桜田少年追憶記

学生時代までの自伝です。いよいよラストスパートです。

少年期(3,4年生)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

運動会と最後のひと時

気がつくと、幼稚園時代からの友人だった I とは、
いつも一緒に行動するようになっていった。

遊ぶときはみんな一緒だけど、
ヤクルトファンクラブや学習塾も一緒で、
ガチャポンの怪獣消しゴムも二人で一緒に集めていた。

こういうのは一緒に集めると必ず揉めるもんだし、
お互い引かない性格なんだけど、
なぜか1度も揉めずに一緒に集めていた。





ボクはこの時期、クラスで一番足が速かった。
低学年時代の同級生だったカズがいなければ、
ちょっと頑張れば1位になれる。

だから運動会が楽しみで仕方なかった。
男子にとって「リレーの選手」に選ばれるのは、何よりの喜びであり誇り。
リレーの選手はボクとIのほかは、ワダとナツキ。

3年の時は、ボクは I を抜き去った。
I にとってはこれ以上に悔しいことはなかったようだ。

4年の時も、バトンを渡されたボクは前を走るIを猛追。

「もう絶対に抜かされない!」

背中ぴったりまで迫ったボクに、そんな気迫が伝わってきた。
もうテクニックではなく、気迫と根性で I はボクに抜かれる屈辱を
なんとかかわし切った。

これが I には最も嬉しい思い出だったようで、
「4年生の思い出」という冊子にも卒業文集にも、
ボクに抜かれなかったリレーのことを書いていた。

1位になったこととか、誰かを抜いたとかじゃなく、
ボクに抜かれなかったことが思い出とは。
手前味噌だが、それだけ足が速かったってことです。





このとき、もう一つ忘れられない思い出が。

4年の種目には「棒引きゲーム」っていうのがあった。

校庭の真ん中に棒が置いてあり、紅白に分かれて対峙。
二人一組で引っ張って、自分の陣地に入れたら勝ち。

こういう振り分けは、背の順で決められる。
ボクは大人しいヒロとコンビで、対戦相手はカツミとタッツァン。
二人とも肥満児だから、ボクらが圧倒的に不利。
練習でも勝ったり負けたりで。

そしていよいよ本番。
列になって校庭を行進している際、ボクはタッツァンに声をかける。

「タッツァン、負けてよ」

冗談半分で言ったのに、タッツァンはマジで実行。
「ヨーイドン!」で走っては来るが、棒を持ってるだけで、
全く引っ張ろうとしない。

「!!おい、タッツァン!!何やってんだよ!!」

カツミの罵声にもタッツァンは、

引っ張り合いことなく、そのまま棒を持って自分の陣地へ。

2回戦が始まる前、
カツミがタッツァンに口を尖らせて怒っている光景を見た。

2回戦目はもっとひどく、棒すら握ろうとしないタッツァン。

「おい!タッツァン!!ふざけんなよ!!」

負けたくないカツミは、棒にしがみついてボクらに引きずられ、
途中で力尽き、ビックリするくらい大きな擦り傷を太ももに作っていた。





この頃、ボクらのクラスに小林さんという女の子が転校してきた。
お父さんの仕事の関係で、それまではイランで生活していたという。
だからあだ名はホメイニになった。

このあだ名にフジサワ先生が激怒、あだ名はイランに改名された。
イランは明るい良い子だったから、ボクらはすぐに仲良くなった。



イランは5年に進級する時に再び転校していった。
転校の報告をフジサワ先生がする時のこと。

「みんな静かにしてください!今日は大変悲しいお知らせがあります。
だから静かにしてください!」

全然静かにならないまま、フジサワ先生は報告を発表。

「○○さんが転校することになりました」

そのとき、悪がきのジュンが、

「なーんだ、くだらねえ」

と余計な一言を。
ホントはくだらないなんて思ってはいなかったはず。
ギャーギャーうるさい雰囲気の中で、言ったノリのような一言。

だけど、この一言でフジサワ先生は泣いてしまった。

いつもと違ったのは、無表情のままジュンを見つめていたこと。
何筋もの涙が頬を伝わった。

さすがにボクらも静かになる。
ジュンもすまなそうな顔をして、引き攣っている。

「・・・じゃあ○○さん、みんなに挨拶を・・・」

かすれた声のフジサワ先生に促されたイランは、
その雰囲気を打ち破るように、

「さよーなら!!」

と、下校の際に号令をかける日直のような明るい声で言い放った。

この暗い雰囲気の中での予想外の一言に、

「さよーなら!!」

と、I とモミとマサノブが呼応。
下校するようにふざけて教室から出て行った。

笑いながら戻ってくる彼らを待ち受けていたのは、
フジサワ先生による1m定規でのケツ叩き。

マサノブは断末魔の叫び声をあげながら、10発叩かれた。
Iとモミは泣かなかったので20発ずつ。

ジュンはそのまま教室に残され、しばらく正座させられていた。



転校していく友人を送り出す時は、笑って送り出す。
下校の時には、一人一人が声をかけて「また会おうな!」と。

明るいイランにもそうやって、笑って送り出そうと思っていたんだけど、
そんな挨拶をする前に、イランは女子たちと帰宅してしまった。





4年生の最後の日、いつも集まっているメンバーがボクの家に集合した。
I、モミ、ナツキ、マサノブ、ヒロ、ワダ、ジュン。
それにクボとS井、カツミも入って。
女子からはオブラン、Y子ちゃん、T子ちゃんが来た。
示し合わせたわけじゃないのに、なぜかこんなに集まった。

5年生になっても、みんなが同じクラスであることはない。
誰も口には出さなかったけど、名残惜しさがあったんだと思う。

何をしたのかまでは覚えていないけど、
みんなハイテンションで笑い転げて、
暗くなるまで遊んでいたのだけは覚えている。



クラスが違ったって、エンゼルスでみんなに会えるし、
学校が終わった後、遊ぶ約束をしたっていい。

だけどクラスが違うと、休み時間は自然と別行動になる。
それが大きな変化だということをみんなが知っていたから、
ここまで集まったんだと思う。

七夕

2年生くらいの時から天体に興味を持った。
獲れないけど昆虫に興味を持つ同級生はたくさんいたが、
星座に興味を持つ同級生はいなかった。

しかしボクは東京の繁華街育ち。
今はもっと見えないけど、子供の頃から星はほとんど見えなかった。
見えるのはせいぜいオリオン座くらい。

夏休みの夜、近所の大きな公園に行ってみたことがある。
ネオンの少ない場所なら見えるかも、と思って。
当然のことながら結果は同じだった。

それでも天体望遠鏡が欲しくて欲しくてたまらなかった。

おもちゃ以外のものを欲しがったのは、天体望遠鏡だけ。
理科の勉強に若干かする天体望遠鏡。
だから親父もムゲには出来なかったみたいで、肯定的な態度だった。

それでも、

「そんなもん買ったって、何も見えやしない」

というお袋の一喝に親父も賛同。



「これで我慢しろ」

3年の誕生日に親父が買ってきたものは、
天体望遠鏡ではなく顕微鏡だった。

何千光年と離れた星を見るのではく、真逆のミクロの世界。
最初は耳くそとか髪の毛を見ていたけど、すぐに飽きて使わなくなった。



ボクはクリスマスとか正月よりも、七夕が楽しみという子供だった。
七夕にはケーキもプレゼントもないし、お年玉だってない。
だけど願い事を短冊に書いたり、
大好きなスイカを食べれる季節ということもあり、
これから来る夏休み前の儀式みたいで、とにかく楽しみだった。

サンタクロースはいないということは幼稚園で分かっていたのに、
七夕の時だけは、東京の夜空にも天の川が見えて、
織姫と彦星を見れると本気で思っていた。

あいにく七夕は、1年から3年生まで雨だったので、
4年の時ことは見れると思っていたんだけど、
光化学スモッグだらけの東京の空に、天の川がかかることはなかった。






天の川を初めて見たのは、エンゼルスのキャンプだった。
このキャンプはエンゼルスで最も楽しいイベントで、
毎年わくわくしていたのを覚えている。

織姫と彦星は七夕の時だけ出会う。
ということは、天の川も七夕の時だけは現れると思いこんでいたボクは、
本栖湖の夜空に燦然と輝く天の川に意表を突かれた。

ボクはテントの中でIやナツキが寝てしまった後、
一人抜け出して、夢にまで見た天の川に見とれていた。

「○○・・・そんなに星が好きなのか?」

振り返ると、監督がニコニコしてボクの後ろに座っていた。

「どうしたんですか?」

と監督に尋ねるほかのチームの監督に、

「いや、寝ないで抜け出したコイツを叱ろうと思ったんだけど、
オレが来たことも気づかないで、こんなに嬉しそうに、
しかも正座しながら星の観察をされちゃったら、叱るに叱れなくてね」

と、苦笑いしながら答えていた。
そして、

「みんなには内緒だぞ。ほんとは寝なくちゃいけないんだからな」

と、夜食代わりに魚肉ソーセージを出してくれた。
そしてボクと一緒に寝転がって星を見始めた。

気がつくとボクはテントの中で朝を迎えていた。
どうやらそのまま寝てしまって、監督が運んでくれたようだ。



数年前、お客に強引に社員旅行に連れて行かれた時も、
何時間も夜空に心を奪われてしまった。





学校の行事で、七夕祭りっていうのがあった。
同級生の誰一人覚えていないんだけど、
ボクは毎年このイベントが楽しみで仕方がなかった。

七夕に近い土曜日に開催されるこのイベントは、
全校生徒が書いた願い事を笹につけて、校庭に飾る。
そして各クラスの班それぞれが、いろんな出し物を発表する。
学芸会よりも自由だし、班単位でミクロだし、
運動会と違ってクリエイティブ勝負なところが面白い。

どれもロマンがある出し物ばかりだった。

大好きだった七夕祭りは高学年になると、
忘れられない事件の前日になってしまった。
その話はまたの機会に・・・。

学級委員

学級委員の条件は、成績優秀な奴。
体育が出来ようがどれだけ人気者だろうが、
これだけは絶対にクリアしていなければ、
学級委員に選ばれることはない。
だけど、

「勉強は出来るけど体育はダメ」

っていう奴は、ヒエラルキーが低いから、これも条件を満たしていない。

少なくとも男子の場合ならそうだ。
だから3,4年の時は、ナツキやワダが年に1回は選ばれた。

だけど立候補した奴が、そのまま選出されたり、
みんなから認められていない奴が、学級委員になることも稀にあったりする。

荒くれ者の I はそんな理由で、立候補からそのまま選出された一人だ。



「叔母さん!オレ、学級委員になったんだぜ!」

「へえ!すごいじゃない!」

「そう。だってオレは・・・強いから!」

そんなことをウチのミツコ叔母さんに意気揚々と説明する
I の学級委員生活は、わずか2週間で幕を閉じた。



授業中にうるさい奴は、引っ叩いて静かにさせる。
給食のおかずも学級委員ということを盾にして、多く盛らせる。

こんなことを続けていたから、女子が中心になって I の更迭を
クラスメートがフジサワ先生に要求。
この陳情はすぐに聞き入れられて、I は保健係に異動となった。





I の後釜には、マザコンのS井が選出された。

S井は突出して勉強が出来たけど、
体育だけはケツから数えた方が早い。
そんなわけで、S井は今まで一度も学級委員には選ばれなかった。



もともと空気が読めないS井は、学級委員になるとさらにKYぶりを発揮。

クラスメートがふざけ合っているだけなのに、

「喧嘩はやめろ」

と、真剣に止めに入る。

何にでも首を突っ込んでくるS井は、すぐにみんなから疎まれだした。

「なんか・・・I の方がまだマシだったかも」

そんな声が女子からも聞こえ始めるのに時間はかからなかった。

だけど誰もS井に文句を言えなかった。
S井は良かれと思ってやっていることで、
喧嘩になっても教師はS井の肩を持つだろう。

それに文句を言ったって論理でやりこめられるだけだし、
何よりも、うるさいS井のお母さんが出てきたら面倒だから。





下校時間に悪がきのジュンが、
ちょっと度が過ぎるイタズラをしたことがあった。

教師たちの下駄箱から靴を取り出して、値札をつけて遊びだしたのだ。

「校長先生は高給取りだから高価な靴」

「新米のフジサワ先生は、安月給だから安物のヒール」

そんな感じで教師の靴を並べるジュンのセンスに、ボクらは大うけ。
さすがにS井も止めずにこのときばかりはウケていた。

そこへ戦争へ行ったことのある鬼教頭が登場。
ボクらは烈火のごとく叱られた。



ところがその鬼教頭は、予想外の言葉を吐いた。

「S井君は関係ないんだから、帰っていいです」

優等生のS井が、こんなイタズラにウケているわけがない。
低脳な同級生の近くに、たまたまいただけ。
きっとそう思ったんだろう。



主犯のジュンを筆頭に、一緒になってウケていたボクとI、マサノブ、
そしてカツミの5人は、図書室で反省文を書かされることに。

そこへS井が現れた。
S井は帰宅せずに、ボクらが出てくるのを校門で待っていたようだ。

「お前、何しに来たんだよ!」

S井に噛みついたのは、Iではなくて嫌われ者のカツミだった。

「卑怯者!何しにきたんだよ!お前に学級委員をやる資格はない!」



カツミがこんな生意気なことは言ってはいけない。
いつもなら、Iあたりに鉄拳制裁を加えられるところだ。

だけどこのときばかりは、みんなカツミに賛同。
沈黙して事の成り行きを見守った。

「“ボクも一緒に笑っていました。みんなを見殺しにした卑怯者です”って
教頭先生に言え、白ブタ!」

みんなの無言の声援を感じ取ったカツミは、
調子に乗ってこんなことを言い始めた。
バカ正直のS井は、本当に鬼教頭へそう言いに行ってしまった。

すると鬼教頭は、さらに鬼の形相でS井を連れて図書室へ。

「貴様ら!なんでS井君まで巻き込むんだ!
ちっとも反省していないじゃないか!」

怒号が落ちた後は、今度は全員の頭にゲンコツが降ってきた。
しかも普段悪さばかりしている I に至っては、
余計に4、5発殴られる始末。



先入観たっぷりの教頭による裁きは、S井にとってさらなる試練を与えた。

校門を出ると、カツミごときに往復ビンタを食らい、
チビのマサノブごときに罵声を浴びせられ、
とどめに I に大木金太郎ばりの一本足頭突きをくらうハメに。



それでもS井のKYぶりは収まらず、
翌日からも余計なお世話をかきまくってくれた。

ボクとジュンがふざけて走り回っていたら、
案の定、S井はボクを羽交い絞めにしてきやがった。

「そんなことしてないで、少しは速く走れるようになれよ、ブタ!」

と罵っても、肥満児のタッツァンと違ってへこたれなかったS井。



こんな学級委員はもう懲り懲りだ。
学年が変わり、また学級委員を決める時には、
誰もS井を推薦する奴はいなかった。

するとS井はなんと立候補。
クラスのみんながドン引きしたのは言うまでもない。

これに対しカツミが反応。

「だったらオレが学級委員をやる」

と手を挙げた。しかし、

[カツミにクラスの長をやらせるくらいなら、S井のほうがまだマシ」

という女子の猛反発で、学級会は大紛糾。



この混乱に乗じて、

「じゃあ、オレがやる」

と手を挙げたのは、これまた若干KY気味の医者の息子・クボだった。
だけど、

「この3人ならクボしかいない」

ということで、満場一致でクボが選出された。



勉強が出来るだけじゃダメ。
体育が得意でもダメ。
人気者でもそれだけじゃダメ。
規則でもないのに明確な線引きが存在していた時代だった。

運動会と最後の時間

気がつくと、幼稚園時代からの友人だった I とは、
いつも一緒に行動するようになっていった。

遊ぶときはみんな一緒だけど、
ヤクルトファンクラブや学習塾も一緒で、
ガチャポンの怪獣消しゴムも二人で一緒に集めていた。

こういうのは一緒に集めると必ず揉めるもんだし、
お互い引かない性格なんだけど、
なぜか1度も揉めずに一緒に集めていた。





ボクはこの時期、クラスで一番足が速かった。
低学年時代の同級生だったカズがいなければ、
ちょっと頑張れば1位になれる。

だから運動会が楽しみで仕方なかった。
男子にとって「リレーの選手」に選ばれるのは、
何よりの喜びであり誇り。ヒエラルキー的にも大切なこと。

リレーの選手はボクとIのほかは、ワダとナツキ。

3年の時は、ボクは I を抜き去った。
I にとってはこれ以上に悔しいことはなかったようだ。

4年の時も、バトンを渡されたボクは前を走るIを猛追。

「もう絶対に抜かされない!」

背中ぴったりまで迫ったボクに、そんな気迫が伝わってきた。
もうテクニックではなく、気迫と根性で I はボクに抜かれる屈辱を
なんとかかわし切った。

これが I には最も嬉しい思い出だったようで、
「4年生の思い出」という冊子にも卒業文集にも、
ボクに抜かれなかったリレーのことを書いていた。

1位になったこととか、誰かを抜いたとかじゃなく、
ボクに抜かれなかったことが思い出とは。
手前味噌だが、それだけ足が速かったってことです。





このとき、もう一つ忘れられない思い出が。

4年の種目には「棒引きゲーム」っていうのがあった。

校庭の真ん中に棒が置いてあり、紅白に分かれて対峙。
二人一組で引っ張って、自分の陣地に入れたら勝ち。

こういう振り分けは、背の順で決められる。
ボクは大人しいヒロとコンビで、対戦相手はカツミとタッツァン。
二人とも肥満児だから、ボクらが圧倒的に不利。
練習でも勝ったり負けたりで。

そしていよいよ本番。
列になって校庭を行進している際、ボクはタッツァンに声をかける。

「タッツァン、負けてよ」

冗談半分で言ったのに、タッツァンはマジで実行。
「ヨーイドン!」で走っては来るが、棒を持ってるだけで、
全く引っ張ろうとしない。

「!!おい、タッツァン!!何やってんだよ!!」

カツミの罵声にもタッツァンは、

引っ張り合いことなく、そのまま棒を持って自分の陣地へ。

2回戦が始まる前、
カツミがタッツァンに口を尖らせて怒っている光景を見た。

2回戦目はもっとひどく、棒すら握ろうとしないタッツァン。

「おい!タッツァン!!ふざけんなよ!!」

負けたくないカツミは、棒にしがみついてボクらに引きずられ、
途中で力尽き、ビックリするくらい大きな擦り傷を太ももに作っていた。





この頃、ボクらのクラスに小林さんという女の子が転校してきた。
お父さんの仕事の関係で、それまではイランで生活していたという。
だからあだ名はホメイニになった。

このあだ名にフジサワ先生が激怒、あだ名はイランに改名された。
イランは明るい良い子だったから、ボクらはすぐに仲良くなった。



イランは5年に進級する時に再び転校していった。
転校の報告をフジサワ先生がする時のこと。

「みんな静かにしてください!今日は大変悲しいお知らせがあります。
だから静かにしてください!」

全然静かにならないまま、フジサワ先生は報告を発表。

「○○さんが転校することになりました」

そのとき、悪がきのジュンが、

「なーんだ、くだらねえ」

と余計な一言を。
ホントはくだらないなんて思ってはいなかったはず。
ギャーギャーうるさい雰囲気の中で、言ったノリのような一言。

だけど、この一言でフジサワ先生は泣いてしまった。

いつもと違ったのは、無表情のままジュンを見つめていたこと。
何筋もの涙が頬を伝わった。

さすがにボクらも静かになる。
ジュンもすまなそうな顔をして、引き攣っている。

「・・・じゃあ○○さん、みんなに挨拶を・・・」

かすれた声のフジサワ先生に促されたイランは、
その雰囲気を打ち破るように、

「さよーなら!!」

と、下校の際に号令をかける日直のような明るい声で言い放った。

この暗い雰囲気の中での予想外の一言に、

「さよーなら!!」

と、I とモミとマサノブが呼応。
下校するようにふざけて教室から出て行った。

笑いながら戻ってくる彼らを待ち受けていたのは、
フジサワ先生による1m定規でのケツ叩き。

マサノブは断末魔の叫び声をあげながら、10発叩かれた。
Iとモミは泣かなかったので20発ずつ。

ジュンはそのまま教室に残され、しばらく正座させられていた。



転校していく友人を送り出す時は、笑って送り出す。
下校の時には、一人一人が声をかけて「また会おうな!」と。

明るいイランにもそうやって、笑って送り出そうと思っていたんだけど、
そんな挨拶をする前に、イランは女子たちと帰宅してしまった。





4年生の最後の日、いつも集まっているメンバーがボクの家に集合した。
I、モミ、ナツキ、マサノブ、ヒロ、ワダ、ジュン。
それにクボとS井、カツミも入って。
女子からはオブラン、Y子ちゃん、T子ちゃんが来た。
示し合わせたわけじゃないのに、なぜかこんなに集まった。

5年生になっても、みんなが同じクラスであることはない。
誰も口には出さなかったけど、名残惜しさがあったんだと思う。

何をしたのかまでは覚えていないけど、
みんなハイテンションで笑い転げて、
暗くなるまで遊んでいたのだけは覚えている。



クラスが違ったって、エンゼルスでみんなに会えるし、
学校が終わった後、遊ぶ約束をしたっていい。

だけどクラスが違うと、休み時間は自然と別行動になる。
それが大きな変化だということをみんなが知っていたから、
ここまで集まったんだと思う。

S原が泣いた日

ボクと生年月日が一緒の同級生が一人いた。
その子はS原という女の子で、今でも付き合いがある。
S原は現在二児の母。

S原とは3、4年は別のクラス。
女子ということもあり、ほとんど遊んだことはなかったが、
いつも楽しそうにケラケラ笑っている子だった。

そんなS原が、泣きながら歩いている光景を一度見たことがある。





その日は土曜日で、ボクはエンゼルスの練習の帰り。
30円のチューチューキャンディーをくわえながらチャリに乗っていた時、
商店街を声をあげて泣きながら歩くS原に出くわした。

いつも楽しそうに笑っているS原しか知らないから、
ボクはやたらと気になった。

「転んだの?誰かにいじめられた?」

ボクの質問には答えず、首を横に振るだけのS原。

気にはなったけど、おそらく答えてくれないだろう。
そう思ってボクはS原を見送って、再びチャリで漕ぎ出した。

このことを20年以上経って思い出し、S原に聞いてみた。

「あー!覚える!あれ、○○ちゃんだったんだ。声かけてきたの」

同級生の誰かに声をかけられたのは、覚えていたようだ。





その日はS原の家に同級生の女子が数人遊びに来たらしい。

「はい、おみやげ」

一人の女子が文房具用品を何点か持ってきて差し出した。

「どうしたの?これ」

誕生日会でもないし、手土産にしてはちょっと高価すぎる。





「盗んできたの」

平然と答える同級生の少女に、

「ダメだよ、ちゃんと返さなくちゃ!」

とS原が促しても、一向に聞く耳を持たない。

しばらく押し問答が続いた後、この同級生はキレて帰ってしまったという。
遊びに来ていた同級生たちも引き連れて。



置いていかれた窃盗品を、文房具屋に返しに行ったS原を待っていたのは、
話を最後まで聞かない店のオヤジの怒号だったという。

「なんてひどい子供なんだ。もううちの店には来るな。
君の名前はなんて言うんだ?親の顔が見たいから呼んで来い」

「違うんです。アタシじゃなくて、友だちがついウッカリ・・・」

「その友だちはなんていう名前なんだ?」

「・・・」

「ほら、答えられないじゃないか!ウソまでついてヒドイ子だ」

「ごめんなさい」



友だちをチクることはできない。

代わりに叱られたのもやるせなかったけど、
泣いてしまったのは親のことを言われたから。



S原は生まれてすぐに、お父さんが病気で亡くなった。
そのお父さんが悪口を言われているみたいだし、
仕事が終わった後も内職しているお母さんが可哀相で、
それで堪えきれず泣きながら歩いていたという。



泣いて帰ってきたS原にお姉ちゃんが厳しく問い詰めたけど、
友だちの名前だけは明かせない。
イラついたお姉ちゃんの厳しい追及に、さらに泣いてしまったそうだ。



仕事から帰ってきたお母さんにだけ、いきさつを全部話した。
お母さんはその文房具屋へ行き、娘の潔白を訴えたという。

翌日、文房具屋の前に通りかかると、
店主のオヤジからS原に謝ってきたそうだ。

「ちゃんと話を聞かなくてごめんね。
君はウチが盗まれた物を返しにきてくれたのに。ありがとね」

店のオヤジは、それ以上「犯人の名前」を追求しなかったそうだ。
お母さんもS原がお願いしていたから、このオヤジには言ってない。





そんなS原の気持ちを分からない万引き犯は、
それからしばらくして補導されることとなった。

自分の代わりにS原が怒られたことも判明したのに、
結局一度も謝ってこなかったという。



この一件は、ボクらの間ではなかなかショッキングな出来事だった。

どんなに欲しいものがあっても万引きだけはダメ。
ボクらの地域は商人と事業家の家庭が半分、次いで職人の家庭、
サラリーマンや公務員の家はほとんどいなかった。

「自分たちが漫画やオモチャを買ってもらえるのは、
店の物を売っているから」

その店で売っている物は、高価なものなんか一つもない。
薄利多売で生活していることをみんな知っていた。

家の小銭は盗んでも、人様の店の物にだけは手をつけてはいけない。

万引きは、人間のクズのすることだった。



しかもカツミやポン太のような変人ではなく、KYのサワデーでもなく、
女子がした行為だったから、なお衝撃的だった。





そいつの名前は、悪女・ビーノ。

ビーノの余罪は30件あまり。
しかしほとんど家には持ち帰らず、ほとんど捨てていたようだ。

ビーノにはお兄ちゃんがいて、ボクの姉貴と同級生だった。
妹と違って優しい先輩で、よくボクらの遊び相手になってくれていた。

そんなお兄ちゃんにガムを吐きかけたり、
意味もなく蹴りを入れていたじゃじゃ馬ビーノ。

この頃はまだ悪女ぶりは見せておらず、
その本領が発揮されるのは中学になってから。

S原曰く、

「いくら好きになろうと思っても、好きになれなかった友人」

それが、ビーノだそうだ。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
sak*ra*akid*8
sak*ra*akid*8
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事