心細い身に強くしみた山道でのお接待
杖杉庵を後にして、むこうに見える集落まで、気分よく下ります。
2時30分ごろふもとにある田中商店に到着。
だが、まだ安心できない。
ここから、宿の植村旅館まではまだ7キロ以上の山道だ。
現在の所在を知らせるために、電話を借りて宿へ連絡しようとしたが、
店の奥さんが、「いいよ、私が連絡してあげるから」と言って掛けてくれた。
(2日目に携帯電話をズボンに入れたまま洗濯して、パーになっていたのです)
だが、あいにく留守だった。
気の毒がって「これでも飲んで元気つけなよ!」と言って、ヤクルトを二本お接待してくれた。
なんて親切なんだろうと、改めて感謝の気持がわいた。
地図を見ると、ここからは道が何本かある。
わかりづらいので、その近くの小さな店のおばあちゃんに道を聞いた。
「どこまでも左へ行くんだよ…」と言って、みかんをお接待してくれた。
この標識のある道を左に曲がって、桜が咲いているのが見える山道の方へ入りました。
前の二回の遍路では、若かったこともあり、ここからまっすぐに10数キロある十三番大日寺付近まで一挙に歩きました。
それらしき道を歩いているが、遍路マークも何もないので、不安になり、農家へ入って再び尋ねた。
「この道でいいよ」と言ってくれたが、地図上のどの道を歩いているの確信が持てない。
山道に入ってから三叉路にぶつかって、どちらへ行くか迷ったが、
たぶん宿へ行くの道なのだから…と思って少し開けた道を歩いていくと、
800mほどで畑があり、そこで行き止まりになった。
往復2キロ弱の歩き損だ。 ま〜、人生いろいろあら〜な。
仕方なく元へ戻って、不安ながら反対方向の林の道へ入った。
道しるべはないが、道はこれしかないのでそこを行くしかない。
ここから本格的な登りが始まった。
この山道、急勾配の上に、大きな石がゴロゴロ転がっている。
焼山寺の最後の登りよりももっとひどい。
次第に急坂の木立の細道になった。人がやっと通れるくらいの道だ。
薄暗い木立の間から、うっすららと光が射し込み、すこし不気味さを感じながら歩いた。
「宿へ行くのにこんな山道か?」といささか不安になった。
ところどころに、木の枝に「遍路道」とか「へんろ道」などと書いてある赤い布が下がっている。。
これを見るたびにて、むしろ不安が増していった。
地図には3本の道が書いてあるので、そのうちのどれを歩いているのかがわからない。
一本は焼山寺の遍路ころがしの浄蓮庵方面へ、逆戻りする道がある。
山道なので誰とも出会わない。だから道も聞けない。
遠くには、午前中に苦しんだ焼山寺の山並がみえる。
なんだか道がそちらの方へ向いているように感じて、不安感がさらに増してくる。
この疲れた体で、あの山まで逆戻りではかなわないな〜。
地図上の距離はさほどでもないのに…、なぜかさっぱり玉ヶ峠に着かない。
急坂なので、地図上の距離よりも長いのだろうと自分に言い聞かせようとするが、
ますます不安と焦りがが募る。
1時間半ほども不安な気持で急な道を上ると、道端に野仏さかが祀られていた。
心身ともに疲れた身にはまたとない癒しだった。
お線香を上げ、般若心経を上げた。
野仏さまの前での読経は、実に初めてだった。
ここから最後の急坂を登ると、突然舗装道路に出た。地図に書いてある玉ヶ峠へ出た。やれやれ!
ここで安心は出来ない、今日の宿の植村旅館までは5キロほどある。
ここからは長い長い下り坂、靴の紐をキッチリ締め直して歩き始める。
まもなく民家が現れ、右手下に鮎喰川が見える。
10分ほど歩くと、60歳過ぎくらいの女性が運転する車が、前方からやってきた。
手を上げると停車して、ウインドウを開けてくれた。
「植村旅館へ行くにはこの道でいいですか?」と尋ねると、
「申し訳ないんですが。私も遠くから来ているのでわからないんです。
自分も親戚の家に行くところなんだけれど、道がわからなくて困っているんです」
とすまなそうに答えた。
ところが、5分くらいすると、車でわざわざ戻って来て、
「私が食べたんでは、太りますからお遍路さん食べてください」と言って、
お饅頭を二個お接待してくれた。この言葉は、きっと私を気遣っての言葉だろう。
お腹がすいていたので、歩きながらすぐに食べた。
そのうまさが忘れられない。
そこから、数分行った所に、番外霊場の鏡大師ガあるので、そこへ立ち寄った。
弘法大師がここで休憩した際に傍らの石をなでると輝きだして物が映るようになり、
「鏡石」とよぶようになったという言い伝えがある。
そこから10分くらい歩いたところに、満開をやや過ぎた桜の花が咲いている。
その向こうに人家があった。
庭にいた女性に地図を見せて、
「植村旅館へ行くんですが、今どの辺を歩いているんでしょうか」と聞くと、
「なんかちょっとわかりづらい地図ですね」と言いながら、探し当てて指さしてくれた。
お礼を言って歩き始めようとすると、「ちょっとお待ちください」と言って家の中に入ったが。
缶コーヒーとお菓子を持って戻ってきた。
飲みながら立ち話が始まった。
「どちらからですか?」と訊くので、「仙台からです」と答えると、
驚いたように「私も宮城県です」と女性は言った。
私の方が却って驚いた。〈本当に世間は狭いなあ!〉
東京で働いている時に、徳島県出身のご主人と知り合い、ご主人が実家にUターンして来たとのことだ。
「お遍路さんはここをけっこう通るのですが、宮城県の人は2年ぶりです」と言って、とても懐かしがった。
20分ほど楽しく立ち話をした後、あと3キロ弱の道を、植村旅館を目指して元気よく歩き出した。
5時30分ごろ到着した。
朝6時前に11番藤井寺付近の宿を出て以来、11時間半以上の歩きであった。
今日は、あまり人と出会わないところを歩いていたにもかかわらず、
4人の人からお接待をしていただいた。 ありがたいことだ。
我々歩き遍路は、周囲の皆さんの暖かいご支援で歩かせていただいているのである。
そのご恩を決して忘れてはいけない。
それは人生にも言えますよね〜。
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♪こんばんは。
沖縄旅行中の ホテルからです。
お遍路中に 同じ県の人のお接待、ポチ!候。
写真も後光が差していい雰囲気ですね。
こちら沖縄で、テニス仲間のお遍路?
沖縄のテニス仲間の女性に 大変なお接待をうけております。
2011/5/14(土) 午後 11:09 [ EGACITE ]
歩き遍路さんとはかぎらず、一人ひとりが
周囲への感謝を、忘れてはいけないですね。
暖かいお話をありがとうございました。
2011/5/14(土) 午後 11:14 [ おりゅう ]
EGACITEさん
うわ〜、うらやましいな〜
大いにエンジョイしてください。
沖縄からのコメントおおきに。
ポチありがとうございます。
2011/5/14(土) 午後 11:40 [ moriizumi arao ]
私も不安になりながらご一緒させて頂きました。
舗装道路に出られたときはホッとしましたよ。
4人の方々からのお接待はどんなにか心の支えになられた事でしょう。
温かい方が多いですね。
何時間も己との戦いの中で得る事は、何事にも代えられない素晴らしいものがありますね。
2011/5/15(日) 午前 7:33
山道の一人歩きは不安でしょうね。
お接待が更にありがたく感じます。
それにしても田舎歩きは景色が良くていいですねー。
2011/5/15(日) 午前 8:12
おりゅうさん
ほんとうにそうですね。
感謝の気持を持ちながら生きていると幸せですね。
2011/5/15(日) 午前 10:45 [ moriizumi arao ]
moriの熊さんさん
何時間も己との戦いの中で得る事は、何事にも代えられない素晴らしいものがありますね――これも、歩き遍路陵に病み付きにさせられる要因だと思いますよ。
2011/5/15(日) 午前 11:14 [ moriizumi arao ]
gloriosa036さん
確かに山の一人歩きは不安になるときがありますね。
特に薄暗くなったりするとあせりの気持もわいたりします。
田舎道をのんびりあるくのは最高ですね。
2011/5/15(日) 午前 11:31 [ moriizumi arao ]
鍋岩の善根宿のご主人に神山温泉へ車で連れて行って頂き翌朝は柚子酢の握り寿司を奥様に弁当に持たせて頂いた思い出深い情けのお接待をまた今日、噛みしめました
いつもありがたく感謝で歩かせて戴いています
でも、やっぱり山道は心細いですよね〜〜
2011/5/15(日) 午後 1:00
おタケさん
女性なら山道のひとり歩きはとても怖いですよね。
たまにはボディーガードを頼まれました。
ただ、ニセ遍路や、急に狼に返信するやつもいるのでご用心ですよね。
2011/5/15(日) 午後 3:02 [ moriizumi arao ]
四国遍路で、様々な出会いがあるのですね。
おはなしを聞かせてもらうだけでれしい限りですし、そうあってほしいものですが、しかし、私はその四国遍路の町に住んでいますが正直、この土地が好きではありません。
個そうで度量の狭い、あえて言えばただただ迷信深い人がいるだけのような気がしてなりません。小さな島国島根性丸出しでしかないような気がします。
閉鎖的で見栄っ張りで、そのくせ、、、と次次と欠点ばかり浮かびます。
四国の人間だけではなくて日本中、そうかもしれませんが、。
2011/5/15(日) 午後 5:54 [ ぜん ]
ARAOさんこんばんわ
11時間もお遍路お疲れ様です。しかも優しいお方に会えた様子。こちらまでほっとします。コメントの方もちらっと拝見しましたがいろいろですね。なかなか興味深いです。ところで女の1人お遍路って危険なのですか?ちょっと気になりましたので・・・・
2011/5/15(日) 午後 9:51
ぜんさん
人間には内の顔と外の顔があるようですね。
四国の人にとっては、お遍路さんは特別の存在かもしれませんね。
優遇されることが多い恵まれた存在なのかもしれません。
私も歩いていて四国の人がすべてよい人とは限らないことも時々感じます。
2011/5/15(日) 午後 10:29 [ moriizumi arao ]
よよさん
お遍路は女性のひとり旅の中では安全な方だと思いますよ。
私が「怖いですよね」とコメントを還したのは、
山道での心細さを強調したものです。
ただ、昔と違って、山道はできれば、二人以上で歩いた方が無難かもしれません。怪我等の事故もあるかもしれませんし、まれにはよからぬ人に遭遇しないとも限らないからです。、
2011/5/15(日) 午後 10:36 [ moriizumi arao ]
昨日はご訪問&コメントありがとうございました!
車遍路の私達 昨日は難所と言われる焼山寺へ行って来ました
車でもかなりの坂と距離を走ったんですから 歩き遍路さんにとっては壮絶な難所でしょうね!
体力はもちろん 精神的にも追い詰められる時もあるでしょう
だからこそ 周囲の方の暖かい心遣いは本当に嬉しいものですね!
今回 太龍寺のロープウェーは使わず 車で途中までのぼり残りを歩こうと思ってます!
それでも殆どが車ですから歩き遍路の方の足元にも及びませんが・・・
まだまだ結願には長い道のりありますが 私たちも頑張ります!
私達の知らないお遍路の魅力をまたぜひ教えてくださいね♪
2011/5/16(月) 午後 2:37
ポプリさん
いろいろな遍路があるのが現代異変路だと思うのです。
たまにちょっぴり歩きを入れるのもよいかもしれませんね。
また見てくださいね。
2011/5/17(火) 午後 10:04 [ moriizumi arao ]
こんにちは。
11時間の道のりは大変でしたでしょう、
本当にご苦労様でした。
そして、人の優しさを十分感じた1日でしたね。
心温まるお話を聞かせていただき、感謝でございます。
ありがとうございました。ポチ!
2011/5/18(水) 午後 7:31 [ あゆみ ]
歩さん
焼山寺の遍路ころがしはそれなりの覚悟で乗り越えましたが、
もう一安心と思ったところでの難所だったので帰って応えましたよ(苦笑)
ポチありがとうございます。
2011/5/18(水) 午後 9:38 [ moriizumi arao ]
昔は一般家庭でもお接待をしたものです。
私も何度か子供の頃ちりかみに包んだお菓子やお米を渡した事があります。昔はお遍路宿などありませんから公園などで野宿される方多かったのです。
2011/5/19(木) 午前 7:57 [ - ]
あぼろさん
40数年前に始めてオヘンロしたとき、若いこともあって、野宿の経験もけっこうありましたし、今で言う前こんにちはや同行二人も泊めていただきました。
お接待の状況も大分変わってきていますね。
2011/5/19(木) 午後 11:33 [ moriizumi arao ]