前回の記事に「私のニューライフ」や写真を追加して改訂しました
こんもりと茂る緑の木々の間に朱色の多宝塔が鮮やかな姿を見せている。
その手前には真っ赤な花が競うように咲き誇っていた。 三番金泉寺
[本 日 の 記 事]
「私のライフスタイル」と黄金の井戸 〜三番金泉寺〜
気ぜわしさから解放され、人の優しさを思う
おっとりとした感じの田園のあぜ道や古い住宅地をのんびりと歩いて三番金泉寺へ向かいました。
金泉寺に間近い、木立の聖なる遍路道を歩いていると、
遍路に来る前の気ぜわしい日常から開放されてゆくような気になってゆく。
心も洗われてゆくような気持になる。
そしてこれまでに受けたお接待や人々の優しさが次から次へと浮かんでくる。
やさしくしてもらうことによって、自分もやさしくなれるような気がする。
目に見えないお接待
三番金泉寺の山門はこぶりだが、朱塗りのきれいな仁王門だ。
山門(仁王門)にて
門ををくぐると、本堂や境内のいろいろな建物が目に入ってきた。
赤い欄干の太鼓橋をわたると、左手に手水場があり、右手に修行大師堂、正面奥に本堂があった。
なだらかな瓦屋根の本堂
まず、清めの水(手水場)に行くと、六十歳くらいのおばさんが手ぬぐいを交換している。
「ありがとうございます。お寺の方ですか」と聞くと、
「お接待のつもりで毎日交換させていただいています」と、何のてらいもなくごく自然に言う。
これはお寺の人が交換していると、そう思っていた。
私は思わず知らず、自然に頭が下がった。
われわれは、多くの人々に支えられながら遍路をしていることを、
またまた強く感じさせられた。
大師堂の火炎の宝珠
本堂での礼拝を終えて大師堂似向かい、
屋根を見上げると、中央に龍を彫り込んだ台座にのった火炎の宝珠が見えた。
なかなかの風格だった。
黄金の井の泉 〜92歳まで生きる?〜
この寺はもとは金光明寺とよばれていた。
弘法大師が境内の一隅から湧く泉の中かに黄金を見つけたことから、
寺名が金泉寺と改められたといわれる。
ここにも偉大な弘法大師が登場してくる。
その「黄金井の泉」は閻魔堂のそばにあった。
泉に自分の顔を写して自分の顔が見えたら、
長寿を全うできる(一説には92歳まで生きることが出来る)という伝説がある。
大丈夫と思いながらもちょっと緊張しながら覗いてみると、
やはり映った。ああよかった!
……伝説とは思いながらも一安心。
私のライフスタイル
実は、私は人生を30年ずつ3つにわけ、90歳以上生きることを目標にしている。
91歳以上が余生と考えています。
「私のライフスタイル」を紹介します。(講演会で使用したスライド)
弁慶の力石
本堂前の庭園でオヤッと思う表示板が目に入った。
「弁慶の力石」と書いてある。
なぜここに? と思ったが、すぐにわけが思い当たった。
案内板には――
平家討伐のため、風雨をおかして阿波勝浦に上陸し、
讃岐の屋島に急ぐ源義経が、
寸暇を惜しんでこの寺で夕食を取ったといわれる。
そのとき、村人のお接待を受けた武蔵坊弁慶が、
返礼代わりに持ち上げたのがこの「弁慶の石」だ。
といった内容が書いてあった。
観音堂
歴史や由緒好きの私にとっては、
八十八ヶ所は祈りの場であると同時に、歴史探訪の場でもある。
|
chamaさん
おかげさまで生き生きやっています。
ポチありがとうございます。
2010/11/28(日) 午後 9:06 [ moriizumi arao ]
はなゆりさん
参考になったりしげきになればうれしいです。
ポチありがとうございます。
2010/11/28(日) 午後 9:08 [ moriizumi arao ]
ソラさん
訪問とコメントありがとうございます。
あくまでも自分の遍路なんだから、
自分の思った通り、舞いスタイルでまわればいいと思いますよ。
がんばってくださいね。
2010/11/28(日) 午後 9:11 [ moriizumi arao ]
観音堂に花鳥画が描かれていると聞きましたが、良く見えませんでした。次のお寺紹介も楽しみです。
2010/11/28(日) 午後 10:27 [ オエニム旭 ]
こんばんは。
そう言う自然とお遍路さんを接待するものが日本の伝統だったんですね。
今時の都会には、無い風景です。
2010/11/28(日) 午後 11:09
一人で歩いていると道行く腰が二つ折れになったおばあちゃまからお茶の接待を受けたり万屋さんでお昼の接待を受けたり善根宿での手厚い接待に感激したり、、、今はまだ還元の時なのですが逆に暖かい心をありがたくいただいています
月に一度しか歩きに出掛けられませんが必ず結願したいと思っています
2010/11/29(月) 午前 1:37
、面白い括りですね!
現在40になったばかりですが、還元期・蘇生期を同時に楽しんでいます(笑)。
本業以外の執筆・講演活動がここのところ忙しいです・・・
2010/11/29(月) 午前 10:54 [ よーたろーのおとーさん ]
fuk**su_6*さん
観音様の絵の写真 を取っていたかな…と思って探してみましたが、とっていなかったようです。
2010/11/29(月) 午後 1:49 [ moriizumi arao ]
忠さん
1200年の伝統が息づいているということはすならしいな〜といつも感じます。
2010/11/29(月) 午後 1:59 [ moriizumi arao ]
mannmaruogojyo おタケさん
立派ですね〜
月に一度ずつということこそ、ほんもののようなきがします。
かえって尊敬したいです。
ぜひ結願してくださいね。
2010/11/29(月) 午後 2:02 [ moriizumi arao ]
よーたろーのおとーさん
六十歳の定年までを2つに分けてみました。
よーたろーのおとーさんはほんとうに意欲的な方だといつも感心していますよ。
エール!
2010/11/29(月) 午後 2:07 [ moriizumi arao ]
杜泉法師の「私のライフスタイル」ポチ!ですね。
蘇生期・ニューライフで やりたい事をはっきり決めて邁進され、
伝達されているのは やっぱり杜泉法師です!。
百趣味で百歳以上 人生を楽しむためにも、
大いに参考にさせていただいております。
2010/11/30(火) 午前 10:02 [ EGACITE ]
ついでに
百の楽しみ運ぶブログのPR?に トラバ させて頂きました。
2010/11/30(火) 午前 10:20 [ EGACITE ]
EGACITEさん
「隣の芝生はよく見える」かもしれませんが、
あなたが幅広く大いにエンジョイされている姿はうらやましい限りです。
ポチとトラバありがとうございます。
2010/11/30(火) 午前 10:28 [ moriizumi arao ]
人生ライフすごいですね
まさに仁聖の生き方
わたしは正直いまが死に時なんですよね
幸せの時に
死ねたら最高と思っています
昔のようになにか大義名分のために死す
時々 今日が命日だから
今日を生きようと おもうこともあります
2011/2/25(金) 午前 2:19
あさやまさん
もしかして、私はまだ青二才の生き方をしているのかもしれませんね。
前向きに生きようとする姿勢の中にもどこか、
運命に従おうといい自然体の姿勢もでてきたように思います。
2011/2/25(金) 午後 4:25 [ moriizumi arao ]
運命に従おうといい自然体の姿勢
運命というものは不思議なものですね
ニュージランドでたくさんのひとが前向きに生きている人を捕らえてあの時間あの場所にその人を神仏が導いた 最期を迎える一瞬にその人はいかに思いいかに向かえ甘んじて悔しくても無念でもそれを受け入れざるを得なかった
自らは決して望まぬこと 肉親たちにしてもまさ
か 信じきれぬ思いが去来したでしょう神仏自然大地天空の持つ偉大な力は小さな人間にとってあがない切れない強大な力 人生半ばにしてそうして散って人はこの有史以後一体どれだけの人々がいたのか そう想えば戦争中特攻隊で自ら望まぬでもそうしなければならなかった人々の無念怨念が聞こえてきそうです
2011/2/25(金) 午後 5:04
仏教徒の多い日本 東洋にありながら韓国では儒教の影響を受けつつキリストや仏教を信仰し中国ではまさに多種多様の信仰 インドのヒンズー イスラム教徒の国々においても 同じ宗教を信仰しながらも互いに殺し合い他宗教を落としいれ そして みなそれぞれに神を口にし 神よ御仏よと祈る この大きな矛盾を創った想像主が神とすれば 神はいかなるものか 当然に死んでもいいものを死なせず 生かして害を及ぼす人間を擁護するものが運命であり神であるならば 自然の災害 今回のような地震戦争テロ自縛行為に日常の殺人殺戮 わずか秦建国に際しても破れたる国の兵士は何十万人も生き埋めにされる怨讐の彼方に響き鳴り渡りさ迷うこれらの魂はいかに鎮魂できるのか
まさに鎮魂は空しき響き聞こえる人間の持つ闘争心と残虐性はまさに原罪そのものでありながら誰もがわが世の春だけを求めて他人の犠牲をいとわない理不尽さとどうすることもできぬ定め
2011/2/25(金) 午後 5:15
明日はわが身か知れぬ思いを持つならば心の持ち方も少しは変わろうというものなのに何千年の時を得ても変わらぬ哀しき人間たちの性、されば我もその思いを断ち切るために世事に顔そむけて
アホながらせめて最期は張良のような心になりたいもの ニュージランドで亡くなる定めの星に生まれてきたのか
明日は 我がその星になるやも知れぬ そのときは いやがおうでも それを受け入れざるを得ない
運命とは時にはかくも哀しい不思議な定めと
想う日々であります 南無阿弥陀仏
2011/2/25(金) 午後 5:28
あさやまさん
とても考えさせられるコメントありがとうございます。
近年は、過去も、現在も、未来も、すべて定められた運命の中で生きているように思えてきました。
私のライフスタイルにいても、神が私をしてそうせしめているのかもしれません。
2011/2/25(金) 午後 6:00 [ moriizumi arao ]