船が金華山へ近づくとうみねこが出迎えてくれた。 しかし、下山して戻ったときにはまったく姿がなかった。
大地震 恐怖の戦慄
3月11日、私が所属する山歩きの会13名は445mの金華山へ山登りに出かけた。
午後2時過ぎに船の待合所に到着した。
午前中には群れていた鹿もうみねこも姿がなかった。
これがあの大地震の前兆だとは夢にも思わなかった。
桟橋付近には鹿の姿もウミネコの姿もなかった。
地震は待合室で午後三時発鮎川行きの船を待っていたときに起こった。
2時46分、船が桟橋に接岸しているのがガラス戸越しに見えた。
そろそろ桟橋へ向かおうとリュックに手をかけた瞬間、突然テーブルが左右に揺れた。
出口付近にいたメンバーは瞬間的に、開いているガラス戸から外へ飛び出たが、
奥のほうにいた私はとっさに食堂のテーブルの下にもぐりこみリュックで頭を守った。
本能的行動だった。
このとき揺れる床下から
「ゴゴゴゴ…」「ゴォー」「ゴォーン」という低い調子の不気味な音が聞こえて来る。
まるで地獄から湧き上がって来るように感じた。
その数秒後、金属製の屋根の震える音や、周囲の壁と太い鉄骨とが激しくぶつかり合うガタガタガタ…、ガガガガガーという大きな金属音が絶え間なく建物全体から響き渡った。
それが互いに反響しあって私の鼓膜を襲ってくる。
まるで、MRIの中に閉じ込められた時に聞こえるあの音を10倍にも増幅したようなすさまじさだ。 お土産の陳列台が次々に倒れ、ガラスが割れるガチャガチャーンという音があちこちから鳴り響く。
蛍光灯が天井から次々と、容赦なく落ちてくる。
もぐりこんだテーブルが前後左右に大きく移動する。
その動きに連動しながら自分も動かざるを得ない。
揺れは一向に収まらない。こんなに長い地震は生まれて初めてだ。
建物が崩壊するかもしれないという恐怖が身体中に走った。
そう思ったとたん、巨大なものが私が身を守っているテーブルの端にドーン、ガシャーンという音を立てて落ちた。
そのとたんテーブルの足が斜めに曲がって、テーブル自体がは私の後方にのけぞるように立ち上がり、
その巨大なものはテーブルのすぐわきに叩きつけられるように落ちた。
とっさに〈天井が落ちて来た〉と思った。
2年前の岩手・宮城地震の時、私の住む仙台市のプールの天井が落ちて26人が怪我したからだ。
振り返って見ると、高い梁に掲げられていた黄金山神社の由緒や訓えが書かれた畳3畳ほどの額縁だった。
身を隠すものがなくなってしまった。
あわてて他のテーブルにもぐりこんだが、はなはだ心もとない。
周囲の腰板や板壁は大きく波打ち、建物の太い鉄柱が、隠れているテーブルに襲い掛かってくるように思えた。
そうなったら、か弱いテーブルはひとたまりもないだろう。
自分に〈落ち着け、落ち着け〉と言い聞かせた。
周囲にばかり気をとられていたが、
コンクリートの下から相変わらず地獄の叫びのような不気味な音がする。
とっさに「死」の予感が襲った。
“もう限界だ”と直感した。
無意識のうちに体が動いた。
3台のテーブルの下を這いずるようにして出口に向かい、頭にリュックを載せてダッシュして外へ飛び出した。
建物から10メートル以上離れたとき、一瞬だが死の恐怖から開放された。
そのとき目に入ったのは、我々が乗るはずの船が沖を目指して猛スピードで去ってゆく姿だった。
山の急斜面側を見ると、崖から岩や松の木が次々と倒れて落ちてくる。
山の中腹にいた鹿たちは、さらに上へ上へと駆け上ってゆく。
彼らは安全な「けもの道」を知っているのであろう。
やがてゆれは大分ゆるやかになった。
報道関係の情報によると、最も激しい揺れは約2分ほどで、本震全体の長さが、6分ほどだという。
だが、私には無限の長さに感じた。
次回に続く
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クマさん
思い出すと恐ろしくなるのではありませんか?
2011/6/4(土) 午後 6:05 [ moriizumi arao ]
思い出して苦しいのは地震の後の話ですね。その瞬間は怖いというより、なにがなんだか分かんなかったという記憶ですね。
2011/6/4(土) 午後 6:22 [ クマ ]
クマさん
やっぱり私も同じですね。
地震自体はスタートのような気がします。
2011/6/4(土) 午後 6:43 [ moriizumi arao ]
こんばんわ。
当日の金華山の様子がよくわかりました。
ふと思ったのですが・・地震が起きた時に下山中ではなかったのは、本当に幸いでしたね。考えただけで恐ろしくなりました。
昨年、私が行った時は、鹿も海鳥も桟橋付近にいました。
動物達がきちんと逃げていたことに、少しホッとしました。
2011/6/4(土) 午後 8:28 [ jun ]
junさん
そうですね。下山中だったら場所によってはがけ崩れにやられていたかもしれませんね。
2011/6/4(土) 午後 8:52 [ moriizumi arao ]
やはり鳥や動物は異変を察知していたのですね。
何回読んでもドキドキします。
阪神の時、こちらでも震度5でしたが、ふとんの中から出られませんでした。咄嗟の行動は日頃訓練しておかないと難しいですね。
2011/6/4(土) 午後 8:53
ものすごい地震がほんとうにリアルにつたわってきました。☆☆ポチ!です。
私ならどうなっていたでしょうね。
2011/6/4(土) 午後 9:03 [ chama ]
こんばんは。
30年前の宮城沖地震を体験しましたが、
その何十倍も凄い地震だったのですね。
文章を読みながら、背筋が寒くなるのを感じました。
無事で本当に良かったですね。
2011/6/5(日) 午前 0:57 [ あゆみ ]
♪こんばんは。
明日は早いので、
寝る前にの思って きましたが 怖いですねえ。
ポチ!して 寝ますが・・・練れるかな?
2011/6/5(日) 午前 1:05 [ EGACITE ]
ブログご訪問ありがとうございました。
地震の状況が眼に見えるようです。
無事でよかったですね。
私の知人も仙台在住のため心配しましたが
10日後にやっと連絡がついたときは泣いてしまいました。
私の所も遠いとはいえ、それでも私自身初めて経験する
大きなものでした。口に出して「大丈夫、大丈夫」とか
「落ち着いて!落ち着いて」と叫んでいました。
地震後の問題がまだまだ山積みです。
みなさん色々なご苦労をされていると思うと涙がでます。
2011/6/5(日) 午前 3:45
なんと・・・
そんな恐ろしい体験をされてたんですね。
強い揺れは2分とおっしゃいましたが、それってかなり長い時間ですよね。
死を予感させられるには十分すぎる長さだと思います。
無事でよかった。
2011/6/5(日) 午前 11:51
奥尻沖の地震を函館で経験していた時の事を思い出しました。いつまでも収まらない揺れに恐怖を感じたていたのですが、その時の何倍もの恐ろしい経験したんだと考えています。本当に無事でよかったですね。 ・・・続きの記事も読ませてもらいます。
2011/6/5(日) 午後 6:39
埼玉でも過去経験したことのない震度5弱の強い揺れでした。
こちらもいつ直下型地震が起こってもおかしくないです。
2011/6/5(日) 午後 10:45
訪問・コメントに心から感謝します。
御無事で何よりです!
私は、当会、言論・表現の自由を守る会のブログの管理人をしている当会事務局長です。
看護師でもあり、今日昼から横浜パシフィコにて日本看護協会総会参加のため間もなく出かけなくてはなりません。
当会は、政府に今回の震災・人災復興対策として、国際人権規約の活用する道を開くために、人権鎖国状態の重い扉を開けるカギ=個人通報制度批准を求める取り組みを強めています。
ご意見をお聞かせください。
2011/6/6(月) 午前 8:36 [ 人権NGO言論・表現の自由を守る会 ]
ゲンジさん
とっさの講堂はやっぱり常日頃の行動なんでしょうね。
別なことで見についたことでも出るかもしれませんね。
2011/6/7(火) 午後 9:12 [ moriizumi arao ]
chamaさん
やっぱり正直言うと怖かったよ。
ポチありがとうございます。
2011/6/7(火) 午後 9:14 [ moriizumi arao ]
あゆみさん
宮城県沖地震を経験したんですか〜
なんとなく仲間意識を感じますね。
あのときよりずっと怖かったですね。
2011/6/7(火) 午後 9:17 [ moriizumi arao ]
お久しぶりです。 久しぶりに来てこの日記を読みました。
今迄見落としてたんですね〜(ーー;)
地震は怖いですね。
震度5でもビビっちゃうぐらいですが、まだ立っていられる程度。
烈震とはエネルギーが違いますから想像もできません。
これから後編を読ませて頂きます。
友達にもシェアしますね。
2012/1/17(火) 午後 7:49 [ があぁおパパ ]
私は4以上の地震経験ないので本当に想像つきませんが無事で本当によかったです
2012/1/17(火) 午後 9:46 [ 美々 ]
があぁおパパさん
震度6は二度経験していますが、金華山ではたぶん震度7だと思いますね。それに長さが半端じゃなかったです。
さすがに死ぬかと思いましたよ(苦笑)
友達のお誘いありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
2012/1/17(火) 午後 9:59 [ moriizumi arao ]