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2009年5月29日(土) [コメント] このブログは旅の流れ沿って連続しておりますので、初めて訪問される方は前の記事もあわせてご覧いただければ、より楽ん出いただけると思います。 また、「シルクロードを詩う」をご覧いただくと、これからの旅(中国篇)の雰囲気をご覧いただけると思います。(題目をクリック) 蘭州近郊は野菜の生産地だ。一抱えもある大きなキャベツ、真っ赤な実をたわわにつけたトマト、40センチもある長ナスと、鮮やかな色彩のコントラストだ。りんごやなしの果樹園に混じり赤茶色の実をいっぱいつけたなつめの大木もある。 1時間ほど走った黄河のほとりに巨大な灌漑用水車がゆっくりと回っていた。この水車賀が農地を潤している。 すべて木作りで、直径18メートルという大掛かりなものだ、円周には68個の木通が取り付けられている。水車が川の水流により回ると,水中では樋に水が入り,最高地点で水が流れ出るようになっている。流れ落ちた水は木製の水路に導かれ,灌漑などのために利用された。川の水流を利用した優れものの自動揚水機である。水路の高さを得るため水車はこのように巨大になった。 あの孔子や孟子が活躍した春秋戦国時代(紀元前770〜221)だろうという人もあれば、もっと後世の五胡十六国時代とする人もいる。ただわかっているのは、当時蘭州地方を支配していた、少数民族出身の左宗道という人が使いだし、これを黄河流域のみならず、揚子江流域の湖南省一帯にまで広めたそうだ。 黄河の水は中流域で広大な農地を灌漑するために使用され,その下流域では水が無くなる「断流」という現象が日常化している。ひどいときは年の半分以上も水は流れず,深刻な農業被害が出ている。 黄河周辺の灌漑農地で大量に使用される農業用水のかなりの部分は地下水に頼っており,地下水位の低下も中国農業のアキレス腱になっている。中国では,経済発展とともに、肉食文化が急速に普及ししたが、もちろん穀物需要も急増している。食糧自給を達成するために、地下水という水の貯金を食いつぶしているのである。 また,工場用地や道路用地のため農地が減少しており,中国が食糧の大輸入国に転じるのではと危惧されている。そのような事態が起こった場合,世界の穀物貿易は大混乱に陥ることは必至である。 左公車のそばの畑で農作業をしていたおじさんと話をしたら、「蘭州市内に左公車公園というものがあるので行ってみなさい」というので帰りついでに立ち寄ってみた。 ここの水車は、羽根のみで水をくみ上げるための木桶は付いていない。動力用の水車であった。いかにも機械的で、風情を楽しむという点ではいまひとつだったが、仕組みがよく理解できた。 また水車小屋では、動力を利用した脱穀や製粉がなわれていた。 水車用の水路 |
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初めまして、ご訪問を頂き有難うございます。
中国では水車を左公車と云いますので、
水車は規模が違いますね。
中国の水車は立派ですね。^^
傑作をぽちんします。
2009/5/30(土) 午前 11:38
中国の水車は大きいですね。私の郷里にも子どものころ水車がありましたが、せいぜい2mくらいでした。水車と旗仕事に郷愁を感じました。 ポチ!
2009/5/30(土) 午後 3:35 [ melf ]
九州の筑後川のほとり、朝倉にも3連や2連水車が、あります。
直径 4.76m 4.3m 3,98m
やはり、周りに柄杓みたいなものが、
24個、22個、20個 2列に付いています。
中国と同じ位の約350年前に、作られて、
田植えの頃から、稲刈りまで、今でも活躍しています。
こちらは、大きくて原型のような感じですね。
九州のは、工夫を重ねて今の形になったらしいです
2009/6/1(月) 午後 0:44
hei*o*0275 さん 中国の左公車は何せ黄河が相手なので、大きくて頑丈でした。しかし年々雨量が少なくなって水の確保が大変のようでした。ポチありがとうございました。
2009/6/1(月) 午後 2:45 [ moriizumi arao ]
melfさん 子どもの頃私のふるさとにも水車がありましたが、今はまったく見られなくなりました。
2009/6/1(月) 午後 2:49 [ moriizumi arao ]
ソソノンさん 九州旅行したときに観た記憶がありました。日本のものは小さいですが精巧でデザインもいいように思います。「左公車」さん、ごめん!
2009/6/1(月) 午後 2:53 [ moriizumi arao ]