った時のルーティンだった。

この I の家には、たしか28歳くらいまで遊びに行った。
I が埼玉県に転勤になるまで続いたと思う。

一番つらかったのは、25歳の時に付き合っていた女性から、デートの誘いがあった時。
この時は付き合って間もないラブラブの時期だったんだけど、
恒例行事をキャンセルすることが出来ず。。。

これは友情を選んで恋愛を捨てたということじゃなく、
「先に決まっていた約束を反故にしない」という自分へのルールでもあった。

冠婚葬祭、仕事のトラブル以外では、約束は守ること。
果たせそうにないのなら、始めから約束しないこと。
自分との約束をも破る奴が、人との約束を守るわけがない。

数少ない自分へのルールで、最初に決めたルールがこれだった。


I とMパイと3人で会うのは、ゴールデンウィーク、お盆、そして大晦日と正月。
毎年、決まった時期に、よくずっと会い続けたと思う。

ゴールデンウィークとお盆と正月は、渋谷にあった東急文化会館で待ち合わせをして、
映画を観に行って、メシを食べて、本屋へ行って、飲み屋へ行く。

お盆はボクの家に集まり、レンタルビデオを見た後、年越し蕎麦を食べてから初詣に出かける。
Mパイは家に帰りたがらず「初日の出も見よう」といつも言ってきたが、
ボクはさっさと家に帰っていた。

まだ爺ちゃんもレイコ叔母さんも健在だったし、
家族と一緒に過ごすのが当たり前、というより、そうしたかったので、
初日の出まで付き合う気がなかったというわけだ。


あと、元旦の夜は、なぜか謙ちゃんと電話で声を交わすのも、恒例化していった。
いつも会話してんのに、元旦もバカ話をするのが楽しくて仕方なかった。


I とMパイの3人で行く大晦日は、まずMパイが結婚を機に脱落した。
結婚した年は、奥さんも一緒に参加したんだけど、
Mパイが「オレが奥さんに気を遣ってつまらないから」という理由で、以後不参加に。

I とそれからしばらく一緒に大晦日を過ごしたが、これも I の結婚と同時になくなった。
恒例化していたけど、さすがに「毎年楽しみ」ってわけでもなかったので、
とくに寂しいという感情はなかった。
というよりもむしろ、家族と一緒に正月を迎えることが、何より新鮮だったし、
大晦日恒例の格闘技をテレビで見たかったので、不思議と寂しさはなかった。

歳を重ねて環境が変われば、大事なものの順序も変わる。
過去の慣例に固執するほうがおかしいのだ。



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