杜泉新生シルクロード2万キロをゆく10
2009年4月17日(土)
「杜泉新生シルクロード2万キロをゆく」8〜10について、写真の後に紀行文を加えましたので、戻ってお読みいただければ幸いです。
蘭州から劉家峡ダムへ(中国4)
蘭州〜劉家峡ダム
[
蘭州近郊の町 求人を待って道端や歩道に座り込む人びと。上海や広州などの民間による工業発展のため、蘭州では国営企業が倒産して失業者が増大した。そのため、日雇い仕事の求人をを待って、多くの人が道端や歩道に座り込んでいた。中には「休職意中」と書いたボール紙を掲げている人もいる。
道路わきの山際の法面工事:どこの工事現場でも工事機械はほとんど使わず、手作業で行われていた。働き口を与える国家政策?
道路工事のため迂回した道は、なんと昔のシルクロードだった。何が幸いするのかわからない。だが、道が悪く、道路わきは断崖絶壁なのでいささか恐怖感も感じた。
工事が完了したよい道路に戻る。
車を止めて休んでいると、向こうからおじさんに導かれて2頭のロバがのんびりと歩いてくる。草を食べさせるのだそうだ。
山奥の日干し煉瓦の農家にパラボラアンテナが! 失礼ながら…、この辺にはテレビはないと思っていた。無知を恥じる。
劉家峡ダム
チベット高原に源を発し,松藩の大湿地帯を抜け,青海省から急流となって駆け下ってきた黄河は、流れがゆるやかになったこの地点で劉家狭でダムに出会う。劉家狭の標高は約2000m,発電と農業用水供給のための多目的ダムである。
劉家峡ダムは、胡錦涛国家主席が大学卒業後に最初に赴任した場所である。
狭い岸壁がそのまま流量調節の水路の役割を果たしている。
高速艇で炳霊寺へ向かう。所要時間訳50分。
黄河は青かった。 黄河の上流はきれい透き通った水色なのです。ところが、これより下流の黄土地帯で、茶色に濁った支流が流れ込むので、黄河らしい色になるとのことでした。これは初耳だった。
祁連山脈の山並の濃いベージュが薄いブルーの水面に映り、まるで溶け込んでいるようでだ。何ともいえない雰囲気を醸し出している。
優雅な中国風の遊覧船がゆったりと進んでゆく。
上流に遡ってゆくと、両岸は切り立った岩が姿を現す。
炳霊寺の周りは気奇峰や奇岩で独特の雰囲気を持つ。
絶景を楽しみながら、炳霊寺に到着。
8時35分 ホテルを出発し、チャーターしたジープで今日の見学地の炳霊寺へ向かう。
東西に幅広い大通りが走り、街路樹も法国梧桐(フアクオウートン/プラタナス、白楊・青楊(ポプラ)や柳と緑も多い。並木が美しかった。海抜1500mと高地なので9月初旬というのに、さほど暑くない。日中の強い日差しを避ければ汗もかかない。
蘭州を紹介します。
――蘭州の人口は300万人で、町の中央を黄河が流れ、北に白塔山、南に五泉山がそびえている。1976年から1979年かけて(陝西・甘粛・寧夏)陝甘寧盆地において長慶油田の開発が本格化し、年産100万トン規模の石油基地が形成された。そして、ソ連の技術や主要設備を導入して蘭州錬油廠や蘭州石油加工機械廠、蘭州化学工業公司などが建設された。
国営企業の比率が高く、対外開放は遅れたが、92年に蘭洲が内陸開放都市に指定された。こうして蘭州は玉門油田の石油の利用した石油工業基地となった。
だが、近年公害が問題となり、また国営企業倒産による失業者増大で治安が悪化し、強盗殺人や麻薬事件が頻繁に起きている。蘭州周辺は農業、牧畜が盛んである。白蘭瓜の産地として有名で、“瓜果城”として知られる。その他、漢方薬材、毛皮などを産する。非鉄金属を中心に鉱物資源が豊富である。年間降水量は約300mmで、緑化政策で降雨量がわずかながら増えてきている。
昔は金城といわれていたが、明代になり蘭州と呼ばれるようになった。蘭州からウルムチまでは列車で24時間かかるとのことだ
ガイドに周辺状況の教育や生活について質問すると、次のように答えてくれた。
――小学校、中学校は義務教育だが、学費が小学校で30元、中学校では100元かかるので、農村には大きな負担であり、学校へ行けない子どもが多い。学校では、授業中は50%ほどしか教えずに、放課後お金を取って教えるなど、先生のモラルも低下している。
定年は、男60歳、女55歳だが、国営企業の経営状態が悪くなると、男50歳、女45歳でリストラされる。したがって、一般的な親の生活は厳しい。生活苦のため親は子どもの面倒をみれないため、子どもは祖父母に甘やかされて育つ。現在、一人っ子政策が開始されてからの子どもたちが20歳を越える。また、子どもたちは暇つぶしにインターネットカフェでインターネットに興じたり、万引きをするなど、子どもの非行化が社会問題になっている。また、親もそれぞれバラバラの生活を送っており、麻雀、トランプ、酒場などで遊興にふけって離婚を招く例も少なくない。
蘭州市内をバスで走っている時に、歩道にしゃがんで何かを待っているような様子をしている人がいる。ガイドに訊くと、仕事の声がかかるのを待っているのだそうだ。おそらくリストラされた人たちなのだろう。劉家峡ダムへ向かう道すがらで、道路の法面の工事をしていたが、どの現場でも工事機械は一切使わず、すべてスコップなどでの手作業だった。おそらく働き口をあたえるための国家政策なのだろう。
道路沿いには、時々日干し煉瓦の家が建っている。周囲は同じ日干し煉瓦で作った塀で囲まれている。おそらく黄砂交じりの強風を防ぐためのものだろう。また、家の近くには砂嵐を避けるための横穴も見かける。こうした家には、直径1mほどのパラボラアンテナが立っている。
道路まで迫っている両側の山は、緑化政策が功を奏してか、緑が増えてきている。この周辺は、放牧禁止になっている。その代わり政府が土地を与えて、段々畑にして、そこへ草や木を植えさせている。水は黄河から山上へ汲み上げ、そこから給水している。植樹した苗木の周囲には水が流れ落ちないように10センチくらいの高さの土手が設けられている。涙ぐましい努力がにじみでている。
現地ガイドの話――政府が山奥の人びとのために平地に住宅を建設したので、そこへ住むようになった。しかし、この地域には仕事がないので、若い人たちは蘭州へ出稼ぎに行っている。そこにも仕事がないときには、遠く上海や北京まで働きに出る。5月1日と10月1日からは、それぞれ1週間の休日があるので、この期間は帰省客で混雑するとのことである。教育費は月額、小学生が月に30元、中学生が着きに100元かかる。これが、親にとっては子どもの大きな負担になっている。そのため、女の子の教育はおろそかにされてしまいがちである。
我々が車を停めて休憩しているところへ、二頭のロバを連れた老人がゆっくりと歩いてきて、狭い平地部分で草を食べさせている。
ジープは、蘭州から約100kmの劉家峡ダムへ10時05分に到着した。
劉家峡ダム
ダムの堰堤の高さ142mで、堰堤の下に発電所がある。1972年から稼動している。胡錦涛国家主席が大学卒業後に初任勤務した場所である。面積は約130㎢であり、琵琶湖の約5分の1くらいである。炳霊寺まで高速艇で54kmの船旅だ。
劉家峡ダムは、黄河をせき止めたので水はにごっているのかと思ったが、青く透き通っている。不思議に思ってさっそく質問をすると、「黄河本流の上流はもともと青い色をしているのです。ダム湖には、洮河、黄河、大夏河の3つの川が注ぎ込みます。出発してすぐに黄色い水の洮河と、青い黄河が合流しますから見ていてください。」と言う。「しかし、なぜここは青いのですか?」と訊くと、「ダム付近の黄河は、泥が沈殿するため青い色をしているのです」という。これで納得した。
ダムは一九六八年に黄河を堰き止めて造られた。しかし、近年黄河への土砂の流入が激しく、すでに三分の一は土砂で埋まってしまっているという。流域の砂漠化が原因である。いま懸命にダムの周辺の山々へ植樹が進められているとのことだ。砂漠化の波が激しく中国を襲っている。そして、それに応戦するように全国で緑化運動が展開されている。 最近の標語は「畑を林に戻せ」である。
私が1992年黄土高原を列車で通ったとき「人口が多い。されど国土は狭い。耕作に励むべし」というスローガンが書かれた大きな横看板を目にしたことがあった。今回の旅でも、陝西省や甘粛省の黄土高原で「耕して天に至る」という風景によく出会った。親から子へ子から孫へ、何百年もかけて耕してきた。そして、山頂近くまで見事な段々畑を築きあげてきた。ところが、「それが砂漠化の原因なのだ」と言われ始めた。「耕地を林に戻さなければならない」と…。勿論たやすいことではない。畑に耕せば穀物が穫れる。林に戻したら…? 難問を抱えながらも事態は後に引けないところまできている。
以前、私も内蒙古での植樹活動への参加を考えたことがあったので、日本からのボランティアのグループがここでも植樹活動をしていると聞いたことがあった。だが、なにせ見渡す限りの禿げ山である。〈緑になるのには何十年かかるのか、何百年かかるのか。気の遠くなるような挑戦になるだろう……〉そんな思いで周辺の山々を眺めた。出発してまもなく合流点の水は黄色になった。だがそれより上流は黄河の濁流はなくなり、水は青緑に澄んでいる。水質は汚染されておらず、四季を通じて1年中凍ることがないとのこと。
高速艇が走り出して10分足らずで、洮河(とうが)とのごうりゅうてんにさしかかった。洮河から像流入する水は、黄濁が黄河よりさらに強い。千トン中に3トンの割合で土砂が含まれており、発電所ではダムの寿命を保つため、とりわけ土砂の多い洮河の水をわきにながしているそうだ。
くらいすると、カヌーやボートの練習光景が目に飛び込んできた。北京オリンピックの強化練習とのこと。相当数の人数だ。この中から北京オリンピックの選手が出るのだろう。(過去の話ですみません)
上流に上るに従い、景色はいろいろに変化する。両岸に広がる特色ある黄土丘陵風景や独特な造形の石林景色が目を楽しませてくれた。峡谷に入ると両岸には断崖絶壁がそびえ、まさにグランドキャ二オンといった感がする。所々にある緑の平地には、ダム湖の周辺に生息する野生のヤギが草を食んでいるのが見える。
|
中国の現実と、古代中国の繁栄ぶりや昔ながらの自然の美しさ、それぞれを実感出来ますね。
2009/4/18(土) 午前 1:55 [ nano ]
私も去年内蒙古での植樹活動しましたが、広大な土地にビックリしました。
中国の奥地はいいですね。
2009/4/18(土) 午前 10:40
私がシルクロードへ行ったのは、ちょうどイラク戦争が終結して、すこし落ち着いたときでした。それがなければ植林へ行っていたでしょう。
その足で中国のシルクロードだけ回るつもりだったんです。運よくその年だけ、8かこくぜんぶOKdesita.
2009/4/18(土) 午前 11:46 [ moriizumi arao ]
中々秘境な感じが伝わってきます。
中国も奥地に行けば行くほど、面白いですね!
2009/4/18(土) 午後 4:29 [ shinya ]
そうですよ。だんだん砂漠的になってきて、イメージどおりのシルクロードに近づいてきます。
2009/4/19(日) 午後 6:40 [ moriizumi arao ]
黄河をいろんな場所で見ましたが、青い色の黄河は初めてです。空の色とのコントラストが鮮やかですね。傑作!
2009/5/3(日) 午後 10:18 [ mog*m*13 ]
傑作ありがとうございます。私も黄河があんなに水色だとは思いませんでした。ほんとうにきれいでした。機会があればもう一度行きたいです。
2009/5/7(木) 午前 0:00 [ moriizumi arao ]
どうもありがとうございます。
3月中旬なので、人造湖の水の量が満杯で、本当に広く、海のようでした。
岸が全然見えない状況。
空はぼんやりとした花曇のようでしたが、陸地は乾燥地帯で植物はない風景でした。
2012/3/11(日) 午前 6:58 [ イエスちゃん ]
sat*atu**200*さん
コメントありがとうございました。
本当に広くて私も海のように感じました。
それと黄河流域なのに水が澄んでいたのも驚きでしたね。
2012/3/11(日) 午前 11:36 [ moriizumi arao ]