東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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全国の皆さま 東北への暖かく力強いご支援ありがとうございます。 被災者の皆さんは復興に向けてがんばっております。

思うこと・感じること2 救援物資やボランティアの偏りを出来るだけ少なく

 救援物資の量や質に偏りがあるという情報を耳にすることがる。
 私も3つほどの避難所の様子を聞いてみると、食料、日用品等ともに差がああった。
 救援物資が、市部や仕分けセンターに近いところに集まりがちで、
 センターから遠いところ――概して被害が大きい――
 への配分が 少なくなる傾向があるように思う。
 
 私が仕分けセンターへ行った時、少人数でよくがんばっているな〜と、敬服の気持を持った。
 そして、私たちは「鮎川避難所では、何が不足していましたか」と質問された。
 より効果的に、そして公平を期している姿勢が伺えた。
 センターと避難助所の間でさらに情報交換に工夫していただくと、
 よりいっそう効果的な救援が出来ると思う。
 
 また、地理的にへんぴなところへは、ボランティアさんが集まりにくいという話も聞いた。
 ボランティアの方には遠いところへも足を延ばしていただけると、被災者の方々はすごく助かると思います。


仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感

東名運河沿いに野蒜から東名に向かう

 東名運河(鳴瀬川と松島湾を結ぶ運河)沿いの道を野蒜から東名へ向かった。
 
 
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以前の運河はのどかだった

 運河周辺は、以前はこんなにのどかだった。
 
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運河は家や車やがれきで埋まっていた

 津波は防風林の松をなぎ倒し、運河に家や車やがれきを押し流した。
 道路にもがれきが積もっていて、これを避けるか乗り越えていくしかなかった。
 
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 自衛隊員によって遺体の捜索が行われていた。
 以前は、数メートルの深さがあった運河だが、
 土砂などで埋まって、すっかり浅くなっていた。
 
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海になってしまった東名の浜辺

 東名駅付近の弧線歩道橋の上から海側を眺めると、運河付近まで水がたまっている。
  
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 というよりも、以前は砂浜や陸地だったところが海になってしまったといった方がよいだろう。
 海の中に家が立っているという感じだ。

避難場所になった大仏山

一人の老人に、津波の時にはどこへ逃げたのですかとたずねると、小高い山の方向をを指差した。
 駅の北側のやや高い場所に、「新東名」という住宅地がある。
 そこの背後に大仏山という80メートル弱の小山がある。そこをめざしたという。
 新東名の人の中には、安心していて逃げ遅れ、自宅の二階に避難した人もいるという。
 
 帰りはこの山際の道を行くと、45号線に近いのでそちらの方向へ歩いた。
 新東名の住宅街にはまだ水がたまり、道はどろどろしていた。
 
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大仏山から被害状況を眺める

 大仏山からは、海が一望できる。
 大津波がこの東名地区を襲い破壊しつくす様子を、避難した人々はどんな気持で、見続けたのだろうか。

 
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 先ほどの老人は、私に訊かれて、
 何か現実とは違う光景を見ているようだった、とさらりと言っていた。
 ――大きなスクリーンで、映画を観ているようだった。
   自分の家が流される時も、あ〜、流れてゆくと、他人事のようだったな〜。
   みんなも特に悲鳴を上げるわけではないし、女衆だって泣き喚くやつは一人もいなかったよ。
   今思うと、みんな度肝を抜かれて、感情をなくしていたのかも知れね〜なあ。

 そういえば、姉夫婦が避難した小学校の4階から自分の家が流されるのを見たときも、
 「別な世界の出来事のようにして見ていた」と語っていた。

 人間は大自然のようなとてつもない大きな存在に支配されそうなとき、
 どうあがいてももうなすすべがないと悟った時は、観念してそれに従順に従うものではないだろうか。
 私は、大人になってからだけでも二度、死と直面したことがあった。
 最も最近はダンプにヒッチハイクしてゴビ砂漠を走っていた時に、猛烈な砂嵐に遭遇した時だ。
 そのときも、
 ――ここで死ぬのも運命なのだろうと、腹をすえた。気持がすうっと楽になった。
   そして、最後になるかもしれないという想いもあって、シャッターを切り続けた。
   意外に落ち着いていた。
   《人間、いざというときには落ち着けるものだなあ》と、改めて感じた。
   若いころ利根川で水泳をしていて、ダムの放流のためか急に川が増水して流され、
   危うく200メートルほど下流の変電所の取水管に吸い込まれそうになったことがあった。
   そのときも死を覚悟したが、今と同じような達観した心境だったからである。

   記事は、こちら 恐怖の竜巻と砂嵐←クリック

鳴瀬川沿いはいまだ冠水

 東名から山道を北上し、国道45号線に出た。
 向こう岸の小野地区は、津波が、45号線のすぐ脇を流れる鳴瀬川の堤防を越して、
 町内に入り込んだ。
 2階などに避難した人々が、自衛隊のボートで救助されたとのことだ。
 鳴瀬川の堤防付近の比較的新しい住宅地は、いまだに冠水していた。 
  
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被災にめげず使命を果たしている消防隊員

 三陸自動車道の鳴瀬奥松島インターチェンジから1キロほど手前で、
 後方からクラクションを鳴らして私のそばで停車する車があった。
 運転者が、「どちらまで行きますか?」訊いてきた。
 「仙台までです」と答えると、「利府までですが、よろしかったらどうぞ」
 私は、もう5時間ほど歩いているので、さすがに疲れていた。
 よろしくお願いしますと言って、乗せてもらうことにした。
 ここから利府までは約20キロである。
 
 彼は、石巻広域消防の署員で、現在は桃生方面に出向いて救援活動をしているとのことだった。
 車の中で、私の被災の経緯や彼の救援活動について、互いに会話し合った。
 彼と家族も被災者であった――。
 
 彼は、石巻市内でも特に津波被害の大きかった門脇に住んでいたが、借りていた家は流出した。
 家族(妻、署員の母、4歳と1歳の子供)は幸い無事避難した。
 奥さんが1歳の子を背負い、お母さんが4歳の子の手を引いて、
 歩いて30キロほど先の利府にある奥さんの実家へ向かった。
 同じ歩きでも、私とはわけが違う。
 地震後なので、車自体あまり走っておらず、走っていても4人を乗せるスペースのある車はなかった。
 10キロほど歩いた地点でようやくワゴン車に声をかけてもらって、
 利府まで送ってもらったとのこと。
 どんなにか大変で、心細かったことだろう。
 現在利府にある奥さんの実家で避難生活しているとのことだ。

 家族間で連絡が取れたのは、7日目の昨日だったとのこと。
 ものすごく長い時間に感じたにちがいない。
 彼は、不眠不休のような救援活動をしながらも、どんなにか家族の安否が心配だったろう。
 他人には手を差し伸べられても、自分の家族には手を差し伸べられないもどかしさは、
 いかばかりだっただろう。
 話を聞いただけでも胸が締め付けられそうだった。

 署員は、1週間に一度くらいの割合で家族との面会の機会を与えられるのだそうだ。
 久しぶりに家族に会うために利府へ向かうところであった。
 使命とは言いながら、ほんとうにご苦労様なことだ。

 私は奥さんの実家のそばで下してもらった。
 彼は、私と別れるとき、涙ぐんで私の両手を握った。
 同じような境遇に共鳴し、
 いままでのつらい思いがいっぺんに噴出したのだろう。

?H5>8日ぶりの帰宅  わたしも彼との出会いで感情が高ぶった。
 一時も早く自宅へ帰って妻を安心させたい、という気持がいっぱいになった。
 その後は、自宅まで再び歩いた。
 夕ぐれ近く、ようやく懐かしの我が家にたどり着いた。
 遠くからみた、8日ぶりの我が家は、屋根に大きな水色のシートがかかり、
 白い外壁の何箇所かは大きく落ちて、黒い地肌を見せていた。
 やっぱりやられたか…、と思いつつも、久しぶりの我が家に胸が躍った。

 本当の復興はこれから始まる。
 自分の復興だけじゃない。
 助かった命をもっと大きな被害をこうむった人のために役立てようと思う。
 
  
 
 
 
 

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あらおさま

人間って…大自然の脅威に対して静観視するしかなくなる時が有るのですね。。。
全く別のスイッチは入ってしまうのかも。。。

8日間。。。
本当に物凄い体験をなさったのですね。
しかし本当に大変なのはこれから!

今までの経験を生かして素晴らしい復興がなされる手助けをして下さいね。

負けるな東北!
何時までも応援し続けますからね。

ポチ☆

2011/4/16(土) 午後 10:13 幼児小学生絵画教室 三原色の会

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野蒜の駅前を通っていた運河もすっかり変わってしまいましたね・・・子供のころ遊びに行った海水浴場を思い出しますがどうなったのでしょうね・・・成瀬川の河口付近では「あさりかぎ」をした記憶もありますが・・・お写真を拝見してもどこなのかさっぱりわかりません。
無事にご帰宅・・・よかったですね。

2011/4/17(日) 午前 1:27 鉄旅

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コメントありがとう♪ございます。
自分は岩手県田野畑村村という漁村の漁師です。
助かってよかったですねーー。奇跡的です。村でもそんな感じで助かった人がいっぱいいます。腰まで水に浸かり樹の枝につかまって、引くのを待って、ようやく助かった・・。しかし。すぐ目の前で流れていく人を助けられなかった。それを今、自分のせいで・・・。と自分を責めているのです。
金華山には、田野畑村の漁師が30名ほど定置網の組で行っていました。定置網では、イワシを主体として、日本一の水揚げする定置網で有名です。30名で40億円の水揚げする定置です。
彼らの年収、毎年5000万円。ですからなかなか組に入れません。

漁師のベテランで大きな地震で、必ず地震が来ると直感。番屋からすぐに山に駆け上がり命は全員助かり、今は村の帰ってきています。
船、網とも流せれたようです。
でも、彼らは積立金100億以上あるので、自力での再会はできると思いますが・・。問題は魚市場と仲買人。だとおもいます。

2011/4/17(日) 午前 5:04 みさご丸

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人間は大自然の中では無力であることを痛感させれました。
僕も「三陸被災地現地の漁師の声」を毎日更新しています。
また訪問ください。
僕も、船と倉庫2。漁具をほとんど失いました。
港とが壊滅的、漁協職員も4名死亡。たとえ船があっても・・。港がこれですから・・。シケが来るとまたやられます。
しばらくは、別の仕事につかないといけないと思っています。
あとで、トラバしていきますねーー。よろしくお願いします。

2011/4/17(日) 午前 5:16 みさご丸

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三原色さん

感動 感動!

元気の出る励ましありがとう!

自分の復興もさることながら、もっと大変な状況の方々のお力になろうと思います。

2011/4/17(日) 午前 11:46 [ moriizumi arao ]

本当に津波の被害は、改めて見る度に、恐ろしいことです。合掌
しかし、1歩ずつでも、前進していかねばなりませんね。私もまずは
東京からできることを行動し、GW明けには、被災地へ直接入って支援
することも検討したいと思っています。

2011/4/17(日) 午後 3:51 y5o*u*su

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鉄旅さん

子供が小さいとき、吉田川で蜆鳥をしたことが何度かありました。

東名の浜はすっかり変わってしまいました。
海になってしまいました。

2011/4/17(日) 午後 11:40 [ moriizumi arao ]

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こんにちは。
今回の震災は 被災者でなくとも
「別な世界の出来事のようにして見ていた」でした。
だんだん現実の話になり、杜泉法師は?と心配でしたが、
1ヶ月経ち 語られるお話は 被災者ならではのポチ!話ですね。

2011/4/18(月) 午前 10:42 [ EGACITE ]

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ぎんちゃん

大震災からもう1ヶ月以上たちました。

慰めじゃなくて、元気の出る応援が必要な時期になりましたよね。

だから、被災しない人たちもふつうの生活をしながら応援してほしいですね。

本格的な復興はこれからなので、全国の皆さんには、細く長い継続的な応援をお願いしたいと思います。

2011/4/18(月) 午前 11:04 [ moriizumi arao ]

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ステフさん
ステフさん

あなたのように、自分の居住地で出来ることをなさって、
その上に現地に入って支援してくださる人ががより多くいると現地の人びとはほんとうに助かると思います。

これからは、人手とお金が重要になってきますよね。

ありがとうございました。

2011/4/18(月) 午前 11:12 [ moriizumi arao ]

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EGACITEさん

皆さんにお伝えする内容も、応援の仕方も質が変わっていかなければならないと考えております。

2011/4/18(月) 午前 11:15 [ moriizumi arao ]

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moriizumiさん。
あなたの撮られた写真を見て絶句しました。
言葉が見つかりません。ただ祈ります・・・・。
合掌

2011/4/18(月) 午前 11:44 [ しげよあゆみ ]

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報道などで見慣れた光景ですが改めて生々しく拝見しました。
いたたまれない気持ちでいっぱいです。
何度も命の危機を乗り越えてこられたことにも驚きました。
無事のご帰還よかったですね。
これからが大変と思います、どうぞ、ご自愛ください。

2011/4/18(月) 午後 0:47 t_hotaru2000

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しげよあゆみさん

つらい気持で撮った写真ですが…、

皆さんの心に必ずや何かを残してくれると信じています。

2011/4/18(月) 午後 9:49 [ moriizumi arao ]

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ゲンジさん

報道の写真とはちがい、思いを込めてた撮影の中に、どこか訴えたいものがこもっていてくれればよいな〜と思っています。

2011/4/18(月) 午後 9:54 [ moriizumi arao ]

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百聞は一見に如かずですね。すばらしい記録だと思います。

2012/4/9(月) 午後 2:41 [ AH ]

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AHさん

その通りだと思います。
実際の現場に行くとさらに衝撃が大きいと思います。

2012/4/9(月) 午後 5:35 [ moriizumi arao ]


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