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西安も4日目になった。 今日は自転車で市内の名所めぐりをして、明日はシルクロードの出発点の西門へ行き、いよいよシルクロードへの旅立ちだ――そうなる予定だった。 スケジュールの関係もあるが、私はどうしても、20世紀最大の古代宝物発見といわれた法門寺に未練があった。 そうは言っても、法門寺は西安から約120キロ離れた扶風県の北にあるし、おまけにシルクロードとは直接関係はないので…と、私らしくもなく昨日からうじうじと考えていた。 しかし、今朝はなぜか朝5時前に目覚めた。 窓から大雁塔の夜景――いや我流で言えば、曙景を見た瞬間に心が決まった。 何の根拠もない。ただ偶然に決めただけなのだ。 さっそく出発準備を整えてフロントへ行き、タクシーのチャーターを頼んだ。 6時30分に来てもらうことにした。 通常はそんなに早くは来ないそうだが、なじみのホテルマン韓さんが、これまたなじみの陳運転手に頼んでくれた。 陳さんは昨日兵馬俑まで乗せてくれた運転手だ。 少しは日本語がしゃべれるので便利だ。 街の屋台で何か食べるつもりだったのだ。 中国人は朝食を外で食べる人が多い。10元もあればけっこう食べられる。 ちなみにホテルの昼食は中華バイキング20元、西洋料理が58元だ。 韓さんの話では、最近高速道路が門前まで開通したので、朝早ければ1時間半くらいで行くでしょう、とのことだった。 ホテルのレストランから見た庭 おいしいニュウロウ麺(牛肉麺) 東新街の食堂 油条は揚げパンのようなもので朝食には人気 すいすい市内を抜け、順調に高速道路をとばす。 広々とした畑が広がっている。 車の中は、中国語と日本語の勉強会だ。 私が中国語で話し、陳さんが日本語で話す。 例によって、陳さんが案内人を買って出た。 私は「リャンガ!(2枚!)」と言って、ふたり分の入場券を買った。 法門寺入口 これが1987年の大修理の際、古代の地下宮殿が見つかった法門寺の宝塔である。 「最初、一番大切の宝塔の地下宮に入りましょう。ほかあまり大切ありません…」 とぎこちない日本語で話す陳さんの指示に従って、まず多宝塔へ入ってゆく。 幸い一番乗りなのでまだ他の観光客の姿はない。 何か研ぎ澄まされた感覚をおぼえた。 あまり長い階段ではなかったが、1100年以上の年月重みが足にずしりと響く。 階段を下りきると、奥に祭壇らしきものが見える。 この地下宮殿(地宮)は奥行き約21メートルほどある。 祭壇の両側には獅子の像がすえられている。祭壇を守護しているのだろう。 我々が一番乗りかと思ったら人影が見える。 えんじ色がかった法衣を身に着けたチベット仏教の信者らしい人が、 祭壇に向かって一人、五体投地をしている。感動的なシーンだった。 やはり、由緒正しい寺だけのことはある。 我々もその神聖な祈りを邪魔しないようにして、聖骨に祈りをささげた。 ここで法門寺について簡単に紹介する。 法門寺は後漢の恒帝と霊帝の時代(147−89)に建立され、北魏の時代まで阿育王(アショカ)寺と称された。 古代インドのアショカ王は釈迦牟天が入寂した二百年後、(前272−前226)仏舎利を88400に分骨して世界各地に塔を建て供養したと伝えられ、中国では19基の仏真身舎利塔が建立されて法門寺塔はその中で第五基といわれている。 隋代(583年)に成実道場と改名し、唐の高祖の武徳7年(624年)に法門寺と名付けられた。 最初四層の木造だった法門寺塔は明代に潰れたため、現在の十三層の煉瓦造りの塔に造り直したが、清代に地震で塔が傾き、また1981年8月、豪雨で塔身の側面の半分が崩れてしまった。 1987年4月、塔の修理中に地宮を発見し、地宮後室で一枚の仏の指の舎利が見つかった。 釈迦の本当の指とされるこの舎利(霊骨)は、唐代の八重の宝石箱に納められていた。 この他に霊骨から複製された3枚の影骨が漢白玉石製の小塔や菩薩舎利塔に安置されている。 仏教の世界では、4つともシャカムニの真身舎利として崇められているそうだ。 指の部分の舎利が発見されたのは、法門寺が世界初で、唯一、法門寺にしか存在しない。 余談になるが、この仏舎利は、指にしては大きいので”指状の舎利”とも言われている 寺塔の地下宮は、聖骨の収め場所であると同時に、おびただしい宝器を1100年間沈黙して今に伝えた地下の宝物蔵でもあった。 その秘蔵の逸品の保存と展示のため法門寺博物館が建てられている。 私と陳さんは、地下宮を出てから塔を見上げながら一周した。 それから、前殿と大雄宝殿で参拝を済ませて、博物館(珍宝館)へと向かった。 前殿 大雄宝殿 珍宝館入口 珍宝館には出土した珍宝が陳列されている 長い間歴代の皇帝から崇められたこの寺院は、北魏や唐の時代、仏舎利を開帳する度に宮廷から多くの宝物が寄進されたという。 1100年をへてこの世によみがえった品々は、唐朝文化の優雅さや唐代社会の繁栄がしのばれる第一級の工芸品で、幻の焼き物「秘色青磁(ひそくせいじ)」、我が国の遣唐使も請来したと考えられる喫茶道具、金銀の舎利容器など、法門寺出土の秘宝121点が展示が陳列されていた。 ここは西安周辺の見所の一つとなっているだけのことはあった。やはり来たかいがあった。 銀鍍金透かし彫り飛鴻提梁籠 簸玻璃貼花盤口瓶 よかったらポチを!
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地下宮殿で五体投地ですか。神聖な場所なのですね。
2009/3/10(火) 午後 8:41 [ mog*m*13 ]
チベットでは、3年間以上かけてヒマラヤ越えでインドまで行く家族の五体倒地に出会いました。その時は感動で胸がいっぱいでした。
2009/3/10(火) 午後 11:35 [ moriizumi arao ]
スケベ心に誘われての文句でやってきましたが、
どこがスケベ???。
一応投票だけはしましたよ。
2009/3/11(水) 午後 2:44
↑私も上の方と同じく、井坂十蔵!(爆)
2009/3/11(水) 午後 8:44 [ 鳳山 ]
迷えるオッサン、鳳算さん さっそくの訪問ありがとうございました。次に記事、再工事のため一旦非公開にしました。
次の記事「傾国の美女」見てくださいね。
2009/3/11(水) 午後 9:22 [ moriizumi arao ]
この様に素晴らしい仏教文化が文化大革命にも無事であった事がとても嬉しいです。
2010/5/2(日) 午後 10:13
忠さん
地下にあって当時まだ発見されなかったのが幸いでしたね。
それにしても文革は蛮行でしたね。
2010/5/3(月) 午前 5:08 [ moriizumi arao ]
銀鍍金透かし彫り飛鴻提梁籠 いいですねえ。
ほしいなあ。
2010/8/22(日) 午後 9:14 [ OKUTMRM ]
OKUTMRM さん
輪も自分のものにしたかったな〜
昔から芸術センスはすごかったのですよね。
2010/8/22(日) 午後 9:20 [ moriizumi arao ]
OKUTMRM さん
そちらにコメントできなくて残念ですね〜。
2010/8/22(日) 午後 9:22 [ moriizumi arao ]