東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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   ミーラン遺跡の仏塔    仏塔の壁に描かれた壁画は、東西文化の交流の証となるヘレニズム文化を色濃く残すものとして貴重なものである。



 [本 日 の 記 事] 
 

ミーラン遺跡4  吐蕃の城砦と古寺のヘレニズム文化

===== 吐蕃の城砦 ===== 
  
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 ミーラン故城全景

 城壁は葦と粘土の層を突き固めたものと、
 レンガ(塼)積みの2種類がある。
 このことからも、、二つの時代に築かれ、使われたことが判る。

 まだ 壁はしっかりと残っており大な日陰をつくっている。

 壁から少し離れた所に木が見えた。
 胡楊の木だ。直径1m近い木の半分近くが地表に出ている。
 掘ればおそらく円形の全体が見えるだろう。
 
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 胡楊三千年の諺どうりだとすると、
 この胡楊は故城の歴史を見守ってきたのかもしれない。

 その周辺には、陶器の小さな破片が落ちている。
 ガイドによれば、1300年ほど前の塔代のものだという。
 近年は遺跡からの持ち出しはうるさくなったので、ただ見るだけである。



 城壁の銃眼と思われる穴から身を潜めて外を見ると、
 周囲のゴビの世界を一望することが出来る。
 これならば敵の動きが一目瞭然だ。
 
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 城壁に上って城内を見れば、
 中央に広場があり、
 城壁の真下烽火台に連なるレンガ(塼)敷きの道が通っている。
 
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 その両側には、塼でいくつかに区切られた空間も見える。
 そこには、木の柱の残欠もあって、住まい=部屋であったことが容易にわかる。
 そしてそこには、丸い、径50センチほどの穴が2つあいている。
 すすのあとを見れば、それはかまど跡と知れる。
 空想が広がって実に面白い。
 
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 住居跡も城壁の下側も分厚い砂に埋もれていた。
 風が吹くとその砂を風が巻き上げ、そこにまた新しい砂が降り積もる。

 城の四隅に望楼があり、
 城が垣は杵で土をついて作られ、
 西側には城門の遺跡と思われる2箇所の口があいていた。
 
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                            望楼
 
 城内の東側には役所跡と言われている大きな家屋があり、
 その南には高さ10数メートルの烽火台がある。
 そこには枯れ草の束も散乱してる。
 おそらく烽火に使われた草かもしれない。
 
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                   役所跡と推定されている大きな建物
 
 
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                          望楼(中央)と烽火台(右)

仏塔

 城砦から300メートルほど離れたところに仏塔があった。
 仏塔は基壇と塔から出来ている。
 
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 基壇は、径7メートル、高さは2〜3メートルである。
 それは堆積した砂の深さと風による侵食が方向によって不均等だからだろう。
 
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イメージ 7 塔は高さ3メートル、直径2メートルだが、
 これが本来の大きさとは思えない。
 塔を一周ながら丹念に見ると、
 化粧の土壁が残っている部分と、それが剥落してレンガが露出している部分がある。
 レンガが露出しているのは、西南に面した部分と東部である。
 
 この日のカラブランも、西南からの風であった。
 この地方では、その方向からの風が最も多く、強いという。
 この仏塔は、城砦よりも古く、千5百年以上も風砂に耐えてきたのであった。
 
東西文化交流の証
 1907年古寺跡からさまざまな文物を発見した。
 この中で、最もセンセーションを巻き起こしたのは、
 第三古寺址の「仏伝」(釈迦の伝記)と「有翼天子像」
 第五古寺址の「ガンダーラを担う各国童子像」だった。
 これらは現在、インドのニューデリー博物館に所蔵されているが、
 おおくの出版物でもお目にかかっている方々も少なくないだろう。
 
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                       スタイン採取の有翼天子像
 
 ギリシャ個展文明が次第に東に伝わり、
 やがてインドの北西部――、
 現在のパキスタンのペシャワル地方にあたるガンダーラの仏教美術と融合したヘレニズム文化は、
 世界史上もっとも壮大な東西文化交流の具体的成果であり、
 ミーラン遺跡の壁画群は、典型的な例とされている。
 しかも、ミーランは、ヘレニズム文化が及んだ最東端だという点でも価値がある。


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。。。こんばんわ。

感動ですね。。

古は どんな姿で 人々が生活していたのでしょう。。

計り知れない時間を経て。。今は 荒野。。

果てしないロマンに 思いを馳せてしまいます。。

此処にも 深い信仰と 文化が あったのですね。。

深い地の底に 眠るものは。。永遠の祈りかもしれません。

2010/7/13(火) 午後 10:09 真砂女 返信する

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真砂女さん
いつも感動的なコメントありがとうございます。
壁画はすでに採取されて現物を見ることが出来ませんでした。
遺跡を眺めながら、いつもいにしへの人々へ思いをはせています。
それが旅のロマンですね。
ポチありがとうございます。

2010/7/13(火) 午後 11:01 [ moriizumi arao ] 返信する

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真砂女さん
いつもお世話様です。
ポチありがとうございます。

2010/7/14(水) 午前 11:58 [ moriizumi arao ] 返信する

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ミーランは最東端のヘレニズム文化ですか、不知でした。ポチ☆
しかし、壁画や仏像はほとんどスタインが持ち帰ってしまったのでしょうか。

2010/7/16(金) 午前 5:42 迷えるオッサン 返信する

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迷えるオッサンさん
特別に仏塔の中に入らせてもらったのですが、
残っていたのは剥ぎ取られた痕跡ばかりでした。
保存のためとは言いながら、こういう惨めな状態をあちこちで見せ付けられると、
複雑な気持でした。
たまには、エゴではないか、単なる正当化ではないか…、とさえ思えて、腹立たしさをおぼえる時さえありました。
了見が狭いのかな〜?

2010/7/16(金) 午前 10:30 [ moriizumi arao ] 返信する

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