東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

全体表示

[ リスト ]

「題目の右上の 『すべて表示』 をクリックしていただくと、全部のの記事」をご覧になれます。「コメン」トや「傑作」ポチの時もどうぞ!

敦煌の二つの大仏さま

唐代は大仏が多く造営された時期であり、莫高窟にも2体の大仏がつくられた。

96窟 北大仏

 
イメージ 6
 敦煌莫高窟を象徴する朱色の楼閣「九層楼」。「敦煌」が語られる際、この伽藍の写真が使われる。楼閣は岩山に沿って造営されている。この96窟の素晴らしさは、外から見える9層楼閣ではなく、中のご本尊「弥勒菩薩」にある。
 
イメージ 7
北の大仏「弥勒菩薩像」  弥勒(みろく)菩薩で、眼(まなこ)を半眼に閉じた菩薩には近よりがたい威厳がある。
このご本尊の造営は初唐の695年である。この弥勒菩薩像は、岩山そのものをくり抜いて台座の輪郭を造り、きめ細かく掘って泥を重ね塗りながら作られた塑像である。

 北大仏が造営された初唐は、悪名高い?女帝 「則天武后」の時代であった。この大仏は則天武后の命によるものであり、彼女をモデルにしたといわれている。
 ガイドの楊さんによると、
 ――発願人の則天武后は、唐王朝の権力を握ろうとしたが、それは横取りに等しく、自ら人気のないことを知っていた。しかも女性であるから、権力を奪うはいっそう反対が多い。そこで、仏教の力を借りるべく、自分は「弥勒の生まれ変わり」と称して大仏を建立したというのである。さらには、彼女に取り入ろうとした陪臣がこぞって弥勒仏を作ったので大仏ブームが巻き起こった、というのである。。

 
 大仏を観察するとこのことが充分にうかがえる。体型や身に着けている衣装からして女性に作られている。130窟の南大仏や普通の大仏の顔は男性的なのに対して、この大仏は女性的である。

イメージ 9
イメージ 8
「北大仏」 体型、顔、胸元の着こなし、衣の装飾などからこの弥勒菩薩像は則天武后をモデルとした女性像であることが見て取れます。


 北大仏殿は、七層の楼閣 で覆われている。その一番上に登らなければ、大仏のお顔を正面から見ることが出来ない。楼閣の階段を息を切らしながら上り詰めて見た北大仏のお顔は、ほぼ方形で、鼻は大きく広がり、唐の同じ時期の諸像に比べて、あまり美人とはいえない(近すぎて顔全体がカメラに収まらなかった)。やはり、彫工たちにも人気がなかったのだろうか。まあそんなこともないだろうが、それより35メートル以上の巨像を下から見れば、威圧感は充分である。この威圧感こそが、民衆教化、馴化という造営目的からすれば、必要充分条件だったのに違いない。

  
?H3>130窟 南大仏

                 第130窟 弥勒菩薩坐像(南大仏) 盛唐(8世紀)
イメージ 1
  96窟の大仏につぐ巨像で、像高は26m。窟内には階段があり顔の高さまで上れる。彫った後粘土を塗りつけて色彩を施した。

イメージ 2
 

イメージ 3
  窟内には階段があり顔の高さまで上れる。 お顔と対面したとたん、大きなものに包み込まれるような感覚をおぼえ、安心した気持になった。この仏像は、万物を包容する気概と、雄大膨大な気勢を持っていて、威厳があり、しめやかでもある――そう思いました。。


イメージ 5
       第328窟 南大仏はこの弥勒菩薩をモデルにして作られたともいわれている。

イメージ 4
              どこの窟かははっきりしないが、この弥勒菩薩も心に残った。



 私は50余りの西夏を見学したが、その中で一番印象に残ったのは130窟であった。断崖に三層にわたって造られた大きな洞窟で、その中に26メートルの堂々たる椅座の弥勒大仏が収められている。敦煌の彫刻はどれも塑像であるが、この大仏だけが岩を削って造った唯一の石造で、その森厳な表情といい、その静まり返った大きな体躯といい、まさに盛唐のゆたかさを代表する傑作であった。
 道から3,4段の階段によって薄暗い窟の中に大きな、清らかなものがあり、いよいよこれからその前に小さな自分を曝してゆく、そんな思いであった。像の面を仰ぐためには首を直角に折り曲げなければならない。すると、森厳という以外に形容の仕様のない大きなものが上に置かれてあって、それを仰ぐ自分が次第次第に小さくなっていく――そんな感覚にとらわれていた。



莫高窟は現在、写真撮影禁止です。この記事の写真は、1989年に特別に撮影させていただいたものです。また、敦煌研究所より貴重な写真の提供も受けました。 これも一部加えさせていただきました。感謝申し上げます。




初めての方へ [絶対お勧めの記事]
 絶景を超えた美 張掖・丹霞地形(題目をクリック)

「シルクロードを詩う」もお勧めです。これからのシルクロードの旅(中国篇)のおおよそをご覧いただけます。(題目をクリック)

画面左の書庫の各題目をクリックすると、見たい内容の記事を表示できます。

よかったら「傑作」をクリックしていただくとうれしいです。

閉じる コメント(14)

自分もこの中で印象的なのは第130窟ですね。
それにしても歴史の重みを感じさせられます。

2009/11/29(日) 午前 0:09 [ nano ]

顔アイコン

わざわざお越しいただきコメント頂き心より感謝申し上げます。
俺いら只満州で生まれただけですが・・・大陸で生まれたの白髪3千丈の誇大妄想主義です。大陸旅実践者ばんざ〜い!ちょん丸

2009/11/29(日) 午前 2:14 [ - ]

顔アイコン

nanoさん 感動は出会いのタイミングがあるのかもしれませんが…、それにしても130窟は神秘的な感動を覚えましたね。

2009/11/29(日) 午前 11:56 [ moriizumi arao ]

アバター

九層楼は岩山に半分埋まっている、ということでしょうか?その大きさに圧倒されてしまいますね。
大仏様も大きいですね。素晴らしいです。ポチ☆

2009/11/29(日) 午前 11:59 hsnm下町おやじ

顔アイコン

ちょん丸さん あなたには何か強いポリシーを感じます。

2009/11/29(日) 午前 11:59 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

下町おやじさん 仏像自体が岩山に彫刻してあり、九層楼は岩山を掘って(くり抜いて)大仏を覆う形で造られています。

2009/11/29(日) 午後 0:17 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

写真撮影は禁止とのことで、カメラは取り上げられましたが、以前はOKだったのでしょうか。

2009/11/29(日) 午後 8:55 安里のご隠居

中のご本尊、巨大で色や線の流れが美しいですね。

2009/11/29(日) 午後 11:00 K

顔アイコン

ご隠居さん この記事の写真は、1989年に特別に撮影させていただいたものです。

2009/11/30(月) 午前 5:28 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

Kさん 線の流れと言う表現はさすがですね。

2009/11/30(月) 午前 5:30 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

九層楼なつかしい。
北大仏は、「則天武后」だったのですか!
なにか女性ぽいとは思っていましたが まさか大仏が女性・・・美人には難しいでしょうね。

2009/11/30(月) 午前 9:42 [ EGACITE ]

顔アイコン

EGACITEさん 則天武后も若いときには結構な美人だったらしいですよ。

2009/11/30(月) 午前 10:36 [ moriizumi arao ]

顔アイコン

見る絵、写真のすべてが初めて見る絵と写真ばかりで、興奮さえ感じます。
また、普通の千手観音はお手が千本無いように思います。ですが、「莫高窟唯一の千手観音。円形にびっしりと描かれた958本の手を含め、ちょうど千手ある」とは誠の信仰を感じます。大大大ポチです。
26メートルの堂々たる椅座の弥勒大仏とは驚きです。日本で見る弥勒さんは、大きくても、せいぜい一メーター位で、しかも大仏!!!。大驚きです。

2009/12/2(水) 午前 8:23 kur*kur*bo*bo*2000

顔アイコン

くりぼんさん こんなにインパクトを受けてくれると、苦労して記事をつく利害がありますよ。帰ってこちらが感激しそうです。傑作ポチありがとうございます。

2009/12/2(水) 午前 11:28 [ moriizumi arao ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事