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四国遍路の一番寺で私を迎えてくれた桜を、心を込めて捧げます。 東日本大震災 〜最近思うこと全国の皆さま 東日本大震災で被災された方々へのご援助に心から感謝申し上げます。
私は、被災現場に住んでいて、津波や放射線によって大きな被害をこうむった方々の奮闘振りを目の当たりにしているだけに、
今、何が必要なのかということに強い関心を寄せています。、立ち上がるために必要としていることが日々変化していることが、身近に見えて来ます。 被災された方々は、再起しようと前向きにがんばっていますが、 これまで予想できなかった困難な点や問題点も次第に出てきております。 それだけに、これからも継続的にご援助いただくことの必要性を、強く感じております。 引き続き息の長いご支援をよろしくお願いいたします。 命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未希さんの死を悼んで東日本大震災の大津波が襲った宮城県南三陸町で、最後まで住民に防災無線で避難を呼び掛けた町職員遠藤未希さん(24)の遺体が発見されました。心からご冥福をお祈り申し上げます。 合掌 彼女が最後まで職務を全うして行方不明になって以来、 せめて遺体だけでも一時も早く発見されてくれればよいが…と、心から願っていました。 そうでなくては彼女は報われません。 遺体発見の報を聞いて、私は悲しみの中にも少しは心が救われる思いでした。 テレビ放送を見た後すぐに、般若心経を読経させていただきました。 遠藤未希さん! 私が現在命あるのは、地震に遭遇した金華山で、 「6メートルの津波が来ます。全員高台に避難してください」という放送でした。 それは鮎川からの放送に違いありません。 その放送がなければ、待合室の屋根か、待合室の裏の旅館の二階に上がっていたかもしれないのです。 そうすれば、間違いなくあの世行きでした。 私たちが逃げていた時、あなたは必死にみんなに叫んでいたのですね。 テレビ放送であなたの声を聞くたび、金華山で必死に聞いた放送とダブってしまいました。 思わず「ありがとう!」とつぶやいて、ぐっと涙ガこみ上げてしまい、声を出して泣いてしまいます。 あなたがが命の恩人のように思えてならないのです。 この記事があなたへの供養になれば幸いです。 「6メートルの津波が来ます」 最後まで放送の南三陸町職員の死を悼む「早く高台に避難してください」−。 津波到達の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけ続けた後、行方不明になっていた女性の遺体が発見された。 津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町職員、遠藤未希さん(24)。 命を救われた町民や避難住民は、最後まで職務を全うした未希さんの死を悼んだ。 未希さんは3月11日、町内の防災対策庁舎で津波到達の直前まで防災無線で、 「6メートルの津波が来ます。早く高台に避難してください」と呼び掛け、 自らは津波にのみ込まれて行方不明となっていた。 母親の美恵子さん(53)によると、未希さんとみられる遺体は4月23日、捜索隊が志津川湾で発見した。 昨年7月に結婚した夫(24)がプレゼントしたミサンガが左足首に巻かれ、右肩にあざがあったことなどを夫が遺体の写真で確認。 警察が2日、DNA鑑定で最終的に未希さんと断定した。 美恵子さんは津波で被災した自宅を片づけながら、 「元気な姿で家に帰ってくることはあきらめていました。せめて遺骨をきれいな自宅に迎えたいと思って…」と、涙をこらえながら話した。 遺体は町内に安置され、家族が遺体を引き取って火葬する予定。 未希さんは、昨年4月に危機管理課に配属。 夫と石巻市内に住み、南三陸町役場まで通っていた。 [MSN産経ニュース]より 女性職員の死悼む=「残したもの大きい」−津波避難、最後まで呼び掛け・宮城東日本大震災の大津波が襲った宮城県南三陸町で、最後まで住民に防災無線で避難を呼び掛けた町職員遠藤未希さん(24)の葬儀が4日、同町で営まれた。親族や幼なじみが参列し、遠藤さんの死を悼んだ。遺体は午後、町営火葬場に運ばれ、荼毘(だび)に付された。同級生の1人は、遠藤さんが中学生の頃に将来の自分へ宛てた手紙を入れたカプセルを掘り起こし、母美恵子さん(53)に渡したという。 遠藤さんの遺体は4月23日、南三陸町沖で発見され、県警がDNA型鑑定をした結果、今月2日に本人と確認された。美恵子さんは「ようやくうちの娘と分かった。(火葬後も)しばらくはうちに置いてあげたい」と泣きはらした目をハンカチで拭った。 遠藤さんは昨年結婚し、今年9月に披露宴を開く予定だった。夫の友人で会社経営者の尾形長治さん(28)は「披露宴に呼ばれるのを楽しみにしていたのに。大勢の人の命を救った未希さんが残したものは大きい」と話した。(2011/05/04-21:34) (時事通信の記事より) この記事をお読みになった全国の皆さまも、遠藤未希さんのために手を合わせていただければ、 天国の彼女も喜ぶに違いありません。 「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧写真を4枚紹介します。記事は題目をクリックしてご覧ください。1.金華山で命がけの避難 2.金華山 地震と津波の爪跡 3.予期せぬ救出 4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡 5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川 6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き 7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令 8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください! 9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ 11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感 12.我が家の地震被害 13.震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」 |
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私も遠藤さんの事がテレビで放映された時、あまりにも強い責任感に心打たれました。
とかく、自分の事が一番大事と教育されていく今の世の中で、自分を犠牲にされた遠藤さんに心からご冥福をお祈りいたします。
2011/5/8(日) 午後 9:46
山姥さん
同感です。
政治屋たちにはがっちりと性根を入れてほしいな〜。
2011/5/9(月) 午前 7:12 [ moriizumi arao ]
moriの爺さんさん
まったく同じ気持です。
彼女のことが報道されるたびに、ついつい涙腺が緩みます。
2011/5/9(月) 午前 7:14 [ moriizumi arao ]
杜泉法師も 助けた 未希さんだったのですか・・・。
テレビで見ていましたが・・・
最後まで 皆さんに・・・合掌です。
「残したもの大きい」
伝える 法師にポチ!候
2011/5/9(月) 午前 9:26 [ EGACITE ]
EGACITEさん
金華山で聞いたあの放送がどうしても遠藤さんに聞こえて仕方ないのですよ。
そう思ったほうが救いですね〜。
避難放送は貴重ですね。
2011/5/9(月) 午後 2:47 [ moriizumi arao ]
[moriizumi arao]さま。
拝読しながら、知らぬ間に合掌していました。
悲惨な写真を見続けました。
使命に殉じられた。感銘と、感謝、言葉に出来ません。
ご冥福をと祈りながら立ちすくみます。
ただ祈りながら。
2011/5/9(月) 午後 10:08 [ ニキタマの万葉集 ]
親魄に逢う蔵書さん
魂を共有できる士からのコメントにはとても感動を覚えます。
ありがとうございました。
2011/5/9(月) 午後 11:00 [ moriizumi arao ]
はじめまして。仙台在住です。
金華山から一連の記事を読ませていただきました。
大変でしたね。
また、遠藤さんの記事は、初めて新聞で読んだときに
涙が止まりませんでした。ご冥福を祈っています。
2011/5/11(水) 午前 0:07 [ おりゅう ]
おりゅうさん
同じ仙台の方に読んでいただくとうれしいですね。
お宅の被害はいかがでしたか?
2011/5/11(水) 午前 11:18 [ moriizumi arao ]
今日は読んでいて涙が止まらなかった。
犠牲者の為にもしっかりと復興して貰いたいと願います。
警察官や自治体の職員の避難誘導はつくづく大事ですね。
2011/5/11(水) 午後 7:26 [ - ]
カラオケ親父さん
私も遺体が毎日あがって来る鮎川に避難生活を送っていたのですが、
避難所の総合支所で遺体を見るたびに、その人の古都を思い、つらい思いをしていました。
鮎川は避難訓練が浸透していたお陰で、死亡者の比率が比較的少なかったことが救いで下。
2011/5/11(水) 午後 11:21 [ moriizumi arao ]
涙を流しながら読みました。
亡き美希さんの立派な行いに☆☆ポチ!です。
2011/5/12(木) 午後 0:58 [ chama ]
chamaさん
共感してくれてうれしいです。
ポチありがとうございます。
2011/5/13(金) 午後 10:40 [ moriizumi arao ]
私も未希さんの記事を読むたびに涙を禁じ得ません。
結婚してまだ一年にもなっていなかったとか。
お子さんが生まれていたらさぞかしいいお母さんになられたかと思います。
合掌
2011/5/15(日) 午前 10:07 [ k_e*200* ]
k_e*200*さん
その後、南三陸町にも お手伝いに行ってきました。
役場跡に立った時ドット涙が出てしまいました。
どうやら被災ご涙腺がゆるくなったようです。
2011/5/15(日) 午前 10:42 [ moriizumi arao ]
この女性の話はテレビでも紹介されていましたが、改めて記事を読ませていただいて素晴らしい女性だったと感じました。自己を犠牲にしてまで他人の命を救おうという人はなかなかいません。☆!
2011/5/30(月) 午後 6:51 [ mog*m*13 ]
mog*m*1338
遠藤美希さんについての報道を見るたびに、思わず涙がこみ上げてきます。
私の命の恩人のような気がしてなりません。
2011/6/1(水) 午前 10:01 [ moriizumi arao ]
特番で遠藤 未来さんの事を知り胸が詰まる思いでした。仕事を命を張って全うした未来さんに尊敬の念を抱くと共にご両親がどれだけ未来さんの生還を望まれたかと考えた時胸の張り裂ける思いでした。
2011/12/27(火) 午前 2:03 [ まつ ]
まつさん
あなたのコメントを見て改めて涙が流れました。
1月初旬にまた南三陸へ行きます。
行くたびに建物の前で供養させていただいております。
2011/12/27(火) 午前 11:39 [ moriizumi arao ]
ゴルフー13さん
心のこもったコメントありがとうございました。
あなたのコメントを読んでからまた自分の書いた記事を読みました。
また目に涙がたまりました。
あなたのコメントで、震災の記憶と行かされた者のなすべきことををまたよみがえらせていただきました。
ありがとうございました。
2012/2/9(木) 午後 10:04 [ moriizumi arao ]