桜田少年追憶記

学生時代までの自伝です。いよいよラストスパートです。

少年期(低学年)

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(あれ?フーさんじゃん)
 
ボクがその少年を最後に見かけたのは、小学5年生の時の運動会だ。
親たちで埋まる客席の中に、ベースボールキャップを目深に被ったその少年がいた。

ボクより学年が一つ上の少年はフーさんというあだ名で、集合団地に住んでいて、
あまり友だちのいない、目立たない少年だった。

そんなフーさんとボクがつながったのはソロバン塾。
一つ下のボクらが話しかけたら、フーさんは意外にフランクな少年で、
よく一緒に帰るようになった。
小学3年生だったのに、フーさんは老け顔でしゃがれ声。
「学年は一つ上でも攻撃してこない」と分かったボクたちは早速、
「おじいさん」というあだ名を付けてからかっていたけど、
予想通りフーさんは怒らない、穏やかな少年だった。

小学校ではクラブ活動とか以外では、違う学年と関わらない。
だからボクらがフーさんも同じ通学路なのに、話すことも一緒に帰ることもなかった。
フーさんには3歳違いの弟がいて、いつも兄弟仲良く登校していた。
 
時々フーさんの弟の友だちも、フーさん兄弟の輪に入って登校する。
というより、弟の学年の輪の中にフーさんが入るような感じだ。
フーさんが同級生と一緒に帰る光景は、一度も見たことがない。 

やがてボクはソロバン塾を辞めてしまったので、フーさんとは完全に関わりがなくなった。
弟と一緒に学校へ通うフーさんは、「関心がない上級生」の一人に戻った。

ただ、毎日同じ通学路で登校する少年の一人だったから、
しばらくしてフーさんを見かけなくなった時、「ああ、転校したんだな」とは認識できたけど、
フーさんがどこへ転校していったのかも分からないし、全く関心もなかった。
 
 
(あれ?フーさんじゃん)

ボクが5年生の運動会の時、転校したはずのフーさんが客席に座っているのを見つけた。
祭日だったんで、かつて在籍した学校へ足を伸ばしに来たんだろう。

しかし同級生たちは誰もフーさんに気づかず、教師も気づかなかったのか、
誰も声をかけなかった。
無口な少年だったから、自分から声をかけることもない。
フーさんに気づいたボクも、それ以上関心を持つことはなかった。

フーさんは気づかないうちに、座っていた席からいなくなっていた。



「夏休みは、彼と○○島に行くんですよ〜!天気が良ければいいなあ〜☆」

と、クライアント先の担当者から話を聞いて、あの出来事を思い出した。
あれはボクが会社を作ったばかりの頃のことだ。テレビを点けていたら、

「○○で大きな地震があり、土砂崩れによって××さんの死亡が確認されました」

というニュースが流れたのは。

翌日のワイドショーでは、死亡した男性の顔写真を映していた。
きっと集合写真を引き伸ばしたんだろう。ピントが甘いから写真はちょっとボヤけている。
それでも名前が同じということもあり、ボクにはそれか誰なのか分かった。
 
老け顔がより一層老け顔になっていたけど、
ニッコリ笑ったフーさんが画面越しに映し出されていた。

親しい同級生はいなくて、下級生からおちょくられても怒らず、
転校して久しぶりに同級生たちに会いに来たのに、誰からも声をかけてもらえず、
どこへ転校していったのかも分からなかったフーさん。
幼馴染みにこの事故の話をしたけど、誰もフーさんを覚えていなかった。
あの頃、一緒だった両親や弟はどうしたんだろう。
土砂崩れによる被害者は、フーさんだけだった。

もしフーさんが生きていたとしても、ボクたちのことは覚えていないはず。
それだけの付き合いしかなかったから当たり前。
でもボクはフーさんを覚えている。
他に取り柄はないけど、記憶力がいいのだけは、ちょっと誇れます。

お別れは突然に・・・

予想していた通り、佐々木さんにとっては突然すぎる“別れ”だった。



部屋へ戻ると、“やっぱりこれ以上、迷惑はかけられない”ということと、
大変申し訳ないという謝罪の言葉が、手紙に繰り返し書いてあったという。

手紙の主は、O君のお婆ちゃんだった。
O君のお婆ちゃんが引き取りに来たのだ。
封筒には

“こんな金額でお詫びのしようもありませんが、どうか受け取ってください”

という言葉とともに、3万円が入っていたという。





午前中に佐々木さん宅に到着した祖母は、O君兄弟の帰宅を待って、

「今日、お世話になったこの家を出て行く」

ということを告げたらしい。
管理人の話では、O君の弟の取り乱しに、O君の祖母は困惑しているようだったという。

「オバサン(佐々木さん)と別れたくない」

と言って、号泣していたそうだ。

あまりの取り乱し方に祖母は、

「佐々木さんを見たら、きっと躊躇するだろう」

と判断して、泣き叫ぶO君の弟の手を引っ張って、佐々木さんの家を出たそうだ。
管理人の話では、O君は無表情で、弟をあやすでもなく黙っていたという。





最後、ちゃんと言葉も交わせないまま別れたのは、やるせない思いだった。

でもこれで良かったんだ、とも思った。

目の前で泣かれたら、多分引き止めたかもしれないから。。。

「こんな生活、長くは続かないのは分かっていたけど・・・」

と、佐々木さんは小さく笑っていたそうだ。





O君兄弟は、彼らが持ってきた一切合切の私物と共に消え、
佐々木さんのシングルライフも突然再開となった。

仮面ライダーのイラストがプリントされたお茶碗と、イチゴ味のする歯磨き粉が、
佐々木さんの心に突き刺さる。





一度だけ手紙に書いてあった電話番号に電話をかけたことがあった。

O君兄弟が出て行ってすぐのことだったらしい。

連絡がないから、我慢できずにこっちからかけたという話。



O君の弟は照れているのか「うん」しか言わなくて、
すぐにO君にバトンタッチしたそうだ。

O君は信じられないくらい素っ気無かったという。
ぶっきらぼうに返事を繰り返して、

「これから遊びに行くから」

と言って、お婆ちゃんに電話を代わったそうだ。
慌てたお婆ちゃんがO君の弟にもう一度電話に出るよう促しても、
弟も照れているのか嫌がったという。

「少年たちも新しい人生が始まるけど、自分もリスタートしなければならないから」

その電話を最後に、佐々木さんは連絡をする手段を絶った。
住所と電話番号が書いてあった手紙をすぐに処分した。

「所詮、他人だったんだ」

そう思わせてくれるには十分過ぎる兄弟の対応だった。

「これからはもう、オネショの後始末に悩まされることはない」



「もうちょっと楽な生活だってできる」



佐々木さんは、自分にそう言い聞かせて、迷惑以外の何物でもなかった
少年たちとの共同生活の“残骸”をすぐに処分したそうだ。

この話を聞いたときボクは、

「だからOはそういう奴だって言ったじゃん」

と思ったものだ。





遠くない将来、2人は佐々木さんの家を出て行く運命だった。

ただそれが突然やって来ただけのことで、予定どおりの結果になったんだから良かったんだ。

「迎えに来たのが、両親ではなかったことだけを除いては・・・」

と佐々木さんは述懐していたそうです。





それから数年後、住まいは同じ場所で佐々木さんは結婚し、
1児の母となりました。

さらにそれから約10数年後・・・
O君の存在を再び思い出す展開が待っていようとは、
この時は全く想像していませんでした。





ある日ボクらの前に忽然と現れ、平和な日常を乱しまくったO君は、
ボクたちの誰もが気づかないまま消えていった。

佐々木さん以外、誰もO君が去っていったことを悲しんだりはしなかった。

ちょうどボクらが進級する頃だったから、余計気にならなかったのかもしれない。

いや、ツカサもO君もいなくなった3年生への進級直前の頃、
低学年時代のボクにとって、最もつらい友情の終わりが待っていたから、
O君がいついなくなったのか覚えていなかったのだろう。。。

置き土産?

その日、佐々木さんがいつものように仕事場から帰ると、O君兄弟がいない。

そんなことは今まで一度もなかったという。

「どこで遊んでいても、自分が会社から帰って来るまでには家にいること」

たまに反抗的な態度をとったり、弟を泣かせて何度も叱られることはあっても、
O君はこの約束だけは守っていたそうだ。



M小学校に電話しても、とっくに帰宅したという。
児童館に連絡しても、O君らしき兄弟は来ていないと。

パニック状態になった佐々木さんは、そのまま家を飛び出して、
とりあえずマンションの向かいにあるウチの店に来たという次第。





その後、J寺の敷地内に行ってもO君兄弟はいなかった。
一応、公園や駅にも向かってみたけど、やっぱりそこにもいなかった。





佐々木さんはひどく落胆したという。
佐々木さんは家を飛び出す前の居間の光景を思い出し、落胆したそうだ。



玄関にあるはずの靴がなかっただけでなく、
なんとなくではあるが、広く部屋の雰囲気が察知できたという。



「とうとう“その日”が来た」



と思ったのは、O君の“大事なもの”がテーブルの上に
置いてあったからだった。





テーブルには、

「アルバムを一枚外して、貼ってあげた」

という4つ葉のクローバーが置いてあった。

・・・強引に自分のものにした、あのクローバーだろう。

もしかしたら、O君は佐々木さんにあげるために、
ボクたちに譲らなかったのかもしれない。それか飽きちゃったか。



それと夏休みに佐々木さんと3人で行った祭りの絵。
図工の時間に書いたという。
O君にとってはかなりの自信作だったようで、
図工の先生に褒められた話を何度もしていたそうだ。



4つ葉のクローバーも祭りの時の絵も、
O君にとっては大事なものだったはずだった、と佐々木さんは言っていた。

そんなものを置き忘れるとは思えない。
きっと佐々木さんへの置き土産というか、
言葉にできない感謝の印だったのかもしれない。





一緒に置いてあった便箋は・・・読まなくても大体分かる。

読む前に佐々木さんは、ウチの店に飛び込んできたという次第。





会社から帰って来た時には留守にしていた管理人が、

「あー!佐々木さん。待っていたんですよ!」

と言って、椅子から立ち上がった。

低学年時代の夏休み

ウチは両親が共働きだったから、家族での宿泊旅行は過去2回しかない。
2回とも低学年の頃で、千葉の勝浦に行っただけだ。
それでも一日中、海にいられることは楽しくて仕方がなかった。

泊まりじゃないけど毎年、親父が日帰りで三浦海岸に連れて行ってくれた。
行く時はいつも、親父の会社の同僚の家族たちが一緒で、
ボクと同い年くらいの子供たちが「半日限りの友人」となって、
砂浜でギャーギャー騒いでいた。





お盆になると、早稲田にある親父方のお墓参りで親戚が集まり、
この頃から従兄弟たちと仲良くなった。
従兄弟の健ちゃんとWの兄弟は、ボクが2年生の時に同じ区に引っ越してきた。





2年生の夏休み、親父が買ってきた東スポに載っていたミル・マスカラスのカッコよさに、
本格的にプロレスにのめりこんでいった。





この頃の少年たちの遊びの頂点にあったのは、野球だった。
そしてチャンネルを回せば巨人戦。
王、堀内、高田、柴田、ジョンソン、ライト・・・みんな巨人の選手の真似をして野球をしていた。

「どうしても、巨人の試合をナマで観たい」

幸いボクらの地域は、神宮球場からそんなに遠くなかったんで、
ボクもツウもジュンもカズもツカサも、みんなヤクルトファンクラブに入った。
ヤクルトファンクラブに入れば年会費1,500円で、神宮での試合が全部タダで観れる。
巨人戦見たさに入会したんだけど、無料で見れる自由席では、
学校から帰った後では超満員の巨人戦を見ることは不可能。
仕方なく他の試合ばかり観に行っていたら、ヤクルトファンになってしまった。

低学年の頃は、子供だけで野球を観に行くことは許してもらえなかったんで、
それぞれの家庭で観に行っていた。

一度だけ親父のお姉さんの旦那だったヒデさんに、神宮に連れて行ってもらったことがある。

その日、ヤクルトの対戦チームだった先発ピッチャーが大乱調。
観戦して初めてヤクルトの勝利を見ることができた。

試合後、対戦相手のチームの移動バスにファンが群がっていた。
窓際に座っている不機嫌そうな先発ピッチャーに一人の小さな少年が、
お父さんに肩車をしてもらって、

「●●選手〜!これからも頑張ってください」

と声をかけたら、なんとこのピッチャーは、

「うるせえ!ガキが!声かけるんじゃねー!とっとと消えろ!!」

と罵声を浴びせた。
ビックリして泣いている少年。

そこへヒデさんがボクを放ったらかしにして群集を掻き分け、
このピッチャーの座る窓の下へ。

「おい、そんな言い方、ねぇじゃねーか」

「あんだぁ?コラ!おっさんは関係ねえんだから、引っ込んでろ!うるせえな」

と。
ガチガチの江戸っ子気質のヒデさんを怒らせるには、十分過ぎる言葉だった。

「関係なくねえよ。ファンあってのプロ野球だろーが!
ヘボなピッチングして負けたのに、応援してくれてるんだろ!?
子供相手に八つ当たりしてんじゃねーぞ、バカ野郎!!」

「あぁ!?やってやろうか、この野郎!!来い!!」

バスから降りようとしているこのピッチャーを球団関係者と他の選手が止めて、
事なきを得たけど、こいつは止めに入った選手の顔を張っていた。

この一件から、このピッチャーが大嫌いになった。
今では野球を知らない人でも彼を知らない人はいないくらいに有名だけど、
なんであんなにモテはやされるのか、全くもって理解不能です。

そしてボクはヒデさんも苦手になった。
この頃のヒデさんは血気盛んで、この時もヒデさんは子供を助けるというよりも、
喧嘩したくてウズウズしているようだったんで。
ヒデさんと再会したのは、30歳を過ぎてからです。





両親が東京生まれの東京育ちだったボクには、親が帰省する田舎がなかったのが、
悔しくて仕方がなかった。

親友のツウは、毎年夏に田舎のお婆ちゃんの家に数日泊まりに行っていて、
それはもう大量のカブトムシを持って帰ってきて、それが羨ましくて仕方がなかった。

カブトムシを獲りたくて、近所の木という木にカルピスを塗りまくったこともあった。
早朝塗った場所へ行くとツウとジュンが先にいて、呆然と立ち尽くしていた。
塗った場所にカブトムシがいるわけがなく、ハエとショウジョウバエしか集っていなくて。





親が帰省する田舎がなかったから、夏休みのプール開きは毎日行っていた。
プールの帰りはダッシュして帰り道にある保健所に寄り、
冷水機を早いもの順で並んで飲み、家に水着を置いたらすぐに外へ。

ツウとジュンだけで遊ぶこともあったし、O君が入ってくるときもあった。
O君が入ると、ボクらの虫取り網を横取りして、セミ獲りを独占されたりした。



ちょっと離れたところに住んでいたカズとツカサが遊びに来ることも多々あった。

しかし夏休みが終わり、2学期も半ばに差しかかった頃だったと思う。

カズとツカサが一緒に遊びに来ることがなくなったのは。

2年の夏休み、甲府のお婆ちゃんの家に行ったツウは、交通事故に巻き込まれる。
車に乗っていたツウ一家が後ろの車に追突されたらしく、ツウは頭に包帯を巻いて帰って来てしばらくした後、
近所のヤブ医者・M病院に入院することになる。



この頃、J寺の少年たちは多くの少年が事故や怪我に見舞われていた。

交通事故は、イサオ君、チョーサン、ノリ君といった一つ上の先輩たちが、
みんな同じ場所で交通事故に遭っていた。

イサオ君はガキ大将のプライドからか、救急車に乗ることを頑なに拒否して、救急車が到着する前に、歩いてM病院へ行った。
まあ軽症だったんでしょうけどね。

チョーサン、ノリ君が救急車でM病院に運ばれていく光景を見ながら、イサオ君は、

「あいつら、ホント大袈裟なんだよ」

なんて言って、勝ち誇った顔をしていた。



ジュンの弟のアキラはちょっと離れた場所で交通事故に遭った。

ボクらと近所の酒屋にジュースを買いに行った帰りの出来事だったんだけど、
アキラの怪我は結構ひどかった。

急ブレーキをかけて停車した車の前輪が、
完全にアキラの足に乗っかってしまっていたから。

運転手も驚いたんだろう。
あれは火事場のクソ力ってやつだった。

自分の運転する車が小学校1年生を撥ねてしまい、さらに前輪が足を轢いたままの光景を見て、
なんと運転手は車を持ち上げて、アキラの足から車をどかしたのだ!

幸いアキラの足の骨には異常がなかったけど、しばらくの間、
タイヤの跡がアキラの膝下からくるぶしまで、クッキリと付いていた。



ツウだけが、お母さんの実家で追突事故に遭い、そしてツウが一番重い怪我だった。

M病院を退院しても足を引きずっていたし、頭の包帯はまだ取れなかったし、
肩も痛いのか野球をすることもできなかった。
そして再入院することとなった。



再入院までの数日間、ツウと一緒に遊んでいたけど、まだ足を引きずっていた。
ボクのお婆ちゃんからもらった30円でミルクキャンディーを買って食べながら、
ツウと一緒にツウの家に向かって歩く階段の途中、ツウは階段を一歩一歩下りていく。

「・・・まだ、よくならないの?」

「うん。来週入院するかもしれない」

本当にツウは入院した。
入院期間は1週間もいなかったと思う。おそらく数日で帰宅したはず。
それでもボクは母親にお願いして、お見舞いに行くことになった。

「あのとき、ミルクキャンディーを食べたのが、傷に触ったのかな?」

と思って、ボクはちょっと自分を責めていた。

お見舞いの品は、当時、テレビのCMで流れていた『ドカベンの野球盤』。

野球盤は、少年たちの定番のボードゲームだった。
ボクは通常の野球盤を小1のクリスマスに買ってもらっていたけど、
この『ドカベンの野球盤』も欲しくてたまらなかった。
あのままお爺ちゃんにねだっていたら、おそらくゲットできたと思う。

ツウへのお見舞いの品は、ボクが一番欲しいものを持って行ってあげること。

あの頃のテレビの影響力は、今の比ではない。
『ドカベンの野球盤』のCMを見て、ボクが欲しくなったということは、
絶対にツウだって欲しいに決まっている。



夕方、ツウの病室へ行ったんだけど、なぜかボクもツウも照れちゃって、全然話せなかった。

お見舞いの「ドカベンの野球盤」を黙ってツウに差し出した。

照れているのか「ありがとう」が言えないツウは、
『ドカベンの野球盤』に目が釘付けになっていた。
ボクとお袋がお見舞いに来ていることも、数秒間忘れていたはずだ。

そんなツウを見れただけで、御礼の挨拶なんかなくてもどうでもいい。
パジャマ姿のツウの顔が興奮で、紅潮していったのを見て、ボクは嬉しくてたまらなかった。





この低学年の頃は、毎日が楽しくて仕方がなかった。
クラスメートはみんな仲が良かったし、この生活がずーっと続けばいいのに、
と思っていた。

ボクとツウの友情も、



カズとツカサの名コンビも、



ずーっとこのままみんな一緒なんだろう、と思っていた。



しかし進級する直前の頃、ボクの思惑とは別方向に事態は動いていった。

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