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2009年5月16日(土) [コメント] このブログは旅の流れの行程に沿って連続しておりますので、初めて訪問される方は前の記事もあわせてご覧いただければ、より楽ん出いただけると思います。 また、「シルクロードへを詩う」をご覧いただくと、これからの旅の一端をご覧いただけると思います。 写真追加しました 黄河クルージング・白塔山公園・五泉山公園黄河クルージングすると、なつかしや乗船客は日本のツアー客だった。この船は団体専用らしい。 添乗員に「同乗させてほしい」と頼んだら。即座にOK。 おまけに「貸切なのでそのままどうぞ」――となった。ラッキー! 河沿いにたくさんのモスクが見える。市内には全部で100以上のモスクがあるという――こちらにも一箇所くらいは行って見たい。蘭州市内には回教徒が30万人ほどいて人口の10%以上を占めている。現在建設中の橋の手前で折り返して船着場に戻った。復路は川の流れと同じ方向なので、往路は25分かかったのに対して、8分で着いてしまった。 白塔山公園次は、先ほど遊覧船からながめた白塔山公園へ向かった。近づいてみると予想した以上に険しそうだ。対岸から頂上までゴンドラが設置してあるのもうなずける。起伏の激しい山の傾斜に沿って、曲がりくねった階段や歩道があり、山肌には羅漢殿(らかんでん)、三宮殿、雲月寺、そして白塔寺など多くの楼閣(ろうかく)や回廊、寺院、茶室が点在している。 この白塔はチンギスハンに謁見するため蒙古に赴く途中、蘭州で病没したチベットのサガ派のラマ僧を供養するために建てられた。名前は「白塔』だが、長年風雨に晒されたためか茶色になっている。 [歴史コラム 蘭州 ] 漢代には金城(きんじょう)郡に属し、河西回廊(かせいかいろう)地帯への門戸として交通や交易、軍事上の要衝(ようしょう)で、黄河上流の渡河(とか)地点でもあった。遊牧騎馬民族の匈奴(きょうど)が侵入して略奪を繰り返したが、前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)(在位、前141〜前87年)時代、将軍の霍去病(かくきょへい)らが討伐した。霍去病が都の長安に凱旋する途中、蘭州に立ち寄り、その折、部下の李息に命じて、黄河の岸に城を築かせ「金城」と名づけた。その後隋の時代、州が置かれ皋蘭山の蘭を取って「蘭州」と改称された。吐蕃(とばん)や西夏(せいか)にも一時期支配されたこともある。 像を見ながら、2200年前を想像しながら伝説を思い起こした。 ――漢代の常勝将軍霍去病が匈奴遠征の途上、飲み水に大変困った。屈強な軍もさすがに疲弊し、一歩も先に勧めない。そこで彼は馬で山上へ駆け上がり、鞭を山腹に5回打ち振るった(剣を突き刺した言う話もある)。するとたちまち水がコンコンと湧き出し、5つの泉が生じた。 現在も、その名のとおり甘露泉、掬月泉、模子泉、恵泉、蒙泉という5つの泉がある。 この話は司馬遷の『史記』や『漢書などには記されてなく、あくまでも伝説に過ぎない。しかし、明代になると、民族信仰と結びついて、ここに寺が建てられた。霍将軍の「去病」という名は、病を取り去る意味があり、これが信仰の対象になったようだ。 現在は公園として広く開放され、日曜の今日はカメラを手にした家族連れや、若いカップルなどで埋め尽くされている。中国では、どこの観光地でも訪れるたびに観光客の数が急増している。経済発展を見れば、当然のこととうなずける。 大雄宝殿の横には中山記念堂があった。中山とは孫文のことで、中国では孫文と言わず中山と呼んでいる。毛沢東は尊敬する人もいれば嫌う人もいるが、孫文は誰からも愛されていて、各地の都市の大通りの名前にもしばしば付けられている。 中山記念堂と中山像 いくつかのお堂の前を通り境内の最上部に行くと甘露泉、掬月泉、摸子泉などの泉があった。甘露泉は最上部にあり甘い水が出ることから名付けられたが、今は水が枯れている。 掬月泉は十五夜のとき水面に月が写ることから名付けられた。 |
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霍去病の伝説は四国の弘法大師の井戸とか水ににていますね。
2009/5/16(土) 午後 6:10 [ melf ]
どこも高い所にありますね。
階段を登るの大変ですね。
雄大な景色です。
2009/5/17(日) 午前 0:45
たくさんの写真を眺めていて、わたしが蘭州を旅したことを二重写しにしていました。黄河下りも、楽しかったですね。
ちょうど黄砂のころで、五泉山からの眺めはどんよりと靄っていました。
2009/5/17(日) 午前 6:42
白塔山公園の塔の下の部分が中国で普通に見ることのできる塔とは異なっていますね。チベット風といえるのかもしれませんね。
2009/5/17(日) 午前 7:48 [ mog*m*13 ]
とても内容が濃いですね。ゆっくり読ませていただきます。大傑作!
2009/5/17(日) 午前 7:50 [ mog*m*13 ]
おほめありがとうございます。 待ってますよ。
2009/5/17(日) 午前 10:21 [ moriizumi arao ]
'''mog*m*1338'''さん やはりチベットの高僧を供養するための塔なのでチベット風が色濃く出ているようです。蘭州はチベットの玄関口のような場所なのでチベットの雰囲気が残っていました。今は、イスラム的雰囲気もけっこう感じました。
2009/5/17(日) 午前 10:56 [ moriizumi arao ]
Kさん ロープウエーで行くとあっという間ですが、雰囲気を味わいながら足で登りました。シャッターチャンスもありますしね。それに旅で運動不足にアンらないように…。上についたときの感動は山登りと同じですね。
2009/5/17(日) 午前 11:00 [ moriizumi arao ]
ふじはじめさん あなたも蘭州へ行ったのですか… なんか仲間意識を感じます。蘭州は足掛け4日いました。転記は晴れても空は排気ガスで曇っていました。
2009/5/17(日) 午前 11:04 [ moriizumi arao ]
melfさん 四国遍路では弘法大師縁の水とやらをたくさんいただきました。やっぱり水不足になりがちな土地では水にまつわる伝説が多いですね。
2009/5/17(日) 午前 11:06 [ moriizumi arao ]
こんにちは。
さすがですん、このような場所にはとてもツアーではいけません^^;
個人旅行の醍醐味ですね(^0^)/
黄河の水の色は黄土高原の近く、さすが見事に泥の川ですね>。<
2009/5/17(日) 午後 3:51
わくわくさん 蘭州では黄河よりも薄い赤褐色河と言った感じでした。中流や下流(西安より東や北)ではこれよりは少し薄くなるみたいでした。
2009/5/17(日) 午後 6:00 [ moriizumi arao ]
ゆーさん ありがとうございます。完了です。
2009/12/16(水) 午後 4:49 [ moriizumi arao ]