いにしえのホータン約2000年前、楼蘭で南北に分かれていたシルクロードは、 南路はチャリクリク、チェルチェン、ミンフォン(ニヤ)、ホータンを経てカシュガルに達する。 北路はコルラ、クチャ、アクスを抜けてカシュガルに至る。 いにしえのホータン(于闐国・うてんこく)は、紀元前3世紀〜後11世紀初頭、 シルクロード交易上の要地として繁栄し、 また、崑崙山脈を水源とする川から採れる「玉」(ぎょく)の産地としても有名になった。 ?H3>玄奘三蔵が見たホータン 玄奘三蔵がインドからの帰路このホータン(和田)に立ち寄ったときは、いったいどのような様子だったのだろうか?、 久しぶりに夏目雅子さんをどうぞ! 他のメンバーも懐かしい顔ぶれです。 玄奘三蔵の『大唐西域記』中で、7世紀唐代のホータンを次のように述べています。 一部抜粋して説明します。 瞿薩旦那国(くさつたんなこく)(現在のホータン)は周囲四千余里ある。 砂や石ころが大半で、土壌は狭い。 穀物の栽培に適し、いろいろな果実が多い。 毛糸を産出し、糸を紡いだり織ったりすることが巧みである。 また、白玉や黒玉を産する。 気候はおだやかだが、旋風が舞い、土や埃を吹き飛ばす。 人びとは礼儀をわきまえ、性格は温順で、 学芸を学ぶことを好み、技術や芸能にすぐれている。 人びとは豊富で、家業は安定している。 国柄として音楽を尊び、人は株を好む。 容姿や態度に礼節があり、慣習には規律がある。 篤く仏法を尊んでおり、伽藍は百余ヶ所、僧徒5千余人、みな大衆の教えを学習している。 (参考文献)『大唐西域記3』 (平凡社) 玄奘 (著) 水谷 真成 (翻訳) 現在のホータン前の文章のうち、かなりの部分が現在のホータンにも当てはまることが、二度訪問してみてわかりました。 白玉河と黒玉河ホータンには、現在も崑崙山脈を源流とする白玉河(ユルンカシュ河)、黒玉河(カラカシュ河)が流れ、合流してホータン川となり、タリム河に注いでいる。 川原ではたくさんの人が玉探しに血眼になっています。 ===== 人びとは、とにかく人なつこい =====
街でカメラを向けると、大人も子供もニコニコと最高の笑顔を浮かべて、ポーズをとってくれます。
これにはほとんど例外ありません。それから、家族の絆がとても強く、和気藹々と生活しています。 カメラを向けると家族があっという間に勢ぞろいします。 人びとは楽器を弾き、歌い、踊るのが大好きホータンでは『セネム踊り』が盛んだ。『セネム踊り』はウイグル族の最も普遍的な民間の踊りの一つであり、長い歴史がある。
ウイグル族の人々は喜んで祭日を祝い、結婚式を催し、親族や友人たちが楽しく集う時に、
『セネム踊り』は自由かつ活発で、決まったパターンはなく、踊り手は即興的に踊り、音楽のリズムに合わせることで済み、一人で踊り、二人が向かい合って踊り、三人が一緒に踊るなどどちらでもよい。いずれもマイシレフの夕べを催すことになり、いつも村の一世帯がホストとなり、 その村の老若男女が一緒に参加し、夕べの主な内容は『セネム踊り』を踊ることである。 とにかく、人びとは、知人の家に集まって、楽器を弾き、歌い、踊るのが大好きです。 いにしえは仏教国、今は回教徒玄奘三蔵の頃と違っているのは、「百余ヵ所」もあったという伽藍も、「5千余人」いたという僧徒の姿もないことだ。 今、ホータンの人びとは、イスラム教(回教)を信仰しており、 仏教徒はただの独りもいないといっていい。 しっかりと覆われたスカーフから見えていたエキゾチックで、神秘的な眼が強く印象に残りました。 [[西域南道をゆく] 前回までの記事(それぞれ下線付きの題目をクリックすると記事が開きます)268 ミーラン遺跡2 ミーラン故城の手荒な歓迎←クリック 269 ミーラン遺跡3 故城を巡る←クリック 270 ミーラン遺跡4 吐蕃の城砦と古寺のヘレニズム文化←クリック 274 チェルチェン 〜ポプラ並木の郷愁〜 西域南道をゆく4 杜泉新生シルクロード2万キロをゆく274←クリック。 275 チェルチェン 〜バザールとチェス〜276 [http://blogs.yahoo.co.jp/sakurai4391/32807321.html チェルチェン故城とザーグンルーク古墳 西域南道をゆく6←クリック http://blogs.yahoo.co.jp/sakurai4391/34725629.html楼蘭からホータンへ 西域南道をゆく7 |
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ホータンの人々のとても人なつこい様子が目に浮かびました。
仏教国〜回教徒になったのですね。どうしてでしょうか。
踊りも自由でのどかな所なんですね。
とてつもない砂嵐には閉口しますね。
ホータンの神秘的な女性がまいているスカーフも印象的です。
2011/5/28(土) 午前 10:30
♪おはようございます。
玄奘三蔵・・・西遊記の世界ですね。
久しぶりに夏目雅子さんを ありがとう。
ホータンの『セネム踊り』も、美人群ポチ!ですね。
おかげさまで こちらもやっと 百ファン登録となりましたので、
チャリティ美人群に囲まれたブログをトラバさせてもらいます。
2011/5/28(土) 午前 10:33 [ EGACITE ]
こんにちは。
質問ですが、どうして仏教徒が回教徒に改宗sたのでしょうか。ただの一人も仏教徒がいないというのはなんとも不思議です。
河原の沢山の丸い石の中から、質の良い玉を探すのは大変なことでしょうね。
こちらの海岸や川で瑪瑙が出るところがあり探したことがあります。
ポチ☆
2011/5/28(土) 午後 2:28 [ バタフライ ]
。。三蔵法師の旅は
砂嵐の旅だったのですしょうね。。
茶色い砂嵐の画像は 今も 変らないのでしょう。。
今は イスラム教なのですか。。
歴史と 時間の成す技でしょうか。。
私は どうしても この地域に 懐かしさを 覚えます。
ソウルフルなのかも しれませんね。。
2011/5/28(土) 午後 2:37
EGACITEさん
いつもご厚情ありがとうございます。
ホータン美人の『セネム踊りは楽しかったですよ。
ありがとうございます。ホータン人たちはほんとうに人懐こいですね。
2011/5/28(土) 午後 9:54 [ moriizumi arao ]
moriの熊さん
西域は古来民族の移動や入れ替わりがめまぐるしく、
元来は現在のモンゴル方面に住んでいたイスラム教徒のウイグル族が追われてこの地方に移住してきて定着したといわれています。
2011/5/29(日) 午前 7:54 [ moriizumi arao ]
真砂女さん
私のシルクロードの旅は玄奘三蔵とマルコ・ポーロが根源にあるような気がします。
砂漠の砂嵐や雪の山越えなどでは、彼らの苦労を偲んでしまいます。
2011/5/29(日) 午前 10:18 [ moriizumi arao ]
来月末にホータンに行くことになりました。ウィグルは初めてです。今回は時間がないので、3日間の砂漠トレッキングに1.5日ホータンに滞在して帰国予定です。シルクロードの町町が急速に開発されているとのおとで、本来、カシュガルとか2週間位12月に訪れる予定でしたが、12月は砂漠でキャンプができず、砂漠部分でけ急遽10月に決行することになりました。砂漠ツアーは現地の代理店に手配を依頼してますが、その他は個人手配です。図々しいお願いですが紹介されていセレム舞踊が見れるホテルはどこだったか教えて頂けると嬉しいです。
2011/9/12(月) 午前 5:58 [ らーい ]
らーいさん
お役にたたなくてすみません。
実は、私は現地のガイドと二人で、夜に一緒に食事(酒飲み)行ったときにに連れて行ってもらったので、ホテルの名前は覚えていないのです。
2011/9/12(月) 午前 7:58 [ moriizumi arao ]