東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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2009年3月2日(月)

[シルクロード紀行]

兵馬俑2 〜古代の眠りからさめた大軍団〜
1号抗
足を踏み入れたとたん、大軍団が眼前に広がっている。
一瞬足がすくんだ。
何か“がーん”と一撃食らったようだ。
まさに壮観! 圧巻!
テレビで観ていたのとは、断然迫力が違う。

壮大な歩兵軍団がはるか向こうまで、縦横に整然と並んでいる。
6000体の武装した兵馬俑が、こちらに向かって進んでくるようにさえ感じる。
息が荒くなったのが、人目にもわかるのではないか……とさえ感じた。

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中国を統一した秦軍の威容がひしひしと伝わってきたa。

2号抗
2号坑は1号坑のおおよそ半分くらいで、スケールと迫力は1号坑に劣るが、変化がある。
弓を持った歩兵隊、戦車隊、歩兵と戦車の混成部隊がずらりと並んでいる。

騎馬隊は発掘中だった。
これは私にとってはかえってうれしかった。
まだ発掘途中の兵馬俑がバラバラになって土に埋まっている。
この状態で永い眠りについていたのか…と思うと、ちょっと身近に感じてしまう。
生々しい様子は、復元されたものより、ずっと感動をあたえてくれる。

秦代の騎馬は鐙(あぶみ)がなく、馬も小さかった。
ほぼ実物大なので、それがよくわかる。
鐙が中国に入ったのは、後漢以後である。

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  発掘中の兵士の俑            バラバラになった状態で埋もれている馬の俑  

        
3号抗
兵馬俑の最高指揮機関と考えられる場所である。
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車馬房には、戦車一輌、兵士4名、馬4頭が配置されている。
作戦本部と考えられる部屋もあり、指揮官たちがここで作戦を練っている様子を表したものであろう。たのであろう。
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[コラム]
兵馬俑坑の戦車は近代兵器の戦車とは相当かけはなれている。
三人は横一列に立って乗り、中央の一人が御者(ぎょしゃ・馬を扱う係り)で両端が殳(しゅ)又はを弓を持った兵士、 ... 2200年ぶりに兵馬俑坑から発掘された陶馬は全て軍馬である。

1.2.3号抗を合わせて見ると、秦軍の構成が実に忠実に再現されていることがわかる。あの時代、これだけの進んだ武器技術を持っていたことに驚きを禁じえない。

驚くことは、兵馬俑坑の巨大さと、膨大な兵馬俑の数、優れた武器ばかりではない。

一体一体表情の異なる兵士の顔、さまざまな髪型や服装、リアルな馬の表現である。
このように写実的なのは、始皇帝に最も身近な近衛兵の軍団をそのまま死後の世界へ移し変えようとして、将軍や兵士を実際にモデルにして一人ひとり丹念に写したためと考えられている。
「死後も皇帝であり続ける」という始皇帝の執念が空前絶後の地下軍団を創造させたのだろう。

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秦銅車馬展覧館
兵馬俑博物館の一角に秦銅車馬展覧館がある。
陵墓には兵馬俑坑の他、銅車馬坑、馬廐坑、珍禽奇獸坑など樣々な府蔵坑もあり、全部で2000余りあるといわれている。

銅車馬坑から2組の銅製馬車がここに移動された。
これらの銅車馬は実際の2分の1のサイズで、
車、馬は青銅質で、多くの金銀に彩られ、全体に彩色の花紋がありとても優美である。

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一号車(上)は先導車になり、長い銅製の傘蓋があり、その下にいる御者は腰に剣を持っている。

二号車(下)は秦の始皇帝の専用車で、セダンタイプで窓、ドアも自由に開閉出来るように作られている。御者が車の前に乗っている。

二台とも四頭立ての馬車で、車体に美しい模様が描かれ、色彩も豊かである。
金銀製の装身具、2200年前の金属加工の精密さ、技術の高さに驚かざるを得ない。
そのころ、日本は弥生時代だった。


ここには、その他、さまざまな種類の貴重な兵馬俑も展示されていた。
お陰で、一号坑、二号坑などで遠目でみていた兵馬俑を真近で細かい細工を見学できて、より深まった。

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イメージ 43「兵馬俑博物館」展示されていた絵だが、この絵のように、ほぼ等身大の兵士を粘土で作り、窯で焼いたのだから、さぞ大変な作業だったことであろう。
造った兵馬俑の数は全部で6千体以上。しかも、一人一人の顔立ちが全て違うというのもまた凄いと思う。

‘'’[コラム]'''
兵馬俑の兵士は、まったく武器を持っていない。
死後の世界でも皇帝であり続け、強大な軍団を誇示しようとした始皇帝ならば、
兵士に協力な武器を持たせたはずなのに…、なぜ?

実は理由はいとも簡単。
公開するに当たって取り上げられたのだ。
安全性の問題もあろうが、むしろ、よりよい保存を図ることが目的だったのだろう。
俑坑の中の陶製の兵士達はそれぞれ青銅製の武器を身につけていた。
兵馬俑坑はその10%を発掘した時点で、秦代の武器は剣、戈(か)、戟(げき)、亜覆辧法弩(ど)、殳(しゅ)、箭鏃(せんぞく)、金鈎(きんこう)等十数種を越え総数4万件に達した。

1989年に来た時に驚いたのは、博物館に展示されていた、兵士の持っていた武器だ。
青銅の製造技術が紀元前200年頃に充分に活用されていたということは驚きだが、
そのことよりも、元化学で飯を食っていた私にとっては、
青銅製の武器がクロムの薄膜で覆われていたことのほうが興味深い。

ご存知の方も多いと思うが、クロムは、ニッケルとともに、現在メッキに多く使用されている。
電気のなかった2200年も前に、ミクロン単位の薄膜を被覆できる高度な技術をもっていたことは、
待ったく驚嘆に値する。、
クロムは耐腐食性があるので、青銅製の武器が2000年以上も腐食に耐えてきたのだろう。
発掘されたばかりの剣で紙が切れたという。

  イメージ 37        イメージ 40
          剣                            鉾・矛(この時代最も一般的な武器)
         
イメージ 38亜覆辧Δ覆ほこ)発見当初短剣と思われていたが長い柄が付いている推測され、阿箸錣った

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戟(げき) 遠心力を利用して相手に振り下ろす鎌型の武器       殳 (しゅ・つえぼこ)


とにかく、大満足の兵馬俑取材だった。
ここでは、大雁塔でお世話になった潘さんに大きなお骨折りをいただいた。
深く感謝したい。
お陰で通常では入れない、発掘現場などの撮影を許していただいた。
お陰でこれだけの写真が撮れたのである。
感謝を申し上げたい。
しばらく文通が続いたお孫さんからの手紙によると、残念ながら、氏は一昨年お亡くなりになった。
改めてご冥福をお祈りしたい。 合掌

イメージ 36兵馬俑博物館を出ると、付近には多くの「ざくろ」が植えられていいる。
ザクロ売りのおばさんと、買ったざくろを食べながら、とつとつと会話を交わした。
「うちは娘しかいないから、ざくろも自分たちの代でおわりだろう」と、ちょっと寂しげだった。
その後西へ向かって旅を続けたが、ざくろはどの国でも見かけた。
それもそのはず、ざくろの原産地は ペルシアなのである。

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兵馬俑坑・・・もう一度行ってみたいところの一つです。

2009/3/2(月) 午前 8:29 she*gb*9*8 返信する

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すばらしい! ほんとにすばらしいです。実際に見ている気分をあじわえました。西安に行けない私としては大満足でした。

2009/3/4(水) 午前 11:47 [ melf ] 返信する

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この記事は、素晴らしいの一言に尽きます! 宮崎には西都原古墳群があり、埴輪は、子どもの頃から、親しみをもっていました。 しかし、この写真を見て、宮崎の平和台公園の中にあるハニワ園の埴輪の人や馬の表情の、どんだけ表現が乏しいか、比較にもならない。 巨大な国力、圧倒的な中国の文明力です。 ミケランジェロがこの兵馬俑を見たら、制作意欲が炎上したか、喪失したかのどっちでしょう。 制作者が無名という所に、この国の計り知れない歴史の深み、奥行きが感じられます。 これは嬉しい! しかも、2000年前の青銅製の武器がクロムの薄膜で覆われていたなんて、あぁ、血圧が上昇して、鯉の滝登りのように、頭に血が上る・・・ これは、科学の視点で歴史を考察した場合、非常に、非常に、興味深いエピソードですね!!(狂喜)

2009/3/13(金) 午前 0:21 [ 天心 ] 返信する

僕が行ったころは…こんなに整備されていなかったよ。
現実に見た兵馬俑坑には本当にびっくりした!もうその一言に尽きるよ!!最近上海に行ってあまりの変貌に目を見張った!!特に女性がきれいになっててびっくりした!!


石榴は日本ではあまり食べないけど美味しかった??友人の息子がインドで市場の石井物は石榴と言ってたのを思い出したよ!!

2009/11/23(月) 午後 4:24 kirigakiri 返信する

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三度行ったの出すが、その都度整備が行き届きすぎるほど整備されてきています。甘いざくろがおおかったですね。
ほんと、ほんと、女性がいくたび垢抜けしてきれいになっていますね。

2009/11/23(月) 午後 4:49 [ moriizumi arao ] 返信する

発掘されたばかりの剣で紙が切れたという。。。
すごいですね!!!
ほんとにすごい 2000年という時を超えても
腐食もせず 残るなんて。。。ほんとに 驚きです!
すごい!
昔の人の知恵??昔の人ってすごいなって
すごいなっていう世界じゃないでしょうけど こんな
私も びっくりします。。。(歴史とかあんまりわからないけど
なぜか moriizumiさんの記事は 時間があると開いている。。)

2009/12/15(火) 午後 10:50 [ リノ ] 返信する

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リノさん
いろいろ読んでくれてありがとう!
2千年以上前にこんな精巧なものを作るなんて、驚きですね。
人間の本質は昔から余り変らないのかもしれませんね。
また、読んでくださいね。

2009/12/16(水) 午後 9:19 [ moriizumi arao ] 返信する

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「万里の長城バーチャルウオーキング」は総延長距離の45%程度まで進んでいます。
地理がよくわからないので強引に「西安付近」と言うことにして「兵馬俑」の写真を挿入しようと考え、この記事の一分の写真を拝借させていただく予定です。
ご了承の程、よろしくお願いいたします。

2009/12/18(金) 午前 11:05 とっちゃん 返信する

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t​o​t​t​y​a​n​n​さん
写真の件どうぞ!
この記事3日がかりで書き上げましたので、みんなに見てもらいたいので、ちょっぴり PRお願い!(笑)

2009/12/18(金) 午前 11:46 [ moriizumi arao ] 返信する

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貴重な記事 いつもながら凄いですね >青銅の製造技術が紀元前200年頃 やはり 秦の始皇帝は ヘブライ人だったのでは?と
勝手に 想像します。

2011/11/19(土) 午前 11:01 [ タケ ] 返信する

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ダカールさん

秦の始皇帝がヘブライ人だとの想像は、なかなかユニークですね。

2011/11/19(土) 午後 3:39 [ moriizumi arao ] 返信する

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