東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧

 記事は題目をクリックしてご覧ください。
1.金華山で命がけの避難
2.金華山 地震と津波の爪跡
3.予期せぬ救出
4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡
==== この度の大震災で、大切な命をなくされた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。  合掌    ご家族やお知り合いの方を亡くされたり、家を失ったりされた方に心からお悔やみとお見舞い申し上げます。 =====

避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川

3月12日(被災2日目)避難所へ到着

 がれきを注意深く乗り越しながら、20分近くかかって
 午後3時ごろ鮎川支所へ到着した。
ごった返す避難所
 避難所の中はごった返していた。
 廊下にも人があふれ、その廊下を人びとがせわしく行き来している。
 鮎川地区では、4箇所の避難所に約800人が避難し、
 この支所にも約200人が避難しているという。

 まず、A4の紙に住所、氏名、フリガナ、年齢、電話番号を記入した後、部屋に案内された。
 支所では2階の三つの部屋に200人なので、かなり窮屈である。
 私たち案内された部屋は、すでに座るのがやっとの状態だった。
 ここに13人が加われば、前から入っている人たちにさらに窮屈な思いをさせてしまう…、
 そう思うとはなはだ心苦しかった。
 
イメージ 2

 
 そこで、しばらくは廊下で待機して、様子を見て部屋へ入ろうと思った。
 現地の被災者の方には少しでも窮屈な思いをさせたくないという思いがあった。
 いざとなったら、山用の防寒具を着て、廊下で寝ようと考えていた。

共同でねぐら作り
 20分ほどすると、市の職員の方が来て、金華山から来た18名が、3階に案内された。
 「第二会議室を使ってください」と言われた。
 その部屋は、地震後ほとんど手付かずで、ロッカーや戸棚が倒れて書類や本が散らばったり、
机や椅子が倒れてメチャクチャに散乱していた。
 ガラスの破片もかなり落ちていて、危険だった。
 両隣りの部屋との境の壁が、それぞれ中央部分で大きく崩れ落ちていた。
 幸いドアと窓ガラスは無事だったので、寒風が吹き込むのだけは免れた。

 全員力を合わせて、復旧作業を行った。
 特に指揮官的な存在はいなかったが、それぞれがなすべき仕事を見つけ、
 共同すべきはして作業は効率的に進んだ。 
 他の若い人3人グループも、われわれロートルに引きずられてけっこう動いてくれた。
 その甲斐あって、日没前にはねぐら作りは完了した。
 避難民?同士初の共同作業であった。
 このことはむしろ連帯感を作り出す意味ではよかったと思う。

夕 食
 5時に玄米の小さいおにぎり1個と水コップ半分。
 ここでの食事は、御前10時と午後5時の2食

避難者たちの様子
 避難している人々には疲労の色は見えるが、
 大きく落ち込んだり、悲壮感あふれる様子があまり見られなかったのは、見ていて救われた。 
 鮎川は古くからひとつの集落を形成していて、互いに顔見知りなので、
 お互いに精神的に支えあっているのだなと感じた。
 それが避難所の雰囲気を暗くせずに済んでいるのだと思った。
 この中には、家族の安否がわからず、心を痛めている人も少なくないだろうと思う。
 ありきたりの言葉だが、とにかく、がんばってほしいと思った。

 我々のメンバーのほとんどが、津波の被害が大きい石巻市や東松島市の出身である。
 家庭や親族が被災地域に住んでいる。
 この地域の被害情報が着々と避難所の携帯ラジオから耳に入ってくる。
 全員耳を済まして聞き入っている。
 北上川河口付近の私の姉夫婦と海岸付近の姪夫婦の家は間違いなく流されてしまっただろう。
 はたして生きているのだろうか? はなはだ不安であった。
 東松島市実家は流出は免れたかもしれないが、水没は避けられないだろう。
 仙台の我が家は、海岸から直線距離で15kmほど離れているので、
 地震による家の倒壊さえなければ、
 家族は命だけは大丈夫だろうと予測した。
 
 他のメンバーも家族や親族の安否が大いに気になっているはずだ。
 しかし、誰一人としてそれを口に出さなかった。
 孤立状態の鮎川にいて何も出来ない自分たちがそれを口に出したところで、
 所詮どうにもならないことを自覚していたのだろう。
 さすが、大人の集団だと感心した。

孤立無援の鮎川
 地震当日の昨日から終日ラジオを聴き続けているが、
 鮎川が位置する牡鹿半島の情報はまったく入ってこない。
 情報や支援の孤立状態なのだ。
 おそらく道路があちこちで寸断されているし、
 途中の集落が壊滅的被害を受けて、道路がガレキの下になっていることは、当然予測できた。

===== 先発隊の結成 ===== 
 そこで相談の上、家族への連絡を目的とし、
 さらには、首尾がよければ車で迎に来るという一縷の望みを託して、
 翌13日の朝、4人が徒歩で30キロ先の石巻へ向かうことになった。
 再度の津波と、地震の危険を覚悟しての行動であった。
 

トイレ事情
 断水のため、大きい方はビニール袋に排便して、トイレに備えてあるガンボール箱に入れる。
 箱がいっぱいになると消防の人が処分してくれる。

睡 眠
 第1日目は、18人に毛布6枚だった。
 我々グループは山用の防寒義を持っているので、
 夫婦で1枚、若い3人グループに二枚使ってもらい、我々は13人で、三枚の毛布で寒さをしのいだ。
 さすがに寒かった。
 しかし、市の職員の人びとは、もっと大変だ。
 一階の事務室やロビーなどのさらに寒い所で、ダンボールを敷いて寝ていた。
 市職員の方々の中には、家を流された人だけでなく、家族が行方不明の人も少なくないという。
 この過酷な「滅私奉公」がしばらく続くのだろうと思うと、
 ご苦労様と、心から頭が下がった。

 
 これが、避難所生活1日目であった。 
  
 

閉じる コメント(34)

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あまりも悲惨な光景に、記事に
何を言ったらいいかわかりません。
ただ、復興が早く行われ、仮設住宅や
物資が入ります様に、お祈り申し上げます。

2011/3/29(火) 午後 8:54 [ きう ]

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鮎川の避難所には電気は来ていますか?明かりはありますか?

2011/3/30(水) 午前 11:00 [ 橋本啓 - Agromania ]

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こんにちは。
ブログで、体験談を聞けるのも 杜泉法師ならではの
奇跡の軌跡ですね。
まだまだ危険な 被災地で冷静沈着に 避難と心配りで、
皆さん一体となって さらに救われと思います。
まずは がんばれ仙台、杜の泉 復興支援ポチ!

2011/3/30(水) 午前 11:26 [ EGACITE ]

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杜さん、このたびは心が痛みます。
こちらのご出身でしたのね。
このようなことがあるとは誰も考えていませんでしたが、これが自然なのですね。しかし、原発だけは私たちの作り物、これから考えなくてはなりません。どうぞ、お体に御気をつけられて立ち上がり、奮っていただきます様に。関西震災からようやく立ち上がった阪神からお祈り申しあげます。

2011/3/30(水) 午後 0:03 しゅんか

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はなゆりさん

おかげさまで、食料も大分手に入りやすくなってきましたので、ご安心ください。
ガソリンは昨日車を列の中に放置しておいて、今日は20数リットル入りましたので、当分大丈夫です。
あとは、ガスの復旧を待つのみです。
ありがとうございました。

2011/3/30(水) 午後 3:08 [ moriizumi arao ]

杜泉さん、ご無事で何よりでした。
私も東松島市の赤井で被災し、5日間ほどの避難所生活の後、他県にある実家に避難しています。
家も家財道具も津波で失いましたが、命が助かっただけでも良しという気持ちで、これからの日々を生きていこうと思います。
携帯からなので、後でポチします。

2011/3/30(水) 午後 3:43 Kazuno_mitu

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皆さまへ

ていねいなコメントありがとうございます。

お一人づつお返事すればよいところですが、

本日は疲れていますのでのでごめんなさい。

2011/3/30(水) 午後 8:46 [ moriizumi arao ]

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天皇でもお見舞いしているのに、東電社長入院だって、何考えているんだ。

2011/3/30(水) 午後 9:07 [ njw*k7*1 ]

食料のこと心配していましたが何とか手に入るようになったようで
少しホッとしました。
やっと辿りついた避難所も新学期が始まるので
移動しなければならないところも出てるのをテレビで見ました。
頑張ってる被災者の皆さんにこれ以上頑張れとはとても言えません。

2011/3/30(水) 午後 9:29 まりん

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迷えるオッサンさん

今思えばなかなか出来ない経験をしたと思います。

2011/3/31(木) 午後 2:54 [ moriizumi arao ]

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こんにちは。
早くにお邪魔していればよかったと反省していますm(_ _)m
このような被害に会われているとは全く予想だにしていませんでした!
私に出来る事・・・ただお祈りすることしか浮かびません。
まだまだ寒いです、体調に気を付けて下さい。

2011/3/31(木) 午後 3:35 fum*kom*n*er

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生々しい写真・何んと申し上げたら良いのでしょうか?
生きていることの大切さをしみじみと感じている昨今です。
お身体お大事になさってください。

2011/3/31(木) 午後 3:42 [ TOMI-旅子 ]

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大師様に守られているのですね。命が助かったのは、本当によかった。復興に向けて大変だと思いますが、がんばってください。

2011/3/31(木) 午後 7:06 [ cookies3358 ]

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ookiesさん

それはいえると思います。
あせらずと自分に言い聞かせながらやっていきたいと思います。

2011/3/31(木) 午後 9:15 [ moriizumi arao ]

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ゆきーなさん

市役所の皆さんはほとんど家にも帰らずがんばってくれているので、
体を壊さなければよいが…と案じていました。

2011/3/31(木) 午後 9:51 [ moriizumi arao ]

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この大きな震災 鮎川での遭遇 お大師さまお蔭ですね。当地でも早い復興を願い支援、募金が叫ばれています。頑張れと云っては いけないそうですが、今しばらく みなで力を合わせて!!

2011/4/1(金) 午前 9:08 [ オエニム旭 ]

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こんにちは。
避難所での生活が、いかに大変なものか真に伝わってきました。苦労はわたしたちの想像をはるかに超えるもののようですね。
震災に遭われた、全ての方々に頑張れの気持ちを送ります。

2011/4/1(金) 午後 4:35 [ バタフライ ]

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kazuno_mituさん

私の実家は東松島市の矢本です。
赤井駅付近に住んでいる後輩も一緒に金華山に言って被災しました。
戻りましたら開いてみてください。

2011/4/2(土) 午後 11:08 [ moriizumi arao ]

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転載させてもらいます、

2011/4/11(月) 午前 4:03 あさ

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あさやまさん

転載ありがとうございました。

2011/4/13(水) 午後 9:04 [ moriizumi arao ]

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