東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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2009/2/13(金)

[コメント]
「イランの素顔」は、タイトルを「麗しきペルシア」に変更しました。

[シルクロード紀行]

さまよえる日本人    

西門を出るとすぐ信号にぶつかった。
私が差し掛かったとき、信号が青から黄色に変った。
私の前方を走っていたYさんは、黄色に変る寸前に交差点に入ってそのまま渡り出した。
私は一瞬迷ったが、進入せずに待った。

その間にYさんの姿は、津波のような自転車の群れの中に消えた。
この信号は変則的な5差路になっている。おまけにロータリーになっていて、一端、円状の道路を半周してから、それぞれの道に分かれるので、方向を失いやすい。
地元の人でもなれるまでは迷ってしまうとのことだった。

イメージ 1
      安定門(西門)前の複雑な交差点。 私はここで道を間違えてしまった。(2005年撮影)

地図によれば、我々はこの信号を少し弓なりに右折するのである。
我々のホテルは、信号から1kmちょっとのところにあり、自転車を借りた場所はそこから数百メートルの距離だった。

青になってからロータリーを走り、やや右方向に向いている最も太い道へ入って信号を渡りきった。
そこにはYさんが待っていると思ったが、姿が見えない。
私に気づかずに、自転車群に押し流されるようにして、先へ進んだのかもしれない。
そう思って、私は先を急いだ。
少し不安になったが自分の判断を信じて、自転車大集団の中を掻き分けるようにして、追い抜きながら走り続けた。

追いつけなかったらホテルの前で待っていてくれるだろうと思って、あせりはなかった。
ところが、とっくに1km以上走ったはずなのに、ホテルの姿が見えて来ない。
この時点で、〈どうやら道を間違えたな〉と思った。
念のためもう少し走ってみようと思ってペダルを踏んでいると、あんなにいた自転車部隊
がほとんど姿を消し、街燈もない真っ暗な道を一人で走っていた。

時計を見ると9時近かった。信号から30分ほど走ったことになる。
とにかく引き返そう…、そう思ったとたん、無性に不安にかられた。
引き返す途中はほとんど人とも車とも出会わない。
軒を連ねている店はほとんど閉まり、真っ暗か、ほんのりと明かりが漏れてくるだけである。
それが一層孤独感を深める。

当時の中国人は早寝早起きで、日没になって暗くなると、電気の節約もあるのか、早々に寝てしまうのだそうだ。
10分ほど走るとやっと、ひとつの明かりが見えた。漢方薬の小さな店で、まだカーテンを閉めずに、薄暗い電灯を灯していた。

何も考えず、とにかく店の中に入った。
人恋しさと孤独感、それ以上に少しでも不安を紛らわせようと思ったに違いない……。
ちょこんと頭を下げると、こんな時間なのに、にこやかに応対してくれた。
何か話しかけてくるが、さっぱりわからない。
こちらは苦し紛れに、英語で話しかけてみたが、もちろん通じない。
ジェスチャーで紙と鉛筆を求めると、薬を入れる袋と鉛筆を渡してくれた。

「秦都酒店」と書いたが、きょとんとしている。
当時は、文字の読み書きが出来ない人がけっこういると聞いていたが、この老婆もそうらしい。
奥に向かって、老婆がなにやら声をかけると、40歳代くらいの女性が出てきた。
先ほど書いた「秦都酒店」の脇に「地図」と書いたが、わからなかった。
中国語を勉強してからわかったのだが、中国語の地図の「図」は口の中に「冬」と書くのだった。
目的は達せなかったが、親切に感謝して「謝謝!」と頭を深々と下げて店を出た。

店を出たとたん、猛烈に自分の無謀さを悔いた。
地図も筆記用具も、ガイドブックも何も持たずに街へ出たこと、
中国語も話せないのにひとり旅に出たことを後悔した。
今度来る時には絶対に中国を勉強してこようと強く思った。

それ以前に、まず迷いのスタート地点・西門へたどり着くことだ――そう思いながら暗闇の中をひたすらペダル漕いだ。

すると幸運にも道端に警察官が立っていた。
“これで救われた”と思ったのも束の間、彼は英語がまったく話せなかった。
これで却って腹が据わった。
一晩かかっても探してみせる――そう思うと気が楽になった。

不安は完全に飛んだわけではないが、少なくとも「身の危険」だけは心配していなかった。
「外国人に危害を加えると死刑」と聞いていたからだ。
なにぶんにも、外国人観光客は有力な「外貨稼ぎ」の対象だからだ。

10分ほど走ると少しずつ電灯の明かりが増えてきた。
ほっと安心した。
数百メーター先に西門らしきものがぼんやりと見えてきた。
これで安心。

今度は、間違わないように目的の道路に入った。
そこから、意気揚々と自転車を飛ばしていると、
反対側の車線から「Sさーん、Sさーん!」と言う叫び声が聞こえた。
これを聞いて、安心して力が抜けるようだった。
これで、ひとまず、めでたし、めでたし。

ふたり合流して自転車を借りた場所へ向かった。

長くなりそうなので、今日はひとまず締めです。では明日。

「1西安とその周辺(遙かなり長安)」書庫の記事一覧

閉じる コメント(8)

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心細かったでしょうね! 勇気というか度胸に感心しました。すばらしい旅でいたね。

2009/2/14(土) 午前 9:38 [ melf ]

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ピンチになったら開き直り! という精神が少しずつについてきました。

2009/2/17(火) 午後 4:48 [ moriizumi arao ]

なんだか 臨場感あふれる文章なので 自転車の旅に入ってしまいました。。
だから いま やっとほっとしてコメントできました。。
あ〜よかった!会えて。

でも観光客っぽくなくする
カメラはウエストバックに入れ、中国人のようにシャツをズボンの上に出した。
っておもしろいですね。。。ちょっとうけました。

2009/12/14(月) 午前 0:34 [ リノ ]

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言葉も通じない外国で道を迷ったら大変でしょうね。おまけに夜も遅くなると心細いことでしょう。私もシンガポールで言葉が通じず困っているとき、日本人商社マンに助けられたとこがありますた。

2009/12/14(月) 午後 2:33 [ らくがき楽ちん ]

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らくがき楽ちんさん
ほんとうに心細い体験でした。
その後は積極的に行動はするが慎重になりました。
まあこれも勉強ですか。

2009/12/15(火) 午前 7:31 [ moriizumi arao ]

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リノさん
一度返事書いたのですが、投降のポチ忘れました。ごめんなさい!
出来るだけ現地の人に近づこうとすることが大事だな^と感じました。

2009/12/15(火) 午後 7:03 [ moriizumi arao ]

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無謀と言うか勇気が在ると言うか???

でも、そう言う事が出来るから、こういう旅が出来るのでしょう。

そこには、人間信頼感が在る気がします。

2010/4/21(水) 午後 7:43 t*h**o*o

顔アイコン

忠さん
「そこには、人間信頼感が在る気がします」――まさに私の旅はそれで成り立っているように思います。
湖虎が信ずれば相手がそれに応えてくれることのほうが多いですよね。

2010/4/22(木) 午前 8:01 [ moriizumi arao ]


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