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http://www.youtube.com/v/7MesT0AJDcI&hl=1&autoplay=1 「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧記事は題目をクリックしてご覧ください。1.金華山で命がけの避難 2.金華山 地震と津波の爪跡 3.予期せぬ救出 4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡 5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川 6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き 7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令 さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください!
9時過ぎに、救援物資を積んだ自衛隊のジープが2台到着した。
鮎川での最後のご奉仕だ。段ボール箱に入った食料などを二階の物資置き場に運搬した。 30分弱で終了。 隊員から、 ――石巻の総合運動場にある救援基地まで送ります。 石巻からの交通機関はまったく動いていません。 そこから移動手段がない場合は、とりあえず石巻の避難所へ入るとよいでしょう。 との説明があった。 9時55分にジープは出発した。 鮎川では足掛け5日間の避難所生活であったが、 密度が濃かっただけに感慨深い。 鮎川のみなさん、特に市職員の方々には大変御世話になった。 別れ際に、職員の方々にお礼を言うと、 「がんばって必ず復興しますので、これに懲りずに、鮎川や金華山にまた来てください」 と、疲れ切っている顔に精一杯の笑顔浮かべて送り出してくれた。 全国の皆さんも、復旧したら、ぜひ鮎川や金華山を訪問して応援してあげてください。 「鮎川の人たちお世話さまでした。 がんばってください!」 コバルトライン経由で石巻へルートは、津波の害がないコバルトライン(牡鹿半島の山の尾根を走る観光道路)である。 道は陥没や亀裂が多い。地震で道が何箇所か分断されたが、 応急的な補修がされていて、小形車なら亀裂や陥没を避けてゆっくりと走れば、どうにか通行できる。 途中、たくさんの車が放置されている。 地震の時に乗り捨てられたり、ガス欠のためだろう。 あんなに半島を苛め抜いておきながら、何事もなかったようにゆったりとすましていました。 いつもは海の好きな私も今ばかりは、その悠然とした態度に腹が立ちました。 同時に、自然は偉大だ。 どうがんばっても人間は大自然の前には、ちっっぽけな存在であることを、 またまた、強く強く感じさせられました。 コバルトラインから女川へ出る道は、幸いに前日に水が引いたとのことで、通行可能でした。 ただ、町の中心部はまだ水が残っているとのことだ。 万石浦は入り江になっているので、ここに面した道路はすでに水が引いていた。 渡波はまだ水が引かないので、山手の稲井方面の道を通って総合運動場へ向かった。 新潟県の消防車が4,5台あった。 真っ先に駆けつけてくれたとのことである。 和歌山県の消防車も見かけた。 ほんとうにありがたいことだ。 何が不足していましたか?救援物資の仕分けセンターへ行くと、 真っ先に尋ねられたのは、「避難所では何が不足していましたか?」ということだった。 男性たちからは、乾電池、ローソク、マスク、毛布などが上がった。 私は、「燃料や食料品、日用品などはもちろんですが、赤ちゃん連れの女性は、ミルク、哺乳瓶、オムツで困っていました」と答えた。 これらは赤ちゃんの生命線である。 あるお年寄りは、夜中にトイレに起きるとみんなに迷惑がかかるので、ガマンしてから行くと、 途中で漏れてしまうと言っていた。尿漏れパットなんかもあればいいと思うのだが… やっと家族と連絡取れるここは救援基地なので、この周辺だけは電波が通るのだ。私の携帯はすでに電池切れなので、隊員さんの緊急用電話を借りて自宅へ連絡することが出来た。 緊急用電波ですが、特別に…ということで、 「今元気で石巻にいる。明日帰るから」と伝えると、 「おとうさん? よかった」と、ものすごく安心した声だった。 こちらも、ずしりと重いものが一挙に外れたような思いだった。 姉の家はやっぱり流されていたここへ到着した仲間8人のうち7人が仙台方面である。そのうち、私を含めた2人が石巻に身内がいる。 安否や家が心配なので、様子を見に行くため、 2人はここで別行動をとることにした。 他の5人は石巻市役所の避難所へ向かうことになった。 石巻の湊地区にある姉の住まい付近は、津波被害が大きくてまだ水が引いていないので、 日和山という小高い山へ登って眺めることにした。 ここからは市街地や北上川の対岸を一望できる。 中洲の先端の方にはには白い球形の屋根の石ノ森漫画館が見える。 姉の家は対岸の右端の辺りにあった。 現実にこの光景を見ると愕然とした。 姉夫婦は逃げることが出来たのだろうか?と、たまらなく心配になった。 しかし今となっては、どうしようもない。生存を祈るしかない。 これだけ人間の生死を案じたのは初めてだった。 こうした悲惨な現実を目の当たりにすると、東松島市にあるの実家のこと余計に心配になった。 とにかくできるだけ急いで歩いてそちらへ向かうことにした。 こんなときには徒歩はもどかしくてしようがない。 通常は約10キロの道のりだが、水のない山方面の道を遠回りしなければならないので、15キロ以上ある。 東日本大震災 今日の出来事 思うこと 4月8日=== またまた 震度6強の余震 ===4月7日 夜11時32分 震度6強の地震がありました。 余震もなく急に不意打ちを食らわせるようにやってきました。 寝入りばなで、真っ暗なので金華山以上に恐怖を感じました。 もういい加減にしてくれよ〜 と思いながら、 寝ていた部屋の開き戸をあけようとしましたが、開きませんでした。 急いで別の部屋のガラス戸から庭先へ逃げようとしましたが、 屋根からがらがらと瓦が落ちて来ます。 やむを得ず外へでないで、ガラス戸のそばでゆれがおさまるのを待ちました。 東日本大震災のときよりも時間は短かったのですが、 ゆれは同じくらいでした。 せっかく大分復旧したと思ったのですが、 かなり逆戻りしてしまいました。 しかし、電気もガスも12時間後に復旧してやれやれです。 しかし、また瓦が落ちたり、家の内外のの損傷がさらにひろがりました。 今日8日の昼、ドスンと音がしたので外へでて見ると、 家の外壁が畳1枚ほど落ちていました。 さらにその後、瓦と、シートをとめていた砂袋が3個落ちました。 地震でない時にまで落下してきたので、家の外へ出るときは注意しています。 少し強い風が吹くと、ぎしぎしと音をを立ててゆらゆらと揺れるので不気味です。 早く地震保険の査定が入ってほしいものです。 今度同じくらいの地震が来たら、この家は放棄しなければならないかもしれません。 家は損傷しても、心が元気なのが救いです。 |
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何んと言葉を発してよいか分りません。
お姉さまのご家族がご無事であることを願っております。
2011/4/8(金) 午前 11:05
「杜泉法師? よかった」と、皆さん 安心です。
被災の皆さんも、支援の皆さんも つらい中 協力しあい
法師の導きもポチ!ですね。
被災地は 目を覆うばかりで、親戚の方々も心配で、
ご無事をお祈りしています。
京都から 支援チャリティーの 桜と義援美人をトラバでお贈りします。ごゆるりと お元気に。
2011/4/8(金) 午前 11:13 [ EGACITE ]
本当に大変な様子、なんと申し上げてよいものか言葉を失いますね。。。
ご無事で何よりでした。
昨夜もまた大きな地震がありましたね。。。@@
大丈夫でしたか?どうぞくれぐれもお気をつけてお体を大切にがんばってください。☆
2011/4/8(金) 午後 0:32
本当に大変でしたね、身内の方の心配も有るのに、、
どうかくれぐれもお気をつけて活動されますように
お祈りして居ます
☆
2011/4/8(金) 午後 2:15 [ ;; ]
7日の地震は、大丈夫でしたか?普通の時ならば、本震といってもおかしくないくらいの大きさですよね。これからも余震が続くと思いますが、御身体に気をつけてください。
2011/4/8(金) 午後 6:23 [ cookies3358 ]
訪問させて頂き記事を読ませて頂いていると
胸の詰まる思いと、涙がこぼれ落ちました
普通に暮らさせて頂いている私が申し訳なく思います
何かお力にならさせて頂ければ私も救われます
物資こちらは豊富ですのでお送りさせて頂きましょうか?
まだ、予断が許されない中、どうか気をつけて下さいますように
2011/4/8(金) 午後 6:51
残酷で言葉にあらわせないぐらいです。
昨夜も大きな地震がありました。大丈夫ですか?
まだ余震や不安が続くと思いますが、どうか気をつけて下さいね。
2011/4/8(金) 午後 7:57
金華山の様子ありがとうございました。
石巻の漫画館も毎年よせてもらっていました。
見知っている土地が変わり果てている姿はやはりショックですが
復興したらかならず、また訪れてお金を落としてきたいとおもいます。
東北地方の物を買う、そこでお金を使うのも復興支援だと思います。
これからもご無事にお過ごしください。
ありがとうございました。
2011/4/9(土) 午後 0:38 [ ぴぴぴ ]
こんにちは。
ため息をつきながら読ませてもらいました。
鮎川での避難所生活、5日間にも及んだのですね。
石巻から明日帰るとの知らせを受けた、ご家族はどれほど安堵したことでしょう。
余震も予断をゆるしませんね。充分お気をつけ下さい。
2011/4/9(土) 午後 3:09 [ バタフライ ]
気を落とさずに、先に希望を持って。
頑張って生きてもらいたいですね。
日本中、いや、世界中が心配して見守ってます、気を落とさずに、先に希望を持って頑張って生きてもらいたい。
支援物資少ないが送らせてもらいました、役に立てばと思ってしました。テント、毛布です。
2011/4/9(土) 午後 5:21 [ あABF ]
私は以前、鮎川に住んでいた者です。
文章を読み、そして写真を見て・・・言葉を失いました。
本当に、素敵な穏やかな町でした。。。。
明日支援物資を届けに行く予定です。
おかげさまで、ここを読んで心の準備ができました。
鮎川の知人の方々がどんな経験をされたのかを少しでも理解し、励ましてきたいと思います。
ありがとうございました。
2011/4/9(土) 午後 9:51 [ chidsu ]
金華山神社情報ありがとうございます、静岡市の信者で心配しておりました。 以前石巻・鮎川ではお世話になりましたので痛恨です、今どうして良いか分かりませんが支援していきます。
2011/4/10(日) 午前 1:28 [ 郁恵 ]
ゲンジさん
被災者の多くの方々は立ち直りをめざして、がんばろうという気力と意欲を持っておられました。
そんな姿を見ていると、よけいに応援してあげたいと思う気持が強まりました。
2011/4/10(日) 午前 6:53 [ moriizumi arao ]
おはようございます。
大震災 大変だったのに また震度6強!
いつまでも大変なようですが、
心が元気なのが救いです・・・と聞いてほっとしています。
最後はやっぱり美人さんで 元気に!、
京都満開の 被災チャリティ桜美人シリーズを 追加トラバさせてもらいます。
2011/4/10(日) 午前 8:54 [ EGACITE ]
7万もらってホテルでマットプレイしてきたYO!!
ぶっちゃけ上手くないんだけど、そのぎこちなさがむしろ(・∀・)イイ!!
スマタもしてくれけど、途中から普通にち○こ突っ込んでた件wwwww
ttp://help.to-hoku.info/mubh4pn/
2011/4/10(日) 午前 11:44 [ ローションでニュルニュル! ]
もうもう酷すぎてたまりません。
阪神大震災のときの余震も参りましたが、そちらの余震の恐怖は長くて大きくて酷すぎて、もし私がそちらにいたら、気が狂うかもしれません。
神様、どうかどうか守ってください!と、願わずにはいられません。
早く地震がおさまりますように〜!
2011/4/10(日) 午後 0:17
また大きな地震がありましたね。大丈夫でしたか。
お姉様のこともご心配ですね。
ご無事でありますようにお祈りいたします。
携帯からなので、気持ちだけポチ☆
2011/4/10(日) 午後 1:39
お姉さんの家も流されたのですね
お姉さんは無事でしたか??
シルクロード 48箇所参り そして
この旅の震災と この世の中の喜怒哀楽をすべて身に沁みて体験されなんというか言葉もありません。。
言葉では言いあらわせません、、
2011/4/11(月) 午前 3:19
訪問ありがとうございます!
ちゃんとあなたが生き残れてよかったです。
私のところは被害にはあってないので、どれだけ怖くて辛いのかは、聞いて想像することしか出来ませんが、愛する人を失った人や、亡くなってしまった人たちのことを思うと、辛いです。
早く皆さんがせめて普通の生活が出来るようになってほしい、
ずっと無事でいてほしいです。
あなたの心の励みになるのなら、またこれからも見ていきます!!
震度5弱くらいのゆれしか来なくて、とくに被害のあっていない地域に住む私が言うのもなんですが、被災者の方を心から応援しています!!
これからもどうか頑張ってください!!
あなた方を心から応援しています!!
2011/4/12(火) 午後 7:52 [ mocona ]
みなさま
心のこもった皆さまからのコメントを読み勧めるうちに
次第に目頭が熱くなりました。
そして、最後の方にはついに涙がたまりました。
皆さまのやさしさが――心に沁みました。
ほんとうにありがとうございました。
お一人お一人にリコメを差し上げるべきところですが、
何かと取り込んでおりますので、ご容赦ください。
杜泉新生
2011/4/13(水) 午後 8:36 [ moriizumi arao ]