東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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[コメント]
長安に縁の深い人物の中で、心惹かれる人を三人上げろといわれれば、迷わずに、
玄奘三蔵、阿倍仲麻呂、空海を挙げるでしょう。
今回の西安訪問では、この三人に心を置いて巡ります。
今日と明日はまず玄奘三蔵と、
彼がインドから持ち帰った経典の保管場所であり、
自らも翻訳にエネルギーを注いだ大雁塔についてです。


[シルクロード紀行]

命を懸けて天竺へ  〜玄奘三蔵と大雁塔1〜

イメージ 2興慶宮から南下すると、大雁塔が見えてきた。
なにせ、63mあるので、建物を見ながら自転車を漕げば、迷うことはない。
大雁塔の付近まで来て、周辺は以前来たときとすっかり変わってしまったのには驚いた。
〈それはそうだよ。もう16年経ったんだよ〉と自分に言い聞かせたほどだ。

イメージ 3大雁塔の前には玄奘三蔵が立てられた。
わかってはいたが、太極拳をしている老人に「あれは玄奘三蔵ですか?」とわざわざ訊いてみた。
 ――地元の人と仲良くするにはこちらから積極的に話しかけるに限る。
   ものをたずねると相手の自尊心が満足されてよけい親切にしてくれる。
   このことは私の旅のひとつの知恵にもなっている。
「あんた よく知っているね」と感心したように言う。

イメージ 4私の中国語が堪能だと思って、いろいろと説明してくれたが、半分くらいしかわからない。
老人は北向きになっている玄奘像を指差して、
「西向きに立てるべきでした。失敗でした」と残念がっていた。
確かに西に向かって壮大な旅へ旅立った玄奘三蔵をシンボル化するには、西向きのほうがよいかもしれない。
だが、観光客の方を向いて、正面から迎え入れるスタイルほうが実際的、いや観光的ではないかと思った。
しかし、老人の意見には異議をとなえず、
「太謝謝了!(たいへんありがとうございました)」と丁重にお礼を言った。
イメージ 1
     (参考) 世界史年表・地図(吉川弘文館)

有名な「西遊記」に登場する、三蔵法師のモデルは、ご存知のように玄奘三蔵である。
ここでどうしても、玄奘三蔵について述べておきたいたい。
文章がやや小説っぽくなるが、
――中国本土の西の外れ敦煌を通り過ぎ、
西域への2つの関門、陽関と玉門関(表示画像は玉門関にて撮影)を越え、
伊吾(現在のハミ)方面へ歩みを進めると、
そこは莫賀延磧(ばくがえんせき)と呼ばれる広大な砂漠が広がっている。
莫賀延磧は八百余里(ここでいう一里は約4キロ)、
優に3000キロを超える長さに渡っており、
古くは沙河(さか)と呼ばれ、
「空には飛ぶ鳥もなく、地上には走る獣もなく、また水草もない」
といわれた荒涼たるところである。

伊吾は、この時代、次第に衰退して行った鄯全(楼蘭)に代わって、
東西交流の重要なオアシスとなっていた。
西域へと向かう旅人にとっては、伊吾こそは、西域の入口に他ならないのであった。

時は唐の太宗の治世、629年の秋。
一人の男が馬にまたがり、悄然とこの砂漠を進んでいた。
辺境警備のため100里ごとに設置された5つの烽火台を越え
あとは伊吾まで本当に何もない荒野が続く。
食べ物もなければ、水もないのである。

――私はタクラマカン砂漠をラクダに乗って、
  高々4泊5日ではあったが、砂漠の旅を経験した。そのとき、
  〈もしも独りでここに放置されたら、1日ももたないだろう〉と恐ろしくなったほどだ。

男は、それまでの旅の過酷さを表すかのように、疲労の色濃い様子であった。
無理もない。
ひそかに唐の国を抜け出し、人目につかぬように日中休み、
夜間に移動するという旅を続けてきたのである。
当時、建国間もない唐では、国外への移動を禁じられていた。

男は当時まだ少なかった仏教の経典を求めるため、
天竺(インド)へ行きたいと熱望し、
許可を求めたもののかなわない。
やむなく国禁を破って旅に出たのである。

ただでさえ困難な 旅の行程が、
そういう理由からいっそう厳しいものになったのである。

国禁を犯してまでたった一人で西域の道を急ぐ旅人、
この男こそ、玄奘三蔵その人であった。
玄奘は、天竺まで行って中国では得られない仏教の真髄を学び、
さらに仏教哲学の最高峰『十七地論』を得て持ち帰り、
正しい仏の教えを中国に伝えようとしていたのである。

玄奘は大砂漠の中を苦心の末進み、
パミールの難所も越えて、北インドからマガタ国のナーランダ寺院へ到着した。
長安を出て3年後のことだった。
その後、ナーランダ寺院での5年間の修行を経て、
インド聖地巡礼の旅に出た。

645年、玄奘は長安に帰り、太宗の盛大な歓迎を受けた。
大慈恩寺の住持となって、持ち帰った膨大な経典の翻訳に専念した。
大雁塔は経典の保管場所であり、翻訳に従事する場であった。

「1西安とその周辺(遙かなり長安)」書庫の記事一覧

閉じる コメント(6)

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頑張ってますね。豊富な内容に毎日毎日追いついてゆくのが精一杯です。これからが一層楽しみです。

2009/2/17(火) 午後 8:22 生涯現役塾

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刺激的です! 実に面白い。 私は、虎の咆哮の絵図と般若心経の2本の扇子を愛用して持ち歩きますが、西域への旅の奥義(扇の要)に、玄奘のロマンが宿っていることを、広げる時に、基点とし、励みにします。 たかだか? タクラマカン砂漠4泊5日ラクダの旅も、私には十分刺激的に聞こえます。 ブログ更新が楽しみです! 私の中の深い部分に眠っていた子供の頃からのシルクロードプランが、玄奘の行路の地図に触発されて、浅い眠りへと、静かに動き出しました。 moriizumiさんのブログとの出会いに感謝します! まずは、ここで知り、興味を持ち、さっそく買いました井上靖先生の『敦煌』を熟読したいと思います(笑)

2009/2/18(水) 午後 3:17 [ 天心 ]

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死ぬ前にシルクロードで天竺に、そして死ぬと豪語していたワタシですが、JALの西安線が廃止になったぐらいでもうだめ〜と根を上げてるヘタレです。素晴らしい旅行ですね。最近は大陸も日本も西蔵鉄道の旅を推してますが、ワタシはやっぱりシルクロードだなぁ。

2009/2/18(水) 午後 4:33 [ Kurocelestar ]

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若い同士が出来たようで、一層刺激されます。自分の発信した刺激がが増幅されて帰ってきたようで、エネルギーをもらいました。ありがとうございます。

2009/2/18(水) 午後 4:43 [ moriizumi arao ]

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Kurocelestarさん 私も西蔵鉄道の旅をしました。チベットからヒマラヤを抜けてネパールまででした。こちらもすばらしかったのですが、「シルクロードは夢とロマンの実現」という熱い想い で旅していたので、感激がより一層強かったです。

2009/2/18(水) 午後 4:50 [ moriizumi arao ]

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『――私はタクラマカン砂漠をラクダに乗って、
高々4泊5日ではあったが、砂漠の旅を経験した。そのとき、
〈もしも独りでここに放置されたら、1日ももたないだろう〉と恐ろしくなったほどだ。』
この死の沙漠タクラマカンですが、これも消える川かも知れませんがタリム川も流れているという。どうなのでしょうか?
昼夜の寒暖の差が大きく過ごしにくいだけで、一定数以上の隊商が組めれば、そんなに怖くないのではないか?
よくハリウッドの西部劇でも沙漠の騎馬で渇えて死ぬ構図がありますから、あんな沙漠とは比較にならないのかも知れない?

2009/4/2(木) 午後 9:36 erasus(いれいざす)


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