東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

全体表示

[ リスト ]

  
[コメント]

久しぶりに訪問された方は、「すべて表示」あるいは各テーマを開いていただき、以前の記事をお楽しみください。

[シルクロード紀行]

秦始皇帝の大帝国1 阿房宮と始皇帝陵 =はるかなり長安16

イメージ 1西安市内に回るところはまだまだあるが、ひとまず後に回して、
先に、秦の始皇帝陵や兵馬俑、同じ方向にある華清池聖地足を延ばしてみることにした。
二つとも西安の東にあるので、同時に回れて好都合なのだ。
もうひとつ、秦の始皇帝の阿房宮を復元した建物にも興味があった。
服務員の韓さんに相談して、日本語の話せるタクシーを借り切ることにした。
通常、ガイドつきのタクシーでこのコースを回ると、
入館料込みで1200元(約1万7千円)以上払わなければならない。
日本で考えれば、妥当かもしれないが、中国ではかなり高額である。
私は、入場料自分持ち、ガイドなしということで借りた。
料金は、“公表しないでくださいね”というほど格安のものだった。

タクシーは西安市内から、東に向けて関中平野をひた走る。
昔、4つの関があり、その中心場所であることから関中と呼ばれている。
高速道路の道端に、桃を売るおばちゃんや子供がたくさん立っている。
盛んに手を振って、「桃いかがですか?」と呼びかける。
日本ではとても見られない情景だ。
道の両側には発掘中の遺跡が見えてきた。
中国ではあちこちで発掘が行われている。

イメージ 2高速道路を下りると、一般道の道端のあちこちで「ざくろ」がたくさん売られてイメージ 3いる。
3個ほど買って食べてみると、なんと甘い!
運転手に訊くと、酸っぱい方が珍しくて高いのだそうだ。
古くから妊娠中の女性に送る習慣があったとのこと。 
種が「子種」に通ずるという意味があるのだそうだ。
一人っ子政策だが、男の子が生まれるまで各地を逃げ回って子供を作っている人もいる。
農家では跡継ぎが実質的にも概念的にも必要なのだろう。
その後、逃げ回っている母子に出会ったことがある。
 
イメージ 4始皇帝に着いてタクシーを降りて歩き出すと、兵馬俑までの道には大勢の売り子が群がってくる。
中国の観光地では、いつもの光景である。
「不要,不要(いらない、いらない)」と振り払っても、振り払ってもしつこく付いてくる。

“兵馬俑付近の農民は、始皇帝のお陰で観光化され、近年生活が潤っています。自分で兵馬俑を作って観光客に売っている人もいます。だから、焼かないものもあるんです。買うときは気をつけてください”と運転手が注意してくれた。

そういえば、1989年に俑の売買で売り子とすったもんだがあったな、と思い出した。
イメージ 5 焼いた俑を10元で3個買った。
ところが帰りにしな、40歳過ぎくらいの男が、小さなお粗末そうな俑10個入りのネ
ットをぶら下げて「1元、1元!」と言って売っている。
あまりほしくないが、10個で1元ならお買い得だと思って、買うことにした。

1元札がなかったので、10元渡すとおつりをよこさない。
強行に抗議すると「1個、1元」と、言い出す始末。
「それじゃいらないからお金を返せ」と言っても返さない。

言い争っていると、日本の団体旅行の添乗員がやって来て、「どうしたんですか?」と訊いて
きた。
“これは助け舟だ”と事情を話すと、その団体の現地ガイドが掛け合って9元のおつりをも
らってくれた。
当時の日本人は「貴重な金づる」だったのだ。

これに懲りて、どこへ行っても、「小銭を常に持っていて、つりのない様にする。買い物をす
る時は、小銭が少ししか入っていない財布から出し入れする」を心がけた。

始皇帝陵は、以前来た時は、単に木の生えていえる小山で、周囲は一面の畑だった。頂上ま
では山道同様の小道だった。
イメージ 6 イメージ 7 イメージ 8

イメージ 9だが今回は、完全に観光化が進んでいた
石の階段が設置され、頂上にも展望台が設置されてい
た。麓の畑もすっかり公園に整備されていた。
イメージ 10

謎にみちた始皇帝陵 
秦始皇帝陵は、始皇帝が13歳で秦の王に即位して作られ始め、死後まで39年間かけて作
られたという。
前漢の歴史家・司馬遷の『史記』には、水銀をもって川や海を作り、天井に天文図を描き、
人魚の油で永遠の灯をともした、と述べられている。
同じ内容のことが、司馬遼太郎氏の『項羽と劉邦』など、たくさんの本にも引用されている。

そのような地下宮殿は本当に存在するのだろうかと疑問に思う。
今後の調査によって歴史の大きな謎が明らかにされるのを期待したい。

類のない宮殿建築・阿房宮
『史記』によると、始皇帝はひとつの国を滅ぼすと、必ずその宮殿を模して新しい宮殿を作
らせたという。
それが阿房宮である。

場所は西安市の西15キロのところで、
現在、遺跡の南に阿房宮を復元したテーマパークがあるので、大きな期待は持っていなか
ったが、イメージはつかめるだろうという思いで訪ねた。
イメージ 11


現在残っている遺構は、土で突き固められた基壇のみである。
中心となる宮殿は前殿(正殿)で、1万人を収容できたという。
現存する基壇は、東京ドーム約12個相当する大きさである。
以前ペルシア帝国の都ペルセポリスを訪れた時、その広大さに圧倒されたが、
そのさらに2倍以上の大きさにはまったく驚いてしまった。
この広大な宮殿跡には、始皇帝像がその主にふさわしい堂々とした威厳で立っていた。

イメージ 12 イメージ 13
      阿房宮跡                   復元された阿房宮に立つ始皇帝像

閉じる コメント(20)

顔アイコン

以前の記事の閲覧へのコメントそして投票へのお誘い訪問者への気遣い恐れ入ります。

2009/2/26(木) 午後 4:14 生涯現役塾

顔アイコン

「生涯現役塾」さん 貴会のすばらしい活動へ敬意を表しております。

2009/2/26(木) 午後 11:57 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

おもしろいです。 行ってみたくなりました。 スケールがでかいですね。 数字で説明されてて、勉強になります。 今回、ペルシア帝国の都ペルセポリスにも興味を持ちました。 記事の内容が充実しているので、その場ですぐコメントを残せない時もありますが、更新、楽しみにしています!

2009/2/28(土) 午前 4:59 [ 天心 ]

顔アイコン

いつもコメントありがとうございます。根が歴史と旅大好き人間なので、ついつい詳しくなってしまいます。

2009/2/28(土) 午後 3:59 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

巣晴らしい表現ですね あたいしも歴史は好きで中国 秦時代ほかいろいろ読みました 西安にも始皇帝陵にも息ましだか 西安は十分ではありませんから。また生きたいところです いま 鹿時代の遺跡が残っているのは
ふと項羽が阿房宮を焼き尽くしたからだなとふと想います、、 もし
現存していたなら もっとあらされて 灰の下に何千年も埋もれていなかったかも知れない・ 項羽は罪を犯したけれど つみとは言わないかも知れないけれど・
でも結果はよかった、、 人の行いのよしあしも後世に選択権があるのかな、、と。。
ゆつくり西安にまたいきたい、、

2009/3/2(月) 午前 10:26 あさ

顔アイコン

中国は日本人かねづるですからね、、 爆
あたいも10回以上 中国にいって・・
ほんと 貧しさは罪なのかな、、と想うことがあります、、
旅と歴史大好きなので。。
http://4travel.jp/traveler/asayama55/ 旅ブログ・

2009/3/2(月) 午前 10:29 あさ

顔アイコン

あさやまさん コメントありがとうございます。
東洋史に関心を持っていた若かりし頃、「史記」を始め、「項羽と劉邦」などなど始皇帝が登場する小説もけっこう読みました。
その中どの本にも、項羽が関中に入り、多くの建物を焼き払い、阿房宮も跡形もなく消失してしまったと書かれていました。多くの学説も
そのことを支持してきたようです。もちろん私もそう思っていました。ところが、近年の発掘調査によって、焦土がわずかしか発見されず、阿房宮が焼かれていないという見解が示されて大きなニュースになったことがありました。その時は私もびっくりしました。事実はどうなのでしょうか?

2009/3/2(月) 午後 3:09 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

焦土がわずかしか発見されず

なるほど、、、 今度長安に行ってききたいものです。。

2009/3/3(火) 午前 4:21 あさ

顔アイコン

始皇帝陵感動しました、恐れ入りますのブログですね!

始皇帝像、貫禄があります。。。

2010/5/15(土) 午後 4:37 [ かずちゃん ]

顔アイコン

あさやまさん
コメント気付かずごめんなさい。
伝えられている歴史がはたして正しいか…
よくある問題ですね。

2010/5/18(火) 午前 10:05 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

offshore_linxさん
始皇帝は神秘に満ちた偉大者ですね。
ポチありがとうございます。!

2010/5/18(火) 午前 10:09 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

このブログは面白いですね。
時間と相談して、ジックリ見ていきましょう。

2010/6/24(木) 午前 10:48 [ - ]

顔アイコン

今改めてみるとかなり変わっているのですね・・

いいですね 旅の空は タクシーかりて17000ですか 私も大体そうでしたね、、

2010/6/24(木) 午後 5:18 あさ

顔アイコン

始皇帝の墓は何時発掘を始めるか知りませんか?

2010/6/28(月) 午前 11:46 [ - ]

顔アイコン

武者小路さん
私が訪れた2007年に兵馬俑博物館の曹ウェイ(ザオ・ウェイ)副館長は「始皇帝陵は、遺跡の現状を長期的に維持するため、当面いかなる発掘計画もない」と言明したとのことでした。

2010/6/28(月) 午後 10:58 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

あさやまさん
年々変わっているので、いまはどうなのでしょうか?
とにかくシルクロードのタクシーは利用しやすかったです。

2010/6/28(月) 午後 11:01 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

こんにちわ。
阿房宮炎上という絵を見て、いろいろ想像をめぐらせましたが、正殿に10000人とは・・・。
埼玉アリーナでそのくらいの収容人数だったような・・。
スケールが違いますね。
ポチ☆

2010/8/19(木) 午後 7:17 河童

顔アイコン

河童さん
埼玉アリーナは外からしか見たことはありませんが、兵馬俑の方が大きく感じました。

2010/8/19(木) 午後 10:06 [ moriizumi arao ]

悠久のスケールと、
なんでもありの現代の売り子
このすべてが中国なんですね。

2011/11/12(土) 午後 3:04 [ 谷山 稜 ]

顔アイコン

谷山稜さん

本当に歴史もスケールも長さと大きさを感じますね〜

2011/11/16(水) 午前 0:17 [ moriizumi arao ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事