思いと感動の発露(その2)
[出会いも別れも気のむくまま]
・遍路道での遍路同士の出会いはうれしいものだ。男女の区別も年齢も仕事や立場もまったく無関係で、 ただの人間関係になれる。
すぐに打ち解けあい、心開いて、自分自身のすなおな言葉が出てきて、楽しい会話になる。
道中の苦しさをともに経験してきた遍路同士は、日常の生活から離れ、本来の人間同士の付き合いを取 り戻しているからにちがいない。
・出会いも別れも気の向くままだ。
・長く四国の地を歩いていると、すばらしき出会いや劇的な出会いに遭遇する。
豪雨の中を痛い足を引きずりながら、まだ宿も決めていない不安で絶望的な思いで歩いていた時に声を かけてくれた民宿「青空」の主人は、まさに「豪雨の中の救いびと」だった。
[生かされて歩く喜びと感謝]
・毎日歩いていると「自分ひとりの力で歩いているのではない」という思いが日増しに強くなってゆく。
われわれは遍路道周辺の人びとの温かい気持に囲まれながら歩いているのだ。 ありがたい。
これを思うと思わず感謝の涙が流れてくる。
毎日が感謝と感動の連続だ。
遍路道は「感性の泉」
遍路道は「感性の泉」でもある。
自然の中を歩いていると、研ぎ澄まされた感性が湧きあがってきて、次から次へと思いがわいて来る。
[自由に思い、自由に歩く]
・歩いている時は誰からも束縛されず、強制も受けず、まったく自由だ。時間からも開放された世界だ。
・何にもとらわれずに自由にものを見ることが出来るし、自由な思索が出きる。
これが歩き遍路の醍醐味だ。
・私は、早寝早起きして、俗世界のこと忘れて歩き続け、すっかり健康を取り戻した。
・静寂な山の遍路道を歩いている時は、なんだか瞑想しているようだ。
[心身が癒され、心が蘇みがえる]
・まだたった三日間歩いただけなのに、心身がすっかりリフレッシュされた。
・身も心も癒され、心身ともにともに軽くなったことが感じられる。自分が生き返ったようだ。
・今、ひさびさに安らぎや安堵感を感じている。
・多くのお遍路さんは遍路しながら心の重みを捨ていくのだろう。
思えば二度目の遍路では、自分もそうだった。
生き方に悩み、心に重い荷物を背負っての出発だったが、多くの人びとや大自然とのふれあいの中か ら、少しずつ少しずつ自分を取り戻していった。
[心やすらぐ札所の世界]
・遠くに次の札所が見えて来ると心弾んでくる。
そして着いたとたん、何かほっとしたものを感じる。
我が家に帰ったような安堵感をおぼえる。
・お参りしている時は別人になった気がするし
お参りすることで、何かある種の達成感が得られた感じがする。
[帰依の心]
・遍路中は大いなる存在に身も心ゆだね、安心して歩いている。
それは神でも仏でもお大師様でもない。
眼に見えない実体のない大いなるものへの帰依の心なのだろう。
[人情、人とのふれあい]
遍路道には、心のふるさとともいえるような人のぬくもりが感じられる。
お接待は「人情の美」と言ってもよいのではないだろうか。
[脱世間]
・遍路は、まさに非日常の世界だ。日にちも曜日も無関係…。まるで蚊帳の外の世界だ。
・そのときの自分はまるで塵界を離れた清らかな道を歩んでいるようにさえ感じた。
[自由と開放]
・これこそ何ものにも変えられない自由だ。
今私は、大いなる自由を心と身体すべてで味わっている。
なんともいえない開放感も味わっていた。
青い空を見上げただけで喜びがこみ上げてくる――遍路はそんな世界なのだ。
[心を洗い、心をみがく]
・静かな山道を草木に囲まれながらああ由美を進めていると、何にもとらわれることのない「無の状態」 になるときがある。そこには純真無垢になった自分があった。そういうときの心はすなおですがすがし い。こういう心境を「心が洗われる」と言 うのだろうか。これを繰り返していると心がみがかれてゆ くのにちがいない。
・歩きながら多くの人や自然とふれあい、心をみがくのが遍路なのかもしれない。
[自然と溶け合い 自然に感謝]
・自然の中を一歩一歩歩を進めてゆくと、自然に包み込まれているような気持になる。
まるで自分をいだいてくれるやさしい母の懐を感じる。とても穏やかな気持だ。
こんな自然にたまらなく感謝の気持が湧いてくる。
そんな時、草の一本一本、花の一輪一輪、木の葉の一枚一枚いとおしく感じてくる。目に映るものすべ てがいとおしい。
・自然にいだかれている自分、自然を慈しむ自分、それが渾然一体となって、自分が知らず知らずに自然 の中に溶け込んで行くような気がする。
・心が透き通ると空気も透き通っているように感じる。
[歩き]
・歩く、ただひたすら歩く。
無心で歩いていると次第に心が洗われていくように感じる。
・遍路では、歩く・見る・想うが絶妙に絡み合い溶け合ったいるんだな〜
[成就感・達成感]
結願の喜びに打ち震えた
やったー! 宿に着いたぞ! やっと歩く苦しみから解放されたぞ。
[発心・修行・菩提・涅槃]
結願して改めて思う――発心に始まり、修業をつみながら、やがて世俗の迷いを取り除き、煩悩を断っ て(菩提)、涅槃にいたることを…。
だが、まだまだ人生修行を積まなければ、本当の意味でこれは実感できないだろうな。
敦煌莫高窟の涅槃仏
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海の景色は空海が悟りを開いた室戸岬ですか。傑作ポチ。
2011/1/4(火) 午後 3:19 [ 気功師光明 ]
遍路はいろいろな思いを持ちながら歩いているのですね。
そんな歩きを私もしてみたくなりました。
☆☆ポチ!です。
2011/1/4(火) 午後 8:58 [ chama ]
>眼に見えない実体のない大いなるものへの帰依の心なのだろう。
無心な状態で宇宙と一体となった時
大自然のほうから寄り添ってくるからかもですね。
ポチッ☆
いつも素敵な景色をありがとうございます♪
2011/1/4(火) 午後 11:47 [ rar*rar*do ]
四国遍路 感動と想いのひと言 【全面改訂】ですか!
感動総纏めのようで、お接待も行き届いた遍路ご利益ですね。
ブログも 心身も すっかりリフレッシュ ポチ!。
2011/1/5(水) 午後 0:13 [ EGACITE ]
ご恩返し 法然さまの 知恩院兎天女を トラバ贈りさせてもらいます。
2011/1/5(水) 午後 0:16 [ EGACITE ]
ららさん
無心な状態で宇宙と一体となった時
大自然のほうから寄り添ってくるからかもですね。
同感ですね。
ときどき自分は宇宙を構成するちっぽけな一粒子だと感ずることがありました。
ポチありがとうございます。
2011/1/5(水) 午後 2:38 [ moriizumi arao ]
気功師光明 さん
室戸岬ではありませんが室戸海岸です。
ポチありがとうございます。
2011/1/5(水) 午後 2:47 [ moriizumi arao ]
chamaさん
お遍路さんはいろいろな思いを持って歩いていますね。
ポチありがとうございます。
2011/1/5(水) 午後 2:49 [ moriizumi arao ]
瑠璃さん
私の周りにも、ほんとうに信じられないことが起こります。
私はそれを偶然ではない必然として受け止めております。
ポチありがとうございます。
2011/1/5(水) 午後 2:53 [ moriizumi arao ]
EGACITEさん
最初の方にまとめを出してしまいましたが、出したくなって総論が先になってしまいました。
ポチとトラバありがとうございます。
2011/1/5(水) 午後 2:56 [ moriizumi arao ]
素晴らしい遍路道ですね。
出会いと別れ・・・そして生きる事の喜び見つけ旅
巡礼って本当に心の浄化ですね。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
(*゚▽゚*)'ポチ
2011/1/5(水) 午後 5:54 [ - ]
さくら子さん
ほんとうに遍路は人生を巡るたびだな〜と実感します。
ポチありがとうございます。
2011/1/6(木) 午前 11:01 [ moriizumi arao ]