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久しぶりに「四国遍路」の記事をアップします。
拙著 『諸君!お遍路はいいぞ 〜四国歩き遍路 その魅力と巡り方〜』 の内容を中心に、
「四国遍路の魅力にふれて」と「四国遍路の巡り方」をほぼ並行してアップしてゆきます。
四国遍路のいわれを知ろう
四国遍路の起源
弘法大師が四十二歳の時、四国を巡錫した際に、従来から存在していた寺や新しく開いた寺などを八十八ヶ所選び、これらを霊場としたと伝えられています。
これが、四国八十八ヶ所の起源といわれています。
これら八十八ヶ所の霊場(札所)を巡拝して回ることを「四国遍路」といいます。
なぜ八十八ヶ所なのだろうか?
人間には八十八の煩悩があるといわれています。
また、人の大厄は、男性四十二歳、女性三十三歳、子ども十三歳とされており、
この年齢を加え合わせると八十八になるといいます。
煩悩や厄を一つひとつ取り除くために八十八ヶ所を巡るのだといわれています。
他にも、いろいろな説があります。
たいていの札所には弘法大師像が立っている
四国遍路の歴史
弘法大師が亡くなった後、大師の弟子や行者が、大師が修行をした場所で同じように修業して回っていたのが、いつの間にか庶民の間に広まったようです。
八十八ヶ所巡拝の旅のシステムが、いつごろ確立されたのかは明確ではありませんが、
江戸の元禄時代にはほぼ今日の形が出来上がっていたようです。 その始まりには、諸説がありますが、
一般的には、江戸初期に真言宗の僧真念が、人々に遍路を勧めて以来その名が全国に広まり、
江戸後期にはもっとも盛んだったといわれてます。
眞念は初めてのお遍路ガイドといわれる『四国辺路道指南(しこくへんろみちしるべ)』を著し、 遍路のため宿泊用の庵などを作り、各所に道標を二百あまりも立てた。
眞念道標 十楽寺付近⇒
四国巡礼の元祖 衛門三郎
遍路に関する有名な逸話を紹介します。
四国巡礼の元祖といわれている衛門三郎にまつわる話です。
四国遍路に行けば必ず耳にするはずです。
弘法大師が四国巡礼をしていた折、松山市の郊外の大きな屋敷に托鉢に訪れた。
屋敷の主人の三郎は、たいそう欲の深い男で、托鉢に訪れた修業僧に施しもせずに追い返した。
ところが毎日来るので腹を立て、僧の持っている鉄鉢を馬の鞭で払った。
そのため鉢は僧の手から滑り落ちて、八つに割れて飛び散った。
すると翌日から、三郎の八人の子どもたちが次々に病にかかって死んでいった。
三郎は托鉢の修業僧が大師であることに気づき、それまでの自分の醜い行いを悔いて、
大師を求めて旅に出た。これが遍路の始まりともいわれている。
ところが、二十一回も四国を巡ったが、大師にめぐり合うことが出来なかった。
そこで、逆に四国を巡った。――これが「逆うち」の期限といわれる。
だが、ついに大師に会えないまま身も心も疲れ果て、十二番札所の焼山寺で倒れてしまった。
意識が遠くなる中、三郎の前に大師が現れ、三郎の罪をお許になった。
大師は、「最後に何か望みはないか」と訊いたところ、
三郎は「今度生まれ変わるときは、民衆のために功徳を積みとうございます」と答えて息を引き取ったという。
大師はこのとき、「衛門三郎再来」と書いた石を三郎の手に握らせ、再来を祈願した。
大師の前に碑ざまづいて許しを請う衛門三郎の像(杖杉庵)
五十一番石手寺には、三郎の生まれ変わりの赤ん坊が握り締めていたという石が祀られている。
四十七番八坂寺近くには、三郎の子どもたちの墓が残されている。
私は、縁(ゆかり)の石と墓を拝ませてもらった。
心から信じているわけではないが、しみじみとした気持にさせられた。
札所や四国のあちこちに、大師伝説をはじめ、実に多くの、いろいろな伝説が残されている。
若かりしころの弘法大師の修行の場であり、「空海」の名前の夜景来となった、室戸海岸の「御蔵洞」
舎心ヶ嶽の大師像 弘法大師は若いとき、この断崖絶壁で修行したといわれている。
私は、できるだけ札所の案内板などにも目を配りながら巡拝したが、
けっこう興味を引く話も多くあった。
ひとつの楽しみでもあったし、私の遍路に深みを持たせてくれた。
詳細については、今後の記事をご期待ください。
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遍路を逆に回るのってありなんですか?
なんか良くないことが起こるようなことを何かで聞いたような・・・
「逆うち」調べてみます。
2010/11/6(土) 午前 10:45
ひさしぶりに四国の風景をみました。
田舎に帰るときは意識しなんですが、こうあらためてみると、う〜ん、ですね。
2010/11/6(土) 午前 11:51 [ ミッキー ハウス ]
真砂女さん
当分、遍路の記事をアップします。
これからもよろしくお願いいたします。
ポチありがとうございます。
2010/11/6(土) 午後 0:39 [ moriizumi arao ]
gloriosa036さん
「逆うち」は、コースを熟知していないと、しょっちゅう道に迷ってしまうので、たいていベテラン遍路が巡ります。
むしろご利益が多いってこともよく聴きます。
2010/11/6(土) 午後 0:42 [ moriizumi arao ]
四国遍路を大衆化させた真念法師のお墓が高松市の洲崎寺というお寺にあり、昨年秋のお遍路の時にお参りしました。
TBさせていただきます。
ポチ☆
2010/11/6(土) 午後 0:45
kazuno_mituさん
TBありがとうございました。
さっそく拝見に行きます。
ポチありがとうございます。
2010/11/6(土) 午後 0:56 [ moriizumi arao ]
ミッキーハウスさん
意外に四国の人は、短すぎて、意識しない人が多い様ですね。
2010/11/6(土) 午後 0:59 [ moriizumi arao ]
こんばんは。
僕もお遍路さんの始まりの話は始めて伺いました。
でも到るところに、お大師様と信者達の伝説が残されて居るんですね。
それを知るのもお遍路さん達の楽しみの一つなのでしょうね。
2010/11/6(土) 午後 10:51
忠さん
遍路のいわれは意外に知らない人が多いので」、まず紹介させていただきました。
ポチありがとうございます。
2010/11/7(日) 午後 3:29 [ moriizumi arao ]
ミッキーハウスさん
意外に四国の人は、身近すぎて、意識しない人が多い様ですね。
2010/11/7(日) 午後 3:30 [ moriizumi arao ]
今、西国33ヶ所巡礼2回目の途中です。
これが満願になったら、四国八十八箇所遍路へ行きたいと思っています。室戸海岸の御蔵洞は是非行ってみたいです。
又、訪問させて頂きます。
2010/11/7(日) 午後 6:43 [ 新町JIN ]
新町JINさん
訪問とコメントありがとうございます。
若いころ西国も回りましたが、
やっぱり四国のほうがよいと思いました。
ぜひ四国へもお出かけください。
2010/11/7(日) 午後 8:59 [ moriizumi arao ]
四国遍路と八十八の煩悩にはそんな意味があったのですね。
じっくり四国に行ってみたいです。
2010/11/7(日) 午後 10:01
daisukiyuminさん
意味がわかると興味がよりいっそうでてくるのではないでしょうか。
学生時代に第一回目の遍路をしたときが僧でした。
2010/11/7(日) 午後 10:49 [ moriizumi arao ]
人間には八十八の煩悩があるといわれています・・・か。
百趣味シニアは 楽しみも 煩悩も百!
いつの日か、四国百箇所巡りしたくなるポチ!。
2010/11/9(火) 午後 0:16 [ EGACITE ]
こんばんは♪
実は私は四国の人間なんですよ。
実家は愛媛で、遍路道とは、離れてましたが、
小学生の頃、時々迷い込まれた歩きお遍路さん
が家の前で合掌しておられたことがあり
母が、お接待をしてました。
だからなんだか懐かしいです。
2010/11/9(火) 午後 6:09 [ rar*rar*do ]
なるほど、勉強になります。
ポチ☆
2010/11/23(火) 午後 6:33
EGACITEさん
煩悩を100で抑えているところは、いかにもEGACITEさんらしいですな〜
百酒所めぐりをして、煩悩を8つ減らし増したね〜。
2010/11/23(火) 午後 9:50 [ moriizumi arao ]
rar*rar*doさん
四国の人でしたか、子供のころからなんとなくなじみがあるでしょうね。
懐かしいと思います。
2010/11/23(火) 午後 9:53 [ moriizumi arao ]
河童さん
訪問とコメントありがとうございます。
ポチもありがとうございます。
よかったらまた着てください。
2010/11/23(火) 午後 9:57 [ moriizumi arao ]