2009年5月21日(木)
祈りの顔
金曜日はお祈りの日だ。モスク前の通りは礼拝の人であふれる。
礼拝のためモスクへ向かう回教徒(イスラム教徒)たち 礼拝の時には白い帽子を被る。祈りへの思いが違うのだろう…表情はさまざまだ。
私がアホンに話を聞き終えて、西関清真大寺の庭で写真を撮っていると、礼拝を終えた人びとが大勢出てきた。
信者の人びとの表情はさまざまだった。
敬虔な礼拝の余韻いまだ覚めやらずといった神妙な面持ちの人、物思いにふけっている様子の人、無表情の人、そうかといえば、やれやれ終わったかといった開放感を漂わせている人、にこやかに談笑を交わしながら歩いてくる人…いろいろだった。
“敬虔な余韻いまだ覚めやらず”といった神妙な雰囲気でモスクを後にする人
黙々と歩を進める人々。カメラに気づいてちらりとこちらに視線を送る。
礼拝後開放された気分でおしゃべりに花を咲かせるおじさんたち
モスクのすぐ近くの民家前で長談義が始まった。回族の人たちは仲間意識が強い。
ひとつ気づいたことがあった。写真を見て、皆さんも気づきませんか?
そうです。女性の姿がないことです。
基本的には、礼拝は男女別々の場所で行います。
男性は《清真寺》、女性信者は、女性信者専用の《清真女寺》へ礼拝に行きます。
女性信者専用の《清真女寺》は《清真寺》の敷地内にあったり、少し離れたところにあったりします。 《清真女寺》がない地域では、《清真寺》の礼拝所内をカーテンなどで仕切って使っています。
そこらの事情をおしゃべりしていたおじさんたちに訊こうと思ったが、あいにく彼らは中国語が話せなかった。たぶん回族語(イスラム族の言語)を話しているのだろう。
若い人は学校で普通語(標準中国語)を学んでいるので話せるが、高齢の人は話しない人が多い。
そのため残念ながら、《清真女寺》はさがせなかった。
さあ、これからか遺族外を回る。
回族街はさして広くない。
自転車をモスクの前に置いて、歩いて回ろう。
モスクの前なら、警察の取り締まりに合うこともなさそうだし、盗難の心配もないだろう。
モスク前から盗んでいったら、アラーの神のきつい怒りに触れるからね…
回族街をゆく
イスラム教徒が多く住む回族街は活気がある。
ゆったりとした動きの中から人びとの生きるエネルギーのようなものが伝わってくる。
イスラム諸国ではいつもそういう空気を感じる。
西関清真大寺付近の道路の両側には露天のような店がいっぱい並んでいる。食べ物を売る店や小さな食堂が多い。
そして、狭い路地に入ると、自宅の前部分を店にした住宅が立ち並ぶ。モスク付近の情景は、西安の清真大寺の化覚巷とそっくりだ。
中山橋を北側に渡った白塔山の上り口周辺には、回族の人たちが多く住んでいる。
黄河の河畔の広場にはいすとテーブルが設けられていて、さしずめ、カフェテラスでもあり屋外レストランといったところだ。金曜日なので、礼拝帰りの大勢の人たちが飲食しながら談笑している。
回族の商人たちは、羊毛、毛皮、アヘン、雑貨などを各地から集積し、市場で販売しているとのことだ。毛皮市場では、羊の毛皮を盛んに競りにかけていた。
|
お祈りの顔は、その人の心が顔に表れていますね。心を捉えた写真にポチです。
2009/5/22(金) 午後 8:16 [ melf ]
melfさん ポチありがとうございます。写真はむしろ雄弁にその人の心理を語るように思います。
2009/5/23(土) 午前 7:23 [ moriizumi arao ]
いや〜〜 いいですね、ところで 水パイプ=水タバコ=シーハ のお店は なかったですか?
2009/5/23(土) 午前 10:07 [ 建築や ]
私の旅したシルクロードの範囲では、イランとテヘランでは多く見かけましたが、中国や中央アジアでは見掛けなかったように思います。また行く機会があったらしっかりと観察してみます。
2009/5/23(土) 午後 6:38 [ moriizumi arao ]
ゆーさん ありがとうございます。
2009/12/16(水) 午後 4:28 [ moriizumi arao ]