東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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                    復旧の進まない街を案内してくれた小学生たち(2004年) 




 [本 日 の 記 事] 
 私は最初は12日間イランを旅しました。
 「眼から鱗」というやつで、
 行く前の悪いイメージとのギャップに大いに驚きました。
 イラン人の親日的でフレンドリーさがすっかり気に入り、
 3年後、位階眼で知り合いになったテヘラン在住の元日本人のお世話で、
 26日間の旅をしました。合計38日の一人旅です。
 
  
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                        講演のトップスライド
 
 そのときに見聞したイラン社会や人々の生活ぶりや物の考え方など,
テレビや新聞では報道されないj実態をすでに16回にわたって紹介しています。
 書庫の「騒擾のイラン〜その素顔」をクリックしてご覧ください。


?H1>イラン大統領、首都に突然大号令ー500万人、移住せよ。【改訂版】   7月16日の朝日新聞に、
 「イラン大統領、首都に突然大号令ー500万人、移住せよ」
 という見出しの記事が報道された。

 私は、イラン国内で地震の爪跡を、2004年と2007年の2度に渉って、
 あちこちで目の当たりにしてきた。
 何年経っても復興がままならない様子を目にしてきた。
 だから、強い関心を以って記事を読んだ。

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イランの首都テヘランで大地震が起きる可能性が指摘されている。
 多くの活断層があり、専門家は「いつ起きてもおかしくない」と警鐘を鳴らす。
 最悪の場合で38万人が死亡するとの想定もある。
 被害者を軽減させる策として、
 政府は種と人口の4割を他都市に移住させる方針をにわかに打ち出した。
 だが、応じる市民はわずか。
 応じる市民はわずか。――「朝日新聞」2010年7月16日版より抜粋
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私が2度の訪問で見聞した、地震に関することを紹介します。
バスが迂回運転
 2004年9月、カスピ海の有名なリゾート地チャルスとテヘランとの距離は150キロ程度である。
 しかし、同年6月に起きた地震のために、途中にあるチャルストンネルが部分崩壊した。
 乗用車は通れるが、バスやトラックは通行不能のため、
 迂回して310キロ以上の道を走らざるを得なかった。
 バスの中で隣り合わせたイラン人乗客が、
 カスピ海には、イスラム指導者や政府要人や大金持ちの別荘が多いので、
 彼らのだけの便宜をはかって、乗用車だけ通れるようにしたのだと、
 こっそりと不満げに私にささやいた。
 私が日本人なので、安心してもらしたのだろう。

 迂回したエルズルム山脈にもがくけズレの痕がたくさん見られた。
 復旧が進まないくらいなので、危険箇所の災害対策はあまり進んでいない。
 われわれのバスも、じしんがおきればひとたまりもなかっただろう。
 
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 この山中でも、よきシャッターチャンスがあった。地震と関係ありませんが…
 
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危険なオールド・バザール
 古い伝統的な「オールド・バザールが、地震が来たら特に危ないという。
 私がテヘラン滞在中何度か訪れた、都心部にある最大のバザール、
 グランドバザールなどはその際たるものだろう。
 
 ここでは、装飾品、雑貨、衣類、家電製品、食品…、
 高級品から日用品まで何でもそろっている。
  20万軒以上といわれる商店がひしめき、手押し車が雑踏を書き分けながら行き交う。
 こは、一日に約160万人が訪れる商業の中心地だ。

 
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    買い物で大混雑するテヘランのグランドバザール。大地震が来たら大被害が心配だ。

 400年以上の歴史があり、建物はどれも古い。
 バザール内で写真を撮らせてくれた若い女性に地震のことをたずねると。
 「揺れたら怖いわ。これが落ちたらひとたまりもないもの…」と言って、 
 アーケード状の天井を見上げた。
 
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バムの地震

感動的な激励の手紙
 2003年12月、南東部のバム市で
 約4万3千人が死亡するM6.8の地震が発生した。
 
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                  地震で崩壊した7〜11世紀に栄えたアルゲバム(バム市)(005年撮影)
 
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   バムの共同墓地 地震で死亡した家族の1周忌の墓参に訪れた遺族.地震で死亡した家族の墓参りをする人々バム  家族が寄り添う墓標が目立つ.(2005年撮影)
     


 2007年にバムにある小学校を訪れたとき感動的な場面を経験した。
 その学校の教師が、
 2003年の地震後に兵庫県の小学生たちが、この小学校に送った激励の手紙や絵を、
 ぜひ見てほしいと言って取り出してきた。
 
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                   上の三枚の写真は日本の小学生からの激励の手紙

  
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 教師が激励の手紙を生徒たちに読み上げた。機会あるごとに読んであげているという。
 
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 日本の小学生からの激励の手紙を以って記念撮影。

 
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 バムの小学生が兵庫県の小学校に送ったお礼の手紙

 機会あるごとに生徒に激励の手紙を読み聞かせているイランの先生方、
 激励の手紙を書くことを指導した兵庫県の先生方、
 ともに素晴らしい教育をなさっていると思う。
 このようにして国際交流が進んでいくのであろう。
 本当にすばらしいことだと思う。

 生徒たちが私の周りに集まってきて、
 盛んに「ヘイリー・マムヌーン(ありがとうございます)」と言って、次々に握手を求めてきた。
 まるで私自身がよいことをしたように感謝してくれる。
 日本を代表して感謝を受けているようで、本当によい気分だった。
 日本人であることを誇りに思った。

 子供たちからのリクエストは、
 私の名前と、自分たちの名前を日本語で書いてくれというものだった。
 子供たちから名前を聞いて、平仮名で書いてあげた。
 
 帰りには、みんなで手を振って見送ってくれた。
 
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 実に感動した。
 248日間のシルクロード旅行での最大の感動だったといっても過言ではない。 
  
 
 
 

閉じる コメント(10)

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イランやトルコは日本同様世界有数の地震国で、地震の怖さは十分知っていますが、起こる前の移動は承知しないでしょうね。日本にも起きても無いのに名前のついた東海地震がありますが、400年間無事だったテヘランが危ないといっても信じられませんよね、どこへ行っても安全な場所は無いのですから。

最後のバム地震に被災された子供たちとの交流、いい話ですね。ポチ☆

2010/7/17(土) 午後 3:52 迷えるオッサン

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今日は梅雨明けですね。朝から暑いですよ。お元気ですか、扇風機を使っていますよ。これからも宜しくお願いします。

2010/7/17(土) 午後 4:33 [ 清水太郎の部屋 ]

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こんにちは。
土作りの家が多いのでしょうか?
地震がおきたらひとたまりもないでしょう>。<
地震で大きな被害を受けた地域同士は素敵な国際交流をしているのですね!
素晴らしいことです ポチ☆!

それにしてもイランの大統領は不気味な人と言う感じがします>。<

2010/7/17(土) 午後 4:59 fum*kom*n*er

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迷えるオッサンさん
イランではいまだに日干し煉瓦や鉄筋の入っていない住宅が多いので、犠牲者の数が多くなるのは陶然の楊に思えます。
政府は、積極的な救済や復興にあまり熱心で無いらしくて、
復旧があまり進まない状況でした。
ポチありがとうございます。

2010/7/18(日) 午前 10:26 [ moriizumi arao ]

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こちらもどうやら梅雨明けの楊です。
朝から暑くなりました。
町内の清掃で大量の朝を流してきました。

2010/7/18(日) 午前 10:29 [ moriizumi arao ]

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わくわくさん
二つ前のコメントにも書きましたが、わくわく三の言うとおり土の家に埋もれてしまうので、死傷者が多くなるようです。
最初に言ったときは、穏健改革派のハタミ大統領が自由化を進めていましたが、
それがうまくいかず、イスラム原理主義に戻ってしまいました。
残念ですね。

2010/7/18(日) 午前 10:34 [ moriizumi arao ]

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日本の地震対策は世界トップですが、イランはそうではありません。
確かに地震が起きたらひとたまりもありませんね。
それでも引っ越せない理由があるのでしょうね。

それにしてもイランが親日だとは思いもよらず驚きました。
まだ初回ですが、おもしろい記事に感心をもって読ませていただきました。
シリーズ期待してます。子供たちの笑顔がたまらない。
ポチ!

2010/7/18(日) 午前 11:10 gloriosa036

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もともとイスラム圏には日本に対する憧れがあります。アメリカと唯一戦争をした民族と言うことがあり、また日本とイランの関係は、アメリカがイランを国際社会から排除した時も、日本は経済交流を続けていた経緯もあって、イランの人たちは日本人に対して親切であり、また日本の古い社会には存在した、律儀さがイランの人たちには残っていて、私もイランと言う国は好きでした。

2010/7/18(日) 午後 6:21 オールドパッション

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gloriosa036さん
イラン」のシリーズは』すでに16回アップしていますので、っ是非ご覧くださいね。
かわいい子供たちも頻繁に登場します。
ポチありがとうございます。

2010/7/18(日) 午後 11:19 [ moriizumi arao ]

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オールドパッションさん
見識あふれるコメントありがとうございました。
あなたのコメントどおりのことを実感し、体験してきました。
よろしかったら、左側の書庫の「騒擾のイラン〜その素顔」をクリックしてご覧いただければうれしいです。

2010/7/18(日) 午後 11:38 [ moriizumi arao ]


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